【第4章 2話】
「ちきしょう。倉庫側に逃げたのが失敗かよ。南側に退くべきだったのか」
南は民家エリア。
二階建ての建物が多く、天井板も張ってあるはずだ。
「今更、そんな後悔をしている場合か!」
状況に気付いたのはマルグレットだけではなかった。
倉庫の後方に控えていた三人も、光輝達に駆け寄ってくる。
「兄さん、これは洒落にならないよ。このボロ造りだとそんなに持たない」
「こ、コーキさん、なんとかしないと、あの光の攻撃がきちゃいます」
「後続の足音です。増援が来ます。これはかなり危機的状況です!」
全員が異口同音に告げる。
「コーキ、指示だ!」
「コーキさん! し、指示をお願いします!」
「光輝さん、早く対処方法を、指示をください!」
「兄さん、僕はどうすればいい。指示してよ」
「なんだよ! このハードモードな展開は!
普通、初任務はチュートリアルだろっが!」
理不尽な展開に、光輝もつい不平を怒鳴ってしまう。
「えぇい! 討って出る以外ない。
私が突破口を開く。とにかく別の建物に移るぞ」
「で、でも他の倉庫は鍵が」
「壁をぶち抜く。
ここにいるよりはマシなはずだ。コーキ、そう指示しろ」
「待て。待ってくれ、マルグレット」
マルグレットは意外にも素直に従い続きを待つ。
「コーキ、打開策を思いついたのか?」
「まだだ。
ただ言えるのは、他の倉庫に移ってもこれを繰り返されたら詰む。
そもそも、あの光の雨に晒されたら、短時間でもダメージは甚大だ」
「それはそうだが。
ならどうする? 大通りを突っ切って南に移動するか?」
「そそそ、それこそ無理ですよ! 途中で動けなくなってしまいます!」
「よしんば移動できたとしても、追撃を凌ぐ余力が残るとは考えられません」
「兄さん、やっぱり僕が戦うよ。
三十分だけ時間を稼いでくれれば、なんとかするから」
「解った、みんな。ちょっとだけ考える時間をくれ。
くそ。もっと丈夫な建物に逃げ込んでさえいれば。
ん、待てよ。確か」
言葉を止めて、数秒思考を巡らせた。
「テルティウス、倉庫の建物はどれも似たような造りなんだよな。
並びはどうだった?」
「クゥ・リンからの情報と、僕が移動中に見た感じだと、どれも同じような安っぽい造りだよ。
それと二メートルくらいの等間隔で並んでるかな」
「そうか。マルグレット、お前の槍なら壁をぶち抜けるんだよな」
「このくらいの薄っぺらい壁なら造作もない」
「よし。みんな、急いで移動するぞ」
落ち着いた様子の光輝に、それぞれ出口に向かおうとするが。
「逆だ。北側の壁をぶち抜いて逃げるんだ」
訝しげな表情になるチームメイトに、光輝は不敵な笑みを添えて告げる。
「あっただろ、丈夫な建物が。砦として使えそうなくらいのが、よ」
◇◆◇◆◇◆◇◆
壁が吹き飛ぶ。
突き出された穂先に残った風が、ぎゅるると小さな渦を描いている。
マルグレットの槍が穿ったのは、直径二メートル近くの穴。
壁として残っている部分もある、と表現したくなる有様だ。
「このまま一気にいくぞ!」
マルグレットが駆け出そうとするが、光の雨が遮るように降り掛かってきた。
勢いは土砂降りに近い。
盾をかざして蹈鞴を踏む。
「くっ、これでは無理か」
「大丈夫だ。マルグレット、ちょっと槍を貸してくれ」
焼かれないギリギリの位置まで進むと、槍の石突き部分を両手で掴んで高々と持ち上げる。
「兄さん! 解ったよ!」
光輝の狙いに気付いたのはテルティウスだった。と、その身体がふっと地面に沈む。
光輝の影に放り込まれたのだ。
数秒後、テルティウスがクゥ・リンを背負ったまま、向かいの倉庫の軒下にひょこっと現れたのを見て、流歌が声を上げる。
「影を使っての移動!
こんな方法があるなんて! 流石は光輝さん、お見事です!」
時間的には十四時頃、南側からの日が差している時間帯だ。
軒下で角度をつけて槍を掲げれば、北の倉庫まで影は届く。
自分の影と繋がってしまえば、五メートル半径であれば自由に移動できる。
それが光輝の力だ。
「追撃が来る前に急いで行くぞ」
シャルロッタと流歌、鎧を外したマルグレットが移る。
「コーキ、お前はどうやって渡る気だ」
風の力で各パーツを装着したマルグレットに、光輝は槍を投げ渡しながら。
「方法はある。それよりマルグレット、壁をぶち抜いて、中を北に進んでくれ」
「壁を穿っておけばいいんだな」
「ああ、壁際で追いつく」
槍を一閃。壁が砕けて大穴が開く。
マルグレットを先頭に全員が突入するのを見送ってから、光輝が大きく息をついた。
「一か八かの賭けだったが、案外とうまくいくもんだ」
とても仲間には聞かせられない独り言を呟きながら、右手で左の袖口を押さえる。
大きく腕を振ると、黒いワイヤーが出てきた。
光輝の左右の袖口には、極細のタングステン・ワイヤーが仕込んであるのだ。
ちなみに靴の踵には刃渡り三センチの小型ナイフを隠している。
曰く「殺し屋としての身嗜み」のひとつ。
サバイバルナイフの柄に素早く結びつけると壁の穴に投擲。
極細でも影は繋がる。これを利用して、素早く倉庫を移った。
全員で一気に移動すると、不測の事態に対応できない。
少し時間をおく事で自分を予備戦力として使える。
更に追撃状況の確認も可能だ。
「このままいけば楽勝だな。ようやく調子が出てきたぜ」
中に積まれた荷物を横目に奥に進む。
既にマルグレットが壁を破っていた。
同じ要領でひとつ向こうの倉庫に移動する。
これをどんどん繰り返して、北に進んでいく。
外壁近くまで来ると、東への転進を指示。
これで目的地は明確になった。町の四隅にあるらしい石造りの円柱塔。
クゥ・リンが宗教施設、神殿だと見当をつけた建物だ。
「流歌、敵はどうだ? 諦めたんじゃないか?」
「いえ。かなり距離はありますが、確実についてきています」
答えを受けて光輝が渋い表情になる。
四つ目の倉庫を超えた辺りから、光輝は違和感を覚えていた。
降り注ぐ光の雨が明らかに少なくなってきたのだ。
パラパラと落ちてくる程度。まるで無駄な攻撃を控えるように。
「こっちの動きを把握してやがるってのか。ちっ、厄介だな」
「コーキ、このまま進んでいいんだな?」
マルグレットだ。彼女も釈然としないものがあるのだろう。
「今は情けないかな、追われる立場だからな。
他に手もないし、行くしかないさ」
東にいくつかの倉庫を越えた。
大通りから離れてくると、荷物のない空倉庫ばかりだ。
「この町の設計した奴は阿呆なのか。
町の二十五パーセントが倉庫っておかしいだろ」
「家畜小屋みたいなのや、貯蔵以外にも使われている物もあったよ。
予備を考えると、このくらいじゃないのかな」
「越冬用に物資をストックしたりするんじゃないでしょうか。
私の集落も、倉庫がかなり多かったですよ。
飢えや不足は乱れに繋がりますし」
光輝の独り言にテルティウスとシャルロッタが応える。
光の雨が減った事もあり、倉庫間の移動時に無駄口を叩く余裕も生まれていた。
「ジェネレーションならぬ、ディメンションギャップってやつなのか」
生産や輸送が完全管理され、消費者の立場だと物資が無限供給されるスーパーやコンビニのある恵まれた世界とは、随分と感覚が違うのかもしれない。
妙に納得しながら、手順通り最後の倉庫を移動。
東側に集まるチームメイトに近付く。
穿った大穴の向こうに、今までの木製とは違う石の建物があった。
「あの、コーキさん」
振り返ったシャルロッタは泣く寸前の表情。
他のメンバーも顔色が優れない。
「おいおい。これ以上厄介なイベントはマジ勘弁だぞ」
情けない本音を漏らしたところで、ひとり外にいたマルグレットが引き返してきた。
「まずいな。ぐるっと周ってみたが、入り口らしき物がない」
言を受けて光輝が慌てて出る。
幸いな事に光の雨は止んでいた。
以前の説明通り、見上げた印象は小さなマンションくらい。
目算で二十メートル弱。直径も十五メートル以上はあるだろう。
触れると石のように硬い。感触は滑らかでつるんしている。
何より不思議な事に、継ぎ目が一切ない。
巨大な石を磨き上げて作ったのか、溶かしてから鋳造したかのようだ。
壁に手を置いたまま、ぐるっと二周してみるが。
「マジか。これ建物じゃなくて、オブジェなのか? あち!」
熱を感じて首元に手を当てる。
パラパラと光の雨が降り始めてきた。
「くそ! いいタイミングで仕掛けてきやがるな!」
毒づきながら倉庫に逃げ戻ると、全員が無言で見つめてきた。
コホンと咳払いをおいて、できるだけ平静を装って切り出す。
「非常に遺憾だが、端的に言うと進退窮まった」
「解っている。それを踏まえた上で聞きたい。
どうする?」
マルグレットも淡々と返す。
「槍でなんとかならないか」
「無理だな。
全力で打ち込めば崩せるかもしれないが、建物自体が倒壊するだろう」
「あぁぁ、町に入る前にセーブしとくべきだった」
「おバカ言ってんじゃないの。まったく」
テルティウスの背中で小さな頭が動いた。
「クゥ・リン、気が付いたのか。大丈夫か?」
「まだ頭痛が酷くて、気分は最悪だわ」
「そうか。こっちは状況が最悪だ。
この塔を頼って逃げ延びてきたんだが」
「入り口がなくて困り果ててるってわけね。いいわ、任せて。
テルティウス、ちょっとだけ外に近付いてくれる?」
光の雨が当たらないギリギリのところまで移動すると、クゥ・リンは軽く目を閉じた。
大きく息を吸い、ハッキリと言葉を紡ぐ。
「輝け秘紋よ! 我が前に道を開け!」
変化は劇的だった。
のっぺりとした石壁に楕円の穴が生まれた。
高さは二メートル弱、幅は七十センチほど。
人ひとりが通るにはいい大きさだ。
全員が驚嘆の声を上げる。中でも最も驚いたのが。
「ホントに開いた。適当でも言ってみるもんね」
クゥ・リン、その人だった。
「あ、全く出任せじゃないの。
以前取り寄せた本に、こんな感じのコマンドワードで発動するって書いてあったのよ」
チームメイト全員からじっとりと絡みつくような視線を向けられ、言い訳がましい口調になってしまう。
「そもそも町の宗教施設なのよ。
誰でも簡単に入れるようになってるはずでしょ」
「別に責めてないからな。
なんていうか、賢者様の深い智恵に驚いてるだけでさ」
「その言い方自体がイラっとすんだけど?」
音もなく穴が閉じた。
今度は光輝が咳払いをひとつおいて。
「輝け秘紋よ。開け、ゴマ」
「開けたいという意図が伝わればいいみたいですね。
これは興味深いシステムです」
再びできた穴を見つめながら、シャルロッタが肩掛け鞄から手帳を取り出した。
ごちゃごちゃとした文字を、凄まじい勢いで書き並べていく。
「とにかく中に入ろう。少しは休めそうだしな」
光輝を先頭にマルグレット、流歌、テルティウスの順で入る。
殿のシャルロッタが「あ」っと小さく声を上げた。
「ここはヴァルハラの館に近いです。
空間自体が特殊な力で構築されている感じです」
「雰囲気も似てるな」
中は簡素なエントランスホールのような造り。
幅二メートル、奥行きは五メートル近くある。
突き当たりの壁には立派な装飾のある両手開きの扉。
左右の壁際には簡素なテーブルと椅子が置かれていた。
天井は淡いオレンジに発光。ヴァルハラの照明に近い。
一応は警戒しつつ進む。
奥の扉を押し開けると、数歩先で左右に伸びる廊下。
どちらも突き当たりが階段になっている。
右側が上りで、逆に左は下り。
「安全そうだし、二手に分かれよう。
俺とマルグレットが下。みんなは上を見てきてくれ」
「了解だ。
私が先に進む。お前は小さくなって後ろからついてこい」
「いちいち腹の立つ言い方をするな」
槍を壁に立て、短剣を手に進み出すマルグレットを、光輝が溜め息交じりで追いかける。
残ったメンバーもシャルロッタを先頭に動き出した。
下に続く階段は壁と同じ石造り。
段差は小さく、面積も狭い。
二十段下りては踊り場で切り返し、また下に。
それを四回繰り返すと、空けた空間についた。
ドアも何もない、三メートル四方のがらんとしたスペースだ。
突き当たりの壁、光輝の腰くらいの高さに、大きな取っ手付きの左右スライド扉。
重厚な金属製で右が白、左が黒で塗装されている。
「縦横、五十センチってところだな。他に道もないし開けてみるか。
マルグレット、お前は小さくなって後ろで見てろ」
「良く聞き取れなかったな。私にどうしろと言ったんだ?」
「あの、僕が開けますので、マルグレットさんは後ろで見守っていて頂けますか?」
「ふん。まあ、いいだろう。無駄口の叩き方には気を付けるんだな」
喉元数ミリに突き付けた短剣を静かに引いた。
「自分の言動を少しは省みろよな。
ったく、どういう思考をしてるんだよ」
「文句を言う暇があったら、さっさと開けろ。
一応、気遣いに礼を言っておいてやる」
まだ左手がうまく動かせないマルグレットにドアの開閉は辛い。
「別に気遣ったわけじゃねえよ。
お、意外と軽いな。なんだこりゃ」
顔くらいの隙間を開けて覗き込むと、中は漆黒。
天井の明かりがあっても、闇が広がっているように見える。
ただ。
「奥行きがあるような、ないような。不思議な感覚だな。
なんとなく入るのは危なそうだ」
ポケットから石ころをひとつ出して放り込んでみる。
少し飛んだところでいきなり石が崩れた。
瞬時に粉々、霧散してしまう。
「コーキ、これは何かの罠なのか?」
「こんな怪しいところに、いきなり飛び込む阿呆がいるか。
チャレンジャー過ぎだろ」
「光輝さん、こちらに来て頂けますか。
ちょっと、その、困ったことが」
突如、流歌の声が響いた。
光輝とマルグレットは思わぬ現象に驚きつつも。
「了解。こっちは行き止まりだし、そっちに向かうよ。
って、こっちの声は聞こえるのか?」
「大丈夫です。
今、光輝さんの近くに聴覚を置いているので聞こえます」
「便利だな。有効活用すれば寝たまま生活ができそうだ」
「できるか。というより、お前はもう少し勤勉さを持て」
「俺はプロとして緩急のある生活を目指しているんだよ」
「ふん、下らん。さっさと行くぞ」
「今度はあの長い階段を上がるのか。うんざりだな」




