優しいって馬鹿にして
『優しいね』
そう誰かに言われた。
でも、私は優しいわけじゃない。
私は──
✻
私はただ、何者にも分け隔てなく接しているだった。
明るくて元気な人、
おとなしくて優しい人、
孤独を好む傾向にある人。
先輩、同級生、後輩。
それぞれに合った対応を取り、嫌われないようにする。
それだけだった。
(そう、嫌われたくない。好かれたい。愛されたい。
私の根本にある思いはそれで、私はみんなが思っているような『優しい人』じゃない)
優しい、という言葉を受けることは嬉しいが、それと同時にほのかな罪悪感を感じるのも事実だった。
──だからこそ私は、彼の存在が大切だったのかもしれない。
私と彼は、席替えで席が隣になってから仲良くなった。
彼はおもしろく、少し不真面目で、気分屋。
私とは正反対の彼の姿に、私は惹かれていった。
こんなことは初めてだった。
いつも皆「平等」だった私の中に「特別」な存在ができた瞬間だった。
✻
ある日のことだ。
教室で男子達が走り回っていた。
すると、一人が誰かのイスにぶつかり、ガタッと倒れる。
だが、そんなことも気にせず男子達は走り回る。
(まったく…)
私はそのイスに近付き、立てる。
イスにかかっていた服も軽くはたき、かける。
すると、それを見ていた彼が言った。
「優しいね」
いつも言われ慣れているはずの言葉だった。
だが、それは今までに言われたどんな言葉とも違っていた。
少し馬鹿にしたように言われたのだ。
普通は怒るところかもしれない。
でも私は、なぜか嬉しかった。
私は笑った。
「あなたが言うと、なんだか馬鹿にされてるみたい」
だが、私はそれが間違いなく嬉しかった。
彼は私を『聖人』として見ていない。
私は人になれた気がした。
✻
しかし、一瞬は一瞬であり、永遠ではない。
席が変わり、それと同時に私と彼の距離も遠くなった。
物理的にも、精神的にも。
私も、遅かれ早かれこうなることは分かっていた。
だが。
(認めたくない…!!)
そう、私は認めたくなかった。
故に、今も認められていない。
あれから一年経った、今もなお。
(もう一度…「優しいね」って馬鹿にしてほしい)
私に彼以外の人など、いないも同然なのだから。
私が大切にしたかったものは、彼だけなのだから。
まだ思い出にはできそうもなかった。