第6話
「ハァーーッ…ハァーーッ…」
力の限り走り続ける。呼吸の間隔が狭くなっていくに連れて心臓の鼓動は徐々にスピードアップしていく。恐怖からの興奮により、アドレナリンがたくさん分泌される。
「ハァーッ…ハァーッ…ハァーッ…」
体力は太陽の陽射しの影響でだんだんと奪われていく。だが、体力など気にしている場合ではない。殺されるかもしれないのだ。僕は何度も後ろを振り返り、走りを繰り返した。
「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」
家から走り続けてどれくらい経っただろう。
僕は見知らぬ公園の前で足を止めた。この公園を見た事がない。結構遠くまで来たようだ。
僕は安堵し、公園のブランコまで歩いていき、そのブランコに座り込んだ。この公園であまり遊ぶ人が居ないのか鉄棒は朽ち果て、滑り台は人がまともに滑れないほど滑面が歪んでいる。まるで今の僕の精神状態のようだ。
「痛っ!」
足の裏に激痛が走ったので見てみると皮はベロンと剥がれ、肉が剥き出しになり血が染み出していた。さっきからこの状態だったのだろう。きっとアドレナリンが切れたから今になって痛みがやってきたのだ。時間が経つに連れて徐々に痛みが増していく。
「拾って!拾ってぇ!」
痛みに苦しんでいると後ろから甲高い声が聞こえてきた。振り向くと草むらの前に置かれた段ボールの中に入っている20代ほどの男性が1人いた。容姿は普通なのだが、頭が…
「僕の髪の毛おいちいよ!食べる?食べる?」
頭は砂漠化が進んでいた。自分で髪を抜いて自ら食べることを繰り返しているせいか禿げ散らかっていた。
「いいえ、大丈夫です。」
僕は全くその男に興味など無いので、先生の授業と同じように軽く聞き流した。
「キェェェェーーー!」
すると、その無視に等しい応答が気に触れたのか狂気に満ちた笑い声をあげ始めた。気が狂ったか。いや、もともと狂っていたか笑
そんな事を気にせず僕はブランコをゆっくりと漕ぎ始めた。ブランコを漕ぐのは小学生以来か。
「キェェェェーーー!」
ブランコがちょうどスピードに乗り始めた。しかし、男はまだ発狂を続けている。肺活量ハンパないな。そんな超人めいた事をされてしまうと彼が昔何をしていた人なのか気になってきてしまった。
「キェェェェーーーーーーエエエエエ!」
徐々にその叫び声が近づいてくる。このスピードが有頂天に達したブランコなら襲われたとしても吹き飛ばせるだろう。
ージャリッジャリッ。…ー
砂と地面の摩擦力によって生じていた足音が後ろでピタッと止まった。その瞬間…
ーガリッ…ガシャンッ。ー
「ガハッ!」
僕はブランコから吹き飛ばされ、背中から地面に大きく叩きつけられた。全身に神経に直接針を刺したかのような激痛が駆け巡った。
その痛みに耐えながらもさっきまで漕いでいたブランコに目をやった。だが、そこには信じがたい衝撃の光景が広がっていた。なんと、ブランコが片方の鎖という支点を無くしてだらしがなく宙吊りになっていたのだ。
それは目を疑った。そして、男に目をやると男の口からは鎖が飛び出し、口の周りは綺麗な赤色で染まっていた。それは血だと認識できた。
「血?」
慌てて砕かれた方の鎖を握っていた右手の指を見た。無惨にも親指以外の指の第3関節から上、つまり親指以外噛みちぎられていた。
僕はそれを認識したとともに指にはまるで火に炙られているかのようなじんわりとした痛みが襲って来た。
「指おいちい!」
男はガリガリッという音を口内に響かせながら幼稚園児のように興奮し始めた。
「次は足の指食べたいなー!」
倒れ込んだ僕の元に再び詰め寄ってくる。
これは薬中だ。理解し難いその行動に頭が真っ白になった。足を竦めながらもなんとか立ち上がり、産まれたての子鹿のような足取りで僕はその公園から逃げ出した。
「まってぇーーーーーーぇーぇっーーぇー!」
男は食料を簡単には逃がしてくれない。