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5人の勇者 ファイバーズ 第十六話「テレポートでてんてこ舞い」4

同じく位置を入れ替えられ、前線に引きずり出された黄野は驚きで目を丸くしていた。


一瞬で変化した周囲の状況の変化に付いて行けない。


彼女も位置の入れ替えに関して理解していた。しかし全く予期せぬ視界変化という今までに体験した事の無い事態に呆然となってしまう。


そんな彼女に声をかけたのは紅だった。


「黄野さん! 後ろに下がって!!」


焦ったような口調に黄野は反射的に従った。


「そのまま下がって! 緑川君達に合流して!」


紅はそう言いながら、青島の居なくなった穴を埋めるべく、踊るような仕草をしている上位怪人へと向き合う。


元々黄野が居た位置は直線で百五十メートル位。だが道の関係上、直線で移動は出来ない。


青島がここまで駆けつけるには一分近くは掛かるだろうと紅は判断する。


最も厄介な事に青島の声はこちらに届かない。


実際には一方通行では繋がってはいたのだが、紅を始め子供達はそこまでは気づけなかった。


「青島さんを待ちますか?」


無線から聞こえる緑川の問いかけに紅は考える。考える基準は青島だったらどう判断するかということだった。


もし青島がこの場に居れば、もし自分が青島だったら……。


多分、さっきみたいに全力で時間を稼いでくれる。


青島さんなら間違いなくやってのけるだろうと紅は思った。


なにせ、青島の動きはアクション映画顔負けだ。すごすぎて、理解できない事も良くある。


紅は冷静に自分には同じ真似は出来ないと言い切る事が出来る。


青島なら弾薬を節約しても、時間稼ぎを成す事が出来るに違いない。


だが自分に一分の時間をやり過ごせるとは紅には思えなかった。


弾を撃ち尽くし、それで稼げる時間を考える。良いところ三十秒。


「桃山ちゃん、準備は!?」


「今、出来たところです。逃げますか?」


逃げられるなら、逃げても良い。だが上位怪人の動きは早い。この場から逃げ切るなら囮が必要になる。


紅は覚悟を決めて、口を開く。


「黄野さん! 爆発地点での入れ替わりをお願い! 拳銃で!」


その言葉に応えて黄野は手に持っていたライフルを地面に落とし駆け出した。


肩が軽くなり走りやすくなった黄野から「わかった」と返事が返る中、緑川がライトマシンガンを構えて口を開く。


「入れ替わるならオレがやります!」


緑川は現在桃山と合流して準備を整えたところだった。


設置場所は青島の指示どおり高台の開けた元畑の一部だ。


端が石垣のようになっているその場所は地面から二メートル近く高台になっており、紅と上位怪人の戦いも簡単に見下ろせた。


緑川の言葉に紅は答える。


「拳銃で狙撃が出来るのは黄野さんだけだ。機関銃だと入れ替わった瞬間、蜂の巣になる!」


紅はそう言った。ユニフォームには優れた防御性能に関して青島から話を聞いていた。


以前、人型のマネキンにファイバーズのユニフォームを着せて試射実験した事があるという。


拳銃の弾ならば問題は無い。だがさすがにライフル弾を受ければ貫通する。


ライフル弾を受けて胴体に穴の開いたマネキンの写真を子供達は座学で見せられていた。


「っ!」


その事を思い出し、緑川は詰まった声を上げた。


それを聞きながら紅は時間を稼ぐ為に拳銃の引き金を引く。


上位怪人が振るったステッキの効果で位置が入れ替わり、自分の撃った弾丸が胸と額にぶつかるのを感じて紅は冷静に決断する。


ここで三十秒稼げれば、少なくとも黄野さんがほかのメンバーと合流できる。


そうすれば青島さんが来るまでの間、何とか保つかもしれない。


紅のその予想は冷静だった。もし時間を稼げなければ、逃げている最中の黄野がやられ、緑川と桃山が助かるか、助からないか……その予測は間違えていないだろうと彼は思う。


一度覚悟を決めれば拳銃の弾が痛いなどと構っては居られなかった。


残りの弾数を考えると冷や汗を吹き出してくる。


それでも紅はステッキでの攻撃を転がるように避けて、反撃を行う。


青島が紙一重で避けてみせ、反撃につなげていた動きと比べると、紅の動きは無駄が多く未熟な印象はぬぐい去れない。


それでも紅は逃げ出したい気持ちをねじ伏せて、戦う為にその場で踏ん張る。


自信は無い。


上手く行っている実感も無い。それでも紅は今残っている中では年長者だった。


そして男だ。


拳銃の弾を二発撃ち、マガジンが空になる。位置が入れ替わる。自分の撃った弾が太ももとお腹に当たる。


痛い。


奥歯をかみ締め、踏ん張りながら空になったマガジンを交換する。最後のマガジンだ。


銃弾を装填し、引き金を引く。銃弾が吐き出され、再び位置が入れ替わる。


その戦いの様子を見て、緑川は悔しさで奥歯を噛み締める。


位置関係で言えば、自分が狙うのが一番早いはずだ。だが出来ない。


彼の射撃の成績は低い。的に当たった瞬間に感触がすると言う青島の言葉が信じられなかった。

けれども黄野も、遅れて紅もその感覚を感じ始めているという。


体格に恵まれていても、才能が無いのだと緑川は思っていた。だがそれでも出来る事があると考え、周囲の状況を読み、そして実行する事が出来るのが緑川という少年の強さだった。


自分の力の無さを自覚して、それでもなお緑川は自分に出来る事をする為に桃山に振り返る。


「起爆、任せたからな!」


ライトマシンガンを地面に置き、緑川は目の前の石垣から飛び降りた。下から走ってくる黄野と目が合う。


黄野の足で爆弾を設置している畑に行こうと思えば、石垣を回り込んで登るしか無い。


そんなタイムロスはさせられない。


緑川は根拠こそ勘ではあったが正しく状況を理解できていた。紅は弾数にものをいわせて時間を稼いでいる。


そんな無理をした戦い方では稼げる時間は限界がある。


それでも紅が時間を稼ぐと言うのであれば、緑川に出来るのは稼ぐ必要のある時間を短くする事だ。


石垣の麓で、まるでバレーのレシーブのような構えを取る緑川に黄野は走りながら理解する。


「ジャンプ台ね!?」


「俺が上げます!」


「三で飛ぶからね!」


黄野は構えられた両手の手のひらに向かって加速する。


「一!」


前に走りながら、跳躍に合わせるようにリズムを整える。


「二!」


黄野の足が地面を蹴り、緑川の手のひらに着地する。


体が前に流れとうとするが体重が足下に乗ったそのわずかな瞬間へタイミングに合わせるように黄野は上に飛び上がる為の力を込める。


黄野の体重を受け止めた緑川の体の全身の筋肉が膨らむ。


緑川のつま先が地面にめり込み、ふくろはぎが、太ももが、背筋が、弓の弦のように引き絞られた。


「三!」


かけ声に合わせて、黄野の体が宙を舞った。石垣を易々と飛び越え、黄野は颯爽と着地する。


「桃山ちゃん!」


「こっちです!」


案内されて、黄野は背中に回していた腰のホルスターから拳銃を抜いた。


「黄野さん。頑張ってください!」


桃山の言葉に黄野は青島が狙撃の腕を褒められた時と同じく短く答える。


「まかせなさい」


黄野は拳銃を構える。


リアサイトと呼ばれる谷が掘られた銃の後ろから、銃の先端に付けられたフロントサイドを合わせ、それをターゲットに向ける。


青島に教わったことが思い返される。


そんな彼女の足下には爆薬が固まっていた。起爆装置を持った桃山がその場から離れながら紅に声をかける。


「紅さん! 準備完了です!!」


目算より早い到着に紅は安堵の息と同時に叫んだ。


「お願い!!」


「オーライ、紅さん」


足の開きは肩幅、背筋を伸ばし、体重をしっかりと骨で支え、黄野はまっすぐに拳銃を構える。


心臓の音がうるさいと黄野は思う。スコープが無いのが辛い。


これが狙撃銃であったならと心底思う。だがそれでもやらねばならないし、出来るはずだ。


「なめんじゃないっての……私はオリンピックに行く女なのよ」


黄野はユニフォームの下でぺろりと唇を湿らし、小さく呟き、息を止めた。


揺れが止まる。心臓の鼓動が耳に入らなくなる。


『銃の先端から線が出ているイメージをして』


すべての音が止まり、訓練中の青島の言葉が黄野の中に蘇る。


黄野の意識がリアサイトとフロントサイトの重なる一点を繋ぎ線となって空中を伸びる。


黄野は引き金を引いた。


拳銃から撃ち出された弾丸が黄野の意識の線をなぞり、一直線に飛ぶ。


当たらないのが残念なほど、自画自賛に値する一撃に黄野は満足げに笑った。


怪人が素早く動いた。ステッキが黄野に向けられる。


そうして一瞬の内に黄野と上位怪人の位置が入れ替わった。


黄野へと迫る弾丸に対して黄野は地にしっかりと足をつけて、狙撃姿勢のままで立ち尽くす。


彼女はずば抜けた狙撃センスを持っていたが、飛ぶ弾丸を認識できるような反射神経は持っていない。


そんな彼女の頭に拳銃の弾がぶつかり、衝撃でひっくり返る。


それと同じタイミングで桃山が爆弾の起爆装置を押した。


入れ替わった瞬間の上位怪人は身をよじる事も出来なかった。


その足下に仕掛けられた爆薬は一瞬にして炎となって、上位怪人の体を衝撃でバラバラに吹き飛ばす。


上がる火柱と追随する黒い煙が空に上がる。


爆発の炎を後ろ向きにひっくり返った姿勢で見上げて黄野はようやく息を吸込んだ。


彼女の視界の中にまっかなユニフォーム姿の紅がひょこっと現れる。


「大丈夫? 黄野さん」


そう言って心配そうに声をかける紅の手には拳銃が握られているが、弾切れを知らせるようにスライドが下がったままだった。


「痛い。でもさすが私。額のど真ん中でしたよ」


自分の撃った弾が当たった場所を指して黄野は笑った。


「……それは良かったのかな?」


なんと言ったものかもわからず、紅はそう言って黄野が立ち上がるのを助けるべく手を伸ばす。


その手を握って助け起こされた黄野はもくもくと上がる爆発の煙を見上げて「派手ですね」とこぼした。


「皆が無事で良かった」


紅はこっそり内心で自分の無事を他のメンバーに感謝しながら、拳銃をホルスターに戻した。


こうして、この週の戦いは終わった。


その後すぐに青島が活躍した子供達の所へと駆けつけた。


そして自分のふがいなさを謝り、子供達の判断を賞賛する。


子供達は自分たちの活躍に胸を張り、それぞれ自身の反省点を胸に抱く。



戦いはまだ続く。戦えファイバーズ! 負けるな、ファイバーズ! 


その背中には世界の平和が掛かっている!

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