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【第5章 3話】

 華麗な刺繍がされたマントを見つめながら、止められた言葉をぶつぶつと噛み締める。

 

「コーキさんは敵チームの人でも殺めたことないのに。

 必要以上に相手を殺傷するのは、むしろマルグレットさんじゃないですか」

「シャルロッタ、集中しろ。

 下らない不満はあとでいくらでも聞いてやる」

 

 軽く叱責されて、シャルロッタは「はい、すいません」と謝罪。

 身体を低く、マルグレットの背中に隠れるようにして続く。

 

 通路の先は正方形の空間だった。

 一辺は約五メートル。床も天井も壁も、今までと同じ。

 剥き出しの土ではあるが、しっかり固められている。

 三方とも通路の類は見当たらない。

 

「行き止まり、なのか。シャルロッタ、明かりを強くできるか?」

「はい」

 

 シャルロッタが「火竜の瞳」を振って輝度をアップさせる。

 と、奥で何かが光った。

 

「マルグレットさん、あっちの足元! 壁の手前です!」

「何か落ちているみたいだな。確認してみよう」

 

 今まで以上に慎重な足取りで奥に進む。

 幸いにも罠の類はなく、壁際まで辿り着けた。

 

「もう少し左の方だったか」

 

 マルグレットの言葉を追いかけるように、シャルロッタが「火竜の瞳」を動かす。

 

 数十センチ左で光が反射した。

 

 マルグレットが床に指を這わせる。

 すぐさま指先に当たった物を摘み上げた。

 

 シャルロッタが中腰になって覗き込む。

 

 直径三センチほどの円形で、銀色の金属を磨き上げた物だ。

 厚さも一センチに満たない。

 裏表と引っくり返したり、上から下から眺めてみるが。

 

「鏡、ですね。金属の。かなり小さいですけど」

「特に変わった物でもないが」

「はひゅっ!」


 シャルロッタから漏れた奇妙な呼気に、マルグレットが鏡から注意を向けた。

 と、兜の中で瞳を見開く。

 

 シャルロッタの胸元、鎖骨の下辺りから、剣の切っ先が突き出ていた。

 左右ふたつ。

 青いチェニックに恐ろしい早さで赤黒い染みが広がっていく。

 

 マルグレットが即座に短剣を振るう。

 シャルロッタの背後に立っていた何者かの首が宙を舞った。

 

「こいつ! ゴーントの!」

 

 独特の光沢を持つ黒い肌に、その正体をすぐさま悟る。

 素早く短剣を操り、暴風を纏った斬撃で上半身を吹き飛ばした。

 力なく崩れ落ちるシャルロッタを、左腕で抱き受ける。

 

「シャルロッタ! く、くそ!」

 

 マルグレットが手にしているのと、ほぼ同サイズの短剣が二本。

 肋骨の下側から、斜め上に突き込まれていた。

 両肺を貫通。致命傷だ。

 

「すいま……役立た……」

「喋るな! 心配ない! かなり深いが急所は外れている! 

 戻って止血すれば」

 

 マルグレットが凍りついた。

 通路から両手に短剣を持ったゴーントの騎士が入ってきたからだ。

 一体、二体、三体、四体。横並びの陣形を組む。

 いや、それだけではなかった。

 五体、六体、七体、八体。と後ろに続いてくる。

 

「これだけの数をどこに伏せていた。どうやって近付いた。

 物音ひとつなかったぞ」

 

 槍を握ったゴーントの騎士達が増えるのを見て、奥歯をギリギリと噛み締める。

 

「シャルロッタ、すまない。

 ゴミ掃除に手間が掛かる、少しだけ我慢してくれ」

 

 シャルロッタの細い身体を、壁際にそっと寝かした。

 

「全部で十二体。む、通路にまだいるな。独力突破は難しいか」

 

 流歌から借り受けたホイッスルを咥えて、思い切り吹いた。

 音は鳴らないが、これで危機は知らせたはずだ。

 あとは救援までの時間を稼ぐだけ。

 

 ちらりとシャルロッタに目をやる。

 呼吸は浅く瞳も虚ろ。数分しか持たないのは明白。

 それでも両手でガッチリと「火竜の瞳」を握っている。

 もし落としていたら業火に包まれて、ふたりは即死だっただろう。

 

 マルグレットは大きく息を吸うと、短剣を構えて床を踏みしめる。

 

「ふん! この程度の罠で仕留めたつもりか! 

 聖騎士マルグレット・ルーセンベリも随分と安く見られたものだな!」

 

 語気を荒らげ、萎えそうな戦意を奮い立たせる。

 突風が白銀の鎧を包み、シルクのマントが大きく波打った。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「正しき者はより強い力を授かる。つまり力の強さこそが正しさの証明である」

 

 この歪んだ価値観が、テルティウスの世界での基幹だった。

 

 人口五千人ほどの都市単位で争いを繰り返す。

 連合や同盟、離反や裏切り。

 どの都市もくるくると立場を変えながら、戦乱に明け暮れる。

 

 男性は死ぬまで兵士として戦い続け、一方で女性は生産活動を全て担う。

 

 子供は四歳で親から引き離され、教育施設に入れられる。

 男子であれば戦う為に鍛え上げられ、女子なら農作業に家畜の扱い、家事全般を叩き込まれる。

 

 テルティウスも例外ではない。

 優秀な兵となるべく、育成施設に放り込まれた。

 しかし、生まれつき身体の弱かった彼は、初等訓練すらままならなかった。

 兵にとって強さは絶対基準。

 戦果を上げれば英雄と賞賛され、多くのものを手にできた。

 逆に戦えない者は社会的に排除される。彼は典型的な落伍者だ。

 

「拳骨が強いから優秀だなんて、バカバカしいよ」

 

 テルティウスの口癖だった。

 

 育成施設では学問も教えられる。

 初等算術や自然科学、それに加え戦術戦略。

 これら座学について、テルティウスは優等生だった。

 だが、それらはあくまで二の次。

 それらの知識が生かされるには、まず戦場で武功を立て、周囲に認められる必要があるのだ。

 

 育成施設に入って二年。

 六歳になったテルティウスは自身の体力が、周囲より大きく劣る事、それが努力で追いつけるものではない事を悟った。

 言うなれば運命だと。

 

 運命は神の領域。変えられるものがいるとすれば。

 

 テルティウスは自由になる時間の全てを費やして書物を漁った。

 しかし、子供が行き着ける場所なんてしれている。

 一年掛けて辿り着いたのは、「戦神を讃える詩を日に百度唱え、それを千日続ければ戦神の加護が授かる」というおまじないだった。

 

 日に百度、テルティウスはこれを続ける。

 千日に達し、なんの効果も現れなかった。

 それでも、いや、そこからなお一層テルティウスは真摯に、このおまじないを続けた。

 

 九歳のテルティウスは、育成施設でナンバーワンの学力を持つようになる。

 逆に体力面では最下位。

 このギャップは周囲から疎まれた。

 夕方、カリキュラムが終わると、「特訓」と称して暴行を受けるようになる。

 同年齢のグループから始まったそれは次第に広まり、やがて上級生や教官ですら不当な暴力を振るった。

 ストレスの多い集団訓練生活において、テルティウスのような存在は格好のはけ口だったのだ。

 

「正しき者はより強い力を授かる。つまり力の強さこそが正しさの証明である」

 

 この価値観においては、虐げられる人間が悪い。

 テルティウスはひたすら我慢し、戦神からの加護を待つしかなかった。

 

 その日も、テルティウスは訓練広場に呼び出された。

「棒術に対する素手での対応訓練」という名目で、何人もの相手に棒で殴られた。

 打ち付けられ、地面に転がると、無理やり引き起こされる。

 動けなくなっても、暴行は止まらない。小さく蹲る彼を囲い蹴り回す。

 

 テルティウスは死を覚悟した。

 こんな毎日が続けば遠からぬ内に命を落とすのは明白だ。

 

「こんなのが正しいなんて絶対におかしい! 

 世界を正しく変える力が欲しい! 僕は世界を正しく変えたい! 

 全てを叩き潰して!」

 

 テルティウスの叫びに。

 

「面白い。余の力を貸してやろう。全てを叩き潰してしまえ」

 

 誰かが答えた気がした。

 それと同時に全身の痛みが薄れ、逆に燃え上がるような熱が生まれていく。

 

 テルティウスの異変に気付いたのは、十二歳の上級生だった。

 

「なんか、こいつ変じゃない?」

 

 そのひと言に全員の動きが止まった。

 確かに奇妙だ。

 足元のテルティウスは頭を抱え込んで丸まっている。

 痩せて貧弱なはずの彼が、いつもよりふた回りほど大きく感じた。

 

 暴行が止むのを待っていたのか、ゆっくりとテルティウスが立ち上がる。

 周囲を囲っていた子供達がざわつく。

 さっき声を上げた彼、テルティウスより十センチ以上背が高いはずが、逆に数センチ見上げるくらいになっていた。

 それだけではない。

 薄っぺらい身体は厚みを増し、二の腕なんて三倍くらいになっているようにも思えた。

 肌は赤味を帯びている。

 

 みんなが動揺する中で、テルティウスの背がまた少し伸びた。

 

「なんだよ! お前!」

 

 得も言えぬ不安に駆られ叫んだ彼の頬を、テルティウスが平手で打ち払う。

 ごきゅっと音を立てて、その首がありえない方向まで回った。

 力なく崩れ落ちる様子を、誰もが呆然と見つめるしかできなかった。

 

 テルティウスが手を伸ばす。

 近くにいた子の首を掴み、軽く握る。

 それだけで喉を粉砕。瞬く間に絶命させる。

 

 ここに至って、ようやく子供達の認識が追いついた。

 悲鳴を上げる者。逃げようと踵を返す者。棒を構え臨戦態勢をとる者。

 それぞれが独自の反応をする。

 

 テルティウスが動いた。

 悲鳴を上げる子をなぎ倒し、逃げる子を蹴り飛ばし、棒を向ける子を叩き潰す。

 僅かひと呼吸の間に十以上の死体ができあがった。

 

 教官達が退避指示を出しながら立ちはだかる。

 異変に気付いて、他の教官や衛兵も集まってきた。全員が武器を手にしている。

 彼らはは容赦なく攻撃を加えた。

 叩き付ける棒が容赦なく額を割り、突き込む槍が深々と急所を抉る。

 多勢に無勢だ。

 

 しかし、テルティウスは倒れない。

 どれだけ傷を負っても、どれだけ血を流しても、怯む気配すら見せない。

 しかも時間と共に身体が大きく膨れ上がっていく。

 子供だったはずの身体は、教官達の倍以上。

 膨れ上がった筋肉は褐色の肌に包まれ、あどけなかった顔も、醜い禿頭の鬼と化していた。

 傷を受けても瞬時に回復し、豪腕が振るわれる度に死体ができる。

 

「一時撤退だ!」

 

 教官のひとりが叫んだ。

 不死の化け物と対峙する愚行にようやく気付いたのだ。

 

 教官数人が手にていた投げ槍を放つのを契機に踵を返すが。

 

 テルティウスは跳躍。

 教官達の後方に着地し、退路を断つ形になる。

 その巨体からは想像すらできないほど、テルティウスは身軽で素早かった。

 

 一分弱で教官達を片付けると、テルティウスは次の獲物を求め駆け出す。

 幸運にも育成施設には多くの子供達がまだ残っているし、育成施設の外にも沢山の人が暮らしている。

 理性なんて欠片も残っていない。ただ破壊衝動に突き動かされるままだ。

 

 我に返ると朝。

 都市に残っていたのは死と破壊だけだった。

 

 周囲を一瞥したテルティウスは全てを理解し、また冷静に状況を受け止める。

 不思議な事に、罪悪感や後悔は微塵も浮かばなかった。

 

 その後、テルティウスは近隣都市のひとつに英雄として迎えられる。

 それから半年間、戦いに明け暮れた。

 

 テルティウスの力は特殊だった。

 自身の奥底にある破壊衝動が開放されると、徐々に全身が膨張を始める。

 そして身体の大きさに比例して筋力や回復力が上がり、知性は反比例に低下していく。

 肉体的な能力が上限に達するには、約九十分が必要。

 その状態を維持できるのは約二時間だ。

 リミットを過ぎると急激に身体が縮み、元の貧弱な姿に戻ってしまう。

 そこから半日はまともに動けない。

 しかし二時間もあれば、彼の世界にあった都市を壊滅させるには十分だった。

 

 結局、テルティウスを擁した都市が、近隣都市を屈服させ支配下においた。

 強大な帝国が誕生。

 確かにテルティウスの望み通り、世界は大きく変わった。

 

 ほどなくしてテルティウスは毒殺される。

 戦いの消えた世界に、彼の居場所なんてあるはずなかったのだ。

 

 そして彼はヴァルハラに来た。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「全てを叩き潰せ! 変えるのだ! 世界を正しい形に!」


 頭の中で繰り返される言葉。

 まるで耳元で怒鳴られているようだ。

 

 暴れだしそうになる破壊衝動に、テルティウスは辛うじて抗っていた。

 左手で額を押さえ、右手を壁に這わせながら覚束ない足を動かす。

 ブルブルと小刻みに震える身体。

  止め処なく流れる汗。

 心臓は早鐘の如く打ち、意識が混濁し始めている。

 

 不意に足が止まった。ぼんやりと周囲を見回す。

 

 四方に壁がある。正方形の部屋のようだ。

 どこかの建物の中だろう。だが、不自然に広い。一辺十メートル近くはある。

 天井も床も、淡いオレンジに輝いていた。

 部屋の奥に巨大な像がひとつ。

 分厚い甲冑を纏い、巨大な槍を雄々しく掲げた隻眼の男だ。

 

「全てを叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ!」

 

 像を目にした途端、更に激しく煽りだした。

 しかも次第にボリュームが上がっていく。

 

「叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ! 叩き潰せ!」

「兄さん、助けて。助けて」


 わんわんと響く声に耐えきれず、テルティウスは頭を抱えて蹲る。

 その小さな背中がぐぐっと膨張していく。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 駆け寄ってくる流歌の足音に、光輝は大穴から顔を上げた。

 彼女の険しい表情に、不測の事態が発生した事を悟る。

 

「救援要請か?」

 

 確認しながらマルグレットの槍から伸びたロープを掴む。

 

「あ、いえ。違います。中は順調なようです。特に何もありません」

 

 光輝にしては意外な回答だった。

 

 マルグレットとシャルロッタが大穴に入ってから十五分ほど経つ。

 罠にしろ、待ち伏せにしろ。そろそろ何か動きがあると思っていたからだ。

 

「五分おきくらいに、笛吹くように言っとくべきだったな」

 

 定期連絡させなかったのは大失敗。

 穴を眺めて、気を揉むだけになっている。

 

「あの、マルグレットさん達ではなくて、テルティウスさんなんですけど」

 

 言われて広場の端に視線を向けた。

 

 シャルロッタの肩掛け鞄を枕代わりに、うとうとしている小さな賢者。

 その傍らに座っていたはずの少年の姿が消えている。

 数分前までいたのは確かだが。

 

「すいません。マルグレットさん達ばかりを気にしていて」

「いや、流歌の優先はそれで正解だ。ぼんやりしてた俺が悪いな」

 

 言いながら広場を見回す。視界内にはいない。

 

「勝手にどっか行く奴じゃないんだけどな。ちょっと探してくる」

 

 肩掛けホルダーのサバイバルナイフを念の為に確認、駆け出そうとするが。


「待ってください。わたくしが探してきます」

 

 流歌は微笑みつつも軽く嗜める。

 

「冷静になってください。わたくしは聴覚を置いて移動できます。

 また特定の場所であれば、音や声を届けることもできます」

「そうか。

 マルグレットが笛を吹いたら、どこにいても解るし、俺に知らせることだってできるんだったな」

「はい。ですが、わたくしは戦闘が不得手。

 マルグレットさんのところに駆けつけても、足手まといにしかなりません」

「解った。すまないが、テルティウスを頼む」

「任せてください。では行って参ります」

 

 軽く一礼すると、踵を返した。

 

 華奢な後ろ姿が路地のひとつに入っていくのを見送ってから、光輝はひとり愚痴る。

 

「どうにも嫌な予感がしてきやがる。マルグレットを追ってみるべきか」

 

 穴を覗き込んだところで、背後で小さな呻き声が上がる。

 力なく頭を振りながら、クゥ・リンが身体を起こそうとしていた。

 走り寄って、座れるように身体を支えてやる。

 

「まだ調子悪いか。

 シャルロッタが甘い飲み物を置いていってくれたぞ」

「好意だけ頂いとくわ。またミミズの搾り汁だと嫌だし。

 むうぅぅ、まだ意識がぼんやりするわね。

 あれ? 他のみんなは?」

 

 普通の水をカップで手渡すと、現状を端的に伝えた。

 と、聞き終えたクゥ・リンの瞳が吊り上がる。

 

「あんた、何やってんの! 戦力を分断しちゃってるでしょ!」


 

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