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【第5章 5話】

「女性だからといって手加減は結構です。

 次はわたくしも本気でいきますから」

「そう言われても困るな。

 俺はプロだ。女に手を上げるのは、ポリシーに反するんだよ」

「申し訳ありませんが、あまり時間は掛けられないのです。

 まだ始末する相手が残っているので。

 その優しさに感謝しつつ、ささっと片付けさせて頂きますね」

「人様を汚れた食器みたいにいうんじゃねえよ」

 

 次は流歌が先手をとった。

 短刀を躍らせ、矢継ぎ早に斬り付ける。

 

 光輝は防御に徹した。

 切っ先を払い、弾き、滑らせ。容赦のない連撃をどうにか凌いでいく。

 しかし、反撃の機会が見えない。

 恐ろしい事に流歌の呼吸は一切乱れない、むしろ光輝の息が荒くなってきていた。

 このままだと体力が枯渇するのは。

 

「ふふ。どうしました? 

 プロの実力とやらは、そんなものですか?」

「ふざけんな。

 プロってのは普段頑張らないから、持久力に乏しいんだよ」

「自慢にならない発言をされても困ります。それっ!」

 

 短刀の軌道が大きく波打った。

 動きに釣られて、光輝が踏鞴を踏む。

 そこに流歌の足払い。光輝はかわしきれずに転倒してしまう。

 

 無防備な背中に、流歌は微塵の容赦もなく短刀を突き入れる。

 切っ先が触れる寸前。

 

 光輝の姿が消える。

 

 流歌が空振りを悟った時、既に光輝の身体は流歌の頭上背後に跳んでいた。

 影を使ったショートカットだ。

 

 光輝は素早くナイフを返すと、無防備な首側面に柄頭を叩き込む。

 昏倒を狙った一撃。

 

 ブラインド、完全な死角からの攻撃に対し、流歌は咄嗟に身体を低くする。

 光輝のナイフが頭上を掠めていくのを感じながら両手を地面に。

 それを支点にして蹴り上げる。

 超人的な筋力と柔軟性のなせる反撃だった。

 

 空中の光輝は脇腹に被弾。

 天井近くまで跳ね上げられ、そのまま落下する。

 激痛に呻きつつも、ごろごろと横転。

 

 追撃に飛び掛かってきた流歌の短刀が床に深々と刺さった。

 

 光輝が腹部を押さえつつも立ち上がるのと、流歌が短刀を構え直すのは同時だった。

 

「光輝さん、今の攻撃はなかなかでした。

 そのまま斬っていらっしゃれば、わたくしも危なかったです。

 自分の能力だけあって、影を使うのはお上手ですね」

「男としては、違うところを褒められたいけどな。

 将来性とか、生活力とか」

 

 軽口を叩きつつも、完全な奇襲が避けられた動揺を抑える。

 

「そういうの弱そうに思えますけど。

 さて、随分と焦っておられるようですね。

 まあ、無理もありません。

 光輝さんにとっては必殺技だったんでしょうから」

「ああ、必殺技がかわされたら、超必殺技を使うしかないな。

 お前さんの反撃で、体力ゲージも赤くなったし。見せてやるよ」

「ゲージ? 赤くなった?」

 

 微かに眉根を寄せ、当惑を滲ませる。

 

「良く解らないですが、影を利用した攻撃は厄介なので封じておきましょう」

「封じる? 大きく出るな。

 プロとして忠告してやるが、「奈落の影」は無敵だぜ」

「ふふ。戦略戦術においても、わたくしの方が数段上のようですね。

 簡単ですよ。こうすればいいだけです」

 

 視線をわざとらしく動かす。

 途端に光輝の表情が強張った。

 

 流歌が見たのはクゥ・リンだ。

 小さい身体を丸めるように蹲り、ブルブルと震えている。

 首までが紅潮し、呼吸も荒く浅い。

 

 不意にクゥ・リンが消えた。影の中に入ったのだ。

 

「はい。これで重量オーバーですね。光輝さんは影に入れなくなりました。

 でも、ここからが大変ですよ。

 わたくしを倒さないと、ふたり共始末されてしまいます」

「意地のいい顔しやがるな。

 ま、このくらいのハンデはプロとして丁度いいさ」

「口先だけは達者なようですが、最早勝負は見えましたよ。

 光輝さんの力では……」

 

 ピクリと流歌の頬が動いた。

 その小さな変化を光輝は見逃さない。

 

「どうした? 想定外でも起こったか? 

 あぁ、マルグレットが近くまで来たのか」

 

 流歌が憎々し気に睨みつける。

 

「おいおい。

 そんな怖い顔するなって、さっきまでの余裕溢れてた方が可愛かったぞ」

「ここの場所を書き残してきたんですね」

「勝手気ままに持ち場は離れられないからな。

 で、どうする? 直ぐにここまで来るぜ。あの化け物じみた聖騎士様がな。

 素直に降伏するのがお勧めだ」

「いい機会だと思いましょう。

 ここでふたりとも片付ければ手間が省けます」

 

 動揺を消して告げると、手にした短刀を自身の胸元に移動させた。

 刃を返し胴鎧の留め紐を切る。

 ガランと地面に落ちた。

 

 光輝は流歌の真意が測れず、ただ唖然とするばかりだ。

 

 流歌は仕上げとばかり襟を広げた。

 胸元が覗く。

 ふふふっと口元に笑みを作ると、踵を返し駆け出した。

 

 反射的に光輝が追う。

 それほどの速さはない。

 ドアから外に出たところで、手の届く距離まで詰められた。

 左手を伸ばして後ろから肩口を掴む。

 

 大袈裟な悲鳴を上ながら、流歌がバランスを崩した。

 地面に力なく腰を落としたようになる。

 だが、右手の短刀は光輝を刺せる位置を保ったまま。

 巧妙に計算された体勢だ

 

 もちろん、光輝も油断はない。

 突かれても切っ先を払えるよう、身体の前にナイフをおいている。

 

「光輝さん、これで詰みました。

 残念ですが、あなたの負けです」

 

 覆い被さる形になった光輝に小さく告げると。

 声のボリュームを上げて。

 

「止めてください、光輝さん! あぁ、助けてください!」

「貴様! 何をしている!」

 

 直後、光輝の後ろから凄まじい怒声が響いた。

 マルグレットだ。

 

「落ち着け、マルグレット! 

 これは罠だ! ちゃんと説明する!」

 

 そう怒鳴り返そうとした光輝だったが声が出ない。

 表情が凍りつく。


「安心してください。

 ただ音を消しているだけです、ふふふ」

「うるさい! 取り込み中だ! 

 マルグレット、済むまで穴に戻ってろ!」

 

 代わりにそんな叫びが上がる。

 

「前に説明しましたよね。

 わたくしは音を大きくしたり、小さくしたり、作ったりできますって。

 このくらいのことができないと思っていたんですか?」

 

 短刀を微かに近付けながら。

 

「振り返って止めた方がいいんじゃないですか?」

 

 光輝は懸命に思考を巡らせる。

 流歌の狙いはマルグレットだ。

 走り込んできたマルグレットは、自分達を引き剥がそうとするだろう。

 そうなれば流歌と密着、刺突は容易だ。

 

 一旦流歌から離れるか? 

 いや、そうなるとマルグレットはふたりの間に割り込むはず。

 無防備な背中を晒す形になる。

 

 覚悟を決めてマルグレットの方に向き直れば、声以外で意図を伝えられるかもしれない。

 ダメだ。

 短刀で突かれた挙げ句、もみ合いに見せかけられる。

 事態は悪くなるだけだ。

 

「光輝さんにミスはありません。

 思慮の浅い猪突猛進な聖騎士様が悪いのです。同情したいくらいですよ」

 

 さも愉快そうな口調だった。

 

「コーキ! 恥を知れ!」

 

 殺気すら感じられる叱責を連れて、甲冑の軋む音が駆け迫ってくる。

 

 マルグレットを止めるべく、懸命に声を張り上げようとするが。

 

「マルグレットさん! 助けてください! 光輝さんが!」

 

 音となるのは流歌の叫びだけだ。

 

 頬を掠めるように、伸びていくマルグレットの腕。

 光輝は唇を噛むしかできなかった。

 最早万事休す。

 

 しかし。

 

 マルグレットの手は光輝に触れる事もなく、そのまま素通り。

 流歌の右頬にぶち当たった。

 ぐっと手首が内側に返る。突進の勢いを押し込めた打撃。

 ビンタや平手打ちなんて生易しいものではない。掌底打。

 それは見事な一撃だった。

 

 まさか攻撃されるとは予測していなかったのだろう。

 流歌は「助かりまぶうぅ」と無様に跳ね飛ばされた。

 

「仮にも戦士である男が、女性に押されるなんて無様にもほどがある。

 恥を知れ、恥を!」

 

 唖然とする光輝を一喝。

 

「し、失礼言ってんじゃねえ。

 俺はフェミニストなんだ。女に本気で手を上げれるものか」

「相変わらず甘いな。下らない情けや無意味な価値観は捨てることだ。

 そんなものに囚われていると、いつか痛い目に遭うぞ。

 まあ、その話はあと、今はあいつだな」

 

 流歌が立ち上がった

 。ふらふらと足元も覚束ない中、力なく訴える。

 

「ど、どうして」

「コーキがお前を襲うなんて、ありえないシチュエーションだ。

 逆なら解るがな」

 

 当惑を滲ませる流歌に、マルグレットは。

 

「覚えているか。この町で最初にゴーントの騎士と戦った時だ。

 無様に転倒したお前に、手を貸してやったな」

「手?」

 

 思い出すように流歌が自身の手に視線を落とした。

 

「手は色々と教えてくれる。

 皮膚の硬さ。力の込め具合。指先の微妙な動き。

 それらは鍛錬を積んだ人間、それも達人に近いレベルだった。

 近接戦闘なら、コーキよりも数段上。アポロニウスと同格くらいだと解った。

 だがお前は戦闘が苦手な風を装っていた。

 新入りということで、実力を隠しておきたいのかと思っていた。

 だが、今のはかなり切羽詰まっているように見えたからな。

 その期に及んで力を秘匿するとは考えられない」

 

 その説明に光輝が目を見開く。

 

「マルグレット、お前でもものを考えことがあるんだな」

 

 軽い裏拳で光輝の額を一打。

 賞賛の返礼として話を続ける。

 

「今回の戦いは後手回り続き、こちらの動きを見透かされているみたいにな。

 だが、チームの中に裏切り者がいたなら納得できる」

「つまり、マルグレットさんはわたくしを警戒していたと?」

「当然だ。と言いたいところだが、違う。

 地上に戻ってくるまで、確信はなかった」

「では、何故?」

「それは他ならぬお前自身のミスが原因だ」

 

 流歌の表情が険しくなる。

 どうにも思い当たる節がない。

 

「こっちに向かっている時に声が聞こえた。

 コーキに襲われているから助けて欲しいと。

 それ自身は不思議ではない。

 特定の位置に声を送ったり、逆に音を拾ったりできるのがお前の特技だからな。

 しかし未知の場所に対しては、能力を発動したくない。

 能力先に障害物があると、ペナルティを受けてしまう。

 そう言っていたな」

 

 光輝がはっと息を飲む。

 マルグレットの言いたい事が理解できたのだ。

 

「思い出せないのは、当の本人様だけか。

 まあいい。教えてやる。

 お前はうっかり声を送ってしまっていたんだ。私に。いや、私達に」

 

 ようやく思い至った流歌の頬がピクリと動く。

 

「神殿で、ですね」

「そうだ。神殿の階段でチームはふたつに分かれた。下が私とコーキ、他のメンバーは上だ。

 子供達を見つけたお前は、私達に合流するように伝えたな。

 あの奇妙な造りだった神殿の地下に、お前は迷いなく声を届け、こちらの返事を受け取れた。

 つまり、あの神殿の構造を知っていたか、あるいは申告している能力が嘘か。

 どちらにしても、秘匿しておくのはチームの不利になる行為でしかない」

 

 そこで少し間をとった。流歌の反論を待っての事だ。

 

「特に何もないか? では続けるぞ。

 地下で今日の展開を振り返ってみた。

 不利な状況となる直前、常にお前の行動が挟まっていた」

 

 中央の大木に一度目のアタックを掛けた際、撤退を開始したのは流歌。

 その退避先として、結果的に追い詰められる事になった倉庫を見つけたのも流歌だった。

 

「ゴーントの騎士達が待ち受ける穴への突入を、強く主張していたのもお前だったな。

 もっともお前が敵である可能性を考慮してみて、引っ掛かるくらいのものだが」

「もう少しうまく立ち回れるつもりだったのですが、光輝さんは案外と機転が利いて、意外と頑固でわたくしの提案になかなか乗ってくれなかったんです」

「当然だ。

 この私を差し置いてリーダーに抜擢されたんだ。お前ごときの軽口に踊らされるはずがない。

 しかし、何故私がこいつの補佐をしなければならないんだ。

 ここまでの屈辱を味わわされるなんて」

「おい、敵意の矛先がずれてきてるだろ。

 ま、とにかくだ」


 ナイフの切っ先を流歌に向けて。

 

「これ以上戦っても勝ち目はないぞ。諦めて降参しろ」

「さて、それはどうでしょうか?」

 

 すっと腰を伸ばした。

 今まで覚束なかったはずの足で、とんとんと軽く跳ねる。

 ダメージはないようだ。

 

「話し込んでくださったお蔭で回復できました。ありがとうございます」


 

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