上司こと大林さんの説得
「ーーーというわけで、子供達に武器を持たせてみたらどうかと思うんだ」
そう大林が提案した時の青島の表情たるや、ちょっとしたものだった。
スンと感情が抜け落ちたような、あるいは何かを行う覚悟を決めたような……感情の起伏を感じさせないその表情に大林の背中が本能的に寒くなった。
三十七階の特殊部隊本部、いつものように談笑程度に話をしようと応接用のソファーに座って話をしていてこんなに居心地が悪くなるとは大林は想像していなかった。
それでも大林が自分の発言を訂正しなかったのは、ひとえに彼が職務に忠実だったからだ。
同時に自分がそう変な事を言っていないという認識もあった。
世界で5人だけしかいない人材に自衛の為に武器を持たせましょうと提案するのはさほど変な話ではない。
大林からすると、とてつもなくじっとりとした時間が流れ、青島はいつものように和やかな顔で言った。
「やめましょう。そういうのはよくないですよ」
そう言われて、そうだねとは大林は言えなかった。
なんでそれで納得したんだ? と言われて、背筋が冷えたからなどと返事をしたら、役に立たないと処分される可能性もある。
「理由を聞かせてもらってもいいかい? そのなんだ……私も仕事なんだ」
「……そうですね。一つに彼等が、責任を負う事になるからです」
青島の言葉に大林はふむと声に出す。
「つまりなにか、武器を持つ事で彼等は責任を持ってしまうと? なにか……事件に対して」
「例えば……そうですね。殺人鬼が出たとしましょうか、手にチェーンソーを持った、見るからに危ない奴です」
そう言われて大林は青島の言いたい事を察する事が出来た。
同時に、思っていた以上に青島と言う人間は子供達に気を配っていることを認識する。
「武器を持てば持っただけの力から来る責任を子供達が感じてしまう……と、そういうわけか」
内心で唸りながら、大林は自分の入れた砂糖入りのコーヒーを飲む。
「ええ、それに……先日の件はとても危ない状況でもありました。紅君のことです」
「ふーむ」
「彼はスーツの特製を理解して、状況をなんとかしようとしました。それも大丈夫だ。自分がやらなくてどうするという認識が責任となって彼に行動を促したんです。勇敢かもしれませんが……逃げても良かったはずです」
そう話す青島の顔は暗い。
「彼にはそんな責任はなかった。犯人達がスーツの防御力を越える武器を持っていた可能性だってありました」
「しかし……あまりに過保護じゃないかね?」
「彼等は子供で、兵士ではありません。しかも……ここは日本です。過保護というよりも、武器を渡すというのがそもそも無責任だと僕は思います」
青島はそう言ってからブラックのコーヒーを飲む。
そして何か遠いところ……手に届かない何かを見るように青島は手に持ったマグカップの中身を見つめる。
「昔……少年兵と仲良くなったんですよ、青島が上手く言えなくてアシーダと俺を呼んでました。その子は武器を持ってるから俺はもう一人前だと言ってました」
「……その子は?」
「たぶん勇敢に戦って、死にました。知らないんですよ。気がついたら、横に居なかったんです。探したら……死んでました」
ポツリポツリと話す青島の言葉は静かで、淡々と事実だけが並んでいく。
故にそれは本当の事なのだろうと思わせた。
「武器には自分が特別だと思わせる力があります。でも……特別にしてくれる訳じゃない。単なる道具で、本当に大事なのは何故特別に思うのか? ってことなんです」
「特別だと思うのか……というと?」
青島の言う事がよくわからず、大林は尋ね返す。
「結局、特別だと感じるのは、回りが自分を傷つけないけど自分は傷つける事が出来る……一方的に攻撃できると思うからです。でも本当に大事なのは”回りが自分を傷つけない”と信じる事ができるってことなんです」
青島はそう言って、手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いて話をつづける。
「いつ誰に傷つけられるのかわからない。そんな状況で持つ武器は自分を特別だとは思わせてはくれません。優越感は存在しない。安心の為の道具になってしまうものです」
「つまり青島君は、今子供達に武器を持たせても、”安心する為の武器”ではなく、”考え方や認識を間違えさせる間違った武器”になるとそう考えているわけかい?」
「ええ、それに同じように他の人が武器を持っているかもしれない……そう考えてしまうようになる事を僕は懸念してしまいます。他人を信用できなくなるのは、辛いですからね」
それは確かに一理あるかもしれないと大林も思った。
今いる日本はとても平和だからだ。
確かに犯罪はある、不幸な事故だって起こりうるし、あるいはそんな状況になってしまったとき武器を持っていればどうにか出来る事もあるかもしれない。
けれど青島は”回りが自分を傷つけない”……そんな考えが子供達から武器を持ったせいでなくなってしまう事を恐れているのだ。
これはファイバーズの他のメンバーに武器を持たせるのはかなり難しいぞ……と大林は自然と認識を改めた。
少なくとも目の前の青島は決していい顔はしないだろう。
青島という人間は年齢に対して、もう少し……完成された価値観を持っている。
だからこそ日頃は和やかで、かつ腰も低い。
それはあるいは……彼が回りに対して自分の無害さをアピールして、互いを傷つけない優しさの中に入ろうとしての事なのかもしれない。
だとすれば……理屈ではそう考えていても彼には他者への恐怖感があるのかもしれなかった。先ほど見せた感情の抜け落ちたような表情も彼の一面なのだ。
へたすれば、子供達を戦わせている事自体も彼の中では折り合いがつかないくらい罪深い事なのかもしれない。そうした事を彼自身がどのように自分を納得させているのかはわからない。
人の心や感情と言うものはとても複雑だ……。
大林が人の考えや、感情に関して思いを馳せている間に、青島は更に口を開いた。
「国同士なら武器で威圧しあって平和になるって事もあり得るんでしょうが、個人の話をすれば今の日本で武器を持ってるから安心っていうのはやはり違いますよ。あの子達はいい子ですが……だからこそ、日常と非日常は切り離されておくべきなんです」
「……わかった。この話は上に上げておこう。だがそうだ、キミはどうだ?」
大林のその言葉に、青島は顔を上げて目をしばたかせる。
「はい?」
「だからキミが武器を持つことだよ。キミなら……大丈夫だと私は思うが?」
「いや……まあ、そうですが。日本で銃はちょっと……あれじゃないですか?」
「まあ、そうだが。ならファイバーブラスターはどうだい? 子供達にも持たせるのはあれがいいのではないかと思っていたんだ。見た目が……おもちゃみたいで可愛いだろう?」
大林の言葉に、青島はしばらくそれを考えて……首を横に振った。
「おもちゃを持って歩くのは、それはそれで変ですよ」
そう言われて大林は、何と言ったものか困った。
そして「そうかもしれないね」と言って、砂糖を入れたのに苦いコーヒーを啜った。




