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青島と黄野と紅 切り崩すべき大人の矜持

金曜日。


無事にキャンプに行けそうだと言う緑川君からの電話と、改めてお礼の電話をくれた桃山ちゃんに楽しんでおいでと告げて俺は電話を切った。


やれやれ。


そうため息を吐いてから、俺は装備の確認の為に席を立とうとした瞬間に携帯電話が鳴り始める。


「んっ?」


俺はその番号に嫌な予感がした。


「……もしもし、黄野さん? どうしたんだい?」


俺のその問いかけに、黄野さんは苦しそうな声でこう言った。


『すいませぇん。おたふく風邪にかかっちゃいました』


俺は絶句した。


おたふく風邪。


正式名称を流行性耳下腺炎。ウイルス性の病気であり、唾液腺が腫れ上がる症状から日本ではおたふく風邪と呼ばれている。


おおよそ幼年期にかかる病気であるが、大人が掛からない訳ではない。


当然、十六歳の女性が発病する事だってある。だいたい熱は六日程度続くことを俺は知ってる。


何せ俺も子供の頃、掛かったのだ。


六日……。


俺は頭を抱えた。


『あの、ごめんなさい。青島さん』


苦しそうな声で謝罪の言葉を口にする黄野さんに俺は「いいから」と口にする。


「良く休みなさい。火曜日に症状に関して、もう一度電話を俺に……。俺が居なければ、大林さんに伝言をしてくれ」


『はぁい。ホント、ごめんなさい。他の皆にも謝っておくんでぇ』


その言葉に、俺は反射的に言っていた。


「いや、それは良い。俺から皆には説明しておくから。何も考えずに治す事だけ考えなさい。わかった?」


『ごめんなさい。お願いしますぅ、ゴホゴホ』


「はい。お大事にね」


苦しそうな黄野さんにそう告げて、俺は通話を切った。


それからなんとか名案をひねり出そうと、考えてはみたが良いアイディアは出てこなかった。


考えても、考えても名案が出てくる訳が無かった。


いや、アイディアがあるとすれば一つしかない。


紅君だ。彼ならなんとか出動してくれるかもしれない。


謝るのだ。彼の休日許可を取り消して誠心誠意、謝るのだ。


なにせ、五分の一だ。これでは戦略もへったくれも無い。


せめて後一人は欲しかった。


そう考えた時、思い浮かんだのは紅君だった。


デートを楽しみにしている紅君に俺は何を言えば良いんだ。


少し考える。それだけでため息が三回は出た。


実はもろもろの事情があって、君のデートを無しにしてほしいのだと……言えない。


いいや、言うべきだ。断じて言うべきだ。


頭を下げ、許しをこい、地面に頭をこすりつけて、大人の分別をかなぐり捨ててでも頼むべきだ。


何せ、一人なのだ。


さんざん迷ったあげく、俺は電話をかけた。


コール音が嫌に耳に残る。


じっとりとした気分の悪さが胸からこみ上げてきて、俺はネクタイを緩めて、ワイシャツのボタンを二つ外した。


『はい、紅です。青島さんどうしたんですか?』


こちらの動揺もしらず、紅君はあっさりと電話に出る。


「ああ、紅君。いま、ちょっと良いかい?」


平坦な声が出たのは自分でも驚きだった。


それに対して紅君は嬉しそうに答える。


『はい、今ですね。日曜日に着ていく服を選んでたんです』


じつに嬉しそうな声だった。


おとなしいタイプの紅君にしては珍しいその弾んだ声に罪悪感がまるで津波のように押し寄せてくる。


ごめんよ。申し訳ない。だが俺と一緒に世界の平和を守ってくれ。


俺がそう口を開こうとしたときに、紅君は嬉しそうな声のままで言った。


『僕、青島さんの優しさ、無駄にしませんからね!』


「……ああ! がんばってこい!! 男ならがつんと行け!」


俺はそう言っていた。多分、紅君は良い笑顔を浮かべているのだろう。


『はい!』


気持ちのよい返事が返ってきた。電話を切るしかない。


「じゃあ、がんばれよ!」


『あっ、でも何か用事があったんじゃ……』


「いいんだ。ハッパを賭けてやろうと思ってな。あは、あはははははは」


『あ、ありがとうございます!』


俺の乾いた笑い声に紅君は感謝の気持ちを込めてお礼を言ってくれた。


「おう! じゃあ、デート頑張れよ!」


俺はそう言って電話を切った。


そして別の番号に電話を掛ける。


プライドも外聞を捨てきれなかった俺だ。であるなら最後までそれを守ろう。


それが男の意地って奴だ。


「ああ、久しぶりだな。俺だ。頼みがある」


受話器の向こうの相手に俺は借りを返せと電話をかけた。


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