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第2話

ゆっくりと歩き出す

。それは、死ぬための道であった。絞首台に向かう道すがら、彼は何一つ動じなかった。自らの死ぬ時が近付いてきているというのに。


微笑すら浮かべられる様な余裕を持って、死地へと向かう。


ところでだが、人は死ぬ間際に走馬灯という記憶のフラッシュバックが起きるらしい。しかしながら、彼にはそれはなかった。それが幾分か残念な気がしたが、死というショックに戦地で慣れすぎているためか、起こらないのも納得だ。


青空のもと死ぬことができないのは不服だが、罪人という判決を食らった身としては致し方無いのかもしれない。


火薬と血と泥にまみれた世界では、死にたく無いというのに志半ばでくたばってしまった人間は、敵味方関係なく多かったはずだ。そのことを考えれば、全てを滅茶苦茶にするという最終目標を達成できて死ぬ彼は、視点によっては幸せなのかもしれない。


絞首台の真正面に立ち、目の前に縄製の輪っかを見据える。すると、両脇から執行人と思しき人物が、頭に袋をかぶせてきた。思いの外丁寧なその手つきは、乱雑に扱われるかと思っていたものとは正反対で、好感が持てた。

次に首元に縄の当たる感触がした。

締め付けられるわけではなく、あくまで触れるだけだ。


視界が奪われ、真っ暗になる。

目をつむっていても開けていても同じように闇が広がるだけであったので、直ぐに目を閉じることにした。死体が少しでも情けなく無いように。

瞑想をしているような気分になりながらも、脳裏に浮かぶのは死人の顔だらけだった。

なぜお前だけ生き残った。自分のかつての上官が言う。そういう彼は爆撃に巻き込まれて死んだ。

生きていてくれてよかった。

自分の同期だった将校が言う、彼は前線で銃弾に倒れた。

お前なんか死んでしまえ。

敵兵から恨みのこもった声で言われる。あなただけでも生きていてください。

自分の部下が死ぬ間際にいう。

死ぬなよ、死ね。

死ね、死ぬなよ。

様々な声が聞こえ、溢れてくるが、それらの一切に耳を傾けることをやめた。どうせ、向こうに行くのだから、死んだ人間の声を聞く必要など無いだろう。

地獄に落ちるのは決まっている。天国に行けるはずが無い。

どす黒い血液に塗れた両手で、天使の衣をつかめるはずがなかった。


もうじき、床が外され、彼は宙に浮くことになるだろう。だが、苦しむことは無い。首の骨が折れる勢いで落下し、反動が体を襲うので、一気に死ぬことができるのだ。

つくづく、恵まれているなと感じる。


奥の方でかすかに、人の動く気配を感じる。おそらくだが死刑を執行する人員だろう、ご苦労なことだ。


さぁ、私はもうじき死ぬ。

だが、一言いわせてもらう。


私は自分の人生をかけた任務を、完璧には程遠い形ではあるものの、達成した。


あの幼く、理想を浮かべていた少年時代の私が聞いたら、今の私の事を褒めてくれるだろうか?


地面の感触が、無くなる。

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