番組放送後 テコ入れの提案
ここは異世界、ブブテレビ局。
その日、キリマンはハマンディ局長室に呼ばれていた。
異世界人であり、ライオンに良く似た姿であるキリマンの表情はたてがみに隠れて分かりづらいが優れない。
なにせ彼が受け持つテレビ番組「五人の勇者 ファイバーズ」はハマンディ局長の目の敵にされているからだ。
異世界番組という名の新ジャンル。
科学技術が発展し、割と手軽に様々な異世界に足を伸ばせるようになった事から始まった変わり種の番組。
最初は旅番組だった。
いろんな異世界の信じれないような文化や、風景を紹介する番組である。
これが世間にウケた。
制作側も異世界の扉を開く費用以外は大掛かりな費用はいらなかった。
おまけに番組の調子が良ければ、旅行会社のスポンサーも簡単に付いたのでウハウハだった。
金脈を掘り当てたテレビ局は次ぎ次ぎに異世界番組を作成。
バラエティー、ドキュメント、サイエンス……そしてドラマ。
異世界で繰り広げられるリアルなドラマ。
演出されているとも知らない人々の筋書きの無いドラマは話題となった。
だが実際にはすべてがノンフィクションという訳ではない。演出という名の情報操作。
なにせ、物語はドラマチックで無ければならない。だからテレビ局は陰でそれを演出した。
例えばラブロマンス。
テレビ局は二人の出会いを演出する。そしてこっそりと問題を起こす。
ドラマチックな日常。苦悩する二人、解決するように動くのは出演者である異世界人だ。
彼らはフィクションとは違う生の愛情劇を演じるのだ。
そしてキリマンの受け持っている「五人の勇者 ファイバーズ」は子供向けアクション番組である。
こちらからのーーー異世界の彼らからすれば、異世界のーーー侵略に対して五人の選ばれし勇者が戦う……努力と、友情、そして勝利。古き良き王道を基盤に作成された。
だが、どうにもベクトルがおかしくなった。
こちらからの侵略に対して、五人の戦士は現地の武器で対抗し始めたのだ。
ハァ……とキリマンはため息を吐いて、廊下を歩く。
キリマンからすれば、異世界の勇者達の判断も合理的だと思う。
現地で作られた武器は現地の彼らに合うように作られている。それは当然だ。
それに対して、こちらの技術で作られた武器は種類も少ない。
なにせ、接近戦用のファイバーソードと、片手で持てる銃形のファイバーブラスターだけなのだ。
一応ファイバーブラスターは五人分を連結させるとファイバーキャノンという武器にもなるが上手く使うのは難しいのは目に見えている。
実際に使ってくれれば、後は負けるのはこちらの塩梅である。なんとでもなるのだが……異世界の彼らに取っては、異世界の脅威をなんとか止めたいのであって……本気でこちらが異世界を侵略する気がないなどと考える訳も無い。
であれば、戦いの演出上、現地の武器だろうが、ヒーローに負けないわけには行かない。
かといって番組の演出上苦戦させない訳にも行かない。
そうなるとますますファイバーソードとファイバーブラスターは使われないという悪循環。
せめてもの救いが、視聴率が好調な事なのだが……。
「スポンサーがなぁ。おもちゃだけじゃなくて、食品ともタイアップしておけば良かったんだ」
キリマンは何度目か分からない溜息を漏らす。
そう、視聴率は好調なのだ。
そもそもテレビというものの作りがおかしいとさえ、キリマンは痛む胃を押さえながら考える。
テレビ局は番組を作るのが仕事だ。番組を作るのには金が必要になる。
いくら異世界の映像だと言っても、撮影するカメラは必要で、膨大な映像を編集するのにも時間がかかる。
演出だってリアルタイムだ。映像加工が必要ないだけで、手間としては通常のテレビ番組より多いくらいなのだ。
このお金を出してくれるのがスポンサーである。
スポンサーは宣伝の為にお金を払っている。
ファイバーズの視聴率は良い。宣伝効果はばっちりだった。
その証拠に、変身キットは売れているのだ。
しかしファイバーソードとファイバーブラスターが売れないのだ。
何せファイバーソードもブラスターも活躍しない。
活躍しないのだから売れる訳が無い。
視聴率がいくら良かろうとも、登場しないのであれば宣伝にならない。なるわけが無い。
悲しいかな、変身ベルトを買っているのは大人の方が多いが……。
「そもそも子供向けとしては失敗だったのかも」
ぼそりと言ってはいけない事を呟く。最近独り言が増えたとキリマンは思う。
子供向け番組としては失敗したが、意外と大人が食いついた。
これが現在の状況の根底にあるとキリマンは考えている。
だから武器の使用をごり押しも出来ない。なぜならば、既に視聴率が良いからだ。
キリマンとしては、どうしてもヘタに手を入れて視聴率が下がるのは避けたい。
子供向けのはずのファイバーズは大人の方に人気があるのだ。
ここに子供っぽいソードとブラスターをねじ込めばどうなるか分からない。その懸念からキリマンは動けずにいた。
いっそ、このまま最終回まで行かないかな? とすら思っていたが……やはり考えが甘かった。
ハマンディ局長に大目玉を食らったのだ。
『子供向けっていうのは、子供におもちゃを買ってもらう為にやってるんだ!!』
会議のときのハマンディ局長の身もふたもない発言が耳に痛い。
それは全くもって正論で、同時に現状が理解出来ているかが疑わしい発言でもあった。
しかしながらスポンサーに「じゃあ、別のおもちゃを作れよ」などとも言えない。
そんな発言をしよう物ならスポンサーは鬼のような形相で、金払いを止めるだろう。
そうなれば番組は作れない。むしろ今でもお金を払ってくれているだけありがたい。
一応、活躍している変身グッズは売れているから……視聴率も良いし、後はソードとブラスターが売れれば言う事は無いのだ。
ハマンディ局長には後一歩に見えているに違いない。
だが「五人の勇者 ファイバーズ」が言ってしまえば積み木の塔なのだ。
空のてっぺんは見えていても、既に根底がいびつで、奇跡的に立っているにすぎない。
バランスが崩れれば……後は崩落一直線だ。
それでも何とかしようと、いくつか策も巡らしたが……あまり上手くいってない。
「……はあ」
結局、なんの解決案は思いつかないまま、局長室にたどり着いてしまった。
分厚い木の扉を前にしてキリマンはため息を吐き出し、部屋の扉を太い爪の先でノックする。
「入りたまえ」
中からハマンディ局長の返事があり、キリマンはドアノブを押して部屋の中へと入った。
ハマンディ局長は応接用のソファーに腰掛けていた。
その横にはテレビが置かれ、ファイバーズの姿が映っている。
「来たかね、キリマン君」
その声は何やら嬉しそうで、キリマンは不気味に思う。
そう思わせる雰囲気は部屋の薄暗さにもあった。
ソファーに腰掛けているハマンディ局長はモグラである。
局長の茶色の毛色と濃い紺色のスーツが薄暗い部屋の中にあり、輪郭を闇の中に溶かしている。
けれどテレビの光と等しく目だけが輝いて見えた。
「実はだねぇ。ファイバーズの事なんだが、名案が思いついたのだよ」
ニコニコと嬉しそうなハマンディ局長の顔に嫌な予感を感じながらキリマンは訪ねる。
「は、はあ。何でしょうか?」
「こうなっている元凶だよ。見直していて、気がついたのだがね」
ハマンディ局長は実に嬉しそうに笑っていた。
思いついた考えがさぞ、名案だったのだろう。
ハマンディ局長はテレビにリモコンを向けて、映像を巻き戻す。
そしてとある人物のところで映像を止めた。
「こいつが元凶だよ、いらないんだ。こいつは」
画面に映った男の姿にキリマンは慌てる。
「か、彼はファイバーズの中心です! それを外すなんて」
だがキリマンの発言を聞いて、ハマンディ局長は分かってないなと言わんばかりに頭を横に振った。
「いやいや、中心だからこそだ。これは子供向けだ。大人が出張っていては駄目なんだよ」
そう言ってハマンディは笑いながら、さらに言葉を続ける。
「交代劇は劇的でなければいけないよ。大人から子供にバトンを渡すんだからねぇ」
その裏がありそうな声色の発言にキリマンはびくりと身をすくませる。
「そ、それは、彼を殺すということでしょうか?」
おどおどとキリマンはそう訪ねる。その声には怯えがあり、ためらいがあった。
けれど、ハマンディ局長は笑いながら言った。
「おいおい、聞こえの悪いことを言うなよ。これはテコ入れだ。テコ入れ。良くある話だろう? じゃあ、一つ頼むよ」
軽い口調でハマンディ局長はそう言って、ついでとばかりに付け加えた。
「そうだな。一人で絶望的な戦いを挑むなんてのが熱くて良いんじゃないか?」
そう言って二人はテレビ画面を一瞥する。
そこにはブルーの姿が映し出されていた。




