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ファイバーズ ある日の戦いの後

日曜日の午前中……そこは戦場だった。


弾丸が飛んで敵が襲ってくる。まさしく戦場。


場所は東京から車を飛ばして30分。山の中の廃工場。


そこが今日の、あるいは今週の戦いの舞台だ。


青島が居る場所は工場の二階、おそらくは休憩室と思わしき部屋だった。


流し台があり、破けたソファーがあり、ただそれらは時間の流れと共にぼろぼろになっている。


バァーンと遠くまで良く響く射撃音が青島の耳に入る。


その銃声は黄野の撃ったものに間違いなく、やがてその弾丸が相手を仕留めたと言う報告が通信で入る。


「ラストおわりー、警戒するね」


その軽い口調は戦場にはふさわしくはなかったが、青島は特にそれを注意しない。


らしい、らしくないと言うのが現在の状況にはふさわしくないからだ。


「青島、了解。頼むよ」


報告に青島は短く答えて、スコープをのぞいていた瞳により集中する。


スコープの八倍倍率の向こう側で、敵の上位怪人が廃車の上から飛び降りて八本の手を振り回していた。


まるでタコの様だが、別に足もあるのでイカなのかもしれない。


戦いに現れる怪人は決まって一体の上位怪人と複数の下位怪人のセットになる。


下位怪人は黄土色で、ムシのようなデザインをしており、上位怪人は毎回姿が違う。


何故毎回そうなのかは全くわからない。だが毎回そうなので相手にも何か条件があるのだろう。


上位怪人がたくさんある手を振り回しているのは、緑川がライトマシンガンを連射しているからだ。振り回している手の動きに阻まれて、弾丸がオレンジの光を出してはじかれる。


緑川くんの攻撃に気を取られている隙に……。


青島は構えているMk.11の引き金に指をかける。アメリカ海兵御用達のセミオートの狙撃銃。装填数は10発。


「今から五発で上位怪人の動きを止める。その後で緑川君はあらためて落ち着いて狙ってみて。紅君も援護を。じゃあ、いくよ。さんはい」


ゆったりと、何でも無い事のように青島はそう言った。


敵の胴体に狙いをつけ、流れるようなリズムで引き金を引く。


最初の五発を苦もなく命中させ、動きが鈍った所で様子を見る。


青島の指示に従い、二つの銃声が重なる。スコープの向こうで上位怪人は膝をつき、倒れた。


「すばらしい。いいよ、二人とも」


青島は優秀な生徒を褒める教師のようにそう言って、残りの弾丸を倒れた怪人の顔面と思わしき場所にすべて叩き込んだ。


青島の銃声を最期に音が無くなる。


しばらく上位怪人の動きが止まっているのを観察して、青島は立ち上がった。


「う、上手くいきましたか?」


後ろで待機していた桃山に青島は大丈夫だと言いながら、左手で彼女の頭を撫でる。


「うん、とっても上手くいった」


「よかった……」


青島の言葉に幼い桃山はホッとした様子だった。


ピンクのスーツに隠れて表情は伺えないが声と仕草で何となくわかる。


「緑川君と紅君は警戒しながらこちらまで下がってくれ。黄野さんは全体の警戒を続けて」


この場に居ないものがそれぞれ了解と返事を返す。


「さてさて、桃山ちゃん。ちょっと準備をしよう。手伝ってくれる?」


国防軍採用の迷彩柄の戦闘服にポケットのたくさんついたタクティカルベスト付けた青いスーツの青島にそれよりはもう少し軽い装備の下にピンクのスーツを着た桃山は素直に頷いた。





「まずがご苦労様。今週もおつかれさま」


廃工場のおそらくは出荷口と思わしき場所で変身を解いた青島の言葉に、戦闘服を着て並んだ赤、緑、黄色、ピンクのスーツを着た少年少女達が揃って頷いた。


彼等の横にはキャンプなどで使う展開式の折りたたみ机をもう少しがっちりさせたような代物が並んでいる。


「怪我なんかはしてないかい?」


「大丈夫です」


「オレも平気です」


「右におなじでーす」


「わたしも大丈夫です」


子供達の言葉に青島は笑顔で頷いた。


「良かった良かった。それじゃ、いつものように装備を外してテーブルに並べて、安全装置は必ず掛けるように。緑川君のライトマシンガンは重たいから、そっちのブルーシートにおいてね」


青島の指示に従って、子供達はそれぞれに身につけていた銃などの装備品を外し始める。


例えばレッドの装備はP90だ。


拳銃の弾よりは強力で、ライフルよりは攻撃力に劣るが、装弾数が高く安定した運用の出来る。


ちょっと形が変わっているのが特徴の武器だ。


それの予備弾倉。拳銃とそれの予備の弾倉。


紅を始め、子供達は手慣れた様子で用意された机の上に並べて行く。


最期にタクティカルベストを脱ぐと戦闘服を着た不思議な赤タイツの出来上がりだ。


同じようにそれぞれの装備を並べた四色の戦闘服をきた不思議な集団を前に青島はそれを眺めてうんうんと頷く。


「服の破れもなし、怪我もないようだね」


青島はそう言って、横に準備してあったテントを指差した。


キャンプに使うようなそれなりに大きなテントが二つ準備してある。


「じゃあ、中で着替えてね。戦闘服はいつものように」


「ビニール袋に入れる、でしょ。大丈夫大丈夫」


黄色いスーツを身につけている黄野は明るい声でそう言って手をヒラヒラさせた。


「さすがに毎週やってるから大丈夫だよ、青島さんは心配性なんだから」


「まあ、年長者としては小言が多くなっちゃうんだよ、ははは」


和やかな雰囲気の中で男女に分かれてテントで着替えて居るうちに、後片付けの為に国防軍がやってくる。


「到着しました。国防軍第24分隊、隊長の中杉です」


びしっとしたお手本のような敬礼をされ、青島はそれに答える。だが正式な敬礼をしなれているわけでもなく、青島の敬礼には何処か隙があった。


「ご苦労様です」


「いえ、そちらこそ。手はずはいつものようにでよろしいですか?」


「はい。各装備の整備をお願いします」


「わかりました。各人、作業に入れ」


挨拶を終え、国防軍の人間が動き出す。指示を出した中杉だけが作業には移らずに口を開く。


「しかし……本当に装備が様々ですな」


並んでいる武器の種類を眺めて、中杉は感心したようにそう言う。


確かにそうだと青島は笑う。


「こんな状況ですから……多国籍軍ですよ」


片付けられていく机の上には使える、あるいはそれぞれの子供達に合っていると青島が考えた装備が並んでいた。


政治を全く考えてないその武器運用は正式な軍隊のそれとはまた違ったものである事は青島も認める所だ。


それこそ傭兵が……自分の好きなように武器を買い集めたらどうなるかみたいな形である。


「それで戦っておられる貴方には毎回感服致します」


「資料をもっと役立てようと思えば、国防軍の装備で戦うべきなんでしょうが……すいませんね」


腰低く、頭を下げながら青島はそう言った。


戦いの様子は事前に備え付けているカメラである程度撮影され、いつかの時の為に国防軍で分析されている。


怪人達の映像から何かわかる事もあるかもしれないと、青島はこれにも協力していた。


「子供達に戦わせている事を……心苦しく思います」


中杉の言葉に青島は重く頷く。


「ええ……そうですね」


そんなおり、着替えようのテントが開き、ビニール袋を持った緑川が姿を現した。


なぜか金剛力士の書かれたTシャツに、カーキー色で七分丈のズボンをはいたその姿はなるほど中学生らしいとも言えた。体格があるので、もう少し大人っぽい格好をすれば高校生か大学生にも見えるかもしれない。


しばらく遅れて紅も姿を見せる。


薄手のボーダーのシャツに、黒っぽいジーパンという、服装が真面目そうな顔立ちには割と似合っていた。


「片付け、お願いします」


体育会系の緑川がそう言って作業している国防軍の兵士に頭を下げる。


紅もそれに倣って、おねがいしますと声を出して頭を下げた。


「はい、着替えおつかれさま。戦闘服はこっちで預かるよ」


青島はそう言って二人からそれぞれビニール袋に入った戦闘服を預かる。


「今日はしっかり休んでね。何か変化があれば、明日にでも報告してくれればいいから」


「わかりました……すいません、オレ。あんまり活躍できなくて」


何か思うところがあるのか、緑川はシュンとして青島に頭を下げる。


「どうしたどうした! 緑川君らしくない。そんな事無いさ、キミは良くやってくれてる」


青島はそう言って緑川に声をかける。


実際、緑川は良くやってくれている。四人の中でも抜群に体格の良い彼は一番重量のある装備を持ち、右へ左へと良く動いてくれている。


だが同時に青島には緑川が自信を持てない理由もよくわかった。


女性陣二人、つまりは黄野と桃山にはそれぞれ狙撃と爆弾という抜群の才能がある。


対して紅、緑川にはこれといった特別な才能は無かった。それでも紅は器用でおとなしく、真面目な性格もあってなんでもわりとこなしてみせる。


それに対して緑川はどちらかというと不器用なタイプだった。それでも頑張ろうとする姿勢や、全体を支えようと考え動ける所は彼の美点だ。


縁の下の力持ちとして、欠かせない役目があるのだが、彼もまた若い。


いわゆる華のある活躍に目を奪われ、自分のやっている事が地味に感じることもあるのだろう。


青島はバンバンと彼の大きな背中を叩いた。


「背筋を曲げるな、緑川君。キミの銃は今日敵に当たった。それは異世界の敵から、キミがキミのご両親や、友達を守ったという事なんだ」


「……うっす」


頷く緑川に励ました青島は申し訳なく思う。


そんな二人に声を挟んだのは横に居た中杉だった。


「失礼。緑川くん、私は国防軍第24分隊、隊長の中杉というものだ」


「えっ、あっ、はい。経野山第二中学、二年の緑川です」


話しかけられた事に驚きつつ、緑川はそう返した。


「我々は……キミのように戦う事が出来ない。それを申し訳なく思う。変わってやれるものなら変わってやりたいが、それも出来ない……」


中杉は一旦そこで言葉を区切って、緑川の目をまっすぐに見つめて言った。


「誰かを守る為に戦うというのは、人間として誇るべき事だ。それだけで胸を張っていい。情報規制があって、キミの活躍を知らせる事は……できないが。こうやってキミのすごさをわかっているものも居る」


中杉はそう言って、足幅を揃え、腹の底から声を張り上げた。


「一同、作業を止め直立!」


その言葉に作業をしていた国防軍の軍人達がその手を止め、直立の姿勢になる。


「全員、勇気ある緑川少年に敬礼!」


ザッ。


一糸乱れぬとはまさにこの事と言わんばかりの敬礼をされて、緑川は顔を真っ赤にしながら敬礼を返す。


「が、頑張ります」


「はははっ、良かったな緑川君。来週もある、頑張ろう」


青島は中杉の気遣いに感謝しながら緑川少年の背中を再び叩いた。


「もー、なになに? 大声出すからビックリしちゃった」


そう言って女子側のテントが開き、私服になった黄野と桃山が姿を現した。


黄野は薄い青色のV字シャツにお気に入りのパステルカラーのカシュクールシャツと薄手のジーンズ。


桃山は淡い紫の水玉のワンピースに、クリーム色のシャツを付けている。


今日の天気に合わせた春服おしゃれでまとめた黄野が敬礼している防衛軍の兵士達を見て、とりあえずという感じで敬礼をする。


「なになに? 緑川君、軍隊にでも入るの?」


「ああ、いや、そう言う訳じゃなくて」


「君たちが頑張っているからって、応援だよ応援。それではすいません、子供達を送りますので」


「はっ、各員作業に戻れ」


再び作業を始めた一団を眺めている子供達を連れて、青島は廃工場から外に出る。


そこには国防軍が準備した何の変哲も無いワゴン車が準備されてた。


「それでは今日もおつかれさま」


横一列に並んだ紅、緑川、黄野、桃山に、戦闘服を着た青山がそう言った。


「じゃあ、明日。基地のほうで待っているから。今日はゆっくり休んで」


「青山さんはこの後も作業……ですか?」


「一応ね。いろいろ書類とかもあるから……とはいえ、早引きはさせてもらうよ」


桃山のその質問に青山笑いながら答える。


戦いを終えた後とは思えない和やかな雰囲気になるように努めて明るく。


「この子達を駅前までお願いします」


ワゴン車の運転手に後を引き継ぎ、それが見えなくなるまで見送って、青島はやれやれと溜め息を吐き出した。


「あの子達……慣れてきてる。しっかり動けるようになってるし……」


いい事だ。そうなるようにしむけてきたのは他ならぬ……俺だ。


青島はすっかり答えのでている事に対して自問自答する。必要だと再認識する事でストレスを避ける為の防衛本能出る事も理解していた。


銃を持って敵を殺す。殺すという言葉も使わないように努めて来た。


倒す……それで精神が少しでも軽くなるなら、そうすべきだ。


守るため、世界のため、良い事をしている。


なにせ5人しか居ないのだ。だから丁寧に扱っているのか、あるいは……良心の呵責からなのか。


多分その両方だ。


申し訳なく思いつつ、しなければならないとそれをする。


「大人ってのは卑怯だよなぁ」


思わずそう呟き、青島は後頭部をかく。


「……今日の夕飯は焼き肉にでもするか! 一人でパーッとな!」


暗い気分を蹴飛ばすように青島はそう言って現場へと戻って行った。


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