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ヒーローだから 2

考える暇もありゃしない。


俺はでたらめなジョンダー帝王に舌をまいていた。


強い。ただ単にすごい。それが俺の印象だ。


これまでの上位怪人だって見た目も戦い方も様々だった。信じられないと何度も思わされた。


だがこいつは違う。ただ単に固く、早く、力強い。


勘と、度胸と、直感だけで体を動かす。


体の感覚が高ぶりすぎて、俺の時間は間延びしていた。


椅子が後ろ向きに倒れるときの感覚をさらに凝縮したような得体も知れない感覚。


現実味が無い世界の中で俺は必死に体を動かす。


空気が重く、体が重く、敵の攻撃が遅い。


紫の光をきらめかせる敵の剣をすり抜ける。


紙一重で避けなければ、次の攻撃は避けられない。


その為には恐れてはならず、躊躇ってはいけず、自分を信じ続けなくてはならない。


薄紙一枚の間違いを犯せば、それだけで死んでしまうかもしれない。


そんな危ない真似をあの子達にはさせられない。


黄野さん、緑川君、桃山ちゃん、紅君。


それぞれの顔が頭をよぎる。


どの子もいい子だ。


ここでおっさんが一人命をかけるに値するほど、彼らは輝いている。


そう考えると、さらに俺の中で気がさらに張って行く。


さらにもう一段階、世界が遅くなる。


自分の意志に体の動きが遅れて感じていた。


今ならミキサーに手を突っ込んでも、刃を摘んで止められるかもしれない。


おそらく出来る。確信めいたものが俺の中にある。


その確信が俺の体から迷いを消していた。


迷いも無く、遠慮も無く、ためらいも無い。


殺させないためには、殺さねばならない。


戦う為に引き金を引き、剣を振る。


敵の体は固い。だが削れている……。


飛び散り始めた敵の流血に反射する日の光の光沢を見て俺はそう思う。


涓滴岩を穿つとは言うが、これは大木をヤスリだけで倒すような作業だ。


敵は巨木であり、俺の手には小さなヤスリしかない。


だがそれでも手応えは感じ始めている。狙いをつけたのは相手の肘だった。


徐々に徐々に効果は現れている。肉が剥げ、血がしたたっている。


ファイバーブラスターの最大の利点。それはマガジンの交換が必要ない事だった。


威力減衰は大きいし、シングルショットしか撃てない。大きすぎて場所を取る。


だが今は、それでよかった。肉薄するほどの接近戦、弾が無制限ならどちらかが死ぬまでは永延に続けられる。


この状況で戦えるのはファイバーブラスターがあればこそだ。


そしてファイバーソードはあの戦車の装甲すら問答無用で断ち切ったジョンダー帝王の剣を受け止めている。


俺にとってファイバーソードは唯一無二の盾だった。それが無ければ何度切り刻まれていたかわからない。


ナイフの延長線上として、この長物を振るう事ができるのはひとえに、その軽さがあればこそだ。


ブラスターの引き金を引き、ソードをふるって攻撃を流す。


小さな手応えが徐々に積み重なって行く。


このままなら、勝てる!!


それが油断か、慢心か。


ジョンダー帝王の動きが突然に変わった。


避けられないはずの攻撃を避け、猛烈な速度で腕を振り上げた。


その速度は尋常ではなく、巻き起こった風が俺の体を一瞬浮かせる。


感覚がさらに間延びした。時間が止まったのではないかと思う。


抵抗する為に時間の流れに縛られた体を動かす。だが間にあわない。


静かだった。音は無くなった。




これ、死んだ。




否定できない確信。


黄野さん、君は天才だ。俺が保証する。


緑川君、優しく誠実な君なら皆を支えられる。


桃山ちゃん。大変だろうけど、皆を頼って頑張ってほしい。


すまん、紅君。後は頼む。


ジョンダー帝王の手が振られる。


ブラスターの銃口は間にあわない。


ソードも間に合わない。


体を反らせるのも間にあわない。





死ぬ。





ならば。



俺は腕を動かす。



切られても。



死ぬのが決まっても。



鼓動が止まっても。



意識がなくなる。



いいや、魂が離れるその瞬間まで。



攻撃あるのみ!



ブンと風が凪いだ。


痛みは感じなかった。


ブラスターの銃口が、ジョンダー帝王に触れる。


引き金を引く。


ジョンダー帝王の眉間が砕ける。


さらにとどめをさすべく、右手のファイバーソードを振る。


ファイバーソードの剣先がブラスターで打ち抜いた眉間に触れ、貫く。


止まっていた世界が動き出す。


眉間にファイバーソードを生やしたジョンダー帝王の口が開く。


『ば、ばかな』


その膝が崩れ落ちる。俺はそれを右から左に受け流す。


どうぅん。


空が青かった。倒れ伏したジョンダー帝王の後頭部からはファイバーソードの刃が突き出ていた。


……勝ったのか?


俺はそれを見下ろし、自分が死んでいない事に気がついた。


「なんだ……俺切られたはずじゃ……」


呆然とする俺はジョンダーの体を見下ろして気がつく。


こいつ……剣と右肘はどこにやったんだ?


そんな俺の後ろで、ボスンと何かが落ちた音がした。


俺はそれを見る。


それはジョンダー帝王がどこかに置き忘れてきた右肘から先の手の部分と紫色の光を放つ剣だった。


……振り上げたときに肘が限界を超えて引き千切れたらしい。


とどのつまりーー自滅だ。


何にしろ、勝った。


キツかった。他の四人のありがたみを理解した。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


生き残った事を喜び、俺は叫ぶ。拳を突き上げ、自分が生きていると実感を得た。


大人の意地にも限度ってもんがある。


ああ、そうだ。この後、副作用があるんだったと俺はちょっとブルーになる。


だがそれは生きてればこそだ。



 ◆



異世界に万事塞翁が馬という言葉は無い。その言葉の意味は幸福だと思っていた事が不幸につながることもあるし、逆に不幸だと思っていた事が幸福へとつながる事もあるという意味だ。


言葉はなくとも異世界にもそんな時がある。


あの日の後でキリマンは自分がほぼ間違いなくクビか、それに準ずる事になるだろうと思っていた。


なにせ、ブルーが勝ってしまったのだ。


それに発狂したハマンディ局長は顔を真っ赤にして泡を吹いて倒れてしまった。


年齢の事もあり、入院する事になったハマンディ局長の状態を聞くと、彼はどうせクビになるならばと開き直った。


「責任は全部俺がひっかぶるぞ!」


彼は燃えた。そしてスタッフは既に燃えていた。


そして放送された「ブルーと死」。


スタッフは燃えた。そしてスタッフ達は燃え尽きた。


だが誰もが満足していた。いっさいの妥協も無く、いっさいの迷いも無く、全力で編集作業を終えた。


けれどもファイバーズは間違いなくおしまいだった。


なにせ、もう予算がほぼ無いのだ。


虎の子のジョンダー帝王は倒されたし、スポンサーはブルーが死なないので非難の声を上げるだろう。そうなれば番組は打ち切るしかない。


しかしこれで良かったのだと、ブルーに敬意を払いつつ、キリマンは机の整理を始めていた。


彼はただ一人で、自分を始めとする誰もが諦めた現実をひっくり返してみせたのだ。


生活の為だと、矜持を捨てて逃げた自分とは違い、ブルーはその身を持って代弁してみせた。


諦めずに戦ったものだけが勝ち得るものがあるのだと。


だから満足だった。


この事が子供達に少しでも伝われば……あの日、番組最初期に酌み交わした思いは成就されるのだから。


そんな満ち足りた思いで作業をしていたキリマンが訝しむことが起こる。


最初におかしいなと感じたのは、幼なじみの豚のトンクンからの通信だった。


「なあ、ファイバーズのおもちゃってどこに売ってるんだ?」


何を言っているのかわからなかった。


「おもちゃ屋に行けば、置いてるだろ」


「それが無いんだよ。近所に売ってないの。子供からおねだりされてさぁ」


「そうか……変だな。大きい店を回ってみるといい」


「そうかぁ、……じゃあ、店員に聞いてみるよ。ありがとな」


そう言われてキリマンは通信を切られた。


売れないので撤去でもされたのかと思っていたが、変身ベルトはそこそこ売れていたはずだった。


ブラスターとソードが残ってないのは変だった。


変だな? と、首を傾げているうちに事態は深刻になっていた。


局内のお問い合わせ窓口がパンクしたのだ。


内容はファイバーズのおもちゃの問い合わせだった。


おもちゃ会社にお問い合わせくださいと言う声が連日響き渡る。


後で知ったが、始まりはネットからだった。


「今週のファイバーズがマジやばい」


気がつけばブルーの死闘はスタッフ一同の会心の編集と合わさり、ブームという名の大きなうねりになっていた。


そして今日この日「ファイバーズ現象」が一息ついたこともあり、キリマンを始めとするファイバーズのスタッフは表彰台に立っていた。


表彰状を読み上げるのはハマンディ局長だった。


あの日、怒りのあまり泡を吹いて倒れたのが嘘のように和やかな笑みを浮かべていた。


「いやあ、大したもんだよ。キリマンくん。ぬわはははははは」


上機嫌で腰を叩かれ、それでもこらえきれないとばかりに肩を叩かれる。


「スポンサーも上機嫌だ、うわはははは。皆もファイバーズの後に続くよう頑張ってくれ」


そう言われて社員一同の羨望の眼差しをファイバーズのスタッフ達は何とも言えない表情で受け止める。


あれからファイバーズのおもちゃの売り上げは爆発した。


在庫が無くならないと攻められたファイバーブラスターと、ファイバーソードが消え失せたのだ。


おもちゃ会社の問い合わせ窓口は鳴りっぱなし。


それにあぶれた人々がしょうがなしにかけたテレビ局の問い合わせ窓口もパンクした。


キャパを超えた注文は在庫分もあっさり飲み込んだ。


製造ラインはパンク状態。


頭を抱えたおもちゃ会社は、会心のひらめきをする。


「異世界の兵器を使うんなら、その兵器のおもちゃが異世界には多分あるだろう」


そうして極秘裏に異世界からのおもちゃ輸入を始めたら、これが大当たり。


ファイバーズの使う武器を模したおもちゃは飛ぶように売れ、関係のないおもちゃまでバンバン売れた。


スポンサーはホクホク顔で、スポンサー第一主義のハマンディ局長もホクホク顔というわけだ。


予算もドカンと増えた。ファイバーズの新しい装備も考案中だ。


「それでは、責任者のキリマン君から一言」


ハマンディ局長にそう促されて、キリマンは台の上に立つ。


「あー、ごほん」


咳を一つして局員を見渡す。ちょっと気分が良かった。


「世の中はままなりません。思いがけない困難が降り掛かる事もあります。ですが思いがけない事で幸福も訪れます。生きるとは複雑怪奇、奇想天外なものです」


キリマンはそう話して手で局員達の視線をスタッフ達に誘導する。


「では困難を乗り越え、幸福をつかみ取ってみせた優秀なスタッフと、異世界の勇敢な五人の戦士に拍手をお願いします」


キリマンのその言葉に局員一同から拍手が巻き起こった。

 




俺は三十二歳にもなってから、じつに恥ずかしい目にあった。


薬の副作用で寝込み、なんとか体調が戻ったその日。


十七歳と十六歳と十四歳と十一歳から本気で怒られたのである。


簡単に言うとバレたのだ。自分以外が出動してない件を。


謹慎中の俺の部屋にファイバーズのメンツが詰めかけて、怒るや、泣くやら、呆れるやらの大騒動だった。


『あ、青島さん。あぶないじゃん!」


『い、言ってくださいよ! そう言う事は!!』


『わ、私のせいなんですか?』


非難轟々だった。トホホ。


年上の威厳もあったもんじゃないし、騒いでいたせいで大家さんには目をつけられてしまった。


俺はあの子達を守っているつもりだったが、でも俺だってあの子達に心配をかけている。


『僕達、チームじゃないですか』


紅君のその言葉が耳に痛かった。


そう、俺達はチームだ。俺はそれを男の意地だけを優先して安直な道を選んで、子供達に心配をかけたのだ。


ともすれば、俺は死んでいたのだし。そうなれば、俺はあの子達にいらぬトラウマを残していたかもしれない。

俺は間違えていた。


あの時、俺は恥を忍んで頭を下げるべきだったのだ。


大人として大いに反省すべきところだ。


しかし、まあ、あれだけ無茶苦茶したにもかかわらず俺は謹慎処分こそ受けたものの、基本おとがめは無しだった。

正直、クビにこそならないが、減俸は覚悟していたのだが。


借りを払ってもらったあいつからは試作品の戦車をぶっ壊した件でめちゃくちゃに怒られた。


どこかあいつが楽しそうだったのは土下座の件を根に持っていたんだろう。まあ、あれもスクラップになってしまった事にして回収済みである。


業者は裏で手配しなくちゃならないから、改修作業には手間取りそうではあるが、最大火力は手に入った。同じく、セントリーガンのデータも取れた。今後の運用に関しては、試行錯誤が必要かもしれない。


上層部からは無人兵器の使用に関して、批難声明が来るだろうが……それはそれで受け流さなければならない。


おまけにあれだけ苦労したジョンダー帝王だが、実は影武者だった事も判明した。


真のボス、ネオジョンダー帝王が声だけだが、次の戦いであらわれたのだ。


めでたしめでたしで終わってくれれば良かったのだが、まだ戦いは続くらしい。


だが目標は一つ。世界の平和を守る事だ。もちろん皆で、協力しながら。


大人の意地にも限界はある。


ただなんだか最近、大林さんがもっと優しくなった。本当にいい上司だ。


俺が副作用でひっくり返っていたときも頑張って業務を引き継いでくれたり、本当に足を向けて寝る事が出来ない。


俺はいろいろ周囲に恵まれているな……。


そんな事を思いながら仕事場でお茶を啜り、窓の外を眺める。そこに広がる東京は今日も平和だ。



 ◆



頑張れ、ファイバーズ! みんなの笑顔を守るため!!


ゆけゆけ、ファイバーズ! 世界の平和は君たちに掛かっている!!




おしまい


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[良い点] やっぱり名作だ
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