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その名はモミジブライ

 

 市街上空。

 モミジの口上と人々の歓声は、集音器を通じて[影]にも届いていた。

 城壁の上から挑発的にウキツボを指さすサクラブライに、[影]は再び激高し、声を荒げる。

「……電光砲の準備だ!」

「……え? まだ、各部の調整が……」

「電光砲の準備と言っている……目標は、サクラブライだ!!」



 ウキツボの砲台が開く様子は、モミジとナランにも見えていた。

「前席、光の弾を撃ち出す前に、あいつの傍まで寄るんだ!」

 だが、サクラブライは前進しなかった。

「前席?……」

「……ナランさん、呼び捨てでも構いませんから、せめて名前で呼んで頂けますか?」

「……わかったよ。じゃあ、あいつを街から追い出そう、モミジ!!」

「了解です!……過剰なんとかというのをお願いできますか?」

 モミジが自ら過剰充填を要請したことに、ナランは驚きを隠せない。

「いいのか?」

「はい、今度は使いこなして見せますっ!」

「わかった……過剰充填器、始動!」

 モミジの力強い返事を受け、ナランが叫びと共に右側面の槓桿を思い切り引き上げると、焔玉機関が大きく身震いし、蒸気を蓄え、そして……

「行くよ?……充填、開放!!」

 ナランが安全装置を外しながら、引き上げた槓桿を再び押し込み、蓄えた蒸気を機関に戻すと、サクラブライの全身に出力を上昇させた油圧駆動機からの力が流れこみ、また、件の浮上現象が発生する。

「……安定は僕が見るから、モミジは構わず走って!」

「では、そうさせて貰います!」

 モミジが思い切り城壁を蹴り、サクラブライが宙に舞う。今度は、試験の時のような、無様な転倒はない。

「やってみれば、簡単でした!!」

「……こっちは調整が追いつかないよ!」

 コツを掴んだモミジは、時折地面を蹴り、市街の表通りを滑るように走り抜け、その背中では、ナランがGに耐えながら必死に機関を調整、サクラブライの安定化を試みていた。

「サクラブライ、本船の真下に到達!」

「なんて速度だ!」

 予想を超えた機動力に驚愕する[影]ではあったが、すぐに部下へ下知をする。

「すぐに上昇して戦闘機動!……後に電光砲を発射!」

 その命令を受けた覆面は直ちに実行する。

「見ておれ……科学の光で丸焼きにしてくれる!!」


「とりゃあぁ―――!!」

 真下に潜れば死角と信じたモミジは双刃槍を振り回しながら一気に跳躍、充填開放により強化されたサクラブライは、それこそ矢のように飛んでいく。だが、ウキツボはそれよりも早く、それこそ踊るように上昇と後退を行い、空中で無防備になった鎧武者に電光砲の砲身を向け、ほとばしる稲妻を見せつける。

「撃たれる!!」

「させません!!」

 機関室で思わず目を伏せるナランだが、モミジは怯まず双刃槍をウキツボめがけて投げつける。

「避けきれない!」

 光球が形成される直前、不意に投げつけられた槍を避け損なったウキツボは衝撃で仰け反り、龍の光球を模した光は空中に向けて発射された。

「今です!」

 サクラブライは文字通り宙を蹴り、装甲ではね返された槍を掴むと、そのままウキツボへ突っ込んでいく。

「回避しろ! そして蛇腹腕射出!」

「二度は通じません!!」

 曲芸師の回す独楽のように攻撃を回避したウキツボが射出した蛇腹の機械腕を、まるで予測していたかのようにモミジは槍で弾き返す。

「蛇腹腕、損傷……」

 同時に、滞空時間に限界が来たサクラブライもまた、地上に落下し、市街地に着地する。

 だがここで、問題が起こる。

「まずい、充填開放が切れる……」

「もう、ですか!?」

 モミジは、サクラブライが全身から蒸気を噴き出し、それと同時に力が抜けるのを感じ取った。

 本来、充填開放の持続は元々短時間が限界とは云え、これほど短いわけがない。これは、初戦に加え、続く性能評価試験に於いて、過剰充填器を未整備のまま使用したことによる弊害から発生した故障であろうか。

「何とかしないと……」

 ナランは出力低下を最小限に留めるべく機関を調整するが、浮上能力を失った事による機動力低下はどうすることも出来ない。

「今度こそ、終わりだ!」

 [影]はウキツボを降下させ、出来るだけ至近から電光砲を浴びせかけるつもりのようだ。

「ナランさん、来ます!!」

 モミジの警告を受けたナランは可動盾を展開、転瞬、サクラブライは強烈な衝撃に包まれる。電光砲の直撃を受け、後方へと吹き飛ばされたのだ。

「きゃあぁ―――!!」

「うわあぁ―――!!」

 電光砲の猛威は盾で受け止めたものの、このままでは攻撃に転じることが出来ない。

「戦闘機動続行、回り込んでこのまま押し切れ!」

 勢いに乗る[影]は、攻撃の手を緩めない。

「モミジ、右から来るぞ!」

 ナランの叫びに反応し、モミジが前方に駆け出すと同時に、背後から衝撃が襲う。間一髪、電光砲を避けたのだ。爆発により、周囲の建物が吹き飛び、火災を起こす。

「ナランさん、街が……!?」

「どうすれば……」

 自分たちが回避することで街への被害が拡大することに戸惑うナランとモミジだが、

「……構うことはない!!」

 と、拡声器を通したアリームの声が響いた。見ると、大勢の人々が郊外からサクラブライの名前を叫んでいる。その中には、モミジに林檎をくれた子供達や、黄色い声を上げるドワルグ人の姿もあった。

「とっくに住民は避難したぞい……壊れた街はワシらで直すから、嬢ちゃんと少年は遠慮無く、ドンブリをやっつけてくれい!!」

 アリームの声と人々の声援に勇気づけられたサクラブライだが、それはウキツボ――[影]を逆なでする。

「……先に愚民どもを薙ぎ払え!!」

 さしもの黒覆面もこの命令には躊躇するが、「早くしろ!」と怒鳴られ、電光砲の砲身を人々に向け、発射態勢を取るものの、突如ウキツボに衝撃が走り、船体が大きく傾きながら回転を始める。

「安全装置作動、電圧低下、電光砲、発射不能!」

「姿勢制御の修正を急げ、電光砲の再充填だ!」

 必死に対応する黒覆面に、更に発破を掛ける[影]は、モミジの叫びを聞いた。

「あなたの相手は、私です!!」

 姿勢制御を立て直し、どうにか回転を止めたウキツボが見たものは、槍を地面に突き立て、両手に抱えた瓦礫を次々と投げつけてくるサクラブライの姿だった。

「……ていっ!!」

「ぐわっ!?」

 再び瓦礫の直撃を受け、再びバランスを崩したウキツボだが、今度はすぐに態勢を整え、瓦礫を捨てて槍を構えたサクラブライに照準を合わせる。。

「出力が半分になっても構わん、電光砲の連続発射だ!」

「え……いきなり発射なんてずるいです!?」

 前置き無く発射された光球を躱したサクラブライは、踵を返し、通りを全力で走る。それに対し、ウキツボは上昇し、建物を飛び越えて一気に右へと回り込む。

「あいつ……早すぎる!?」

 驚異的な機動力に加え、これまで間を置いて発射されていた電光砲が、ここに来ていきなり連続的に撃ち出され、モミジとナランは焦る。

「ちょっと、こんなの聞いてませんよ!……」

「威力は低くなったけど、いつまでも耐えられるものじゃない!!」

「わかってます!……まずは、街の人たちから遠ざけましょう!!」

 不気味な機動で執拗に追いかけ、繰り返し撃ち出されるウキツボの光の砲撃を、サクラブライは縦横無尽に市街を走り回り、時に身を翻して躱し、時に可動盾やその身に鎧う装甲で受け流しながら逆転の機会を探る。

 だが、通常の鉄甲騎よりは素早いとはいえ、過剰充填器が使えない状態のままでは、その運動性には限度がある。寧ろ、持久力を考えなければ、モミジにとっては着装しない方が素早いとも云える。

「どうした!?……さっきの威勢は何処へ行った!!」

 逃げる一方のサクラブライに、[影]が挑発的な言葉を投げつける。

 建物を避けながら走るサクラブライに対し、空中を自在に跳び回り、常に先回りをするウキツボは、一方的に光球を浴びせかけてくる。それは、防戦一方のモミジとナランを徐々に追い詰めていく。

「これじゃ、攻撃に移れません……!?」

「諦めちゃ駄目だ、きっと何か手はあるはずだ!」

「……はいっ!」


「とは言っても、空中を自在に飛び回れる相手に、今のままでは……」

 シディカと共に戦闘を見ていたドルージは、何かを思い出し、不意にこんな言葉を呟いた。

「そう言えば昔、サクラブライと一緒に見つかった武器の中に、こんな時に使えそうな飛び道具があった……」

「でも、まともに整備もしていないのでしょう?」

「いや、引退して暇を持て余していた先代の王室技師長が、わざわざ出向いて全部まとめて直していたはずだ……だから、動く!!」

 ドルージは鉄甲騎二騎を連れて格納庫に向かう。


 同じ頃、何度目かの砲撃を受け、サクラブライが地に伏した。正面から撃たれた電光砲を籠手で受けたものの、その衝撃で三層の建物に背中から倒れ込んだのだ。

「此処までなんて……」

「私は、まだ諦めません……」

 半壊した建物から立ち上がるサクラブライ。

 ナランが逆転の手段である過剰充填器の槓桿を引くものの、やはり作動しない。警告灯が示すとおり、故障を起こしていた。最大の防御である可動盾も、度重なる攻撃に、支えていた副腕部までもが故障を起こしていたのだ。

「一体、どうすれば……」

 しかし、この期に及んで砲撃が止んだ。

 知らぬ事ではあるが、故障を起こしているのは、敵も同じなのだ。

 ナランによる破壊工作が、未だに尾を引いていたのだ。

「電光砲が異常加熱を起こしています。一度、冷却する必要があるかと……」

「やむを得ん……[魔術]を使ってでも急ぎ対応せよ!」

 [影]は、ウキツボを再度上昇させる。

「こうなったら、あと一、二回、撃てればいい。それでケリを付けてやる」

 戦闘に夢中になる[影]は、自分が再び目的を見失っていることに気付かなかった。


「ナランさん、敵はどうして撃ってこなくなったのでしょう……?」

「わからない……何を企んでいるんだ?……」

 敵の沈黙の意図がわからず、困惑しながらも身構えるサクラブライの元に、外装のないリストールが何かを担いで駆けつけてきた。

「ナラン、モミジ! この武器が最後の希望だ、それを……お前達に託す!!」

 操縦室から顔を出したドルージの声に、ナランの顔が明るくなる。

 その後駆けつけたシディカと機関士がリストールを足場代わりにして、サクラブライの左腕に、脚甲騎を使って運んできた武器を手早く装着する。それは、奇妙且つ複雑な形をした、巨大な弓とも弩とも見える武器だった。

「〈機巧弓〉……サクラブライ用に作られた武器の一つだ。使い方は弓と変わらんが、一度番えれば、弩のように固定される。太矢は既に三本装填済みだ。

 だが、引き絞るには装着者と機関士が息を合わせて、同時に引かなきゃならねぇ……」

「同時に?……」

 一瞬考え込んだナランに向け、答えを教えるように、機巧弓の装着完了と同時に機関室の左側面に新たな槓桿が迫り上がる。どうやら、これで滑車により強化された弦の巻上げを行い、弓を引き絞る補佐となるようだ。

「砲弾や噴進弾よりも初速があるわ。もしかしたら敵も回避しにくいかも知れないからぁ……」

 投げた槍が命中した状況から判断したシディカが助言を加える。

「それと……あの浮遊機械は胴体下の半球体が飛翔装置と思われるから、そこを狙って貰えますか!?」

「やってみます!」

 そしてドルージもまた、天蓋から身を乗り出すナランに言葉を掛ける。

「お前には、後で機関士としての心意気を叩き込まなきゃならねぇ……

 だから……必ず生きて……勝って帰ってこい!」

「機関士長……」

 それは、不器用な師匠が不器用なりに心を込めた激励だった。

「何をしている、敵が動き出したぞ!……さっさとやっつけてこい!」

 怒鳴り声による下知を浴びたナラン、そしてモミジは、「「はいっ!!」」と、またもや唱和した。


「電光砲、まもなく冷却完了……」

「重力制御、飛翔装置ともに安定……ですが、戦闘機動は短時間しか使用できません……」

 不安を隠せない部下の報告に、それでも[影]は怯まない。

「追い詰められているのは、相手も同じだ……ここで勝てばどうにでもなる!」

 ――そうだ、ここで勝てばどうにでもなる!!

「正面、サクラブライ接近!」


 大通り中央、[空飛ぶ香炉]を正面から見据えるサクラブライ。

「砦の人たちは、みんないい人ばかりです……」

 モミジは、戦いに赴く直前に見たドルージの姿を思い出していた。



「頼む、プロイを救ってくれ……ナランを、助けてやってくれ!!」

 足場に登り、同じ視線になりながら、その上で両手を着き、モミジに懇願するドルージの姿は、この場にいる機関士と操縦士はおろか、シディカさえも見たことがないものであった。

 もしかしたら王族に対してさえ頭を下げないのでは……と思われたドルージが初めて見せた姿に、周囲は驚きと共に、彼がナランを初めての弟子と云うだけでなく、プロイ同様、孫のような存在となっていた事を知る。

 それは、初めて出会ったモミジにも、伝わっていた。



「ナランさん……私、実はもう山に帰ろうかと思っていたんです」

 無機質な仮面の下、動き出したウキツボを前に、モミジはナランに向けて静かに語り始める。

「私のことを英雄として持ち上げ、何も出来なかったら陰で悪口、と、思ったらまた持ち上げ……本当に人は勝手です……でも……」

「モミジ?」

「そんな私にも、アリームさんやムジーフさん、ダンジュウさんのように親身になってくれた人もいました……」

 まるで、ゆっくりと時が流れているような感覚の中、モミジが言葉を、いや、想いを紡ぐ。

「私は、もう少しだけ、街に残ります。少なくとも、私を心配してくれた人を、私を信じてくれる人たちをのことを、もっと知りたい……」

 ウキツボの砲口がサクラブライを捕らえた。

「そしてナランさん……私は、あなたのことも知りたくなりました」

「…………へ?」

「……プロイさんやセレイさん、さっきの機関士長さんとか、隊長さんと副隊長さん……沢山の人に心配して貰えるナランさんのことが、知りたくなりました。だから、後でいっぱいお話ししたいです……」

「え?……え? え? え!?」

 年上の女性に、一方的にそんなことを言われ、恥ずかしさに戸惑うナランではあるが、次の言葉で我に返る。

「そのために、まずは街を……みんなを守りたいです!」

「……絶対に、守るんだ!!」

 その言葉と同時に、サクラブライは〈機巧弓〉を構え、モミジは引き金の着いた把手を握り、ナランは座席左、巻上げ槓桿を両手で握る。

「合図はナランさんが……!」

「わかった……せーの!」

 ナランが体重を掛け、槓桿を引くと同時に、モミジは弓を引く感覚で持ち手を引く。それにより、弓に固定された弩の本体が弦ごと引かれ、引き絞ったところで固定、その内部で鋼鉄の矢が装填される。

 ゆっくり流れていた時間が、一気に流れ始める。

 モミジはサクラブライの撮像器を通し、シディカの示したウキツボの下部、格納された着陸脚の下で回転する小さな半球体に照準を合わせる。

 それを見たにも拘わらず、ウキツボはサクラブライの正面から少しずつ前進を始める。戦闘機動により回避しきれる自身があるのだろう。

 モミジは噴進兵器による攻撃を見てはいない。しかし、自身が戦った感覚から、下手な距離で撃ち放てば、容易く避けられることは承知していた。

 一方の[影]もまた、一時的な戦闘中断の後、サクラブライが弓か弩か、未知の飛び道具を装備したのを目の当たりにして慎重になった。

「初手は奴に取らせろ……弓矢に弩弓にしろ、あれだけ巨大であれば、矢の再装填は時間が掛かるはずだ……」


 郊外では、先程とは打って変わった静かな睨み合いを、人々が固唾を呑んで見守っている。


 そして、決着の時が来た――

 先に引き金を扱いたのはサクラブライだった。

「早い!!」

 覆面が放たれた矢の初速に仰天しながらも「回避!」と、操舵士に指示、それによりウキツボが急上昇、躱そうとするが、雷のごとき太矢はわずかに半球を擦る。

「うわぁ!!」

「慌てるな、体勢を立て直して電光砲で反撃しろ!!」

 だが、目標から弾かれた太矢が地面に落ちる前に、サクラブライは前方に向けて走り出していた。そして、ウキツボの真下を潜り背後に回り込むと、滑るように振り向く勢いのまま、再び機巧弓を引き絞る。

 転瞬、ウキツボも振り返り、船体を斜め下に傾け、既に充填を完了させた電光砲をサクラブライに向ける。

「今度こそ!!」

「終わりにしてやる!!」

 両者が同時に引き金を引き、放たれた太矢と光球が空中ですれ違う。

 サクラブライの放った太弓は、狙いから外れたものの、ウキツボの胴下部、着陸脚の間に突き刺さり、そこから爆発を伴う煙を吹き始める。

「機関異常、出力低下! 発電機停止により電光砲使用不能!!」

「もはや戦闘続行は不可能です!」

 船橋内に非常警報が響く中、[影]は、撤退を決断する。

「対空兵器の位置を避け、出来うる限りの高度に上昇、南の山中に向けて飛行する……!」

「ですが、戦闘機動どころか通常の飛行さえも、もはや不可能かと……」

「可能なところまで飛べればよい。山中に逃げ延びた後は、遺憾ながらウキツボを放棄、自爆させる」

 [影]の下知により、ウキツボは高度を上げ、市街から逃走を図る。

「ウキツボが……敗れるとは!?」


 しかし、ここに来て、サクラブライもとどめの一撃を放つことが出来ずにいた。

「ナランさん、目が……!!」

 兜に光球をまともに受けたサクラブライもまた、撮像器と、そしてモミジの目にも光の残像が焼き付いたのだ。

「まだ遠くまで飛んでいない……矢を番えるんだ! せーの!!」

 巻き上げの槓桿を引き、モミジが機巧弓を引き絞るのを見届けたナランは、立ち上がり、天蓋を開けて外へと乗り出す。

「ナランさん!?」

「僕が狙いを付ける。弓を見える範囲で構えて!」

 その指示に従い、モミジが辛うじて目に映る範囲で、機巧弓を逃げるウキツボに向けると、ナランはサクラブライの〈袖〉――伸ばされた左腕にしゃがみ、自身の右腕を伸ばして、左腕で支えながら人差し指を弓に合わせて狙いを定める。

「ナランさん、危険です!」

「大丈夫……もう少し右、気持ち戻して……そしたらちょっと上……ここで固定して……」

 その無謀さに呆れながらも、モミジはナランを信じて指示に従う。

 そして――

「……放って!!」

 その瞬間、弦が太矢を撃ち出し、同時にナランを轟音と突風、そして衝撃が襲う。

 射出された太矢はまっすぐに、逃げるウキツボを追いかけ、狙い違わず、回転する飛翔装置に直撃、その動きを止める。

「当たった!」

「――え?」

 ウキツボは太矢の直撃した箇所から火を噴き、ゆっくりと郊外のトノバ家屋敷近くへと墜落していく。

 その姿は、まるで、力尽きてふらふらに揺れる独楽のようであった。

 やがて……

 香炉、海月、ドンブリ……様々な名前で呼ばれ、電光の輝きで人々を恐れさせた浮遊機械ウキツボは、炎に包まれながら樹林の中に隠れ、市民と共に見つめるアリームとムジーフ、シディカ、ドルージ、そして、避難もせずに窓から見ていたドルトフの前で……爆発した。


 戦闘はサクラブライの勝利に終わった。

 その後の光景は、砦攻防戦と同じであった。

 決着が付き、暫し沈黙の後、人々の歓声が英雄を迎える。

 そして、人々は当然のようにサクラブライの名を讃える。

 ――またですか。

 呆れるモミジの脳裏にふと、ムジーフの言葉が蘇る。

 ――名前を改めさせるくらい活躍すればよいのです。

 ガチャン、と留金が外れる音が響く。

 モミジが兜を脱ぎ、人々に向けて……想いを込めて叫ぶ。


「…………私はサクラブライではありませんっ!!」

 叫んでみると、気持ちが軽くなったような気がした。

 ――最初から、こうすれば良かったんです。


 突然の事に人々の歓声が止んだ。

 肩の上の少年もキョトンとしたままである。

 再び沈黙が周囲を包む。


 やがて、誰かが言った。

「おい!……何て呼べばいいのかなぁ……」

「では、〈モミジブライ〉というのはどうでしょう?」

 それは、ムジーフだった。

「ムジーフ……何を言って……?」

「モミジブライ……」

「……モミジブライ!!」

「「モミジブライ!!……モミジブライ!!」」

 人々は、呆れるアリームを無視してその名を呼ぶ。

 その名前は、モミジをますます困惑させた。

「モミジブライ?……わ、私の名前が入ったからいいというものでは……」

「いいじゃないか、モミジブライ!!」

 照れなのか、顔を紅く染めるモミジ、その頭の上に肘を置くナランが叫ぶ。

「ナランさん!?……いいんですか? あなたの名前、無いんですよ?……」

「僕は〈背中を預かる〉機関士だ……機関士は縁の下の力持ちなんだって、機関士長や、父さんが……父さんが……」

 ナランは思い出した。

 あの[影]は、父の仇なのではないか、と……


 やがて出撃した全ての部隊が帰還した。

 当然ながら、プロイとセレイ、そしてミレイも、イバンやダンジュウに守られ、帰ってきた。

 ゼットスは、どさくさに紛れて逃亡したらしい。


 戦闘の後始末の中、ウキツボ搭乗員の生き残りは全員、捕らえられた。

 そして、その中には[影]の姿もあった。


 朝日がまもなく登る頃、ナランはダンジュウとアリーム、シディカ、ドルージに付き添われ、イバンとトゥルムが連行する[影]の前に立ちはだかる。

 少年の周りでは、プロイとセレイ、加えてミレイ、そしてモミジも、事の成り行きを見守っていた。

小童(わっぱ)……まさか、お前がサクラブライの機関士だったとはな」

 挑発するような[影]の言葉を無視したナランは、敢えて怒りを静め、尋ねる。

「どうして……ジマリの街を[龍]に襲わせた……」

 頭巾を取り上げられ、素顔を見せていた[影]は、何を言われたのか理解しかねていた。それでも構わずナランは、徐々に怒気を強めて問い詰める。

「どうして……街のみんなを……父さんはお前が妖術で操る[紅い鱗の龍]に喰い殺されたんだ!!」

 少年の怒りに暫し惚けていた[影]ではあったが、言葉の意味を理解するや、その場で笑い転げた。

「りゅ、龍だと!?……この私が!? 龍を使ってジマリを滅ぼしたぁ?……

 ……ふざけるなぁ!!」

 ここで[影]だった男は怒りの形相で何度も足で地面を踏みつける。

「ジマリの噂は私も知っているが、あれが私の仕業だと……私は、こんな子供の勘違いに付き合わされていたというのか!?……そんな勘違いに……私の心が乱されたとでも言うのか!?」

「勘違いだと……嘘をつくな!!」

「ジマリの街……そんな田舎町など襲ったところで、我が組織にはなんの利も徳もないわ!!……

 妖術!?……前文明の偉大な科学力を受け継ぐ我ら〈文明結社〉にとって、今生の魔術さえ忌まわしいと云うのに、妖術などと胡散臭いものを……

 ましてや龍など、そんな時代遅れの代物なぞ使うとは、反吐が出るわ!!」

 男の怒りに嘘はなかった。

 今度はナランが呆然となる番だった。

「じゃあ、お前が父さんを殺したんじゃ、無いのか……」

 急に静かになった男は、ナランの顔を見つめた。

「……私は任務のために沢山の命を奪った。しかし、その中にジマリの民は……お前の父とやらは、いない……」


 間もなく男は砦に連行されていった。

 その直前、男はプロイに

「お前の勇気を嘲笑ったことを詫びよう……」

 とだけ告げた。

 男は敗北を認めた。

 それがうれしい訳じゃない。だが、プロイは声を出して泣いた。

 自分でも、理由がはわからないまま、堰が切れたように、泣いた。


「あの人が、仇じゃなかったんだね……」

 立ち尽くしたまま連行される男を見送るナランに、セレイと、落ち着きを取り戻したプロイが寄り添う。

 ナランにしてみれば、勘違いが許せないのではなく、勘違いの結果、ミレイ、セレイ、そしてブロイの三人を危機に陥れてしまった事が許せなかった。

 素直に勝利を喜べなかった。

「でも、プロイを助けに行ったでしょ?……仇討ちの為じゃなく、街を守るために戦ったんでしょ?……」

 セレイに言われ、ナランは思い返す。

「僕は……姫様とプロイを助けることしか頭になかった。何故か、仇討ちのことをすっかり忘れていた……」

「ナラン……ありがとう……」

「プロイ?」

「さっきは、ちゃんとお礼を言えなかったから……」

 プロイは思いっきりナランに抱きついた。

「でも、もう危ないことはしないで!……さっきだって、ナランが死んじゃうと思っちゃったんだからぁ!!」

 突然の事に言葉を失ったナランではあったが、再び泣きじゃくるプロイの肩にそっと手を置き、話し掛ける。

「僕は、たぶんこれからも機関士として戦う。それが、操縦士の〈背中を預かる〉ものの努めだから……でも、約束するよ。もう無茶はしないって……」

「……絶対ウソ……ナランは、後先考えないんだもの」

 朝日が大地を照らし始めるその時、二人の少年少女は突然、温かく、そして柔らかいものに包まれる。

「きゃあ!」

「も、モミジ!?」

 プロイとナランを抱き上げたモミジは、胸元に抱き寄せた二人を笑顔で見下ろす。

「ごめんなさい……でも、お二人を見てたら、何だかこうしたくなって……」

「アタシも混ぜてよぉ!」

 モミジの頭の上に、プロイが翼を広げて覆い被さるようにしがみつく。

「ちょっと、セレイさん……前、見えないんですけど……」


 少年少女の笑い声が周囲の人々を笑顔にする中、ダンジュウが一人呟く。

「そこは、俺の[指定席]なんだがなぁ……」

「譲ってやれぃ、子供優先じゃよ……」

 アリームは笑いながら武辺者の肩を叩く。


 朝日が昇り暫く後、すっかり疲れ切っていた三人を膝の上で寝かせたモミジは、ナランの寝顔を見つめていた。

 ――ナランさんの仇……

 モミジは、ナランの言う[龍]の存在に思いを馳せた。

 ――約束してしまったから、何時か戦う事になるのでしょうか……


 ○


 ところ変わってクメーラ王国北西部――

 帰還の嘆願書は承諾を得られなかったものの、代わりに[ドルトフ以下反乱騎士の護送ならびに凱甲騎スパルティータ返還の任]を受諾したレイ・ウライバ藩王率いる派兵軍は、任務遂行のため、一時的な帰途に着いた。


 ちなみに、最後の抵抗勢力であった侯爵領は、この三日後、城塞都市市民の反乱により開城した。


 故郷に思いを馳せる藩王レイは、飛空船の船橋から外を眺め、並進飛行する飛龍――その背に乗る二人の男女に目を向ける。

「メリジュとレイシャには感謝せねばならんな……あの二人の尽力がなければ、早急の帰還は叶わなかったであろう……」

 藩王の言葉に、重臣一同が頷いた。


 そんな中、飛空船の見張り台から、兵達が、見送りのために並進する飛龍に注目していた。

「鉄甲騎が戦場(いくさば)を席巻するまでは、あのようなものが闊歩していたのか……」

 透き通る硝子のような、紅く美しい、透明感のある鱗に包まれた飛龍は、長い首と尾を伸ばし、対照的に前足を胴まで縮め、そして翼を大きく広げて風に乗るように飛行を続けていた。

 その大きさは鉄甲騎に並ぶ程度ではあるが、細く逞しいツノを生やす頭を乗せた首、広く大きな翼に加え、後ろに大きく伸びる尾が、飛龍をより巨大な存在として印象づけている。

 この巨大な飛龍は、当然ながら鉄甲騎のような機械ではなく、紛う事なき生命体である。

「……あの姿、壮観だな」

「だが、飛龍は数が少なく、乗り手となる騎士の血筋もいまや、ナーガル家のみと云われている。その上、脚甲騎ならともかく、並以上の鉄甲騎なら飛龍の吐く光球にも耐えうるし、空中からの騎乗槍突撃も、腕に覚えがあれば待ち構えることも出来なくはない……」

「まさに、渾名の通り〈時代遅れの飛龍騎士〉だな……」

 しかし、彼等には一つ、気になることがあった。

「なぁ、あの飛龍の左目……辺境伯の鉄甲騎と一騎打ちをして潰れたのか?」

「いや……あの左目は、それ以前から潰れていたって話だ……」

 そんな噂話が聞こえたかどうかはわからないが、二人の若者を背に乗せた紅龍は、不機嫌そうに吠えた……


 ○


 ウライバはようやく平穏を取り戻した。

 数日後には藩王レイも帰還し、本格的な後始末が始まることだろう。

 現実的に云えば、最後の激戦で瓦礫の山と化した市街の復興、防衛線としてのウーゴ砦復旧と守備隊の再度立て直し、逃走したゼットスの行方、そして、謎の組織〈文明結社〉の存在など、様々な不安を抱えているのだが、まずはともかく、今ひととき戻ってきた平和を喜ぶべきだろう。


 無事に救出されたミレイ王女殿下は、軽率な行動が賊に付け込まれた事を問われ、ミトナ王妃殿下により何らかの処罰が検討されたものの、帰国した藩王レイ陛下の取りなしにより、とりあえずは説教のみとなった。

 当分は、暫く王都より外に出して貰うことが許されないだろう。

 尚、ミトナは王妃として厳しい説教で叱りつけた後、改めて、母の顔となり、ミレイを抱きしめ、涙を流したという。

「よく、無事に帰ってきてくれました……」

「母君……」

 それは、ミレイが初めて見た、母の涙であった。


 藩王帰還により、イバンに対する処遇にも正式に決定が下された。

 敵の侵入を許し、ミレイを市民の面前で拉致されたことにより、責任を感じたイバンが自ら守備隊大隊長の役職に辞意を示したものの、聞き入れられることはなかった。

 その理由は「他に適切な人材がいない」という単純なものであり、結局、砦攻防戦とミレイ救出の功績により処罰そのものが帳消しになる形を取ったのだ。

「『お前はいつまでもそこにいろ』……それが私に対して与えられた[罰]だと思っている……」

 後にイバンがヘルヘイに語った言葉である。


 シディカ、ドルージは各々の役職としての職務に明け暮れていた。

 大隊長留任が決まったイバンによる指揮の元、補佐官アガル、騎兵隊長トゥルムなどの手を借り、砦の復旧、部隊の再編成、中断していた鉄甲騎の修理など、山積する様々な案件を粛々と処理していくばかりである。

「……私の休暇は、後回しですかぁ」

「何を言っていやがる。役職に長が付く奴が真っ先に休んで、部下に示しが付くのかよ……」


 セレイは伝令として、報告書を携え砦と城を往復する通常任務に戻った。

 特に変わったことはなく、やはり王城では待ち時間の間、姫様の話し相手や愚痴の聞き役を務めている。

 変わったことがあるとすれば、以前と比べて、ミレイとの接見が堂々と出来るようになったこと、そして、砦や城の兵と、一部将校から敬意を込めた眼差しで見られるようになったことであろう。

「それはそれで恥ずかしいんだけどね……アタシとしては」

 食堂でプロイにそう言いつつ、胸に提げた鞄から袋を取り出す。

「これ……姫様から貰ったお菓子。お茶の時に食べよう?」

「姫様は元気?」

 プロイの問いに、セレイは「元気だよ」と答えつつ、窓際から空を眺める。

「……姫様、今度、ちゃんとしたお茶会がしたいって」

「私も、また姫様に逢いたい……」

「だったら、なんでお城に入るの断っちゃったのよ?……」


 事件の後、プロイを、ミレイ付きの侍女として迎えると云う話が持ち込まれた。ひょんな事からミトナの前で見せた礼儀作法が目に止まったことに加え、この事件に於ける、この少女の勇気を讃え、労う意味も込められていた。

 だが、プロイは丁重に辞退した。

「だって、私みたいな街の娘がお城に行ったって、うまくいくはず無いもの」

「でも、プロイは器量もいいし、お茶を煎れるのも上手だし、上手くやっていけると思うんだけどなぁ……」

 セレイは宴の夜に見た、ミレイの服で着飾ったプロイを思い出す。

「……でも確かに、お城に行っちゃうと、他に困ることがあるよねぇ」

 セレイのその言葉に、プロイは一瞬、首を傾げるが、

「……ナランに逢えなくなるものね」

 と、続いた言葉に顔を真っ赤にする。

「もう、そんなこと言わないの!」

「そう言えば、モミジは山に帰るんだって?」

「うん……でも、少しの間だって。家の方でしなければならないことがあるからって言ってた……」

 ますます雲が増えていく空模様を見つめるプロイの耳元で、セレイが囁く。

「……じゃあ、今のうちにナランとの距離を縮めちゃったら?」

 この時、プロイは湯が沸騰した薬罐のようであった。


 モミジは、イバン大隊長の要請でウーゴ守備隊の一員となった。扱いは予備役の隊員で厳密には兵士ではないのだが、〈モミジブライ〉と改名された動力甲冑の正式な装着者となった。

 アリームは当初、その事に猛反対したが、モミジは引かなかった。

「私、ここでもっと人のことが知りたい。遠くに旅することは出来ないけど、この街に来れば、色々な人を見ることが出来ます……」

「それなら、街に遊びに来るだけでいいじゃろが!」

「戦とかは嫌ですけど、悪い人たちから街を守るためなら、私は砦の人たちとはもっと、関わっていきたいと思うんです……」

「嬢ちゃんには、ずっと、敷物を編んで貰いたかったがのう……」

「大丈夫です。手空きの時には、作りますから」

「そう言う意味ではない!」

 その光景を、ダンジュウとムジーフが遠巻きに眺めていた。


 アリームとダンジュウは、市街の復旧作業に目処が付いたところで、ムジーフを伴いウーゴから故郷に向けて旅立った。

 そも、元より冒険商人がこの街に来たのはモミジの敷物が目的であり、天下の武辺者は、その用心棒なのだから当然であった。

 それでも、近いうちに戻ってくるつもりらしい。

 ナーゼル商会ウーゴ支店にモミジの後見を委ねたものの、やはり気になるようだ。

 敷物を乗せた馬車を引き連れ、街道を走る自働車H-5型の車上にて。

「結局、聞きそびれたままだったな……」

「何をじゃ?」

「あいつの……いや、サクラの……何でもねぇ」



「かあさまの話、もっと聞いておけば良かったな……?」

 ――今度逢えたら、私の知らないかあさまの話をしてもらおう……

 砦の復旧作業に従事しながら、、アリームと共に旅立ったダンジュウを思い出していたモミジの足下に若い機関士がやってきた。

「モミジさん、ドルージ機関士長が来てくれって……モミジブライの修理で、見てもらいたいところがあるそうで……」

「あ、はーい」



 格納庫では、機関士と操縦士の手により鉄甲騎の修理が続けられていた。

 とは言っても、損傷の酷すぎる機体は藩王帰還により戻ってきた大型飛空船で運び出され、同じく帰還した王城の技師による本格的な修理に回されていたため、今、この格納庫で修理を受けているのは比較的損害の少ない機体と、そして、モミジブライの鎧であった。

 そのモミジブライは、ドルージの指揮で、ナランが中心となって整備、修理作業が続けられていた。

「電装系周りの確認が済んだら、機関部のバラしに入るぞ。今日中には終わらせて、明日には関節駆動系の修理に移るから、そのつもりで進めろ!」

「了解です!」


 ナランもまた、処罰を受ける事を覚悟していた。

 一躍、救国の英雄となったものの、そも、緊急とはいえ、見習い機関士の身でありながらサクラブライに乗り込み、続く事件では勝手に砦を飛び出して戦闘に参加したのだから、何も処罰がないというわけには行かない。

 だが、予想に反して処罰はなかった。

 これもまた、藩王レイ・ウライバ陛下による恩赦であった。

 やはり、功績との帳消しという形ではあるが。

 その後、ナランは限定的ながら、晴れて正式な機関士となった。扱いとしては、イバン直属の部下となり、通常の編成には加わらない。理由は、モミジブライと装着者モミジそれぞれの立場が、通常の鉄甲騎そして操縦者とは異なる為であるというのが建前であるが、実の所は、ナランを手元に置いておかなければ、有事の際に何をしでかすかわからない……と云うのが本音であった。

 今後、ナランはイバンとドルージによって、本格的に機関士としての技量と心得を叩き込まれるのだ。



「私、どうしてみんながナランさんを思ってくれているのか、わかったような気がします……」

「……なんのこと?」

 休憩中、強引に自分を右肩に乗せ、格納庫の壁に背を預け座っていたモミジの言葉に、ナランは首を傾げる。

「……たぶん、単にナランさんが無手法(むてっぽう)すぎるからじゃないかと思うんです」

「……は?」

「私が初めて見たナランさんは、猿みたいな機械に襲われたときでしたし、次は私が戦っている最中に、突然背中に入り込むし、この前なんか、空から振ってきたじゃないですか……だから、みんな、あなたのことが心配になってしまうんじゃないかと思うんです」

「それ、言い過ぎだよ、モミジ……!」

 ずけずけとした物言いに、ウンザリしたナランではあるが、モミジの話は終わらない。

「それと……」

 モミジはナランを肩から自分の手に移し、正面から見つめる。少年は、意図がわからないまま巨大な少女の赤く丸い瞳に魅入られる。

「一応、私は年上なんですけど……」

「……そ、そうだけど?」

「だから、敬語使って下さいとは言いませんが、せめて呼び捨ては止めてくれませんか?」

「呼び捨ててくれって言ったのはモミジじゃないか!」

 迫る巨人の顔に物怖じせず、両手を振り回して喚くナランに、モミジも負けずに声を荒げる。

「あれは、モミジブライを着ているときだけです!……私だって、ナランさんを呼び捨てにしていないんですから……」

「〈背中を預け合う仲〉何だからいいじゃないか!……だったら、僕のことも呼び捨てにすればいいよ……」

「私は人を呼び捨てにしない主義なんです!」

 その時、

「……[夫婦喧嘩]は終わりだ!……とっとと作業に戻れ!」

 ドルージの怒鳴り声に、我に返ったナランとモミジが見たものは、周囲でニヤニヤしている見物人と、そして、機関士達のために茶を煎れた大薬罐をを持つ手を怒りに振るわせたプロイの姿だった。

「夫婦……喧嘩!?……」

「何で……怒ってるの?」

「…………」

「え?」

「……ナランなんて、知らない!」

 大声を出し、そっぽを向いて立ち去るプロイと、それを追うナラン。

 そんな二人を「え? え?……え!?」と、おどおど戸惑いながら見つめるモミジ。

「私……気に障ることでもしたのでしょうか……?」


 その光景を、報告から帰ってきたセレイが上空から眺めていた。

「ナランもモミジも、鈍感すぎだよ……」


 ウーゴ砦に漂う大きな雲が、間もなく雨を連れてくる、そんな頃だった。



 ナランとモミジ――

 ゴンドアの歴史に刻まれた、数ある英雄譚の一つとして語られることとなる〈鉄甲騎モミジブライ〉の物語は、ようやく始まりを迎えたばかりであるが、今宵はひとまず、幕としよう……


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 ナランとモミジの物語は、ひとまずの幕となります。

 次回は、続きになるか、あるいは同一世界の別エピソードになるか、そも、いつ書けるかわかりませんが、その時は、また、時間の許す限りお付き合いいただければ幸いです。

 それでは

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