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【第3章 2話】

「偵察は続行中だが、町の情報を共有しておこう。テルティウス、悪いがまた頼むよ」

「任せてよ、兄さん。まず町の外観なんだけど」

 

 メモした紙束を見ながら、説明を開始した。

 

 ロブレドは木製外壁に囲まれた、ほぼ正方形の町である。

 外壁の一辺は約一キロ、高さは一メートル半ほど。

 シンプルに長板を並べた物だ。厚さ三センチの木材を二枚合わせている。

 間に獣皮を挟み込んで、強度を補強してはいるが。

 

「獣避けくらいだな。戦闘に耐えうるレベルではない。

 逆に言えば強度のある外壁は必要なかったということか。この世界は平和なのだな」

 

 マルグレットがやや穏やかな表情になった。

 彼女がいたのは戦乱が中心の世界。女性である彼女が聖騎士として、最前線に立つほどだ。

 だが、そんな苛烈な環境にあったのは、マルグレットだけではない。

 

「マルグレットの言う通りだね。戦いを意識しないで生きられるなんて羨ましいよ」

 

 テルティウスが説明を中断して同意した。

 諦観の滲んだ言葉で、光輝の表情が暗くなったのに気付き、慌てて本題に戻る。

 

「ごめん。話が逸れちゃったね。で、町の詳細なんだけど」

 

 まず町は東西、南北に大通りが貫く。

 光輝達が進んできた道をそのまま引き込む形で、敷石されている。

 ふたつの道が交差するところが、町の中央広場。

 一辺十メートルの正方形で、町の規模からするとかなりの大きさになる。

 バザールも兼ねていたようで、色々な露天が出ていたようだ。

 

「門が東西南北、それぞれ外壁のほぼ真ん中にある。ここから出入りしていたみたい。

 門の内側に歩哨の待機小屋があって、出入りのチェックしていたと思うよ。

 でも外壁にも門にも破損はないって」

「今までの話を整理すると、外敵の襲撃とは考え辛いです。

 町の中でいきなり小規模な戦闘が発生して、全ての住民が姿を消したってことになりますよね」

 

 思案しながら、流歌が半ば独り言のように呟いた。

 

「あの、住民の方々はどこかに避難していると考えられませんか?」

「それはないな」

 

 シャルロッタの希望的観測を光輝は即否定。

 

「連絡が途絶えたのは数ヶ月前、避難していたなら近隣の町まで移動する。

 少なくとも救援を求めるだろう。

 テルティウス、ちなみに交易都市との距離はどのくらいだ?」

「ハーディンに貰った地図によると、交易馬車で一週間ちょい。

 早馬なら三日あれば十分。急げば徒歩でも十五日掛からないんじゃないかな」

「住民の話はひとまずおいておこう。テルティウス、町の詳細をもう少し頼む」


 暗澹とした推測に辿り着く前に、光輝が強引に軌道修正をした。

 

「さっき言った通り、町は二本の大通りで四分割される形になるんだけど」

 

 四つの地域で大まかな住み分けされていた。

 南西部は庭のある大きな家が多い。経済的に裕福な上流階級中心の地域だと推測される。

 北西と南東は、比べるとやや小さな家ばかり。

 建物自体も装飾の薄いシンプルな物ばかりで、いわゆる一般庶民が住むのだろう。

 

「民家のほとんどが木造の二階建てだよ。あと北東部は、ちょっと違ってて」


 平屋で更に簡素な造り。しかも画一化された建物ばかりだ。

 特徴としては、入り口が引き戸で、大きく開けられるようになっている。

 

「倉庫なのかもしれないな。交易都市に出す前に、荷物を一旦置いておく為の」

「流石は兄さん、クゥ・リンもそうじゃないかって言ってたよ。

 あとは町の四隅に石で建てられた円柱形の建物があるって。

 普通の家の倍、五階建てくらいだそうだよ」

「奇妙な建物だな」

「戦闘用の拠点じゃないか。砦として使えそうだ」

「そういう使い方も、できそうだけど」


 クゥ・リンの声が割り込んできた。

 ひとまず偵察は終えたようだ。

 

「どうやら宗教施設みたいなの。言うなれば神殿ね。

 屋根に変な模様が描かれていたんだけど。あれは秘紋ルーンだと思う」

 

 秘紋ルーン

 聞きなれない単語に、シャルロッタとマルグレットが訝しい表情になる。

 

「この世界の魔術的なシンボルよ。コマンドワードを唱えることで力を発揮するの。

 ま、ヴァルハラで取り寄せた文献で読んだレベルの知識だけどね。

 ちなみにこんなの」

 

 紙にぐねぐねと図形を描いてみせるが、誰も心当たりはなかった。

 

「テルティウス、ありがとね。

 今、この子が説明してくれたくらいなんだけど。町の外にも軽く触れておくわ」

 

 町の北は草原が続き、西に少し行けば針葉樹林が広がる。

 南西部には水量の豊富な川。

 その水を利用して南側は畑になっていた。面積は広く。町の五倍以上はある。


「残念だけど、あたしの偵察ではこのくらいね」

「何もいないってのが解っただけでも大収穫だ。

 さて、どうしたもんか」


 光輝が空を見上げる。

 太陽が頭上に差し掛かろうとしていた。

 

「町に入ってみるしかないだろうな。戦力が乏しいし全員で行こう」

「妥当だな。

 よし、サブリーダーである私が先頭に立とう。それでいいな」

 

 同意を求めるマルグレットに、光輝が「ああ、うん」と頷く。

 

 槍をひと振り。

 颯爽と歩き出す彼女の背中を眺めながら、流歌が光輝に尋ねる。

 

「マルグレットさんがサブリーダーなんですか?」

「いや、俺も初耳なんだが」

「兄さん、簡単だよ。たった今、サブリーダーという役職ができて。

 たった今、マルグレットが就任したんだ」

「なるほど。

 そんなプロセスがあったとは、リーダーの俺も知らなかったな」

「光輝さん、よろしいんですか? そんなの勝手に決めさせて」

「いいだろ。

 下らない肩書きひとつで、モチベーションが上がるなら大歓迎さ」

「流石はコーキさん、凄いです。器が大きいです」

「ただのテキトーでしょ。ま、あたしも別にどうでもいいけどね」

「いつまで無駄口を叩いているんだ。さっさと行くぞ」

 

 ぼそぼそと意見交換するメンバーを振り返って、マルグレットが一喝。

 

「リーダーとサブリーダーって、どっちが偉いんだか」

 

 光輝が溜め息交じりでこぼした言葉を、クゥ・リンが意地悪な笑みで拾う。

 

「決まってるじゃない。良くて対等。

 ま、実際は責任以外あんたが下でしょうね」

「はは。そりゃ、適材適所で嫌になるな」

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 まずマルグレットが門を潜った。

 兜を深く被り、左腕の盾で胴体をカバーしている。

 槍は前方に下げた状態。

 攻撃には穂先を跳ね上げる必要があり、ワンテンポ遅れるが、移動と防御を念頭においた構えである。

 

 マルグレットの左後方には光輝。

 愛用のサバイバルナイフを握り、やや腰を落とした姿勢で周囲に油断なく視線を走らせている。

 

 三番目はクゥ・リン。

 ぼんやり歩いているようだが、実際には周囲の羽虫から視覚情報を掻き集め、万全の警戒態勢を敷いている。

 

 光輝達は北側の門から入らず、大きく迂回して東側から進入を図った。

 北東部は建物が低く、他のエリアに比べて道も広いからだ。

 つまり視野が通り、奇襲を受け難い。

 

 事前偵察通りだった。

 光輝達の右手には一枚引き戸式の平屋建物が整然と並ぶ。

 どれも装飾のない簡素な造り。窓も少ない。

 入り口には重い南京錠が掛かり、近くに木製の台車がとめてある。

 建物は等間隔、二メートルほどだろう。

 

 左側は二階建てが多く、間口もまちまち。

 戸口付近に鉢植えが置かれていたり、簡素な柵で区切られた庭を持つ物もある。

 外壁も塗装されていて、生活感が漂っていた。

 

「周囲に動く物はないわ。

 温度や大気状況も異常なし。魔力的な反応もないわよ」

「お前さんの目は、ホントに便利だな」

 

 クゥ・リンの虫達は、ただの目ではない。

 様々な視覚情報を把握する事ができるのだ。

 

 光輝が軽く右手を挙げて、後方に合図。

 それを見てテルティウスと流歌、殿のシャルロッタが警戒しながら続く。

 

「コーキ、どうする? このまま中央広場まで進むか?」

 

 マルグレットが指示を求めてきた。

 

「そうだな。広場は露天が出てたみたいだからな。そこの状況を調べれば、何か……」

「あぁぁ!」

 

 いきなり悲鳴に近い声。シャルロッタだ。

 

 半ば反射的に振り返る光輝に、シャルロッタが早口で説明する。

 

「く、くく空間干渉がありました。

 あのあの、おそらくですけど。結界みたいなのが発動したんだと思います。

 えっと、だから、その」

「シャルロッタ、落ち着け。

 どんな状況か詳しく把握できるか? クゥ・リン」

「もう見てる。周囲は依然変化なし。

 ん、ちょい待って。町の外からの情報が入ってこなくなったわ。

 待機させておいた数匹とコンタクトがとれないの」

「マルグレット、流歌」

「はい。別段、異音ありません」

「解っている。

 周囲警戒は任せろ。お前は状況を把握して、適切な指示を出せ」

「シャルロッタ、聞いた通りだ。焦らなくても大丈夫だからな」


 シャルロッタが大きく息を吐いた。

 まだ頬に血の気は戻らないが、それでも幾分か落ち着いたようだ。

 頭の左側についた一本角の髪飾りに触れながら、説明を開始する。

 

「この角は空間状況を測定する道具なんです。

 さっき、いきなり空間状況が変わったんです。

 どう説明すればいいんだろ。あの、えっと」

「成分が急激に変わるようなもんか。それとも圧力が掛かるようなものか」

「圧力! それです! 周囲がぎゅっと押し込められた感じになりました。

 これは結界とか、空間に影響を及ぼす魔術の特徴です」

「あたしには何も見えないわよ。魔力的な反応もないんだけど」

「おそらくですけど、受動感覚の差だと思います。

 例えば塩水とか、濃度が変わっても見た目変わらないみたいな感じで」

「納得だけど。なんかガッカリね。あたしの視覚は無敵だと信じてたのに」

「ま、信じる者が常に救われるなら、みんなギャンブルで大金持ちだからな」

 

 光輝が軽口を叩いている間に、シャルロッタは門の近くに駆け寄った。

 むうっと呻きながら、髪飾りを指先で撫でる。

 

「門や外壁の内側が境界線みたいです。

 結界自体の構造なんですけど。これは……なんだろ、障壁に近いかな」

 

 言いながら腕を伸ばす。と掌が止まった。

 見えない何かに触れたようだ。

 

「ぶにゅっとしてます。硬いグミみたいな感触です」


 両手を前に、えいやっと力を込めるが、押し返されたようにふらふらと後ろに下がった。

 

「コーキ、周囲の警戒を代われ」

 

 光輝が頷くと、マルグレットが盾を掲げて体当たり。

 不可視の壁に押し戻されると、今度は槍を繰り出す。

 

「風よ! 穿て!」

 

 が、突風を纏った穂先も弾き返されてしまった。

 

「ダメだ。

 力が分散吸収されている感じだ。力押しでは突破できそうにない」

「そうか。じゃあ問題は結界とやらの範囲だが」

「町をすっぽり包み込んでるみたい。

 二十メートルくらい上にも見えない壁があるわ」

 

 クゥ・リンは羽虫達を動かして、効果範囲の把握を試みていた。

 

「閉じ込められたってわけか。いきなり後手回りかよ、参ったな」

 

 ヴァルハラへの帰還はハーディンの転移魔法頼り。

 出現ポイントからしかできないのだ。

 

「何か仕掛けてくるはずだ。

 ふふ、漠然と異変を調査するよりは、効率的な展開だな」

 

 不敵な発言と共に、風がマルグレットを包んだ。

 

 それを見たテルティウスが。

 

「兄さん、僕も臨戦態勢をとった方がいい?」

「相手の狙いが解らない。状況把握を優先してくれ」

「了解したよ。敵の動きを待つんだね」

「うわ! 何?」

 

 クゥ・リンが珍しく取り乱した声を上げた。

 

「え? 何? 木? 

 中央広場! なんか大きな木が生えてきたんだけど!」

 

 クゥ・リンが中央広場からの映像に意識を集中する。

 地面を突き破って、木が伸びてきた。

 幹の直径三メートル、高さも八メートルはあろうかという巨木だった。

 大きく枝を広げ、瑞々しい緑の葉が並んでいる。

 そして、枝を埋め尽くすように。

 

「うわ、綺麗」

 

 クゥ・リンが思わず漏らす。

 

 黄金に輝く花が咲いていた。

 それぞれが電飾よりも数倍強い光を放っている。

 

「どういう構造なの? こんなに光るなんて、どういう仕組みなの?」

「それより、お出迎えだぞ」

 

 緊張感を含んだ光輝のひと言に、クゥ・リンは我に返る。

 好奇心に流され掛けていた自分の頭を小さな右拳で殴りつけて、通常視点に切り替えた。

 と、瞳を限界まで見開いて固まる。

 広場の方から駆けてくるのは。

 

「どうせ出迎えるなら、こんな化け物じゃなくて美女にしてくれよな」

 

 光輝達から五メートルの距離を開けて対峙。

 数は三体、隊形は一列横並び。

 

 シルエット的には人型。

 表面はつるんと、黒い光沢を放っている。全身をビニールスーツで覆ったようだ。

 手足は異常に細長い。

 膝を軽く曲げた前傾気味の姿勢にも関らず、身長は二メートル近く。

 腕は地面に触れるくらいまであり、左右に簡素な両刃剣を握っている。

 頭部は黒い球体そのもので、目や鼻といった顔らしい器官はない。

 ただ中央部分が緩やかに膨らみ、白く濁ったようになっているだけだ。


「コーキ、迎え撃っていいんだな」

 

 マルグレットが確認してきた。

 指示系統を尊重する意外さに驚きつつ頷く。

 

「逃げるところもないし、話し合いができそうな連中でもないからな」

「そうか。お前となら案外気が合いそうだぞ」

 

 マルグレットが盾と槍を構える。光輝も身体を低く臨戦態勢をとった。

 

 それを見た三体の異形が一斉に地面を蹴る。

 

「ちっ、早いな」「ふん、遅いな」


 光輝とマルグレットが同時に口にした。

 

 直後の動きも正反対。

 光輝はバックステップで攻撃に備え、マルグレットは逆に大きく踏み込む。

 

 初撃はリーチに勝るマルグレットだった。

 槍のひと突きが中央の一体を捉えた。

 胸元を大きく抉りながら、突風で後方に弾き跳ばす。

 だが、敵は三体。数的有利があった。

 

 槍を引き戻すより早く、左側の一体がマルグレットに向けて両手の剣を振る。

 地面すれすれの位置から、斜めに切り上げる軌道。

 達人並みの速度だった。

 もう一体、右側はマルグレットを無視。

 直ぐ横をすり抜けて、後方の光輝を狙おうとする。

 

 マルグレットの槍が弧を描く。

 瞬きすら許さない速度で、右側の胴を払った。

 腕一本のスイングで、巨体を軽々と打ち飛ばす。

 全身のバネで反動を吸収し、左からの斬撃を軽々と盾でいなす。

 巧妙な角度で相手の体勢を崩し、槍で一撃。

 最後の一体を宙に舞わせた。


 ぶんっと槍を振ると、睨み合った位置より遠いところまで転がった三体を一瞥。

 

「見掛け倒しも甚だしいな」

 

 短く吐き捨てた。と、唖然とする光輝に。

 

「ふん。この聖騎士マルグレット・ルーセンベリの武技に見惚れたか。

 ま、それも当然だな。自堕落を極めたお前と、常に研鑽を重ねる私の」

「残念だが、まだ終わりじゃないみたいだぜ」


 異形達がゆっくりと身体を起こした。

 胸元に開いた風穴や、へしゃげていた腹部があっという間に修復され元通りに回復する。

 

「また、こういう展開か。心底うんざりだ」

 

 マルグレットが舌打ちをひとつ。

 

「安心しろ、マルグレット。状況はやや悪い方向に流れているみたいだぞ」

「そんなことは見れば解る。それより打開策を考えろ」

 

 異形達の後方から更に三体の増援が駆けて来る。

 

 

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