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繋がる絆、希望の鎧

 

「アタシ、先に行ってるね!?」

 砦を出てしばらく間道を進み、そう言ってセレイが先行した後、モミジはひたすら夜道を走り続けた。

 道案内は必要なかった。モミジが意識すれば、サクラブライの大まかな位置が朧気ながら感知できたのだ。

 ――ツノが熱い……鎧が私を必要としている……


「こんな時に……」

 世の中というものは、時に、理不尽を動力にして回っている、としか云えない事もある。

 セレイに請われて砦を訪れ、驚きと共に迎えられたモミジは、ここに来てようやくサクラブライが持ち出されたことを知り、そう感じたものだ。

 必要なものは、無くしてからその価値を知る、とは良く言ったものである。

「作戦上、仕方がないことなの。大丈夫、敵に渡したりしないから、私たちを信じて!?」

 足下で訴えるシディカの、モミジに対して初めて見せた真剣な表情は、その言葉が信じるに足るものであることを示していた。

「だったら、私が鎧のところに行きます……」

 皆が呆然と見守る中、モミジは、周囲を見回し、整備場の壁に駆けてあるリストール用の長柄斧を手に取るものの重過ぎたのか、それを戻して長槍を掴むものの、満足できず、結局、バイソール用の鎚矛を取り、無理矢理腰帯に結わえ付ける。

「鎧のところに行くって……嬢ちゃん、そこは戦場(いくさば)じゃぞ? あんたが行く義理なんて、これっぽっちもないんじゃぞ!?」」

 心配するアリームに、モミジはようやく、本心からの笑みを見せる。

「大丈夫です……私は、巨人だとか、英雄だとか、そんなものを背負っていく訳じゃありませんから……」

 その言葉、そして続く言葉を、アリーム、シディカ、そしてドルージをはじめとした機関士や操縦士達は黙ったまま耳を傾ける。

「私は、私として……モミジとして、助けたいと思ったから、助けに行くだけです!」

 その時、モミジの透明だった額の小さなツノが、内側から真紅に輝いた。

 同時に、モミジは鎧の[呼び声]が聞こえたような気がした。それは、初めて鎧を纏ったときよりも、はっきりと感じることが出来た。

 しかし……


 ――いいえ、私が鎧を必要としているんです!

 モミジは、自らの意志で、鎧の力を欲したのだ。

 同時にモミジは、セレイの飛び去った先に、鎧と同時にナランの気配を感じた。

 そんな気がした。

「私とナランさんが……[守る力]を必要としているんです!!」

 モミジの目が、ふらふらと空を迷走するウキツボを見つける。そして、その張り出しから何かが落下していくのを目の当たりにする。

「ナランさん!?……それに、プロイさんも!?」

 それは、ナランとプロイだった。それを同じくウキツボから飛び出したセレイが足爪で捕まえるものの、小柄な翼人少女では、二人を抱えたまま飛ぶことはやはり不可能なのか、そのまま落下していく。

 その様子を見たモミジは、考えるよりも先に速度を上げていた。

 身体が軽い。何の迷いもない。

「今行きます!」

 目の前には丁度、光球をまともに受けて擱坐していたバイソールがいた。

「御免なさい、踏みます!」

「……なんだと!?」

 操縦士に事態を把握する時間を与えず、モミジはそのバイソールを踏み台にし、一気に跳躍する。

「うりゃあぁ―――!」

 腕を目一杯突き出し、伸ばした手で落下する三人を受け止め、胸元に抱き寄せたモミジは、そのまま木々を薙ぎ倒しながら着地する。

 そこは、偶然にも、サクラブライの傍であった。

 傍では、何が起きたか理解出来ずにいるイバンが、ダンジュウが、ミレイが、そしてゼットスが、突然空から振ってきた巨少女を呆然と見上げている中、モミジは周囲に構うことなく、胸に抱いたままの少年少女に声を掛ける。

「皆さん、大丈夫ですか!?」

「モミジ、ありがとー!」

 最初に返事をしたのはセレイであった。続いて、

「一体、何が……」

「……私たち、助かったの?」

 と、ナランとプロイも状況を把握しようとする。

「良かった……」

 無事を見届けたモミジは、三人を再び抱きしめる。

「モミジ……苦しい……」

「苦しいけど、柔らかくて暖かい……」

「ナラン、こんな時に何言っているのよ……!」

「ご、御免なさい……」

 モミジは三人をそっと地面に降ろす。

「ありがとう、モミジさん……」

 プロイが、初めてモミジに向けて、素直な礼述べ、そしてようやく、素直な笑みを見せることが出来た。

「ご無事で良かったです……」

 プロイの笑みを見たモミジは、この少女をもう一度持ち上げ、抱きしめたいと思った。しかし、今はそんなことをしている場合ではない。

 モミジは、ナランを真剣な眼差しを向けた。

 少年は、ただ、ただ、呆然となっていた。

 一度、軽く息を吸い、モミジはナランに向けて、ある決意を告げた。

「……ナランさん。私の、〈背中を預かって〉くれませんか?」

 降ろされたことで、自分がモミジの胸に抱かれていたことに気付いたナランは暫し顔を紅く染めて呆然としていたが、言葉の意味に気付いて再び呆然となる。

「モミジ……さん?」

「……私は確かに、あなたの乗り物じゃありません。

 でも、今は街を……大切な人たちを悪い人たちから守るには、どうしてもあの鎧の力が必要なんです……」

 ――あれだけ嫌悪していたのに……

 モミジが自ら鎧を求めたことに、ダンジュウも驚きを隠せなかった。

 そして、何より驚いていたのは、ナランであった。

「もし、今だけでも、私に力を貸して……サクラブライを動かす力をくれたら、何時か、あなたの仇討ちにも力を貸して上げます。だから、今日だけでも、街の皆さんを守るために、私の背中を〈預かって〉頂けませんか!?」

 モミジの言葉を受け、暫し惚けていたナランだが、言葉の意味を悟ると、はにかんだ笑みを見せた。

「……僕こそ、有頂天になってモミジさんに辛い思いをさせちゃって、御免なさい……僕は機関士長の言うとおり、機関士失格だ……

 でも、今はわかる。みんな一人じゃ何も出来ない。僕がプロイを助けられたのは、みんなが助けてくれたからだ。

 今度は、それを僕が守りたい……

 だから……僕の方こそ、機関士として……モミジさんの背中を〈預からせて〉くれ!!」

 はにかみから一転し、頭を下げた後に見せたナランの真剣な眼差しを受け止めたモミジが、強い想いを込めて頷こうとしたその時、

「駄目!」

 と、そのナランを背中から強く抱きしめるプロイの姿が飛び込んできた。

「何でナランが危ない目に遭わなきゃいけないの!?……今だって、死にそうになったばかりじゃない!……どうして、自分から危険なことに飛び込もうとするの……?」

 ナランは腰に回されたプロイの手をそっと取り、裏返りそうな声で必死に訴える、小さな姫に向き直る。

「僕がどうして機関士になろうと思ったのか、やっと気付いたんだ。

 僕は……誰かの支えになりたい。これまで、僕を鍛えてくれた大隊長や機関士長……砦のみんなのように……今日、助けてくれたダンジュウさんやアリームさん、励ましてくれた姫様にセレイやモミジさんの……

 そして、僕をいつも気遣ってくれる、プロイのように……」

 ナランはプロイの両手を、自分の両手でそっと包む。

「大丈夫……僕は死なない。だから、プロイは僕の帰りを待ってて!」

 そう告げると、ナランはプロイの手を離し、モミジの元に行く。

「セレイ……プロイを頼む」

 ナランは、初めてサクラブライを動かしたときのようにプロイを突き放すのではなく、優しくセレイに託したのだ。

「ナラン……絶対死んじゃ駄目だよ……どうせやるからには、モミジと一緒に、勝って帰ってきてよ!」

 セレイのやや怒気を含んだ声援に、満面の笑みで答えるナラン。その光景を涙目で見ていたモミジが手を伸ばし、少年の身体をそっと持ち上げる。

「行きましょう、ナランさん……」

「……良し、行こう!」


 その時、これまで茫然自失で眺めていた一同の中で、ゼットスがいち早く我を取り戻した。

「お涙頂戴は終わりだ!……鎧に乗る前に、あのデカ小娘と色ボケ小僧を踏みつぶせ!!」

 無粋なゼットスの言葉が辺りに響いたと同時に、巨大脚甲騎がモミジとナランに迫ろうと前進を開始する。

「リストール、あの脚甲騎を止めろ!……二人に近寄らせるな!!」

 事態をようやく掴んだイバンもまた、再び指揮に戻る。

 周囲では戦闘が再開した。

 逃げ惑っていた兇賊が戻り、騎士と剣を切り結び、銃を撃ち合う中、リストールが再び脚甲騎に挑み掛かる。そしてイバンはゼットスと対峙し、ダンジュウがミレイとセレイ、そしてプロイを守りつつ刀を振るう。

 その勝負は既に決していた。

 ただでさえ数が少ないところを地の利で凌いでいたゼットス残党ではあったが、先の混乱によりその優勢が失われ、挙げ句、救出任務を終えたウーゴ守備隊まで援軍として駆けつけたものだから、ゼットスと云えど、もはやどうすることも出来ない。

 脚甲騎の戦いも同様である。

 リストールと云えど正規の機体であり、再生機との性能差に加え、士気の高さが決定打として相手を圧倒、敵の脚甲騎を瞬く間に無力化する。

 だが、巨大脚甲騎は別格だった。

 鉄の巨像は再び上半身を水平に振り回し、伸ばした腕でリストールの猛攻をはね除けながらモミジに近付こうとする。

 そこに、他の脚甲騎を片付けた二騎のリストールが立ち塞がる。

「モミジ殿、ナラン少年、ここは我らが防ぐ。汝らはサクラブライの起動を早く!!」

「わかりました!」

「ありがとう!」

 それぞれ礼を述べ、モミジは強引に籠を壊してナランをサクラブライ機関室の天蓋に乗せる。

「僕は平気だから、モミジさんも装着してくれ!」

「はいっ!!」

 モミジの返事の後、ナランは天蓋を開き、機関室に手慣れた感じで飛び込んでいく。

「各部弁、活栓、定位置に戻す……水量、適量……」

 各部計器の指差し点検を急ぎ済ませたナランは、護符を取り出し、強い念を込める。その瞬間、機関室全体が揺れ、斜め後ろに倒れ込んだ。着装者を迎え入れるべく、鎧が分解を始めたのだ。

 だが、もはやそのようなことで狼狽えるナランではない。

「…………火よ!!」

 ただ一言ではあるが、その言霊はこれまでとは違う、強さだけではない何かを込めた[火]を起こし、独りでに投火口へと飛び込んでいく。それは先程ナランが奪った脚甲騎と違い、一瞬で焔玉機関の命と化す。

「汽罐内温度上昇、注水開始……圧力上昇、機関に蒸気注入……」

 その間にも、モミジは各部が分解したサクラブライにその身を委ね、それにより、少女の身体に鎧の各部位が自動的に装着されていく。

「補助〈ホシワ機関〉第一および第二、作動開始……発電機接続……」

 ナランの起動準備が進み、モミジの着装準備が終わろうとするとき、四騎掛かりの攻撃をどうにか跳ね除けた巨大脚甲騎が、今度は棍棒のような両腕を頭上に掲げ、勢いよく振り下ろす。その攻撃を、サクラブライは床几に腰を下ろしたまま両手で受け止めた。

「このまま押しつぶしてやる……」

 巨大脚甲騎から、初めて操縦士の声が聞こえた。だが、そんな脅し文句も、そして重量と力を加えてくる鋼鉄の腕に対しても、怯えることも狼狽えることもない。

「焔玉機関、始動を確認……前席、発進よろし、押し返せ―――!」

 その言葉と同時に、モミジはサクラブライを立ち上がらせ、同時に、巨大脚甲騎の両腕を持ち上げるように押し返す。

「うりゃあぁ―――――っ!!」

 油圧駆動と電動機の音が力強く調和し、完全に立ち上がったサクラブライは巨大脚甲騎の腕を徐々に押し返していく。

「畜生、流石は鉄甲騎だ……」

「いや、巨人が鎧着ただけだろ……いいから出力を上げろ!」

 操縦士は機関の出力を上げさせ、巨大鉄甲騎の腕に更なる力を加え、サクラブライの腕を再び押し戻すが……

「ナランさん、今です!」

「行くぞぉ!」

 モミジの合図でナランが操縦桿を引くと、サクラブライの両肩に装備された可動盾が展開、同時に爪を伸ばし、両側から巨大鉄甲騎を挟み込むように何度も叩き付ける。

「いい加減、離れろぉ!」

 ナランは復椀を操作し、可動盾の攻撃を相手の肩部に集中、それにより、巨大脚甲騎は両肩より火花を散らし、動きを鈍らせたところに今度はモミジが攻撃を加える。

「……これでどうです!?」

 サクラブライは巨大脚甲騎の両腕を離し、敵の胴中央に向けて体当たりを仕掛ける。それをまともに受けた鉄の巨像は数歩も後退するも、見た目に反してバランスが良いのか、倒れずに踏みとどまる。

「何をしている、早く鎧さんをやっつけろ!」

「私と戦っているときに余所見をするな!」

 押される味方騎を野次るゼットスに、イバンが湾刀を振るう。

 兇賊は壊滅状態であった。手下の姿はごくわずか、[影]のウキフネは肝心の必殺兵器から煙を噴き、挙げ句、ゼットスを見捨てて遁走、頼みの鉄甲騎である巨大脚甲騎ただ一騎も、周囲はサクラブライとリストールの計五騎に取り囲まれ、もはや勝ち目どころか逃げることすら難しい状況となっていた。

「観念しろ、ゼットス!」

「貴殿に落ち延びる場所はない……温和しくお縄を頂戴しろ!」

 イバンに加え、トゥルムとダンジュウまで加わり、さすがのゼットスも観念するかに見えた。

 だが……

 巨大脚甲騎が不快な音を立てて両腕を水平に上げた。それは当然、回転攻撃を敢行するためだ。

「いかん、来るぞ!」

「誰か、あれを止めろ!」

「待て、俺さんもいるんだぞ!!」

 両肩の火花を気にせず、上半身を独楽か風車の如く回転させ、木々を薙ぎ倒し、強烈な旋風を巻き起こし続けながら適当な方向に迷走し始めた鉄の巨像に、サクラブライやリストール、イバンをはじめとする足下の兵、そしてゼットスもまた、混乱に陥った。

「きゃあ!」

「飛ばされる飛ばされる……!?」

 プロイとセレイが悲鳴を上げてミレイに抱きつく。

 そんな状況でも、ダンジュウは平然と構えている。

「三尺高ぇところに登ることが決まっているんだ、自棄にでもなるだろ……」

「呑気なこと言っている場合ですか!?……ダンジュウ殿、何とかならないものですか!?」

 王女としての役割か、悲鳴を上げるのを我慢するミレイの言葉に、脚甲騎を観察していたダンジュウが、サクラブライに向けて叫ぶ。

「モミジ! ナラン少年……きゃつの足下を狙え……歩いている今なら、簡単に転かせるはずだ!」

「了解です!」

「それなら……前席!」

 ナランは両肩の可動盾をサクラブライの前方に向ける。意図を呼んだモミジはその内側に格納された武器の内、剣一振りと棍三振りを取り出し、それを組み立て、巨大な大身槍を完成させる。

「行きます!!」

 モミジはしゃがみ込むような姿勢となり、サクラブライの大槍を巨大脚甲騎の、歩行のために持ち上げられた右脚部めがけて突き出し、「ていっ!」と、それを払う。

「やめろぉぉ―――!!」

 悲鳴を上げた脚甲騎はそのまま倒れ、挙げ句、地面にめり込み、回転を止めた上半身の代わりに、今度は下半身が両足を風車のように広げて猛烈に回転し始め、やがてそれは各部から火花と煙、そして大量の蒸気爆発を起こして停止した。

「うわあ……」

 モミジは正直、中の状況は想像したくなかった。

 その時、空に信号弾が上がった。

「あれはバイソールからだ……まずい、あの狼煙は浮遊兵器がウーゴに向かった時のものだ!」

「僕たちが行きます!」

 それは、拡声器を通したナランの言葉だった。

 今回に於けるナランの行動には正直、感謝はあれど色々と物言いだけなイバンであったが、この状況で迅速に行動できるのはサクラブライの他はないことは確かである。

「仕方がない、お前に託すぞ!……ナラン! モミジ殿!!」

 大隊長の下知を受けたサクラブライ――モミジとナランは、「「はいっ!!」」と唱和し、踵を返してウーゴ砦へと駆け出していく。

「頼むぞ……我らも必ず追いつく!」

 そう言ってイバンは、ダンジュウ、騎兵隊と共に、尚も抵抗を続ける兇賊に向かっていく。

 そして、走り去るサクラブライ――モミジとナランを、ミレイとセレイ、そしてプロイが見送っていた。



 戦場から離れたウキツボの船橋では、修復作業が行われていた。

「電光砲の回路、予備への切り替え、間もなく完了します……限度はありますが、調整さえ済ませれば、とりあえずの使用は可能です」

「機関ならびに飛翔装置の安定を確認……〈戦闘機動〉に移行することも可能ですが、出来れば、工場での点検をしたいところです……」

 部下の報告を聞きながら、[影]は徐々に出はあるが冷静さを取り戻しつつあった。

「……私としたことが、子供相手に何をやっていたのだ……」

 ――少年少女を空から突き落とすなど、我ながら残酷なことを!

 銃を向けられたら、それに対して反撃するのが戦場(いくさば)の常であり、例えそれが年端のいかない子供であったとしても、手向かう以上は対処しなければ自分が死ぬ。頭ではわかっていても、やはり後味がよいものではない。

 しかし、王朝結社の任務によっては、無辜の命を山ほど刈り取らなければならないときもある。逐一「誰を何処で幾人殺した」など考えていたら、気が狂いそうになる。

 [理想が実現し、真の平和の達成を以て、奪った命への贖罪とする]

 組織が掲げる理念のひとつである。

 [影]は、自分がその場所にもはや立つことはない、と思った。

 本来の任務を忘れ、試験用の秘匿兵器を必要以上に人目に晒した挙げ句、想定以上の人的被害と、新兵器を想定外に損傷をさせてしまった責任を、組織から追及されるのは間違いないだろう。

「それも仕方がないか……」

 諦めが付いた[影]は、改めて部下に下知をする。

「これまでの命令は撤回する。本任務を放棄、我々は撤収する。だが、後顧の憂いを立つためにも、ウーゴ砦だけは攻撃する。目標は、砦の対空武器ならびに、追撃してくるバイソール型鉄甲騎二騎……」

 ようやく元の指揮官に戻った事で安心したのか、覆面達はこれまで同様、きびきびとした動きで準備に入る。

「総員、戦闘準備に掛かれ!!」



 バイソールの上げた狼煙は、ウーゴ砦にも届いていた。

「空襲警報!……対空防御準備、噴進弾と噴進銛を所定の各所に配置!」

「市民を郊外に避難させろ!」

 砦では、守備隊による迎撃準備が進められた。これは既に想定されており、住民の避難も含めて滞りなく行われた。

「……相手はこれまで見てきた飛空船ではありません。どんな動きを見せるか未知数ですから、臨機応変に対応して下さい」

「お言葉ではありますが……」

 シディカの指揮で対空兵器が砦のあちらこちらに別れて配置される様子に、補佐官が口を挟む。

「対空兵器をこのように、バラバラに配置されたのでは、指揮系統に問題が生じるのでは?」

「それは覚悟の上です。しかし、巨大な飛空船と違い、どのような動きをするか不明すぎるのも確かです。指揮に関しては、偵察隊にお願いして野戦電話を繋いで貰いました」

 当然、有線である。

 その言葉が終わると同時に、シディカのいる外殻塔に、電話線が繋がれた六台の電話機が運び込まれてくる。

「可能な限り邪魔にならないよう線を配置しましたが、くれぐれも兵に、電話線を蹴り切らないよう言い聞かせて下さい」

 それだけを言うとシディカは印を組み、暫し瞑想した後「……転移!!」と、念を込める。その直後、受話器が一斉に浮かび上がり、周囲では複数の万年筆とメモ帳、そして弾道計算尺が宙に舞い始める。

「また無茶なことを……」

「大丈夫、初弾だけです」

 心配するアガルにそう言いながらも、シディカは呟く。

「今度の予算会議で、自動計算機の購入を検討して頂こう……」



「ウーゴ砦砲台の射程距離に入りました……」

 報告を受け、[影]は頷いた。

「総員、配置に付け。有視界による索敵を怠るな。砲弾、噴進兵器、鉄甲騎、どれ一つ身逃すな……ウキツボ、〈戦闘機動〉に移行せよ」

 下知を受け。操舵士と機関士が慌ただしく操作を始める。

「ウキツボはこれより、〈戦闘機動〉状態となる。各員、衝撃に備えよ……繰り返す……」



「焔玉機関回せぇ!」

 格納庫でも、機関士や操縦士が発進準備に入っていた。

「そうは言っても、鉄甲騎は全部修理中ですよ!」

 ヘルヘイの叫びに、ドルージは怒鳴り返す。

「相手は鉄甲騎じゃねえ!……あの光の弾が何であれ、砲撃であるなら、大盾で防げばいい。その後ろから投擲津鎚を投げるなら、今の機体でも十分出来らぁ!」

 ドルージは無駄に修理をしていたわけではなかった。

 鉄甲騎の楯は機体の装甲と同じく心象具現で錬成されており、例え龍の息でも簡単には貫けない。それをようやく動けるリストールに持たせ、こちらも物を投げられる程度に修理したバイソールを守り、その影から投擲鎚による攻撃を行おうというものだった。

「来ました!……ドンブリです!!」

 双眼鏡を覗いていた機関士が叫ぶ。

「よし、戦闘開始だ……とにかく奴を市街に一歩も入れるな!!」


 外殻塔でも、当然ウキツボの姿は捉えられていた。

「敵、浮遊機械見る……距離、約七百メートル、高度、三十メートル……」

「距離、、高度共に計算通りです……しかも、わざわざ砲の仰角内に入って頂けるなんて、不気味なくらいです!」

 シディカは、伝声管に向けて声を張り上げる。

「これより戦闘を開始します。各砲門、撃ち方はじめ!」

 下知により、砦の生きている四門の七十五ミリ砲が斉射、轟音と衝撃で砦を振るわせながら、四発の遅延弾頭が浮遊機械めがけ、言葉通り矢のように飛んでいく。

 だが、それは命中することはなかった。ウキツボは砲弾が命中する直前に急上昇し、飛来する砲弾全てを回避しきったのだ。しかし、シディカはそれを見越して遅延信管による時間差爆発での攻撃を試みていたのだが……

「……あれを、避けますかぁ?」

 四発の爆発を見事に躱し、ウキツボは挑発するかのように、ゆっくりとした速度で砦に向かってきた。

 それでも、シディカは諦めていない。

「こっちの弾道を計算していたのは流石ですねぇ……しかぁし!!」

 それはシディカにとっても想定範囲内だった。

「一番から四番の対空攻撃、開始!」

 今度は浮く受話器を通じた下知に、砦の四方に隠されていた無数の噴進弾が火を噴き、流星雨の如くウキツボを狙い撃つが、これも全て、右に左へふわふわとした動きを見せ、全て避けてしまう。

「なんの……五番から六番、放て!!」

 噴進弾の遅延爆発が収まらぬうちに発射さた噴進銛の攻撃こそが、本命だった。こちらは砦ではなく、両側の崖から撃ち出されたのだ。

「これは予想していなかったでしょう……」

 しかし、それさえも回避された。一気に地面すれすれまで下降し、全ての噴進銛がその上を通過してから再度上昇したのだ。

 敵は予想していたのでなく、明らかに撃たれてから回避運動を取っていた。

 ウキツボは、必中を約束されたはずの対空攻撃を、まるで宙を舞うような機動を披露し、全て躱しきって見せたのだ。

「あの機械は、それほど即答性が高いの?……それとも、こちらを上回る砲撃……いえ、未来予測でも可能とでも云うの……?」

 準備万端の対空攻撃が全て破られたシディカは、見かねたアガルが次弾装填の指示を行うまで、茫然自失となっていた。

「か、各砲台はそれぞれ各個に攻撃を再開、味方の鉄甲騎が到着するまで、敵を釘付けにしてくださいっ!!」

 だが、その命令に対し、砲兵が悲鳴のような返答を返してきた。

「駄目です! 敵はこちらの仰角より高い位置に上昇しています!」


「戦闘起動終了、各部、冷却に入ります……」

「まずは凌いだか……流石、魔導師の予測射撃は正確だ……」

 船橋、[影]の周囲では覆面が各部機能の点検を急いでいた。

「……だが、このウキフネは、低空を辛うじて漂うだけの飛空船とは違う。これは我々の祖先が遺した前文明の英知によって建造された、本物の飛行機械なのだ!」

 自慢げに語る[影]に、有視界で索敵していた覆面の一人が報告する。

「間道よりバイソール二騎、見る。充填開放中と思われます」

「電光砲は使用可能か?」

「もう少し調整に時間が掛かります」

「ならば……戦闘機動の再使用は可能であるか?」

「短時間であれば……その後は少し時間を置かないと……」

 それを聞いた[影]は、少し考え、指示を出す。

「戦闘機動に移行せよ。鉄甲騎から距離を取り、死角への侵入を阻止せよ」

 下知をした[影]は、頭巾の下でほくそ笑む。

「その後の対策であれば、思いついている……」



 ウキツボの驚異的な機動力は、間道から街道へと飛び出したバイソールにも見えていた。

「砲撃を全部回避しただと!?」

「鉄甲騎の攻撃は回避しきれまい……出力を脚に回せ、一気に跳び上がる!」

 充填開放中のバイソール二騎は、城壁の前で左右に分かれ、浮遊機械に対して、こちらも浮遊現象を利用した高々度跳躍を敢行する。

「叩き落とす!」

 跳躍したバイソール二騎は、空中の敵めがけて一気に飛び掛かる。

 だが、ウキツボは信じられない機動力を発揮し、跳躍した鉄甲騎の下に潜り込むように攻撃を回避してしまう。

「これを避けるかぁ!?」

「まずい、こっちは自在には飛べない!」

 意表を突いた動きに翻弄されたバイソールに向け、回り込んだウキツボは、モミジを釣り下げたものと同じ、蛇腹で繋がれた長細い機械腕を射出する。

「うわあぁ!!」

「しまった、捕まった!」

 空中にぶら下げられたバイソールは、人形のように弄ばれてぶつけられた後、地面に放り投げられる。

 その衝撃は相当のもので、例え錬成で守られた操縦室と云えど、操縦士と機関士は気絶のひとつもしているであろう。


 鉄甲騎を退けたウキツボは、改めてウーゴ砦に向けて飛行する。

「各砲台と噴進兵器の発射準備急いで!?」

「来るぞ、鉄甲騎隊、投擲鎚、構え!」

 シディカとドルージがそれぞれに下知をする中、疾風怒濤、ウキツボは素晴らしい速度で砦を一気に飛び抜け、やがて郊外上空で、停止する。当然そこには、市街から避難を続ける人々の姿があった。

「一瞬で市街まで入り込みやがった……」

 鉄甲騎に攻撃準備をさせていたドルージが嘆く。そしてシディカも、

「これじゃ、砲撃は出来ない……」

 と、状況を知り、愕然となった。



「……戦闘機動から通常巡航に移行……これで、守備隊の砲撃は完全に封じました」

 ウキツボ船橋では、覆面達が機器の点検を始め、また、別の覆面は受像器にウーゴ砦の見取り図を写す。

「……先程の戦闘に於ける守備隊の対空兵器の配置は判明したか?」

「はい、砦敷地内の各所四基に加え、側面、崖の上に二基、計六基が確認できました」

 その言葉と共に周辺機器が操作され、画面上の図面に対空兵器の位置を表示する。

「……よし、ウキツボはこのまま住民を楯にして滞空……飛翔装置の冷却と点検の後、電光砲でそれらの攻撃手段を破壊する」

 ウキツボの程近くには、混乱しながら避難を続ける人々の姿があった。


「どうにかならぬものじゃろうか……」

 街に戻り、人々の避難を誘導していたアリームが、上空に飛来したウキツボを見て呟く。さしもの[老いた冒険商人]も、どうにもならない事態があるのだろうか。

 人々も、再び目の当たりにした[ドンブリ]に、怯えるばかりである。

 アリームの傍では、子供達が彼の袖を引き、

「サクラブライは……来てくれるの?」

 と、哀しげな目で老商人を見つめていた。

 だが、傍らに控える老いた執事だけは落ち着き、物静かに何故か砦の方角を見つめていた。

「……大旦那様、こんな時こそ、人々は英雄の到来を求め、そして、その期待に答える英雄が現われるものです……」

 ムジーフがそう言った直後……

「待ちなさい!」

 と、少女の澄んだ……そして力強い声が、ウーゴ中に響きわたる。

 アリームが、ムジーフが、そしてウーゴの人々が声の主を捜す。

「……あなた一体何様のつもりですか!?……変な機械で人を怯えさせ、傷つけて……世間様に顔向けできると思ってるんですか!?」

「嬢ちゃんか……!?」

 声の主は、ウーゴ砦の内壁に立つ、双刃の槍を携えた巨大な紺色の鎧武者であった。

「……これ以上悪さをするなら……」

 この決め台詞に、人々は希望を蘇らせる。

「……お姉さん怒りますよ!!」

 その言葉の直後、ウキツボを指さす鎧武者の無機質且つ怒りの目が紅く輝き、同時に、これまで桜色に光っていた前立ての勾玉が、その目と、いや、モミジのツノと同じく、鮮やかな真紅に輝いた。

「サクラブライだ、サクラブライが来てくれたぞ!!」

 街の人々だけでなく、シディカ、ドルージも、砦の兵とともにサクラブライを見上げていた。

 モミジとナランはウーゴにとって、最後の希望となったのだ。





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