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【第4章 3話】

 下に比べると、上は普通に二階分くらいの階段だった。

 上がりきると、立派な装飾がされた観音開きの扉がある。

 

 扉の向こうは、いわゆる礼拝用の部屋なのだろう。

 数十人が優に入れる空間だった。

 柱や間仕切りの類はなく、手前から部屋全体の七割くらいまで簡素なベンチが整然と並ぶ。

 奥は天井の明かりがワンランク強くなっており、三メートル以上あろうかという巨大な石像を照らしていた。

 猛々しく足を上げる八本足の馬。

 それに跨がって槍を握る隻眼の戦士である。その造型は神懸かり的なほどに緻密で、今にも色を持ち、動き出しても不思議ではない躍動感を放っていた。

 

 しかし、光輝の視線は立派な像より、その足元に釘付けになった。

 見えない力に引っ張られるように進む。

 直ぐ傍まで来ると、ぎりりと奥歯を噛み締めた。

 

 ふたりだ。

 ひとりは女の子、年齢的には十歳未満。

 胸にもう少し年下、おそらくは五歳ほどの男児を抱きしめるような姿勢で倒れている。

 簡素な七部袖のシャツに、脛までのズボン。シンプルなフード付きの外套。

 ピンクと水色という違いはあれど、デザインはほぼ同じ着衣だった。

 おそらくは姉弟なのだろう。面影がある。

 

 土気色の頬にこびりついた疲弊。

 カサカサに乾いた唇と、固く閉じられた瞳。

 それは彼女達の命が尽きている事を雄弁に語っていた。

 

「一応はコーキが確認してからと思ってね」

 

 近くのベンチでクゥ・リンが告げた。

 小さな賢者の隣には、毛布を抱えて瞳を潤ませたシャルロッタ。

 流歌とテルティウスも沈痛な面持ちだ。

 

 光輝が女の子の首元に指先を当てる。

 やはり脈は停止。しかし肌にはまだ瑞々しさがあり、腐敗臭もない。

 死後、数時間くらいに思える。

 

「随分と痩せてる。死因は衰弱死、かもな。ただ妙なのは……」

「この空間の作用みたいなの。

 物体が劣化しないようになってるんだって」

「はい。

 結界の一種だと思いますが、対物時間の進行が遅くなってるみたいです。

 その、宗教施設なので、死体防腐の為かもしれません」

 

 何度も鼻をすすりながら、シャルロッタが補足する。

 

「この世界の魔法とやらか。

 特に外傷はなし。ふたり共、靴を履いてないな」

 

 さっと検分。

 死体から情報を引き出す術は、殺し屋として叩き込まれている。

 

「左手に握ってるのは木の札か? 同じ物だな。

 三角形が彫り込まれている。宗教的なシンボルか。

 状況的にここまで逃げ込んでは来たが、食糧が尽きてってところか。

 ふたりだけで頑張ったじゃないか。偉かったな」

 

 小さな頭を優しく撫でる。

 

「割り込むようで悪いけど、ふたりだけじゃないみたいよ。

 そこの椅子の下を見て」

 

 クゥ・リンの指を追って、隅っこのベンチまで移動する。

 リュックサックが、七個ほど押し込んであった。

 中は着替えが少々残っているだけだ。

 

「どれも小さいな。おそらく子供の物か。ということは、生きてる子が」

 

 言葉を止めた。

 ふたりの状況を見て、生存者を期待できるはずがない。

 

「この町は周囲を含めて墓地らしいものがなかったよな」

「埋葬方法は文化によって差が大きいけど、少なくとも土葬や火葬じゃなさそうね」

「となると下のあれか」

 

 死体の残っているふたりが最後の生存者だったとすれば、彼女達が死体を片付けた事になる。

 外には出られない。

 この建物内にそれらしい物があるとすれば。

 

 光輝の推論に反対意見はなかった。

 

「シャルロッタ、このふたりを弔ってやれるか?」

「それは、あの、私の集落と宗教的な差があると思いますし」

「いや、お前のでいい。ここの神様って、こいつなんだろ」

 

 猛々しい戦士像を一瞥。

 

「こんな小さい子が懸命に縋ってんのに、何もしてやらないクズ神様だからな。

 むしろ、他のやり方が報われるってもんだ」

「コーキ、熱くならないの。

 そもそもあんたは神の干渉に反対なんでしょ」

「ああ、そうさ。でもな、この子達にとっちゃ助けてくれる神様なんだろ。

 衰弱して死んじまうまで、懸命に頼り続けたんだろ。

 なんで放ったらかしにしやがったんだよ!」

「コーキさん」

「……なんてな。柄にもない冗談だったな。

 ま、むさくるしいおっさんの神様よりは、キュートな巫女さんの方が俺の好みってだけさ」

  

 大仰に肩を竦める。

 

「頼めるか、シャルロッタ」

「はい。解りました。私のやり方でふたりをお送りします」

「マルグレット、みんなを下に案内して……。マルグレット?」

 

 扉の前、直立不動で固まっている聖騎士に光輝が眉を顰める。

 

「どうしたんだ、マルグレット。マルグレット! おい!」

 

 大きく声を張ってようやく聞こえたのか。

 びくっと全身を振るわせた。

 

「マルグレット、大丈夫か?」

「あ、当たり前だ! 

 この私は聖騎士マルグレット・ルーセンベリだぞ!」

 

 全員が驚くほどの反応だった。

 自分でも過剰さに気付いたらしく。

 

「いや、すまない。少し考えごとをしていた。

 その、すまなかった」

「色々と思うところがあるのは解るよ。こっちこそ悪かったな。

 で、このふたりを弔ってやりたいんだ。

 案内がてら、運んでくれると助かるんだが」

「私が運ぶのか?」

 

 マルグレットが身を引く。

 

「いや、それは構わない。

 構わないが、その、なんだ、腕に少し痛みがあるんだ。

 できれば休ませて欲しい」

 

 珍しく取り乱すマルグレットに、流歌とシャルロッタが顔を見合わす。

 テルティウスも小さく首を傾げた。

 そんな妙な空気の中で光輝は。

 

「ここに来るまでに、かなり無理してもらったからな。

 逆に休憩してもらえると助かるよ」

「勝手を言ってすまない。

 下のエントランスにいる。何かあったら呼んでくれ」

「あの、マルグレットさん。

 怪我の具合が良くないなら包帯を替えて薬を……」

 

 シャルロッタが肩掛け鞄を抱えて、駆け寄ろうとするが。

 

「大丈夫だ! 構わないでくれ!」

 

 半ば怒鳴るように返すと、部屋から出て行ってしまう。

 

 取り残されて呆然とするシャルロッタ。

 その細い肩に光輝が軽く触れる。

 

「こんなだからな。誰でも動揺するさ。

 あいつの場合、聖騎士として気丈に振る舞おうとしてるから余計にな。

 ま、元から感じの悪い奴だけど、今回は特別だ。許してやってくれ」

「そうですね。私もちょっと泣いちゃいましたし」

  

 振り返って、えへへと力なく微笑む。

 

「シャルロッタ、頼むな。

 流歌とテルティウスも、悪いが運ぶのを手伝ってやってくれ」

「あの、コーキさんは?」

「俺は殺し屋だからな。

 人殺しで飯食ってきた最低の奴に見送られるなんて、あまりに不幸だろ」

 

「でも」と反論しようとするシャルロッタから、光輝は視線を逃がす。

 

「クゥ・リン、お前さんは残ってくれ。

 今立てている作戦についての助言が欲しい」

「了解よ。

 あたしも湿っぽいの苦手だし、その方が助かるわ」

「シャルロッタ、その毛布を使わせてもらっていいんだよな」

 

 驚くほどに軽くなったふたりの身体を優しく包んだ。

 

「兄さん、僕らでちゃんとやっておくから」

 

 テルティウス達が丁寧に運び出すのを待って、光輝はクゥ・リンの隣に腰を下ろす。

 

「まだ調子悪いのか」

「身体がうまく動かせないの。

 ヴァルハラに戻って、きちんと治療しないとダメね」

「虫も使えないか」

「無理みたい。

 それ以前に、残ってた分も焼かれちゃったみたいなんだけど。

 あと、意識も混濁気味なの。

 悪いわね。すっかりお荷物になっちゃって」

「下らないこと言うんじゃねえよ。

 お前がいなかったら、最初の攻撃で終わってたさ」

「そう? ま、それならそれでいいわ。

 で、なんの話? 見当はついているんだけどね」

「ゴーントの騎士だっけか。お前が造ったとかなんとか」

「あたしもちゃんと話しておきたかったの。

 悪いわね、気を遣ってくれたんでしょ。

 他のメンバーに聞かせないように」

「別にそんなつもりはなかったけどな。

 タイミング的に今聞いておこうと思っただけだ」

「ま、それならそれでいいわ。ゴーントの騎士は、生きてる頃に造った物なの。

 ちょっと遠回りになるんだけど、あたしのいた世界について少し話すわね」

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 世界は疲弊しきっていた。

 無理もない。五つの大陸が争い続けた戦争が、ようやく終わったのだ。

 しかし二十年の激戦で、完備されていたライフラインは壊滅。

 修復の資材も技術も労力も足りない。

 人類の未来には衰退しかない。誰もが悲観していた。

 

 しかし、それを覆したのが歴史上初の統一王となったガドゥ・ロワだ。

 戦時にあっては堅実に勝利を重ねる優れた将。

 また戦後は敗戦国を虐げる事なく民政を敷いた。

 

 彼は従来の技術体系の限界を悟る人間でもあった。

 彼は戦乱を乗り越えた賢者達を呼び集め、技術の革新に挑む。

 そして魔術媒体として使われていた希少昆虫に改良を加え、エネルギーを生む魔導昆虫を造り出した。

 ガドゥ・ロワはその培養法だけではなく、研究の派生で生まれた技術の全てを世界に行き渡らせる。

 結果、人々はどうにか危機的状況を脱した。

 

 人類を救った偉大な賢王ガドゥ・ロワ。

 しかし、彼は満足しなかった。

 更なる向上が全人類の幸福に繋がると考え、賢者達の研究に莫大な資金を投入し続ける。

 そのある種貪欲な姿勢が彼の更なる名声に繋がった。

 

 もちろん、ガドゥ・ロワに欠点がなかったわけではない。

 彼は清廉潔白を好み過ぎた。

 不正に対しては度を超して苛烈。

 特権を使い私腹を肥やした賢者や官吏は、それまでの功績に関らず親族を含めて極刑に処した。

 

「特権に溺れる者は、人類にとっての悪害に他ならない」

 

 苦言を受けても主張は曲げなかった。

 

 ある日、ガドゥ・ロワの耳に天才賢者の噂が届く。

 まだ子供でありながら、魔導昆虫の培養や改良に掛けては当代随一。

 その名をクゥ・リンといった。

 

 クゥ・リンの造り出した試作昆虫に、ガドゥ・ロワは驚愕する。

 彼女が改良したエネルギー供出昆虫は、従来の物に比べて繁殖能力が三割、出力は二割も勝っていた。

 

 ガドゥ・ロワはクゥ・リンの才覚に多大な期待を掛けた。

 彼女の要望を聞き、郊外に研究施設を与え、潤沢な資金を用意。

 一方、クゥ・リンも自身の能力を惜しみなく提供し、復興の一翼を支えた。

 

 人々の指先が希望に触れ始めた頃、ガドゥ・ロワはクゥ・リンを直々に尋ねる。

 目的はふたつの研究依頼だった。

 

 ひとつは住民の不満を広く極秘裏に吸い上げる方法の検討。

 もうひとつは不足している労働力を補う人造生物の製作。

 

 これらに対し、クゥ・リンは半年という短期間で答えを出す。

 

 前者に対しては、視覚情報収集器官を備えた羽虫型の魔導昆虫を造りだした。

 彼女自身は卓越した処理能力で、数百匹をコントロールできるが、普通の人間には到底できない。

 ひとりの情報収集担当官が五匹前後を扱えるように訓練し、市民生活を密かに偵察。

 不満に繋がる部分を洗い出すシステムを提案した。

 

 それに比べ、後者はかなり難航した。

 単純に魔導生物を生み出すだけでは、人間がそれに依存してしまうリスクがある。

 ある程度人口が増えた時点で手放せるような仕組みでなければいけない。

 そこで長き戦争で生まれた負の遺産を利用しようと考えた。

 つまり、死体をエネルギーとして動く人造生物だ。

 

 クゥ・リンの世界では肉体はただの器であり、死後価値を持たないという考え方が中心。

 権力者も一般人も金持ちも貧困者も、死んでしまえば一箇所に集めて埋められるだけ。

 二十年の戦争とその後の混乱は、至る所に巨大な墓地を作っていた。

 これを利用しない手はない。

 

 この人造生命体はドロっとした液状から始まる。

 墓地等に一定量を撒けば、数日で周囲の死体を分解再構成し人型の生物に変わる。

 彼らは思考を持たない。

 刷り込まれた上官の命令を忠実に実行する半自動人形だ。

 傷を受けても体内のエネルギーを転換して短時間で修復。

 しかもエネルギーの残量が減ると、近くの死体を吸収し補充する。

 周囲に死体がなくなれば、彼ら同士で結合して補い合う。

 つまり死体がなくなれば減っていく。

 言うなれば、復興が進み、人口が増えていくのと反比例していく形になる。

 

「この人形達なんだけど、「ゴーントの騎士」ってのはどうかしら? 

 戦争を長引かせることしかできなかったナイト様の称号を冠するなんて、誉れの極みってもんじゃない?」

 

 流石のガドゥ・ロワも、この悪趣味な皮肉に眉を顰めたと言われている。

 

 市民の不満は人知れず解消され、不足する労働力も補充されていく。

 ガドゥ・ロワはこの見事な成果に心からの礼を述べ、クゥ・リンも賢王の先見を大いに賞賛した。

 

 それから三年が過ぎた頃だ。

 人と交わる事もなく、黙々と魔導昆虫の研究に打ち込むクゥ・リンのところに、ひとりの少年が訪ねてきた。

 痩せ細り衰弱しきった彼は、クゥ・リンをひと目見るなり、縋り付くように訴える。

 

「かつて賢王と呼ばれたガドゥ・ロワは、恐るべき独裁者に成り下がってしまいました。

 最後の賢者クゥ・リン様、どうか我々の力になってください。

 狂王ガドゥ・ロワを打ち倒す智恵と力をお貸しください」

 

 クゥ・リンはただ驚くしかなかった。

 僅か三年の間に何が起こったのか、見当すらつかなかったのだ。

 仕方ない。

 卓越した技術を持とうが、余りある才能に恵まれようが、所詮は十歳そこそこ。

 世間知らずの子供。

 自分の造り出した物が、どんな未来を生み出す事になるか、想像しろという方が無理だったのだ。



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