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【第5章 2話】

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「まさかだよな」

 

 這い蹲るような姿勢になって、光輝が言葉をこぼす。

 顔を上げて、幹の端に刺さったナイフを見つめた。

 

 四体のゴーントの騎士が油断なく、距離を詰めようとしてきている。

 

「そんなに警戒するなよな。もう終わりだ。詰んだよ」

 

 ゆっくりと身体を起こすと、地面に胡坐を組む形で座った。

 

「お前らはただ自動人形なんだよな。

 命令は的確にこなせるだろうけど、不測の事態には対処できない。

 俺がこうやってるのだって、何してるのか解らないんだろうけどさ」

 

 大仰に溜め息をこぼした。

 

「プロに必要なのは確実さなんだよ。

 どれだけ近付いても投げつけるなんて、ミスの可能性が残る手を選択するわけがねえだろ。

 やっぱりきちっと置く方が安心だ。

 それにしても」


 通りを振り返る。

 遥か先の道端に転がる緩衝材の包み。

 

「こんなにうまくいくとはね。まさか、思わなかったよ」

 

 右手を振る。

 ひゅんっと空気を割る音が鳴った。

 タングステンワイヤーだ。


 袖口から伸びたそれは結ばれていた。

 大木の幹に刺さっているナイフの柄に。

 

「影さえ繋がれば、どこからでも物は取り出せる。

 要はどうやって木の半径五メートル以内に近付くかだったんだよな。

 お前らが罠を張ってくれたお蔭で、無事に近付けて良かったよ。

 感謝の言葉を一筆添えてやりたいところだけど」

 

 左手でワイヤーを大きく引っ張った。

 たゆんでいたワイヤーが流動的に動き、力を伝える。

 刺さっていたナイフが幹から抜けた。

 

「そういうのはマネージャーを通してくれ。

 意外とプロってのは窮屈なんだよ」

 

 ナイフはそのまま重力に引かれる。

 落下地点。

 ナイフが作る影から、ひとつの球体が現れた。

 下膨れで陶器製。上四分の一ほどが透明ガラス。

 中には白い芯と、それを包むように赤い液体が満たされている。

 

 ナイフがカチャンと冷たい音を上げた。

 ガラスの破片が飛び散る。

 

「確かに強度に難ありだぞ、シャルロッタ。

 こんなに壊れ安いと持ち運べないぜ」

 

 直後、火柱が起こった。

 業火の渦が根元から大木を飲み込む。

 ぱちぱちと空気の爆ぜる音を上げて、木が燃え崩れ始めた。

 それに同調するかのように、ゴーントの騎士達も砕けて砂粒化していく。

 

「どうだ、マルグレット。

 見事なもんだろ。これがプロの仕事ってやつさ」

 

 近付いてくる聖騎士にそう投げた。

 

「ふん。何を偉そうに。だが、褒めておいてはやる。感謝しろ」

「どっちが偉そうなんだよ。それより腕は大丈夫なのか?」

「問題ない。

 傷口が開いただけだ。大袈裟に見えるが痛みはない」

「それならいいけどな。

 ちゃんとシャルロッタに手当てしてもらえよ」

 

 光輝が腰を上げる。

 

「何にせよ、これでミッション終了だからな。

 あとは帰るだけだ」

「今回は苦労させられたな。

 これも全てリーダーの能力不足が原因だ。猛省しろ」

「マルグレット、プロの俺がいいことを教えてやろう。

 ミッションってのは成功したら結果重視で、失敗したら過程を評価するものなんだぜ」

「流石はプロとやらの意見だな。呆れてものも言えん」

 

 マルグレットは踵を返すと、無愛想に「さっさと神殿に戻るぞ」と残して歩き出す。

 

 光輝は数歩あとを追いかけながら、下らない冗談を口にする。

 

「まだ結界が消えてなかったりしてな」

「不謹慎な寝言を垂れるな。そういうのが現実になるんだぞ」

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「結界は健在です。弱まった感触もないです」

 

 町の東門から両手を外に突き出して、シャルロッタが残念そうに告げた。

 

 当惑と失望の混ざった視線が一斉に向けられたのを感じつつも、光輝はあくまでマイペースを装って肩を竦める。

 

「ま、世の中ってのは、思い通りにいかないもんさ」

「そんなことは言われなくても解っている。

 聞きたいのはこれからのプランだ」

 

 マルグレットだ。

 槍を近くの壁に立て掛け、兜を小脇に抱えている。

 

 他のメンバー、テルティウスと流歌は特に言葉なく光輝を見るだけ。

 だが気持ちは同じ、指示を待っているのだろう。

 唯一無反応なのはテルティウスに背負われて眠っているクゥ・リンだけだ。

 

「ともかく広場に戻ってみるか」

「はい。あの木を調べてみるんですね。

 わたくしもそれがいいと思います」

 

 流歌がそう言って笑みを作る。

 

「でも急いだ方がいいと思います。日没まで二時間くらいでしょう。

 夜になるとどうなるか、想像すらできません」

「確かに嬉しい状況にはなりそうにないか」

「ふん。その意見には賛成だ。

 みんなついてこい。広場に戻るぞ」

 

 割り込んで仕切ったマルグレットが先導する形で広場に到着。

 が、広場の真ん中、炭化しながらもどうにか立っていた木がなくなっていた。

 代わりというべきか、生えていた地面に直径三メートルほどの穴がある。

 

 槍を油断なく構えるマルグレットの横を、光輝がすり抜けていく。

 

「マルグレット、飛び道具を警戒だ。

 シャルロッタと流歌は、周囲の状況確認。

 テルティウス、居眠り賢者様を頼むぞ」

「待て! 無謀だぞ!」

 

 マルグレットが叱責を飛ばすが、微塵も気に留めない。

 穴まで駆け寄るとしゃがみ込んだ。

 穴の周りには黒い粉が散っていた。

 

「ゴーントの騎士が崩れた時に近い。

 あの木も破壊されたら、粉になるってのか」

「リーダーがちょろちょろと無謀な動きをするな」

「安心しろ。俺はプロだ。運はずば抜けていい」

 

 光輝の発言はマルグレットの琴線に触れなかったらしい。

 呆れを通り越して、憐れみのこもった目を向けられてしまう。

 

「失礼な顔するんじゃねえよ。傷付くだろ」

「コーキさん、周囲に空間の乱れはなさそうです」

「付近に音を発している物はありません」

 

 ふたりの報告にマルグレットもやや警戒を緩める。

 

「となると、問題はこの穴だね。兄さん、どう思う?」

「ちょっと中を覗いて見る。

 シャルロッタ、明かりを頼めるか?」

「はい。

 落とすと火達磨になりますから、気を付けてくださいね」


 シャルロッタ作成の「火竜の瞳」を今度は本来のランプとして使用。

 照らしながら、慎重に中を覗き込んだ。

 

 穴の深さ、つまり下の地面までは四メートルほど。南北にトンネル状に伸びている。

 トンネルの幅は狭く、光輝が両手を広げたら一杯だ。

 

「床や天井の土はガッチリ固められている。

 人口的に作られた物だな。

 南側は十メートル弱で行き止まりみたいだが、北はずっと延びてる。

 かなりありそうだ」

「光輝さん、微かですが風の音が聞こえます。

 外に抜けているんだと思います」

 

 流歌の言葉で、光輝にチームメイトの視線が集まった。

 

「また指示か。マジ勘弁してくれよ」

 

 大仰に溜め息と愚痴をこぼしてから。

 

「ボスを倒すと、新ダンジョンができて先に進める。

 これはパターンなんだが」

 

 正直、こんなのはゲームの中だけ。現実にはないと思ってしまう。

 もし起こったなら。

 

「どうにも罠っぽいんだよな」

 

 だが、他に進む道も見当たらない。

 ここは思案のしどころかと首を捻る。

 

「光輝さん、リスクは解ります。

 ですが、ここで手をこまねいていても現状は変わりません。

 全員でなら不測の事態にも対応できると思いますが」

「それはどうだろう。

 道幅が狭いよ。大勢だと身動きがとれなくなるんじゃないかな」

 

 テルティウスの言は、遠回しに突入反対を訴えていた。

 

「流歌、もっと音で探ることはできないのか? 

 例えば五メートルずつ北に移動して、音を集めていくみたいなことは?」

「それは難しいです。

 わたくしの力は特定の地点の音を拾ったり、そこの音をコントロールするものです。

 何もない地点なら問題ありませんが、そこに物体があった場合は聴覚にフィードバックがきます。

 人間くらいなら、ぶつかっても耳鳴りくらいですみますが、壁などがあると厳しいです。

 数時間は聴覚が鈍くなります」

「なかなか難しいんだな」

「すいません。あまり利便性がなくて。

 視界内が理想ですが、せめて地図くらいはないと」

「いや、その制限があっても十分に便利だ。

 ピザの出前はやりたい放題だろ」

「ピザ? 出前?」

 

 意味が把握できず眉根を寄せる流歌。

 そんな彼女をフォローしたのはマルグレットだ。

 

「気にする必要はない。どうせ下らない冗談の類だろう」

「冗談ってのは下らなくて正常なんだよ。

 抱腹絶倒してたまるか」

 

 軽口を返しながらも、光輝の表情は冴えない。

 ちらりとテルティウスに担がれたクゥ・リンを見やる。

 

「やっぱり俺が決めるしかないのか」

「コーキ、いいか。流歌の主張には一理ある。

 ここで悩んでいても状況は変わらない。

 確かに待ち伏せの可能性は否定できないが」

「いえ、特に音は聞こえません。無人のはずです」

「それでも罠の可能性は残る。

 全員が中に入ったところで、埋められでもしたら終わりだ。

 ならば、少人数で偵察するのがベストじゃないか」

「戦力を分断するのは下策だ。

 マルグレット、そのくらい基本だぞ」

「最低限のリスクをとれと言ってるんだ」

「そうか、そうだな。

 確かに現状手掛かりもないか。よし、じゃあ俺が」

「待て。

 ここは武技に優れ、常に沈着冷静で思慮深い私こそが最適だ」

「武技は認めるが、そこから後ろは訴訟レベルの嘘だぞ」

「ふん。お前に人を見る目がないだけだ。

 不毛な議論は要らん。さっさと明かりを貸せ」

 

 突き付けられた右手に、光輝は数秒思案してから。

 溜め息交じりに「火竜の瞳」を置いた。

 

「解った、頼む。

 一応言っておくが、無茶だけは止めてくれよ」

「まるで私が無茶をしたことがあるような言い草だな」

「マルグレットさん、念の為にこれをお持ちになってください」

 

 流歌が差し出してきたのは指先サイズのホイッスルだった。

 

「これは普通の人には聞こえない音を、遠くまで響かせることのできる笛です。

 不測の事態に吹いてください。

 わたくしは入り口付近で音を拾えるようにしておきます」

「救援が必要になったら使わせてもらおう。では行ってくる」

「あ、あの。ま、まま待ってください。

 私も、私も一緒に行きます」

 

 いきなりシャルロッタが挙手して訴えた。

 

「必要ない。役立たずは足手まといになるだけだ」

「マルグレット!」

 

 光輝が叱責に近い声を上げる。しかし、マルグレットは。

 

「事実だ。お前が足を引っ張る以上の役に立つとは思えない」

 

 素っ気なく言い重ねた。

 

 シャルロッタが全身を強張らせ、ぎゅっと拳を握る。

 

「判断するのはリーダーのコーキさんです。

 コーキさん、指示をお願いします」

「シャルロッタ、すまないがマルグレットについていってくれ。

 マルグレット、リーダーの俺はそう判断するが不服か?」

「不服だ。しかし、リーダーには従うしかない」

「ありがとうございます。では「火竜の瞳」を返してください。私が持ちます」

 

 丸いガラス細工の明かりを受け取ると、踵を返して穴を覗き込んだ。

 

「あの、どうやって下りたらいいですか?」

「だそうだ。リーダー、指示してやれ」

「とりあえず支度を調えようか。

 シャルロッタ、荷物にロープはあるよな。

 流歌、悪いが手伝ってくれ。

 テルティウス、クゥ・リンはそこら辺に寝かせて、周囲警戒を頼む」

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 マルグレットが槍を地面に深く打ち込み、そこを支点としてロープを下まで伸ばした。

 万が一を考えての脱出用である。

 穴の底までは、マルグレットがシャルロッタを右手一本で抱き上げて飛び降りた。

 風の足場を使えば造作もない事だ。

 

「シャルロッタ、マルグレットを頼んだぞ。

 無茶したら、ぶん殴ってやれ」

「はい! 任せてください! では行って来ます」

 

 覗き込んだ光輝に満面の笑顔で手を振ると、踵を返してトンネルを北に駆ける。

 明かりが届くギリギリまで先行しているマルグレットに追いつく為だ。

 

「すいません、マルグレットさん。お待たせしました」

「今からでも遅くない。足手まといになる前に戻るんだ」

 

 素っ気ないひと言に、シャルロッタは首を振って弱々しい笑みを作る。

 

「私のことは気にしないでください。

 明かりを持つくらいしかできませんから」

「明かり持ちなんて、尚更必要ないな。そもそも……」

「左手、ほとんど動かないんですよね」

 

 兜の奥で、マルグレットが微かに息を飲む。

 

「コーキさんから「火竜の瞳」を、右手で受け取った時に気付いたんです。

 傷が悪化してるんだなって。それに包帯交換も拒否されちゃいましたし」

 じっとり見つめるシャルロッタに、マルグレットは軽く肩を竦めた。

「暴れ過ぎたみたいだ。指先の感覚が薄い。物を掴んだりはできなくなっている。

 だが、回復を待っている時間はない。

 夜にどんな仕掛けがあるか解らないからな」

「はい。マルグレットさんは正しいと思います。

 だから、私は一緒に行くことにしたんです。

 「火竜の瞳」を右手に持ってると、不測の事態に対処できませんから」

「だが、不測の事態をいうなら、やはりお前は戻るべきだろう。

 ここは狭く槍が使えない。

 短剣はあくまで補助武器だ。他人を守ってまで戦える自信はない」

「ご心配には及びません。

 私だってエインヘルアル、《竜の巫女》なんです」


 少し胸を張って、自慢気に必殺の秘薬「火竜の吐息」の包みを見せつける。

 

「狭い空間で竜の炎から逃れる術はありません。

 それにマルグレットさんは風を操れるんですよね。

 竜の炎は空気と混じることで威力が増すんです。

 全く不安はありません」

「そうか。心強いな。頼りにさせてもらおう」

 

 腰の短剣を抜いた。

 

「後ろからついてきてくれ。

 明かりはできるだけ遠くを照らすように頼む」

「はい。任せてください」

 

 進むマルグレットから、一歩下がって続く。

 

「シャルロッタ、さっきは言葉が過ぎたな。許してくれ」

「ついて来ないように厳しい言葉を選んだんですよね。

 解っています。

 それに、マルグレットさんの言葉が酷いのは、いつものことじゃないですか」

「む。そんなつもりはないが。

 そう言えば以前、口先賢者に不穏な発言が多いと言われたことがある。

 下らない冗談だと聞き流していたんだが」

 

 マルグレットの後ろで、シャルロッタは驚愕する。

 聖騎士の不穏当極まりない言動が天然物だったとは! 

 俄に信じられなかった。

 

「コーキさんは、性格が歪みきっているからだって言ってたような」

「ん。なんの話だ?」

「あ、いえ、こっちの話です。あは、あはははは」

「ところで、シャルロッタ。風の流れを感じるか?」

「え? いえ、空間的には上と変わってない感じがしますけど。

 あ、マルグレットさん」

 

 ほぼ同時に気付いたのだろう。

 マルグレットも頷いて足を止めた。

 

 数メートル先で左右の壁が途切れている。

 広い空間があるようだ。

 

「シャルロッタ、戻るなら送ってやる」

「その後、マルグレットさんひとりで進むんですよね。

 そんなのダメです。

 コーキさんに、任せてくださいって言っちゃったんです」

「お前は随分とあいつに懐いているな。

 いや、ゲナンディやアポロニウスも、気が合うと言っていた。

 ビリィの阿呆は親友だと公言しているし、テルティウスに至ってはべったりだ。

 まったく、あんな奴のどこがいいのやら」

「コーキさんは優しくていい人ですよ。

 どうしてマルグレットさんは、コーキさんを毛嫌いするんですか?」

「ふん。殺し屋なんて自称する連中が嫌いなだけだ。

 自分の損得で他人を殺める人間なんてゴミ以下のクズだからな」

「でも」

「無駄口はいい。

 戻らないなら、小さくなってついてこい。背後に気を配りつつだぞ」

 

 冷たく打ち切ると踵を返した。

 


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