ヒーローだから 1
俺はその日を偶然と、ラッキーと、意地と、勘で、生き残った。
ずいぶん昔の事だ。
俺はその日にシルバーに貸し付けられていた借りを鉛玉で全部返した。
同時に俺は仕事を頼んできたあいつに貸しを作った。でかい貸しだ。
あいつは出世した。そりゃもうでたらめに。
その貸しを返してもらえる当てはなかった。とはいえ、俺にはシルバーとは多少の因縁があり、そっちの借りは返せたのだ。それで良かった。
俺は日本国籍を取り戻し、実家の八百屋を継いで、借りは一生帰ってこないと思っていた。
そのとっておきの借りを使って、手に入れた鉄の箱の中で俺はハンドルを握りしめる。
戦車。それは陸戦最強の王者。
おまけに一人運転仕様の特別車。まだ正式名称も無いコンセプトカーだ。
セントリーガンの機関砲は確かにすごい。
手で持って撃つ事は出来ない馬鹿げたサイズの本体から野太い弾丸をまるで嵐のごとく振らせるのだ。
しかし機関砲は大砲ではない。
ただ一撃の威力だけを求め、人類の英知を結晶させて形にしたもの。それが大砲だ。
外を覗く窓は無く、代わりに機械の目を通して映し出される外の映像を見ながら、俺はハンドルを操り、肉の化け物にロックを行い、引き金を引く。
重音が車内に響きわたり、弾丸が音速で飛び出す。
俺の口元が引きつる。
四十六口径 滑空砲。それが王者の牙だ。
撃った瞬間には当たっている。そう感じるほどの圧倒的な速度をたたき出す叡智の生み出した暴力。
問答無用の弾丸を受けた肉塊は形を保てず、ひしゃげ、奇妙なドーナツのようにめくれ上がる。
ガンガンと車内の機械の動作が慌ただしくなり、自動装填装置が弾薬を素早く込め直す。
次に込められたのは鉄鋼焼夷弾だ。
それが撃ち込まれる。再び肉塊に風穴が空き、燃え上がる炎が上位怪人の体をあぶる。
力なく肉塊が崩れ落ちた。動いていた触手も痙攣しながら、うごめく。
俺は念のために、さらに焼夷弾を打ち込んだ。
炎はもっと強くなる。
触手は痙攣さえも止めていた。
「……おわったぁ」
俺はそれを見て、フッと肩の力を抜いた。頭がちょっと下がる。
もしそうしなければ、俺の頭は切り開かれていただろう。
俺の頭上を何かが通りすぎたのだ。紫色だった。
何かが炸裂する音がして、俺は全く理解できなかった。
だが俺の右……そこにあった戦車の車体が音を立てて取れた。
反射的にギアを前に入れる。
崩れ落ちた装甲が音を立てて、外に転がった。そう、外だ。
俺を守っていた合金の車体が無くなり外が見えていた。
「き、切られたのか!?」
断面は冗談のように綺麗だった。
切られた右の無限起動は動作不良を起こし、左の履帯のみが地面を捉え、戦車は右方向に回転する。
切り裂かれた装甲板の穴から見える風景の中にそいつは居た。
剣を肩に構え、威風堂々とした姿で俺を見ていた。
「ジョンダー帝王……」
俺の口から声が漏れる。それはビルの上で見たジョンダー帝王に間違いなかった。
そしてあの手に持っている剣で、この戦車を外が見えるようしてくれたのだろう。
その体からは、かすかに煙が上がっていた。
戦車にはボディにはリアクティブアーマーが付けられている、それが爆発したものが当たったのだろう。
リアクティブアーマーは敵の弾薬に反応し爆発する。その反発力で攻撃のダメージを打ち消す特殊装甲だ。
先ほど聞いた破裂音は戦車が切られた事で作動したリアクティブアーマーの音だったのだろう。
ジョンダー帝王は大きな剣を構え、俺を見ていた。
禍々しい紫の光を放つその剣……おそらくファイバーソードと同じ技術が使われているのだろう。
ジョンダー帝王の体は二メートルを軽く超えている。でかい。単にでかい。
「親玉のお出ましか!」
『我はだぢづで人の王である……敬意を払い、貴様をこの手で断罪しよう。誇れ』
「こっちも陸の王者なんだよ!!」
俺は狙いをつけて戦車砲を撃った。通常弾だ。
砲身が半分に切り取られてはいたが、吐き出された銃弾はジョンダー帝王に吸込まれる。
開いてしまった穴から射撃の轟音と砲身から吹き出す爆火が入り込んでくる。
その向こうで銃弾が当たったのが見えた。
当たった。だが頬が引きつるような当たった感覚は出てこなかった。
ジャリ。
その小さな足音がやけに大きく感じた。
上がる土煙と硝煙の中からジョンダー帝王がゆっくりと歩いて出てくる。悠然と、無傷なままで。
「じょ、冗談じゃない!!」
俺は自動装填装置によって装填された弾をもう一度撃ち込む。そして先ほどは使用していなかった機関銃で弾を浴びせかける。
しかしジョンダー帝王は再び上がった煙の中からも、無傷で現れたのだ。
おまけに浴びせかけている銃弾はジョンダー帝王へ当たる前に、その前方で弾かれている。
「い、インチキだろ、おい!」
理屈不明の現象を前にして、俺は絶叫した。納得が行くわけが無い。
俺は戦車のギアを後方へと叩き込んだ。
戦車が先ほどとは逆回転に旋回する。それに対してジョンダー帝王は剣を逆手に構え直し、腰を落とす。
脇目でちらりと見えたその構えは槍投げのフォームに良く似ていた。
背筋が凍るような恐ろしさを感じ、とっさに俺はシートベルトを外し、回転する戦車から飛び出すようにして地面に転がり出る。
「冗談じゃない、冗談じゃない、冗談じゃないぞ!!」
地面に転がり落ちた俺は自分の手元に武器が一つもない事に背筋を寒くする。
対抗手段が無い。
周囲を見渡すと、そばにはセントリーガンがあった。だが銃弾を撃ちつくしたそれらは力なく頭を垂れている。
その他の武器に目を走らせる。
そこには俺が準備しておいた武器の山が置かれていた。ショットガン、ライフル、ミニガン。だがどれもこれも威力が足りるとは思えない。
なにせ、戦車の主砲……四十六口径の弾薬でも無傷なのだ。
「打つ手が無い。無敵だろ、あんなの」
青島の呟きには絶望が合った。
◆
暗いその部屋で、大林は絶望していた。
そして悲しんでいる自分に気がついた。それはアルコールで自分の判断力が落ちたせいだったのかもしれない。
このまま、青島が死なないのではないかと……そんな事を考えてしまった。
初めて見る無人攻撃機械、あれはすごかった。
最初に青島に向かって、走ってくる怪人達の姿は悪夢のようだった。
敵の数は山の木々のようだった、あるいは直接的に巣から這い出る蟻のようだった。
多勢に無勢もはなただしい……こんなの無理だとそう思った。
だが彼は秘密兵器でそれに勝った。四機のなんだかすごい奴は、とにかくすごかった。
怪人達をすりつぶすように蹴散らした。
だがそれも大きな怪人には勝てなかった。ちょっと湧いてきていた希望が消えたと思った。
しかし、けれども……青島はもっと大きな秘密兵器を持っていた。
どうやってあんなものを準備したかは全くわからない。だが彼はそれを準備していた。
戦車だ。使いたいとさんざん進言してきた兵器郡の中にもそれは無かった。
この世界でもっとも恐れるべき、機械の車。
強力な大砲を持ち、無限軌道によってどんな荒れ地も走り抜ける。
大林は思わず、「やりやがった」と呟いた。同時に思った。
ああこれで彼は死なずに済むだろうと。
大きな怪人は冗談のように、あっさりとその大砲に殺された。
そんなものを準備しているとは異世界のテレビ局も思っていなかったに違いない。
何せこの世界の常識をしり、青島の仕事ぶりを日々見ていた上司である大林すら、想像してなかったのだ。
つまりこれでお終い……青島はその予想に反して生き残ったと言う事だ。
見事だと思った。大したものだった。
いわば、それは逆転だった。運命に勝ったとも思った。
だが……そんな力強い戦車があっさりと壊される。
ジョンダー帝王と名乗ったそれは本当に軽々と戦車を切った。
戦車のどこまでも強力に思えた、どんなものでも破壊するはずの大砲からの一撃に無傷だった。
あんまりにも慈悲が無いと大林は思うと同時に奇跡は起きないのだと改めて思い知らされた。
この世に神が居るとして、その神は自分の意思を通す為にはここまでするのかと思った。
ひどい、あんまりだ。
戦車から、それこそ這い出るように青島が飛び出す。その手には武器は無い。
そして、大林にはこれ以上に秘密兵器は無い事もわかっていた。
だってこの世界に、あれ以上強力な青島が使える武器は無い。
ミサイル? 戦艦の大砲? あるいは強力な爆弾?
そんなものが青島に準備できるか? 無理だった。
いや、仮に合ったとしてもそんなものが使われれば、彼も死ぬ。
そしてあの黒く、不気味で、強そうな……ジョンダー帝王はそれでは死なないかもしれないのだ。なにせ、あれは戦車の砲弾をくらっても無傷なのだから。
つまり、やっぱり……そう。
どうしようもなく、青島は———ブルーは死ぬのだ。
大きな力には決して逆らえない……この世のどうしようもない縮図で、青島は殺される。
諦めた方が……彼も楽できただろう。
そんな風に思ってしまう自分が、大林はとても……とても悲しかった。
◆
嫌に昔の事が頭によぎった。走馬灯なんて冗談じゃない。
だがどうしようもない、敵は無敵だ。あの剣は戦車の装甲を切った。
それは容易く俺の体を切り裂くだろう。
戦車砲の一撃を受けて無傷だった。攻撃が通じないなら、戦う方法なんて無い。
……無傷?
絶望の中で俺はひらめく。いいや、そうじゃない。
確かに四十六口径の弾丸は効かなかった。
一つだけ、リアクティブアーマーはジョンダー帝王に当たっていた。
リアクティブアーマーの爆発と、機関銃と戦車砲の違いは何だ?
「……シールドには距離が必要なのか?」
その考えに至ると同時に、運んできた装備の中に紛れていたそれが目に入る。
銃にしてはバカバカしいほどに真っ赤なフレームが袋から顔を出していた。
ダンと大きな音がして、俺は背後を振り向く。
そこには乗り捨てた戦車の上に立つジョンダー帝王が居た。飛び上がり戦車の上に着地したのだろう。
その手には先ほど戦車に向かって投げつけられた剣が握られている。
高い位置に立っていることで元々大きなその体が、さらに大きく見えた。
「おいおい、そいつはな。借り物で、陸の王者なんだぞ。てめぇ」
俺の言葉にジョンダー帝王が応える。
『そこから抜け出た貴様は虫か?』
しゃくな事をいう。
ああ、良いだろう。馬鹿げてる。だがここで戦わなきゃ……あの子達とこいつが戦う事になる。
そいつは許せない。許しちゃおけない。
俺は右手にファイバーソードを、左手にファイバーブラスターを構えながら答える。
「俺はヒーローだ。馬鹿野郎」
◆
時刻は十時十三分。
黄野は腫れが引き始めた扁桃腺を鏡で見て安堵していた。
腫れたまんまだったら、ライフルを構えるのに邪魔だったから良かった。
腫れが引いたら、青島さんに謝ろう……そういえば、クーちゃんがおいしいドーナツ屋さんがあるって言ってたから、買って行こうかな。
みんな、ドーナツ好きかなぁとそんなことを考えながら、布団の中で丸まるようにして彼女は目を閉じる。
◆
同時刻。
キャンプ場に付いた緑川は明るい声を上げていた。
彼が面倒を見る子供達がその声で集まる。その中には桃山も居た。
緑川が今後の予定を話す。
バーベキュー用の炭に火をつける作業を命じられた同級生と一緒に桃山は笑って頑張ろうと励まし合っていた。
青島さん。上手くいってますよ。帰ったら、お礼言って……そうだ、写真も持って行こう。
楽しそうな笑顔を浮かべる自分と桃の写真を見せて、改めてお礼を言おう。
そう決めて、緑川はもっと良い思い出を作るために張り切った。
◆
同時刻。
コンサートホールに響くピアノの音を紅は聞いていた。
今ピアノを弾いているのは、このコンサートに招待してくれた金里だった。
課題曲を終えて、自由曲となって彼女が弾いているのはショパンの英雄だ。
クラシックに明るくない紅も聞いた事のある曲だった。彼はそれが難しいのかもわからない。
そして上手なのかも判断できない。でもすばらしいと紅は思った。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ彼女と目が合う。
それだけで彼の胸は苦しくて嬉しくなる。今日の思い出が彼の宝物になる。
彼女が手を振り上げる一動作、指の動きが奏でて行く音。
紅はその彼女を守れた事を誇りに思った。そして胸に誓う。
彼女を守れた僕にしてくれた事に改めて青島さんにお礼を言おう。
これからも笑顔でピアノを弾く彼女を守れるように頑張ろう。
紅はそう考え、今日の思い出を胸に刻み込んだ。
◆
同時刻。
異世界の会議室ではファイバーソードとファイバーブラスターの登場に歓声に近い声が上がっていた。
◆
同時刻。
青島は死地に飛び込んだ。
手に持つのはおもちゃのような武器二つ。
切った張ったの冗談のような大立ち回り。
『死ねぇい!』
怒声と共に振るわれたジョンダー帝王のまっすぐとした攻撃が青島の体をかすめてアスファルトを紙のように切り裂く。
青島はそれを恐れずさらに踏み込む。
引き金を引いたファイバーブラスターから飛び出た青いエネルギー弾がジョンダー帝王の肩に当たり、その鎧を吹き飛ばす。
「ははっつ! 当たったぞ! 王様」
青島は笑った。気分が異常に高揚していた。薬のせいかもしれないが、それでも構わない。
このジョンダー帝王はヤバい。これがあの子達に牙を剥けば誰かがケガをする。
ケガをするだけならまだ良いかもしれない。こいつはそれほどの相手だった。
それを青島は許せなかった。絶対に見過ごせない。
その為に、こいつはここで殺さなくてはならない。
青島はファイバーブラスターを敵の額に合わせる。だがジョンダー帝王はその巨体をものともせずに猛烈な速度で剣を切り上げる。
足下から迫る両刃の剣に青島は反射的にファイバーソードを合わせた。
ファイバーソードのエネルギーとジョンダー帝王の剣のエネルギーが反発し、金色の火花を散らす。だが受け止める事は出来ず、青島の体が浮き上がり弾き飛ばされる。
空中で体をひねりながら青島はブラスターの引き金を引く。しかしそれはジョンダー帝王の見えない障壁に当たり弾き飛ばされる。
やはり重要なのは距離だ。障壁を張れるのは一メートル前後。肉薄すれば叩けないわけではない。
「タネが割れたな!」
着地をした青島がそう吠える。ユニフォームの中で、青島は歯をむき出しにして相手を睨みつける。
『図に乗るなよ。ファイバーズ』
答えるジョンダー帝王は静かに剣を構えて青島へと迫る。青島もそれに合わせるようにして走った。
ジョンダー帝王の放つ斜め上から下への袈裟切りを青島はファイバーソードの刃で受け流しながら滑り込む。
そしてジョンダー帝王の側面へと飛び出した。
「横、がら空きだ!」
『やらせん』
しかしジョンダー帝王はそれに対して、体を一回転させての真一文字につなげた。
「ちぃい!」
青島はそれをのけぞって避ける姿勢をとりながら、同時にファイバーブラスターの引き金を引く。
ブラスターの弾はジョンダー帝王の肘に当たり、剣の軌道が上がった事で当たるはずだった剣の下をくぐり抜けるようになんとか避ける。
「次だ!」
そらした上半身を戻すと同時にファイバーソードを振る。それをジョンダー帝王は後ろに飛んで避けた。
『小賢しい動きだ。無駄な抵抗だと知れ』
「無駄だってんなら、逃げたのは失敗だよ、王様。底が知れるじゃないか」
撃たれたジョンダー帝王の肘からは煙が上がっているが、動かすのには支障がないらしい。
「おいおいおい。鎧よりも丈夫なんじゃないか?」
青島がそう嫌そうな声を出すと、ジョンダー帝王は肘の動きを確認しながら口を開く。
『我の体はすべてのだぢづで人の血肉の上に支えられている』
そう言ってジョンダー帝王は再び剣を構えた。
『折れぬ、砕けぬ! 我が身は世界の意思を背負っている!』
「かっこいい事、言うじゃないか……。でもな」
青島も背負っている物がある。
「俺には大人の意地がある。覚悟しろよ。侵略者」
そこからは止まらなかった。
ジョンダー帝王の嵐のような剣を、青島はギリギリのところで避ける。
ファイバーブラスターを撃ち、ソードを振る。
速度も力もジョンダー帝王が上回っていた。
しかし技術と勘の冴えは青島が一枚も二枚も上だった。
攻撃を当てているのは青島だけだが、ジョンダー帝王の耐久度はその攻撃を耐える。
一進一退の戦いに見えるが、その実は巨大な竜巻にあらがう木の葉でしかない。
だがこの木の葉を意地が支える。その意地は折れず、砕けない。
そして木の葉は嵐の弱点を見いだしつつあった。
眉間。
そこを狙うとションダーが必ず防御をする。
青島の攻撃は阻まれ、通らない。だがその動きは顕著だった。
『沈めぇ!』
「侵略者がぁ!!」
嵐と木の葉の戦いは止まらない。
◆
その戦いをみて、暗い空間の中で、顔を真っ赤にした大林がテレビを掴んで叫んでいた。
「がんばれ! 頑張るんだ! 青島君!! 死ぬんじゃない!!」
◆
スタッフ一同は目を見張っていた。
戦車の姿を見たときには喝采を上げたスタッフたちだったが、その後のキリマンの命令はあまりにも慈悲が無いと思っていた。
ジョンダー帝王はファイバーズのラスボスである。
演出上、謎の異世界である「だぢづで人」はこれまでストーリーに絡んでこなかった。
その代表として作られたのがジョンダー帝王であり、今後のストーリーに大きく関わる。
つまり使い捨ての怪人や、上位怪人とは物が違うのだ。
無論、今回準備した上位怪人のイーターとて、戦闘力は高かった。
それは再生力を特化させ、その源となる下位怪人を山ほど準備したからだ。
ブルーはそれを破る火力を準備していた。これでブルーは死なないとその場の全員が思った。だがジョンダー帝王の名前が出たところで、再び希望は潰えた。
金の掛け方が他の怪人とは桁が違うジョンダー帝王の戦闘力は群を抜いている。
その証拠にブルーの用意した最大火力は意味をなさなかった。
攻撃を防いだ正体……その名も無敵シールド。
演出上、ジョンダー帝王は最後までやられるわけにはいかない。
無粋な無人兵器にやられないこと。それがジョンダー帝王の最大の特徴でもある。
加えて最高ランクの強化の施された肉体。そして文字通り戦車を一刀両断にしてみせた開発ネーム魔人剣。
ジョンダー帝王にダメージを与えるには接近せねばならず、接近すればジョンダー帝王は負けるはずが無いのだ。
だと言うのに。
それにブルーはファイバーソードと、ファイバーブラスターを両手にそれぞれ持って戦いを挑んでいる。
始めはその姿に悲鳴なのか、歓声なのかわからない声を上げたスタッフ達だったが今はほとんどの者があんぐりと口を開けた姿でテレビを見ていた。
「すげぇ」
圧倒の一言だった。
それは例えるなら荒れ狂う空の下で行う千尋の谷に張られた糸の上の綱渡りだった。
その糸に乗らねば死ぬ。渡りきらねば死ぬ。その場で動けなくなっても死ぬ。
おおよそ、どう考えても死ぬ。
その中でどうしてブルーが今も生きているかが理解できないのだ。
裏事情を知るスタッフは誰もがブルーは死ぬのだと諦めた。
だがブルーは……それに抗っているのだ。
箱のヒュドラも、大砲の付いた箱も、すべてブルーにとってはとっておきに違いなかっただろう。
だがそれが無くなり、絶望的な状況になってなお、彼は諦めていない。
あれほど信用しておらず、頑に使わなかったファイバーソードとブラスターに勝機を見いだして、彼は今も全力で戦っているのだ。
裏事情を知るスタッフ達たちだからこそ、そのどこまでも困難に対して死力を尽くすブルーの姿に心の奥底を揺さぶられた。
あれはもはやジョンダー帝王ではないのだ。自分たちが屈し諦めるしかなかった大きなどうしようもないものそのものなのだ。
そしてブルーはそんなどうしようもないものと戦っているのだ。
「が、がんばれ!」
誰かが叫んだ。
「そ、そうだ! いけ! いけ!」
「頑張れ! ブルー!!」
だんだんと応援する声を上げる人数が増えて行く。
気がつけば全員が声を上げて応援していた。
自分たちが諦めてしまった事をより困難な立ち位置で叶えようとするその姿に応援せずにはいられなかった。
絶体絶命のピンチを諦めず、怯まず、立ち向かうその姿こそがヒーローだった。
上がる歓声に周囲の者が何だ、何だと集まってくる。
そして画面の中の嵐を見た。
事情は分からないが周囲のテンションの高さで何かすごい事が起こっている事を感じさせた。
「これってすごいのか?」
それでも聞く奴が居る。
「奇跡なんだぞ!?」
誰かが画面から目をそらさずに叫ぶ。
頑張れ。ああ。いけ。やれ。負けるな。ひゃああ。うわぁああ。
ブルーに攻撃が当たりそうになるたびに悲鳴が上がる。その悲鳴は止むことはない。
ブルーは常に死のふちに立たされ、そしてその瀬戸際で戦っているのだ。
その雰囲気にのまれて事情を知らない者も自然とブルーを応援していた。
そこへ肩を怒らせた、ぐんずりむっくりした人物が部屋の入り口から人を押しのけて現れる。
「おまえらぁ!」
そう叫んだのはハマンディ局長だった。
声を上げていた全員がギョッとした目でその姿を見る。
その見るからに怒っている様子に関係ない職員はそそくさと仕事へと戻っていった。
怒り心頭の様子のハマンディ局長は荒い鼻息を細い鼻先から吹き出している。
「どういうことだ! ブルーは今回で死ぬ予定なんだぞ!」
スタッフ達は内心、お前が勝手に決めた事だろうと呟く。実際に口に出せた者は居ないが。
「それなのに、応援するとはどういう事だ! 何か仕掛けてるんじゃないのか!」
「いえ、それは絶対にありませんよ……」
見ていたスタッフの中でも年配のビーバーがそう答える。そうであるからこそ、すごいのだ。
「だが死んどらん!」
そのすごさが分かっているのか、分かっていないのか、ハマンディ局長はそう怒鳴る。
「その……我々も驚いているんです。今までのファイバーズの戦い方であれば、ブルーは間違いなく死んでいます」
「だが死んどらん。なんとかしろ!」
そう怒鳴るハマンディ局長にスタッフ達は顔を見合わせる。
そしてハマンディ局長に対して声を上げた。
「見てください局長! ブルーはファイバーソードと、ブラスターを使ってます。もういいじゃないですか!」
「なんだと貴様等ぁ!? 今更、使った使わないの問題じゃないんだよ!」
「ブルーを殺さないでください! 彼はヒーローなんですよ!?」
「しるかぁ! わしが殺せと言ったら殺せぇ!」
そこに遅れてキリマンが現れた。
彼としてもブルーの活躍には拍手喝采を送りたかった。だが、しかしキリマンは自分の立場からそれを表にする事は出来ない。だから、責任者として口を開く。
「ハマンディ局長、どうにもなりません。我々の見通しが甘かったのです。ブルーは我々の想像より強かった。……我々の負けです」
「負けぇ? じょうだんじゃない! 既にスポンサーには話は付けているんだ。これで失敗したとなれば、立つ瀬が無い!」
ハマンディ局長は顔を真っ赤にしてテレビの画面を指差して怒鳴る。
「なにか、手は無いのか!?」
「ありません……。ジョンダー帝王は虎の子です」
キリマンはそう言って、ハマンディ局長の指差すテレビ画面を見た。
画面の中ではブルーとジョンダー帝王の戦いが続いている。ジョンダー帝王の体には無数の傷がついていた。このままでは万が一の場合もあり得る。
「ここでジョンダー帝王に問題が出ては今後の番組に支障がでます。致命傷になる前に、帰還させた方が良いと」
キリマンのその言葉に回りのスタッフ達も必死に声を上げる。ブルーがこのまま戦い続けられる保証などどこにも無いのだ。止めるなら、少しでも早くしなければならない。
だがハマンディ局長はそんな静止を聞きはしなかった。顔を真っ赤に怒らせて、唾をまき散らしながら血走った目で怒鳴る。
「リミッターかなにかは無いのか!?」
そのハマンディ局長の言葉に、スタッフ全員が渋い顔をする。
その表情を読み取り、ハマンディ局長は勝ち誇ったような顔になった。
「リミッターを切れ!」
その発言にスタッフがざわつく。
「は、ハマンディ局長。リミッターと言っても、テレビ撮影用に速度を落とす為のものです。カメラが捉えきれなくなりますよ!?」
キリマンはそう進言するが、目を血走らせたハマンディ局長は知った事かとばかりに笑いながらこう言った。
「リミッターを切る機械はどこにある! いえ! クビにするぞ!!」
「こ、ここにあります」
カタツムリが机の上に機械を置いた。二つしかダイヤルの付いてない見るからに簡単な機械だった。
リミッターのオンオフスイッチと、リミッターの制限は五十になっていた。
リミッターを切ればジョンダー帝王は二倍の性能になると言う事である。
「はははははは! これであの青いのもおしまいだ!!」
上機嫌でその機械をひったくり、ハマンディ局長はギラギラとした目つきでリミッターのオンオフスイッチに指をかける。
「これで勝ちだ!」
スタッフ一同が絶望的な顔をする中で、ハマンディ局長はスイッチを切った。




