ブルーこと青島の大人の苦労2
「ええ!? 又禁止ですか! 緑川君と桃山ちゃんの主力武器ですよ!?」
機関砲とロケット砲に対物ライフルまで禁じておいて、まだ!?
「……評判がすこぶる悪いんだよ。機関砲だったか? あれも大概だったが」
「最近、C4が使えるようになったんです。二人ともあんなに筋がいいのに」
「あの弁当箱みたいな奴は?」
「指向性地雷ですね。ベアリングというか、パチンコの玉みたいなのが飛んでいくんです。対空にも使えない事も無いし、安価なんですよ。この間、新しい仕入れルートが見つかって」
俺は装備品の値段の安さをアピールしてみるが、大林さんは何とも言えない表情を浮かべて言った。
「その件に関しても、ゲリラの資金源になっているんじゃないかって、陰口叩かれたんだけど」
会議の場では結構批難された様子で、大林さんには珍しい事に言葉と表情がちょっと冷たい。
たしかに出所が怪しいとは俺だって思っているが、しょうがないのだ。安いのだから。
「何をおっしゃるうさぎさんですよ。そもそも必要経費を減らせって、上が言うからじゃないですか。安全をお金で買うのは常識です」
そもそも年端も行かない子供を戦場に駆り出しておいて、何を言っているのだと腹が立ってくる。俺としては無人偵察機に爆弾を背負わせて戦いに行かせたいくらいなのだ。
ちなみに子供たちに爆弾一式の使い方を指導したのは俺だ。最近は効果的に置くポイントも把握してきていて、せっせと準備している様子が微笑ましく思えてきたところなのだ。
「傭兵上がりの青島君には抵抗が無いかもしれないが、さすがにゲリラはまずいよ」
まるで俺を異常者だと言わんばかりである。俺だって好きに武器を買っているわけじゃない。
戦う為にはとにかく武器は必要なのだ。戦わないで済むなら、おれだってそうしたい。
悪く言われて非難したい気持ちもわかるが、それだって価格競争なのだから仕方がない。
「それを言うなら、子供を戦わせようって発想が武装団体と一緒ですよ」
俺がそう言ってやると、大林さんは口をへの字に曲げた後で全くその通りだと大きくため息をつく。
ゲリラ資金云々も良くはないのだろうが、そもそも未成年に戦い方を教えている事も忘れてもらっては困る。
むしろ戦い方を教えている俺の身にもなってほしい。嬉々としてやっていると思われているなら、冗談じゃない。
爆弾を設置する場所として指導した結果、桃山ちゃんはマンホールが怖くて踏めなくなったと言っていた。それも悲しい事だ。
銃の取り扱いをかなり徹底的に指導した紅君はポケットに手を突っ込んでいる人を見ると警戒してしまうと言っていた。
狙撃を教えた黄野さんは窓辺に座るのを躊躇すると言っていたし、C4爆弾の使い方を教えた緑川君は親戚の子どもが遊んでいる紙粘土に本気でビビったらしい。
何とも世知辛い話である。もう既に実害が出ていると言えなくもない。
そして、それらの技術を教えたのは何を隠そう、この俺だ。
上層部は知らないのだ。訓練キャンプで宿題の算数ドリルを進めている小学生に、その手を止めさせて爆弾の取り扱いを教えなくては行けない俺の気持ちなんて。
言わせてもらえば、俺だって被害者と言えなくもないのだ。
「そもそも、実家を継いで八百屋になろうとしていた僕をこの道に引きずり込んだのは、その上層部なんですよ? あれもだめ、これもダメって禁止されて、あげく命がけの戦いにポン刀片手に切った張ったなんて冗談じゃない。任侠映画じゃないんですから」
「……まあ、そうだねぇ。ああいや、火力ならファイバーキャノンがあるじゃない?」
大林さんはそう言うが俺は首を横に振るしか無い。
「ファイバーブラスターを五連結させる奴ですね。あんなのアホ兵器ですよ。ナンセンスです。あれならRPGを使いたいですね」
ちなみにRPGとは対戦車グレネード弾のことだ。俗にいうロケット砲である。
「あ、あれはだめだよ!? ロケット砲は!」
わたわたと慌てる大林さんに俺はため息まじりで返事を返す。
「わかっています。外して市街地にダメージがありましたからね」
二回目の戦闘のときに俺が秘蔵の虎の子を持ち出してきたのだ。
爆薬を固めた車を囮にする作戦で敵を文字通り一網打尽に出来たのだが、紅君の撃った一発が動作不良で右に流れて……。
「幸い人的被害は無かったけど……もみ消すのも大変だったんだから」
当時を思い出すと確かに冷や汗が出る話である。
陸軍がミサイルを誤射した件と合わさり、大問題になるところだった。
そのおかげで、高火力武器なのに使用禁止にされてしまった。あれさえ無ければ、紅君と緑川君の主武装になっていたかもしれないのに。
「あれ以来、使っていません。でも最大火力は落ちています。現場の責任者として、これ以上の戦力低下は納得できません」
「……ファイバーキャノンは逸れたりしないじゃないか、使っても良いんだよ?」
「以前も言いましたが威力減衰が大きいですし、ダメージがピンポイント過ぎるんです。薙ぎ払えるかといえば、そうでもないし……攻撃範囲が狭いんですよ」
「やっぱりダメかね」
残念そうに言われても使えないものは使えない。
「これで爆弾まで禁止されちゃ勝てませんよ。現状でもギリギリです。負けたらどうするんですか」
「君なら何とかならないのかい?」
そうやって信頼してくれるのは嬉しいが、無理な物は無理だ。
「無人偵察機か、戦闘車両を配備してくだされば、一人でもやってみせますが」
俺の代案に対して大林さんは無情な位にあっさりと首を横に振る。
「予算の話の上でも無理かなぁ……」
「では無理です。皆、成長して戦力になって来ていますが」
とりあえず現状維持という冴えない結論が再び出てきたところで、俺と大林さんは同時にため息を吐き出した。
そんな空気を変える為に、俺は明るい声を出す。
「でも、あの子たちは形になっていますよ。正直、成長速度としてはうらやましいくらいですね」
「そうなのかね?」
「僕自身の才能の無さが恨めしくなるくらいには」
俺はそう言って再び笑う。実際、あの子達は大したものだと思う。
「それでも一芸特化だからこそです。兵士の基本はオールマイティー。それを捨ててそれぞれ適性を判断して特化させているんです。運用に注意すれば戦力としては見込めますが、それは条件次第です」
「一芸特化か。話には聞いていたけども、黄野さんの大きい、あれもそうなんだね」
「ライフルのことですか?」
そう聞かれて、俺は声が踊るのを感じていた。女子高生の黄野さんは天才的な才能を持っている。あれならもう少し経験を積めば特殊部隊でも十分やって行ける。まあ、狙撃手専門だけども。
「彼女は天才的です。百メートルくらいならどこでもヘッドショットを狙えます」
「最近、目つきが鋭いよね」
「ファッション雑誌を見る時を思い出せってアドバイスから急にのびたんです。最近、スナイプポイントを私生活でもつい探しちゃうって言っていましたから、もうプロですね」
「……日常生活に支障が出ないのかね?」
心配そうにそう訪ねる大林さんに俺は笑ってみせる。正直言えば、もういまさらだと……そう言うのは憚られた。
「スナイパーは本格的になるとおむつ常備になるので……」
「おむつ? 何でだい?」
「スナイプ、つまり狙撃は待ち伏せが基本ですからね。敵が来るまで、有効な場所でひたすら待機する事もあるんです。銃を構えたままの待機時間が一日、二日にわたる時もあります。気軽にトイレに行く暇が無いときもありえます」
「……それはすごい世界だね」
まあ……戦場の話なので、凄いといえば確かに凄い。
「そういう事もありますよ。マラソンランナーはフルマラソンの時とかのおしっこは走りながらするって話を聞いた事がありますから、極限を試される状況ではそういう本能にあらがう訓練も必要になります」
「……あー、あれも長時間走るからねぇ。宇宙飛行士もそうだと聞いた事があるね」
「それと比べると、だぢづで人の攻撃は日曜の午前中に限定されています。そこまで極端な訓練も必要ないのは、ありがたいですね。下関係は心情的にも難しいので。多感な時期ですからね」
オムツを履くならヒーローやめます! と言われたら、俺はどう説得していいかわからない。
「年頃の女の子も居るからね。でも君はあれだね。あの子達に良く慕われているように思う。大したもんだよ」
「そうですかね?」
「そうだとも。カウンセリングの結果報告も受け取ったが、おおむね、好評だよ」
ファイバーズの面々はそれぞれ定期的にカウンセリングを個別に行っている。
戦闘教育に関しては俺も気を使っている。ゴリゴリの軍隊式はむしろついていけないものをはじき出す仕組みになっている。出来るやつは残り、出来ないやつは去る。それが良い悪いはこの際おいておくしかない。
だがそれは人が多い場合に限った話だ。俺が教育しているのは四人で、恐ろしいことにまったく代えが利かない。
だから教育も内容はともかく、雰囲気としては普通の学校生活の延長線上……部活のような雰囲気にせざるを得ない。こちとら、何年も前の記憶になるが、学生生活事態は知っている。さきほどの大林さんの言葉ではないが、流行り廃りはあっても人間、そうは変わらないものだ。
とはいえ……いくら俺が注意していても、実際に訓練を受けるのは四人だ。
正直、好評だと聞いて俺は内心ホッとする。
同時に大林さんに伝えておかねばならない案件があった事を俺は思い出していた。
「以前話した薬の試験もする予定です」
「君の知り合いが情報を持ってきたあの薬かね? 出所が怪しい」
俺の言葉に大林さんは顔をしかめてそう言った。
それに対して俺は肩をすくめてみせる。
「試薬した傭兵の友人に聞きましたが、効果は高いそうです。副作用はキツかったそうですが、副作用の軽減によっては視野に入れるべきかもしれませんね」
「だが外国産だろう? 君を含め、そういったドーピングみたいな薬は使わせたくはないが」
「禁忌感があるのはわかります。僕だって嫌ですが、命には返られません。近く、試薬品を取り寄せます。分析して、使えれば採用するのもありです」
俺はそこで一旦言葉を区切り、無理だろうと思いながら先の言葉を続けた。
「出来ればそれと比較して、無人偵察機を配備してくれば一番ですが」
俺の言葉に大林さんは苦笑いを浮かべるしか無い様子だった。俺の無理矢理に人道的配慮を求めるようなやり方を笑ったのかもしれないが、俺が出来る事はそう多くない。手段は選べない。
大林さんと俺の視線が無言で交わされる。大林さんはいい人だ。それは間違いない。
まともな大人で、俺はまともじゃない。
俺はあの子達を守りたいと思いながら、そのために戦う手段を教えている。
大人の中で、彼らが子供であると一番認識しているのは俺だ。
そして直接、あの子達を守ってやれるのは俺しか居ない。
「実際、モラルうんぬんを話している余裕は無いのかもしれないねぇ」
「そんな話を出来るようにするのが俺と大林さんの役目ですからね」
俺の言葉に大林さんは少し笑った。
「良い事言うなぁ」
「国語の成績は良かったんですよ」
俺がそう言って肩をすくめると、大林さんは声を上げて笑った。
「はははは、ともかく上層部はファイバーソードとブラスターの使用にご執着だ。使ってみせれば、多少は黙るかもしれない」
「むしろ、ファイバー地雷とか、ファイバー爆弾なんかを作ってくれたほうが良いですね」
「話はしているのだが。何にせよ、データが必要なのかもしれない。気にかけておいてくれると助かるよ」
大林さんはそう笑いながら手を振って立ち上がった。
「このまま、ちょっと外に出てくる。お昼後には戻るよ」
「はい、いってらっしゃい」
去って行く大林さんの後ろ姿を見送って、俺はため息を吐き出して外の風景を見る。
大都会の町並みは今日も平和だ。この平和を守る事は良い事だ。
けれど、守るための犠牲を俺は見送れない。
俺は少し冷めたコーヒーを飲み干した。
よし、今日は研究所に行こう。セントリーガンの開発状況を確認しておかないと。
俺はこの後の仕事の段取りを考えながら立ち上がった。
頑張れ、ファイバーズ! 世界を守れるのは五人の勇者である君達しか居ないのだ!!




