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番組開始前 希望はある

とある異世界の、それなりのチェーン店居酒屋にて、集まった番組スタッフ達は熱い議論を話していた。


「ぼかぁーね! キリマンさん、子供達に勇気を与えたいんですよ!! 


そう熱弁しているのはラッコだ。だがここは異世界、普通のラッコではない。なにせ、スーツを着ている。


彼は中堅の脚本家だ。新しく作ろうとしているテレビ番組「ファイバーズ(仮)~ヒーローもの企画~」に抜擢された彼の熱弁は止まらない。


「いろいろね、世間は冷たいですよ? でもね、大事なのは勇気だって、前向きに頑張れば良い事あるって、困難から逃げちゃダメだって! そーいうことを教えるべきなんですよ! テレビって言うのは!」


手に持っている巨峰チューハイの入ったグラスをテーブルに叩き付けて、ラッコはそう言った。


それを聞いて、頷いているのはライオンである。立派なたてがみをしているが、動物園で飼われているぐったりライオンとは訳が違う。

なにせ、彼はこの企画のプロデューサー、テレビ会社でもそこそこの位置で、この企画単位で言えば一番偉いのだ。


「ああ、そうだ。今の世の中、何かと暗い。節約、倹約は当たり前。不満点を突っつき回すのがテレビの役目みたいになってる。そうじゃないよな!? 学校では教えられない大事な事を伝えるのだってテレビの役目だ!」


そう豪語するキリマンの言葉に、彼の集めたスタッフ達はそうだそうだと声を上げる。


「しかし、最近は子供向け番組も少なくなりましたよね」


スタッフの一人がそう意見をこぼす。彼の前には食べかけの軟骨唐揚げの皿があった。


その軟骨唐揚げに箸を伸ばしながら、キリマンは「ああ」と頷く。


「子供番組は視聴率が取りにくいって、何かと懸念されやすい。だが、今回はおもちゃメーカーがばっちりスポンサーについてくれた。異世界TVでやると言ったらかなり乗り気で、こっちに大部分は任せてくれると……近年、稀にみる大盤振る舞いだ!」


「ありがたいですよねぇ、異世界での撮影はいろいろ大変ですから、そこらへんに理解があるのは」


スタッフ達はその言葉にうんうんと頷く。


「でも本当に流行ってますよね、異世界TV……やっぱ真新しいですもんね」


異世界への扉を開く技術が一般に公開され、既に数年。異世界を撮影するノウハウも堪り、現地の風景、あるいは生命体を異次元隠しカメラによって撮影。番組へと編集する……そんな番組構成の異世界TVは今のテレビ業界のトレンドだった。


最初は旅行番組だった。異世界の信じられない風景や、文化を紹介する番組。


それがウケて、様々な世界を舞台にした番組が作られた。


その中でも最近、視聴者の関心を集めているのが”ドラマ”だ。


自分たちが撮影されてるとはしらない。異世界の人物を撮影し、ドラマにする。


作り物ではない本物。それは眼の肥えた視聴者にとっても新鮮なものだった。


ドラマなんてものは実際には噓だ。そんな事は誰もが知っている当たり前だった。より面白いものを作ろうとすればするほど、番組のどこかでは噓が混ざってしまう。それは必ず必要なものだと誰だって知っている常識だった。


だが異世界TVはその常識が通じない。


世界も、演じるものも本物なのだ。無論、ドラマはドラマチックでなければならない、裏で演出の為に番組スタッフが動く事はある。けれど、それに対する役者の反応は本物だ。なにせ、何も知らないのだ。


それこそ番組側もどうなるかは知らない。どうなってしまうかわからない……そのスリル。


今の世の中はこれに夢中なのだ。


「だな、異世界の映像って何だよって最初は思ってたが、本当にいろいろあるからな……でも大丈夫なんですか? 撮影する場所と役者、なんか変じゃないですか? ”地球”でしたか?」


「悪くはないぞ、ちょっと流通している技術は古いが、理解できないほど古いって訳じゃない。さすがに原始時代みたいなことだと、ヒーローも何も無いだろうけど」


軟骨唐揚げを咀嚼しながら、キリマンはニッコリと笑う。


「世の中にヒーローは居ない。だが……異世界に本物のヒーローを作る。それがファイバーズだ。噓偽りない、本当のヒーロー。自分たちの世界を救う為に戦う正義の使者だ」


彼の表情には自信があった。この番組が面白くなるに違いないと言う確信があるその顔に、スタッフ達も頑張ろうという気持ちに自然となる。


「でもあの猿人は大丈夫なんでしょうか……毛が、ほとんどないじゃないですか」


不安そうにチンパンジーがそう言った。無論、彼だってただのチンパンジーじゃない。球技大会で国体に出た事もあるのだ。


「まあ、たしかにちょっと奇妙だが……毛がないやつなんてこっちにだってたくさん居る。大丈夫、慣れるさ」


キリマンはそうにっこり笑って、自分のグラスを傾ける。


「そうだ。表情がわかりやすいし、言語も聞き取りやすい。悪くない」


作家のラッコはそう補足して、自分の仕事を誇るように胸を張る。


「役者連中の選定も終わってるんだ。基本はやっぱり子供達だな、子供番組だから一緒に成長して行くようなもののほうが良い。彼等を通して、自分も頑張ろうって子供達に思ってほしい」


熱く拳を握り、ラッコは情熱に眼を燃やす。


その熱量に煽られて、仲間の番組スタッフからは「やりましょう!」「頑張って盛り上げて行きましょう!」との声が自然と上がった。


ふふっ、良いチームになりそうだ。


キリマンは熱意あるスタッフ達を一望して、そう思った。やれる。この企画は成功する。


子供達が喜び、そして明日への希望を抱くようなそんな番組がきっと出来る。


「よーし! 番組の成功を祈ってもう一回、乾杯だ!!」 


キリマンはそうかけ声をだして、本日5度目の乾杯が行われた。スタッフ達は笑顔でグラスを突き出す。


本格的に番組が始まる二か月前のことだった。

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