放送終了後 ジョンダー帝王
異世界、ブブテレビ。
「五人の勇者 ファイバーズ」のスタッフの間にはどんよりとした空気が漂っていた。
その重苦しい空気の中、作業服を着たコアラが口を開く。
「ほんとにやるんですか?」
それに答えるのはキリマンだ。彼自身も沈んだ気持ちを隠そうともせず、口を開く。
「しょうがないだろう。局長命令なんだから」
短く、そう言われて怪人の準備をしていたスタッフはため息を吐きだす。
周囲には怪人の生成用の大きなガラスの容器が並んでいた。容器の中には液体が満たされ、そこに怪人……黄土色の昆虫と人を混ぜたような形をした怪人がまるで胎児のような格好で浮いていた。
バイオプラントで生成された怪人にプログラミングを施し、異世界に送る。
ここはその製造プラントだった。
作業をしていたカマキリが残念そうに口を開く。
「それでも、気が重いっすよ。ブルーのファンなんですよ。うちの親父」
それに答えるのはかたつむりだった。
「ああ、家のじいさんもファンなんだよ。残念だなぁ」
ふたりも作業着を着込み、作業の手を止めて顔を上げてそう言った。
その二人以外にも数人の作業員がおり、それぞれ残念だと口を開いた。
ファイバーズの敵を作っている部署だからこそ、それを倒すファイバーズの頑張りを感じているのだ。
「というか、ブルーの人ってファイバーズ戦力の中心じゃないですか。抜いちゃったらまずいんじゃ」
作業をしていた二人がそれぞれ話し始めたところで、キリマンは叫ぶ。
「がおぉーーー!!」
雄叫びに全員が黙った。カタツムリなど、殻にこもってしまっている。
一同を見回して、キリマンは肩を怒らせて声を出す。
「上司からの命令なんだ! お前等の給料はどこからでてる!? 会社からだ! 会社は何を求める!? 面白い話を作る事か!? いい番組を作る事か!? ああ、それだったら良かっただろうよ!!」
キリマンはここ最近のむしゃくしゃをぶつけるような勢いで怒鳴った。
「会社が求めてるのは上司の言う事を聞くことだ! それが理不尽であってもな! ブルーが死ぬのは局長命令だ! 怪人のセットアップは終わったのか!」
がるると牙をむき始めた上司に怪人作成班のものは縮み上がる。
「……完了済みです。手加減無しっす」
「今週の上位怪人は!」
「こっちも準備完了済みです。でもいいんですか? 視聴者の募集の怪人にブルーを倒させるんですか?」
「くどい! 採用されたのは二十五歳だ。トラウマになる年でもないだろう!!」
ふんすと荒い鼻息を吐き出すキリマンに怪人作成班のものはこれ以上なにも言えなくなった。
ただ一人だけ、年配のビーバーがキリマンに声をかける。
いろいろと浮き沈みの激しいTV業界を技術で渡ってきた彼に取ってはこういう事もままある事だ。
「キリマンさんや、あれの準備も頭部の調整を残して終わっとるで。見ますか?」
「あれってというと?」
立場は自分の方が上だが年上に対して礼儀を払うキリマンに、ビーバーは頷く。
「ラスボスのジョンダー帝王や」
「ああ」と呟き、キリマンは自分のたてがみを撫でる。
ジョンダー帝王はファイバーズの最後のボスの設定だ。
ジョンダー帝王は来週分の撮影時に残ったファイバーズメンバーにブルーの死体を運ぶ役割があった。
そこでラスボスの存在を見せて、後々にジョンダー帝王が倒されれば物語は完結する。そういう筋書きだ。
デザイン画は見た事があるが、実物は見た事が無かったキリマンはすこし考えて頷く。
「ちょっと見せてもらえますか?」
「ええよ、ええよ、こっちやで」
ビーバーが案内したのはいくつもの容器の並んだ奥……そこにジョンダー帝王はいた。
容器の大きさも他の怪人よりも遥かに大きい。
その容器の中に浮かぶその姿も大きく、黒っぽい紫色で何というか凶悪そうなデザインをしていた。
見上げているキリマンにビーバーは口を開く。
「すまんなぁ、キリマンさん。うちのわかいもんが」
「いえ……私も怒鳴るべきではありませんでした」
「いろいろ理不尽もあるのがこの業界や。華や夢やって、華々しい業界やけど、綺麗な事ばっかりやないからな」
ビーバーの寂しそうな言葉にキリマンも静かに同意する。
「なんや、ままならんことも多い。なにが白で、なにが黒かわからんような世界やからな」
キリマンにもそれは痛い程よくわかった。
自分が面白いと感じたものの視聴率が取れない。つまらないと思ってやった仕事の評判が良いなんてこともザラだ。
だから今回の事も……自分が間違っていて、ブルーを殺す事が正しいのかもしれないのだ。
キリマンは改めて最期のボスの姿を見つめる。先ほどの話にもあった通り、頭部の調整が済んでないというのも頷けた。若干色素が薄いのだ。
「頭部は後回しだったんですね」
「重要器官が詰まっとんのや。完全に完成まで五日ってとこや。そしたら、強いで。こいつは」
ビーバーは自信ありげにそう言う。よほど自信があるらしく、ジョンダー帝王を見るその姿は誇らしげだった。
「そう……外装はもう仕上がってますか?」
「ああ、そっちはもう出来とるよ鎧やら。魔人剣やら」
ふむ、では万全だな。とキリマンは納得して、こう言った。
「じゃあ、ブルーに手向けを送ろう。姿だけでも」




