第三創世記
ここは成神市、古来より八百十の神が行き交い、神聖な街として縁深い場所である。霊的な力が宿るとされ、パワースポットとしても有名な田舎町だった。
16歳の少年橘大和は成神市の普通科の高校に通う高校一年生だ。
友人「今年の神結いの祭りには参加するのか?」
大和「ああ、オヤジが町内会の幹事でね。おれも多分手伝わされる。」
友人「お前も大変だよな。彼女もいないしおまけに年に一度のお祭りには親父の手伝いかよ。」
大和「彼女がいないのはお互い様だろ?」
大和「それに今回の祭りは僕たちにとって特別なんだ」
友人「何が?」
大和「昔は16歳って言えば元服でしょ?つまり大人の仲間入り。この街じゃ昔から16になると神結いの儀式に駆り出されるんだ」
友人「それで?」
大和「だからさ!通過儀礼をやるのさ。成神神社の境内の中で。」
友人「具体的には?」
大和「それは知・・・らされてないけど。。」
友人「なんじゃそりゃ!結局何もわかってないじゃんか!」
大和「そんなこと言ったって仕方がないだろ?初めてなんだから」
友人「・・・いろんな意味でな」
成神市では年に一度、春先になると数え年16歳で成人の儀式に駆り出されるのがしきたりだ。
それは「神結」と呼ばれ、八百十の神と契約を交わし、成人への祝いと共にその後の人生の運や行く末を占う通過儀礼を行うのである。しかし、最近では成神市全体の人口の減少で神結の信奉は
衰退しているとされている。
友人「今更そんな古臭い風習に参加して何になるんだよ?祭りといえば女の子とデートとかそういうのが定番だろ?俺は嫌だね。そんな辛気臭い儀式に参加するのは。お前は体良くオヤジに騙
されたんだよきっと」」
大和「そ、そうなのかな・・・・。」
友人「まっ。一人で頑張るんだな。俺はクラスの女の子でも誘って愉しむから。」
大和の友人は笑いながら、大和と行く道を別れた。。
女の子あ「の。。。スミマセン。」
大和「?」
大和はふと声をかけられた。スラッとした長身とブロンドの髪が特徴的な西洋の女性だ。歳は大和と同じ年くらい、修道女の格好をしている。
シスターが一人でこんな片田舎を観光するだろうか?西洋人のしかもシスターが日本の田舎町をうろついているとは珍しいこともあるものだと大和は思った。
シスター「成神神社はどこですか?」
シスターは流暢な日本語で訪ねて来た。
大和「成神神社ですか?あの山の麓ですけど?」
大和は鳴神神社が建てられている山を指差した。
シスター「カミユイは何時ですか?」
大和「カミユイ?・・・・ああ、お祭りのこと。一週間後の日曜日ですよ。」
シスター「一週間後・・・」
大和「そう・・・一週間後。」
シスター「・・・・サンキュー。」
大和「ど、どういたしまして」
お礼を言うと、シスターはすぐに立ち去っていった。
大和「最近は外人もあのお祭りに参加するようになったのかなあ。」
一週間後には年に一度の「神結い祭り」が開催される。
一週間後の夜、神結い祭りには全国から大勢の人達が押し寄せる。カップルから家族連れまで幅広く、風情のある街に賑わいの声が飛び交う。
その賑わいとは裏腹に成神神社の境内の中では厳かな雰囲気を醸し出していた。
「神結」に参加した橘親子は袴姿で廊下を歩きながら、足音だけが響き渡る静まり返ったこの場所で親子だけの会話をしていた。
父「今年でお前も大人の仲間入りだ。この神結いは我々、成神で育った人間が誰もが通った道。まさか我が子が同じ道を歩んでくれるとは。なんとも感慨深いものだ。」
大和「はい。父さん。」
渡り廊下を潜り橘親子は本殿へと足を踏み入れた。本殿の戸を開けるとすぐに橘家親族一同が列を成し座り込んでいた。母親や祖父母だけでなく、見覚えのない親族まで参加していることを
目の当たりにし、大和は少し緊張しながら奥の方へと進んだ。。
御神体が祀られてる一番奥には神主さんと巫女さんが、そしてそのさらに奥には赤鞘の日本刀が置いてあった。恐らく、それがこの神社の御神体だろう。
神主「これより神結いの儀を執り行います。橘家。。橘大和くん。どうぞ前の方へお進みください。」
親戚と一緒に座っていた大和は、立ち上がって神主の前まで歩いた。。
神結いの儀式は成神神社に奉納されてる霊験あらたかな「森羅御霊切」という刀を取り扱う神事であり、神主が対象の霊障や厄を切り払う所作を行うことで
完遂する。成神神社の神主は刀をとり、大和に歩み寄った。周囲に緊張感が走る。
「・・・・・汝、某の声が聞こえるか」
大和「・・・・・・?」
すると大和の耳元で誰かの囁き声が聞こえた。辺りを見回すが誰かが呟いた様子はない。
謎の声「汝、力を欲するならば、某との契約を結ぶべし。」
謎の声が大和の脳裏を横切り、大和の顔が曇る。
その様子を察したのか、刀を抜き構えて待機する神主が大和に声をかけた。
神主「・・・・・どうかしたかね?」
跪いていた大和は呼び声に反応し、顔を上げて神主を見た。
大和「!」
大和は仰天した。
神主の振り翳す刀の後ろにはうっすらと赤黒い甲冑姿の大柄な武者がこちらを見下ろしていた。
大和「うわあああ!」
大和は驚きのあまり腰を抜かし奇声をあげた。その瞬間親族一同がざわつき始めた。
父「どうした?」
大和「神主さんの後ろにでかいサムライが!」
大和の指す方向には神主が怪訝な顔で大和の顔を見ていた。
父「一体神・・・主さんがなんだというんだ?」
大和(・・・父・さんには見えていない?)
大和の目にはしっかりと漆塗りの甲冑を着た大柄な武者が見えていた。
神主「侍?。ま・・さか君にはこの御霊丸様のお姿が見えるというのか?」
大和「御霊丸?」
神主「うむ。この長刀のお名前だ。森羅御霊切、別名御霊丸。成神神社を長きに渡って守ってくれた護神刀なのだよ。」
巫女・「な・・・るほど。そいつにはその御霊丸の姿が見えているっていうのか。。。あたしと同じだな。」
神主が刀の説明をしていると神主の横に立っていた巫女姿の女の子が突然しゃべりだした。
大和「あたしと同じって?」
大和は思わず聞き返した
巫女「これはだいぶ厄介なことになりそうだ。命を狙われるよ。あんた。」
大和「はあ?」
大和は突然しゃべりだした巫女が何を言っているのか理解できないでいた。
巫女「・・・・・さっきからそこにいるのはわかってるんだ。出てこいよ。」
巫女が本殿の外に目を向けると、そこには神社には似つかわしくない異教の格好をした女性がこちらの様子を覗いていた。修道女のような容姿から察するにキリスト教徒の
ようだ。というより、一週間前に大和が学校の帰り道に出くわしたブロンド髪のシスターそのものだった。
大和「あっ!あの時のシスター!!!」
巫女「なんだ?知り合いか?」
シスター「ついに見つけてしまったのですね。私たちと同様の力を持つ人間を。」
巫女「だったらなんだって言うんだ」
シスター「無論、神の名においてこれを排斥します。」
すると、シスターが首に下げていた十字架を天に挿頭すと同時に、シスターを囲む辺り一面が光り輝いた。
巫女「みんな伏せろ!」
巫女が叫んだその瞬間の出来事だった。
神は実在する。しかし、我々の住む世界とは全く違った次元に位置する。幾千幾多の神々の間では、覇権を巡り種族や眷属の争いが絶え間なく続いていた。その戦いの影
響は凄まじく、神々がいる世界は荒れ狂い荒廃していた。それぞれの眷属の最高神たちはこの状況を打破するため、何百年かに一度、神界の王を決めるべく条件を設け
て戦わせることにしたのである。
その条件の一つとして、人間と手を組み戦いに赴くことだった。神は人間を介さなければ、人間界に顕現することができない。それも穢れを知らない少年少女でなければ、
姿はおろか、個々の能力を発揮することすら不可能だった。
シスターもまたその神に選ばれた少女の一人であり、己が信じる神に洗礼を受けてから現在に至るまで信仰を忘れたことのない厳格なキリスト教徒だった。彼女の私生活
は祈りとともに始まり、祈りとともに終わる。人類は皆、神の御子であり神のもとに生まれ、神のもとに平等である。
シスター「祈りなさい。神の御子たちよ。神命により、これより罪人に裁きを下します。」
成神神社の境内はまばゆい光に包まれた。
大和「な、なんなんだ!あの子!」
巫女「何が罪人だ。勝手なことばかりぬかしやがって。そっちがその気なら。・・・」
巫女は首にかけていた数珠を左手で取り、念仏を唱えだした。
巫女「南無妙法蓮華経。。」
大和「何やってるんだ。こんな時に!」
巫女「いいから黙ってろ!!」
巫女が大和を一喝すると、続けて唱えた。
巫女い「でよ!」
巫女が叫ぶと、背後から観音像を模した姿の女性が何処からともなく出現し、巫女の袴姿が一転して学生服の上になぜかスカジャンを着たヤンキースタイルに変身した。
大和「!!!?」
大和だけでなくその場にいる誰しもが自分たちの置かれている状況が理解できないでいた。
カンノン「響子行・・・・きますよ。」
響子「頼むぜ!ノンちゃん!」
観音姿の女性と響子と呼ばれるスカジャン姿の少女は、数珠を掲げながら臨戦態勢をとった。
すると、さっきまでまばゆい光に包まれていたシスターの背後に、6枚の羽を生やした西洋の鎧姿の女性がそびえ立っていた。どう見ても、天使の姿をしたその女性は自前の6枚羽で空中に浮か
びだした。
シスター「ミカエル様。この者に神の裁きをお与えください。」
ミカエル「そのもの達の罪は一体なんなのだ?」
シスター「プライド(傲慢)です。」
ミカエル「・・・・・理解した。」
ミカエルは腰に帯びていた剣を抜き、響子たちを見下ろした。
響子「来るぞ!」
カンノン「はい!響子!」
ミカエルは剣を振りかざし、一即座に響子たちめがけて突進してきた。
カンノン「はあ!」
カンノンは一瞬にして響子の前に立ち、持っていた錫杖でミカエルの剣を受けた。その衝撃で地響きと衝撃波、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が一帯を覆った。
衝撃波で木々が倒され、地響きで鳴神神社の境内が軋んだ。
神主「な、なんということだ!神聖な成神の土地でこんなことが・・・・・!」
神主は額に汗をかきながら腰が砕けて動けないでいた。
橘父「大和!下がりなさい!何が起きたか知らんが、ここは危険だ!神結は中止だ!母さんと一緒に避難しなさい!」
大和の父親は親族を本殿から避難させながら、その場から一向に逃げようとしない大和を呼びかけた。
しかし、大和は返事は愚かその場にうずくまって動こうとしなかった。
橘父「大和!聞こえていないのか!返事をしなさい!大和」
大和は父親の必死の呼びかけにも応じない。
大和「父さん。。違うんだ。何かが僕の頭の中で囁くんだ。契約しろって。。」
謎の声「汝、力が欲しければ某と契約し、その刀を自らの手で抜くのだ。」
大和「・・・力・・契・・・約?」
謎の声「力が欲しいか?ならば、己の手で掴み取れ!」
大和の目線の先には神主が慌てふためき落としてしまった漆塗りの長刀「森羅御霊切」が落ちていた。
大和「御霊切・・・・・」
謎の声「そうだ。それが某の姿だ。」
どうやら、謎の声の正体はその刀そのものから聞こえてきている。
そうこうしているうちに、響子とシスターたちの戦いは激しさを増す一方だった。カンノンとミカエルは暗闇の空の中で眩く光を放ちながら激突していた。
ミカエル「はああああ!」
周囲に甲高い金属音が木霊する。
カンノン「響子。ここは一旦引かないと、神社や他の人々に危害が!」
カンノンはミカエルの剣撃を受ける一方で一向に攻撃しようとしなかった。
響子「チッ。どうやら。やっこさん。他人に危害が加わること知っててここを襲ってきたみたいだぜ。アタシがいなかったら今頃どうなっていたか。どうやら、ミカ
エルよりも厄介なのはあの女みたいだ。」
シスターは手を組み祈る姿勢をとりながら響子をじっと見つめ不敵に微笑んでいた。
響子「聖職者のくせにどうかしてるぜ。あの女。」
カンノン「でも・・・・このままではいずれ・・・」
響子「んなことはわかってるよ!言われなくても!」
響子は一瞬冷や汗をかいた。
シスター「フフフい・・・つまでもつかしら。見ものですね・・・。・」
ミカエルの剣撃は速さを増すばかりだった。カンノンはその攻撃を必死で受け止めて周囲に被害が及ばないよう防いでいた。
が、一瞬の出来事だった。
ミカエルの身体に纏っている鎧からまばゆい閃光が放たれ、カンノンの視界を遮ったのである。
カンノン「しまった!」
気に形勢が逆転した。ミカエルは更なる剣撃でカンノンを地面に叩き降ろした。
シスター「ミカエル様!今です!あの女を亡き者にすれば、カンノンも消えます!」
一瞬シスターの方を見たミカエルの矛先が響子に向けられる。
響子「やっべ。マジかよ。あの女!」
響子はそれを聞いてすかさず逃げようとしたが、ミカエルの攻撃を人間の足では逃げ切れるわけがなかった。響子もそのことは重々承知していた。
6枚の翼で滑空してくるミカエルの剣先が響子の背後に迫っていた。
カンノン「響子!!」
カンノンの声がけも虚しく、響子は死を覚悟した。
響子「チッ。ここまできて!」
シスター「仕留めた!」
シスターは勝利を確信し、顔が綻びかけた。決着は付いたかのように見えた。
響子「・・・・・あれ?」
しかし、響子は生きていた。響子はミカエルに襲われた反動で転んでしまい、膝に擦りキズができていたが、ミカエルの剣の傷はかすり傷さえなかった。
それよりも、まだ自分が生きていることに響子は安堵と共に驚きの表情を隠せないでいた。
シスター「ミカエル様!!」
カンノン「響子。大丈夫ですか!?」
カンノンもシスターも一瞬の出来事で何が起きたか分からなかった。
ミカエル「・・・・・誰だ貴様!!」
ミカエルの切っ先の目の前には、鮮やかな漆塗りの甲冑を着た武者が響子の盾になる形で仁王立ちしていた。
御霊丸「某は成神神社の護神刀にてこの成神の地の守護神。森羅御霊切。人呼んで御霊丸にて候う。彼の者との契約により、現世へと蘇りがえり奉る。」
自ら名乗った御霊丸は自慢の長刀でミカエルの剣をしっかりと捉えていた。
ミカエル「御霊丸だと??」
御霊丸「お見受けしたところ、貴女は名高い御神体の遣いと思われるがいかに?」
ミカエル「御神体?なんのことだ?」
御霊丸「なるほど。某とはまた違ったをナリをしているゆえ。。」
ミカエル「何をわけのわからんことを!」
ミカエルの剣に力が入るが、御霊丸は微動だにしない。
ミカエル「くっ。なんてやつだ。ビクともしない。」
御霊丸「ここはお一つ退いてみてはいかがかな?それともこのまま某と斬り合いがお望みか?」
ミカエルフ「・・・・ッ!」
ミカエルは御霊丸の長刀を却けた。
ミカエル・「・・・良いだろう。今は見逃しておいてやる。」
シスター「ミカエル様!!」
シスターはミカエルの判断に戸惑った。
ミカエル「それに、貴様と一体一とはいかなそうだからな。」
ミカエルの後ろにはカンノンが響子の身を案じて駆けつけていた。いくらなんでも2対1では太刀打ちできそうにないと踏んだのだ。
ミカエル「御霊丸とやら。次こそは決着をつけさせてもらうぞ。」
捨て台詞を履くとミカエルは眩い光を放ち一瞬にしてどこかへと消え去った。
シスター「そんな・・・・ミ・カエル様。あと少しというところで。」
シスターは相談なく突如目の前から消えてしまったミカエルに動揺してしまった。
響子「おい。そこのメガネブス!」
焦っていたシスターが振り返ると、そこには怒りを露わにした響子がメンチを切りながら仁王立ちしていた。
響子「なんならアタシとサシで殺るかい?」
響子はまるで不動明王の如くシスターを睨んでいた。
シスター「くッ・・・。」
その姿を見たシスターは悔しそうにその場から走り去って草むらの中に逃げていった。
響子「ザマあねえな。一昨日きやがれ。」
啖呵を切りつつも、響子の内心はホッと胸をなで下ろしていた。
カンノン「大丈夫でしたか?響子・・・・。」
心配そうな面持ちでカンノンが響子に近づいてきた。
響子「ああ。なんとかね。一瞬ヒヤッとしたけど、大した怪我はないよ」
それを聞いたカンノンは、安堵の表情を見せ少し涙ぐんでみせた。
響子「・・・・・にしても、おっさんなかなかやるじゃねえか」
響子は笑いながら御霊丸に近寄った。
御霊丸「うむ。某一人ではどうにもならんかったのじゃ。礼を言うのであればあの小僧に申すのじゃな。」
御霊丸が示した先にはその場に駆けつけてきた大和が立っていた。
響子「なんだお前。やっぱり契約しちまったのか?」
大和「あの状況なら、誰だってそうすると思うよ。」
大和は照れながら響子に言い返した。
響子「その割には、今まで姿見せなかったけどな。」
大和「ご、ごめん。」
響子は一瞬大和を睨みつけたが、緊張がほぐれるとすぐに微笑んでみせた。
その顔を見た大和もすぐに微笑み返した。
この一連の出来事は長年続く神結い祭りの歴史の中で前代未聞の事件だったと、次の日の早朝の地元新聞の一面を飾った。