5人の勇者 ファイバーズ 第十六話「テレポートでてんてこ舞い」1
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ある日、謎の光線が地球に降り注いだ。
その光線により、超人となった五人の戦士。
彼らこそ、選ばれし勇者。人は彼らをファイバーズと呼ぶ!!
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日曜日。
それは週一度行われるファイバーズの戦いの日だ。
戦場に揃いあったファイバーズのメンバーはそれぞれに所定の位置に待機中だった。
「テステス。各員、報告」
無線機でそう呼びかけるのは壮年の優しそうな顔立ちの男だった。防衛軍の戦闘服にタクティカルベスト、歩兵装備を一式身に纏う姿は落ち着きがあり、よく似合っていると言えた。彼は肩に付けた無線機のスイッチを入れて全員に呼びかける。
それぞれ待機中のメンバーから返事が返ってくる。
「紅。問題無しです」
最初に返事を返したのは最も敵の出現位置に近いと予測されるポイントに立つ青年だった。
真面目でおとなしそうな顔立ちの彼もまた歩兵装備を一式身に纏っている。
だが青島の着ているものと比べて、装備品は少なく身軽な印象を受ける。
また装備自体も新しく、まだまだ着慣れてない印象もどこか漂っていた。
武装したと言っても、まるでごっこ遊びの様でもあったが、その手に持っているサブマシンガンはまぎれも無い本物である。
ひとたび引き金を引けば、雷管が発火、火薬の爆発力によって打ち出された弾丸が銃身のライフリングを通って回転。貫通力を増した鉛玉がその牙を剥く。
彼はまだ子供ではあると同時に戦士でもある。
「緑川。問題ありません」
「桃山。問題無しです」
続けて返事を返したのは青島よりやや前方に立つ二人だった。
最初に返事をした少年は体が大人顔負けに大きく、がっちりとした体格を持っていた。
けれども顔立ちはどこか幼い。それは当然で年はまだ十四歳。中学生なのだから、幼い印象もあろうというものだ。
だが着込んだ歩兵装備は鍛えられた体格にフィットしており、青島と比べても見劣りするものではない。その手に持っているのは大型のライトマシンガンであり、より力強く見える。
5.56mm機関銃MINIMIと呼ばれるこの銃を彼は不安定ながら腰だめで撃つ事が出来た。
その場合の命中精度はさほど高くはなかったが、彼等の戦いは少数対多数であり、その弾幕が必要とされる事も多かった。
比べてその横に立っているのは見るからに小さな女の子だった。
着込んでいるのが、横に立つ緑川と同じ歩兵装備であるだけに、紅の服装と比べてもごっこ遊びの印象が強い。
当然、幼い彼女の背丈にあった戦闘服が標準である訳がなく、特注の品である。
持てる装備品も最小限であり、まさに着せられているといった風貌であった。
だがその目は真剣であり、腰には小径ではこそあるものの、拳銃の入ったホルスターもぶら下がっている。
小学五年生……本当に子供の彼女もまたファイバーズのメンバーの一人だ。
「黄野でーす。問題無し」
最後に返事を返したのは青島より後方に陣取っている少女だった。年齢は十六。
高校生とは言っても中学を卒業してまだ半年と立っていない。
明るい笑みを浮かべて返事を返した彼女の服装はこれまた歩兵装備である。
その服装は明るい笑顔の彼女には似合っておらず、その足下には大きなライフルが置かれていた。
ライフルの中でも、遠距離からの射撃に特化された狙撃銃が日の光を鈍く照り返す。
銃の上には巨大なスコープが取り付けられており、ただでさえ物々しい外見をさらに無骨なものにしていた。
彼女もまたこの武器を使って戦う為にここに居る。
返事を返した子供四人。それに青島を加えたメンバー。それがファイバーズの全メンバーであり、今から始まる異世界人との戦いに参加できる人類側の総戦力でもある。
「青島。こちらも問題無し」
最後に全員へ向けて青島がそう返事を返した事で、最終の確認は完了した。
今、彼等ファイバーズがいるのは廃村である。東京といえど、そんな場所もある。
もし人嫌いの人間でも隠居するのにこの場所を選ぶ事は無いだろう。
人気は無く、無造作に伸び放題となった雑草が生い茂り、道沿いに残されている家屋の残骸は朽ち果てるままに任されていた。
山と山の間の村は街道もろくに整備されておらず、暮らすには不便だったにちがいない。
元から小さな農村だったのだろう。
数は少ないが山を削り段々畑になっている元田んぼはかなり広く、数もあった。
ファイバーズが敵と戦う為に出撃するのはこれで十五度目となる。
一週間に一度の戦いが始まって、未だに四ヶ月ほどしか経っていない。
ゆえに青島を除く四人の戦士の訓練期間も同じく四ヶ月程度しか経っていない。
訓練準備期間を全く取らずに戦いに出る。
本来、それは無謀を通り越して、自殺とほぼ違いが無い。
訓練期間としても四ヶ月といえば、正規の軍人なら若輩も良いところだ。半人前にも遠く及ばない。
だが彼等は生き残っている。十五回という戦場を、誰一人欠ける事無く、四肢の一つも失う事なく、病院に担ぎ込まれる様な事にもなっていない。
戦場を十五回凌いだという実績はベテラン扱いされてもおかしくない。
一週間に一度とはいえ、戦いは戦いだ。
命のやり取りをする極限の空間の中では百の訓練より一度の実戦で学ぶべきところは多い。
その立役者は間違いなく青島である。
彼はメンバーの中で唯一の大人であると同時に、もともと数多くの実戦をくぐり抜けてきた猛者でもあった。ひとえに彼がいたからこそ、今のファイバーズは存在できたのは間違いない。
しかし、たとえ青島の尽力があればこそ生き残れたと言っても他の四人も戦場で磨かれた事も間違い無い。
彼等は実戦を交えた四ヶ月の生活の中で成長し、戦う力を培っている。彼等は世界で唯一、異世界から侵略に対抗するスペシャリスト達と成長していた。
「では最終確認を行う。敵の出現位置の詳細予測によって動き方は変化する」
青島はそう言って戦いの流れの最終確認を行い始める。
異世界人の大まかな出現予測は既に行われている。
青島が今言っているのは直前になってわかる詳細出現予測位置の事である。
敵が異世界から現れる際の次元振動を感知し、敵の出現位置を誤差十メートルほどの中で知らせてくれる。逆に言えば、それが知らされる前に敵の詳細な出現位置を知る事は出来ない。
これに対して、ファイバーズは大まかな出現予測範囲から敵が出現するであろうポイントを予測し、どんな場所に敵が出現したとしても対応できるように、地雷や爆弾などの事前準備を行っていた。
「原則、紅君が前衛。後衛は黄野さん。その間を緑川君と桃山ちゃんが援護に回る。俺は基本各人員のサポート兼前衛だ。良いかな?」
その言葉にメンバーから了解の返事が返る。
「では各自、体をほぐしておく事」
その青島の言葉で通信が一旦、止まる。
それから三分間、日射しが降り注ぐ穏やかな時間が訪れる。戦いが始まるとは思えない。
だが異世界人は現れた。
「次元振動感知。E3地点、怪人出現します」
遠く離れた位置に居るサポートチームからの連絡に青島は素早く反応する。
「各員、変身」
それぞれがバングルに携帯電話をかざす。
「 装着者認識! チェンジ、ファイバーズ」
それぞれのバングルから機械音声が発せられ、それぞれが鮮やかな色のユニフォームに包まれる。
それはファイバーズの特別防護服だ。
歩兵装備の戦闘服の下に現れた防護服の着心地を全員が確かめる。
「初弾装填」
青島の声にそれぞれが手に持った銃に弾丸を込めた。
敵の出現位置は悪い位置ではなかった。むしろ山が当たった。
「各員、移動開始」
青島の指示に対して桃山は見晴らしの良いポイントに移動を開始し、緑川もそれに追随する。
青島と紅も敵の出現位置に合わせて移動を開始した。
そのすべてを見下ろせる後方に居る黄野は静かに地面へ横たわるとライフルをたぐり寄せた。
それぞれが動き始める中で、同じく移動を行っていた青島が各員に指示を飛ばす。
「黄野さん、見えたら左端から撃って」
「りょうかーい」
「桃山ちゃんの爆破は命令があるまで待機」
「はい」
「緑川君は紅君の援護を優先だ。桃山ちゃんの視界をさえぎらないように注意しろ」
「わかりました」
「紅君。上位怪人を見つけたら報告を」
「了解です」
素早い指示の後、各メンバーは迅速に動き始める。
敵の出現時こそが、敵の数を減らす最大のチャンスである。
なぜならば出現時、敵の動きは静止しているからだ。
空に浮かぶダークホールを小さくしたような黒点。そこから溢れるように黄土色の人型が姿を現していく。
その大きさは成人男性とほぼ同格、まるで昆虫を無理矢理に人型にしたような姿をしている。虚構の中から悪魔が現れたかの様で、知らなければ目を疑うような光景だが、それが動き始めるまでにはわずかなタイムラグがある。
それこそが最大のチャンス。
ダーン。
廃村に銃声が遠く響き渡る。撃ち出された弾丸が、無防備な怪人の頭に風穴を開いた。
引き金を引いた黄野はそれを見届けずに、指先に残る感覚で上手く行った事を確信していた。
次の弾を込める為に銃のレバーを素早く引く。
黄野が感じた確信の通り、虚構を見つめていた怪人の体が崩れ落ちる。
だが敵は一体だけではない。先ほど崩れ落ちた怪人の周囲には止めどなく次々と黒い点が現れて行く。
その一つ一つから沸き出すように怪人達が姿を現す。
これに対して黄野は冷静に青島から指示通り左から出来るだけ早く打ち抜く。
彼女が狙うのは頭で、怪人の弱点だった。
初めて戦いに出た時こそ、狙いやすい胴体を狙っていた黄野だが、最近は一撃で仕留められるヘッドショットが主だ。
黄野は次の怪人に狙いを定めて、仲間に少しでも楽をさせる為に引き金を引く。
そうして銃身から吐き出された銃弾がさらにもう一体の怪人の頭を穿つ。
ダダダ。
その攻撃に合わせるように前方へ近づきながら、青島は手に持ったアサルトライフルの引き金を引いた。
黄野より怪人には近い位置ではあるがスコープも何も付いていないそのライフルの弾は黄野と同じように怪人の頭へと吸い込まれる。
「さすが、青島さん」
感心するような黄野の言葉に青島は「まかせなさい」と返事を返し、さらに引き金を引き、怪人へと銃弾を浴びせかける。
そうしてしばらく、射撃を加え、青島は銃の持ち方を変えた。
青島のアサルトライフルは、追加オプションでグレネード弾が撃てるようになっている。
グレネード弾は手榴弾を火薬の力で遠くに飛ばせるようにしたものだと思えば、おおむね間違いではない。
それを構え、青島は無線に向かって口を開く。
「紅君。手榴弾の準備。こっちのグレネードと合わせてくれ」
「わかりました。数は?」
「ありったけだ。相手の出鼻を挫く。その後は予定通り下がってくれ」
「了解です」
紅からの返事を聞いて、青島は一拍置いてグレネードを発射する。
白い煙が尾を引きながら空中を飛び、空中の黒点が生まれていた奥のほうへ飛ぶ。
それに合わせて、メンバーの中で怪人達に一番近い位置に待機していた紅が手持ちに持っていた手榴弾から安全ピンを抜き、次々に投げた。
それは空中の黒点の手前に落ち、爆発し土煙を上げる。
「全弾、投擲終わり! 下がりますね」
紅はそう報告し、後方へ向かって駆け出す。
「わかった。緑川君、援護を頼む」
青島はその報告を聞きながらもう一発、グレネード弾を打ち込みつつ、緑川に向かってそう頼む。
「わかりました!」
元気の良い返事を返した緑川は既に予定の位置で待機中だった。
緑川が鉄のかたまりであるライトマシンガンを構えて狙いを定める。
動き始めた怪人が手榴弾で上がった土煙を切り裂くように飛び出した。
怪人の動きは基本、猪突猛進だ。とにかく突っ込んで襲ってくる。その向かう先に居るのは紅だった。
緑川は表情を引き締め、腰だめにライトマシンガンを構えて狙いを定める。
怪人達に背を追われ、必死に走って逃げる紅を援護するためにライトマシンガンが火を噴いた。
ダダダダダダダダダダダダダ!!
その銃声は青島の撃った銃声よりも鈍い音を響かせる。
そうして吐き出された銃弾の描く軌道は青島や黄野と比べてかなり荒い。けれども詰めかけるように走り込んでくる怪人に対しては、二人とは比べ物にならない連射力こそが有効だった。
薙ぎ払うように放たれた銃弾を体に浴びた怪人達は転がるようにして地面に倒れる。
しかし、それだけでは紅へと迫る怪人をすべて止める事は出来なかった。
怪人の脚力は紅のそれを超えており、徐々にその距離が縮まって行く。
緑川も懸命に狙いをつけるが、皮肉な事に敵の数が少なくなればなるほど、その銃弾は当たらない。
「紅さん、頑張ってください!」
必死に走る紅にそう声をかけたのは桃山だった。
小さな彼女は緑川より後方で文房具のホッチキスに良く似たレバーを二つ、両手に構えて立っていた。
そのレバーは仕掛けられている爆弾の起爆装置である。
彼女の目は真剣に紅と、それを追う怪人の姿を見つめていた。
桃山から見て、先頭を走る怪人が紅へさらに近づいた。
追いつかれちゃう!
桃山がそう思った瞬間に紅の一番近い位置に居た怪人の頭に穴が開く。
それは黄野が放った銃弾だった。
ガクンと力が抜けて崩れ落ちた先頭の怪人は後続の怪人数体を巻き込まれるように転ぶ。
そうして紅が無事に一定のラインを超えたのを見て、桃山は右手に持っている起爆装置のレバーを押し込む。
前もって地面に仕掛けておいた大量の爆薬が着火し炸裂する。
その急激な燃焼は空気による衝撃を生み出し形の見えぬ暴力となって怪人達はバラバラに吹き飛ばす。
それから二拍子遅れて、桃山は左手のレバーを押し込む。
特出すべきはそのタイミングだった。
もし仮に桃山が二つにわけた爆弾を同時のタイミングで爆弾を爆発させていたのなら、怪人の前列を吹き飛ばす事は出来ても後列の怪人達はまだ動く事が出来ていただろう。
けれど実際にはわずかに遅れて爆発された。
最初の爆発は紅を巻き込まないギリギリの範囲であり、同時に最前列の怪人を確実に仕留められるラインで爆破された。
そしてわずかに爆破タイミングを遅らせた事で後列の怪人達を引き込むことに成功する。
その結果、前列の生き残りの怪人はとどめを刺され、後列の怪人は身動きが取れなくなった。
爆弾を戦略に組み込む難しさはそのタイミングを取る事にある。
爆弾による火力は確かに強い。だが一度しか使えず、自由度は著しく低い。
武器としては極端なものだ。
ゆえに効果的に使えば大きな成果を生み出すが、同時に役目を果たせないこともあり得る。
最大限の効果を生み出す為には冷静に、焦る事無く、敵をより多く確実に仕留めることを考えなくてはならない。
その為に必要なのは冷静な判断力だ。桃山は幼い体でその役目を完璧にこなしてみせた。




