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モミジ立つ

 

 砦を出立したイバン率いる囮隊は、南に延びる間道に入り、敵方の指定する地点へと向けて進んでいた。

 岩場を乗り越え、樹林を掻き分けながらの進軍は容易ならざるものではあったが、元々は兇賊とドルトフ軍も使用していた道ではあるので、前進そのものは不可能ではなかった。

「相手は、約束を守るでしょうか……」

 随伴する騎兵の不安はもっともであると、イバンも感じている。

「我々とて、守っているわけではないからな……シディカの読みが正しければ、おそらく敵は人質を同行させないと踏んでいる」

「何故、そう言い切れるのです?」

「我々がこうして救出部隊を編成しているからだ」

 笑って告げるイバンに騎兵が驚く。

「それじゃ、見破られることを承知で別働隊を組んだんですか!?」

 慌てる騎兵をイバンは平手を上げて制する。

「奴らはいきなり人質を殺すような真似はしない。勝負の前から手札を捨てるようなものだからな。人質が無くても取り戻せるなら、最初からそうしている筈だ」

「確かに……不可解な兵器を持ちながら、このような策に出ると云うことは、数の上での戦力はそれほど多くないと考えるのが妥当かと……それなら、このような策に出なくとも、我が軍が数で押してしまえば……」

「それを封じるための人質だ。すぐには命を奪わないとはいえ、いよいよとなればわからないものだ。

 我々は出来る限り交渉を伸ばし、敵の注意を惹き付ける。知られてはいけないのは、救出部隊の存在ではなく、襲撃の時間だ。

 救出部隊からの狼煙が上がれば、我々もこの場の敵を退け、拠点に駆けつけたいところだが……」

「地の利が奴らに味方しているのが、厄介ですね……」

 兵の言葉通り、交渉の舞台は敵が用意したものである。警戒は怠らないものの、夜間と云うこともあり、圧倒的に不利であることは否めない。

 また、別の騎兵からはこのような不安も告げられる。

「別働隊の方に鉄甲騎を回さなくとも良かったのでしょうか……奴らが拠点に複数の鉄甲騎を備えていた場合、砲兵の噴進兵器だけでは対応しきれないかと……」

 その事は作戦会議でも指摘されていた。

「……それに関しては、おそらく敵は、この地に鉄甲騎を何騎か差し向けてくると予想している。何せ、こちらが運搬してきた鎧と機体を運ばねばならないはずだからな。片方は浮遊機械が運ぶとして、もう片方は二騎以上の鉄甲騎でなければ運ぶのは苦労するだろう」

「敵が、予想以上に数を揃えていたら……」

「今、それなりの数を揃えているのであれば、この前の襲撃時にも使用していたはずだ。仮にゼットスが隠し持っていたとしても、尚更、砦攻略の時に使用していたはずだ。温存していたにしろ、もはやそれほどの数はいないだろう」

 それでも騎兵の不安は尽きない。

「しかし、敵が一騎でも守りに残していた場合は厄介です」

「一騎なら、正面から相手にしなければ、騎兵なら対処は可能だ。特に脚甲騎であれば、撹乱して操縦者に動揺を与えれば、転ばすことも難しくはない」

 イバンの言葉は理屈でしかない。動揺するのは、巨大な動く鉄巨人を目の当たりにする騎兵の方である。だが、戦場では味方の鉄甲騎がいない場合でも、騎兵が戦わねばならない状況は往々にして起こることであり、その対処法を常に考え、訓練しているのも確かであった。

 問題視されているのは、浮遊機械の存在である。もし、人質が内部に捕らわれ、その上で戦闘になったら、騎兵では対処策はない。

 いや、緊急の対処策は用意している。

 それは、イバン以下、数名しか知らない。

 ――その[命令]が実行されないことを願いたいものだ。

 その時、

「集音器に駆動音有り。前方に鉄甲騎と思われるもの多数接近。数不明……」

 先頭、サクラブライを運ぶリストールから、拡声器による知らせを受けたイバンは、すぐさま全軍に戦闘態勢を取らせる。

「来るぞ……油断するな、周囲に目を配れ!」

「慌てなさんな……奇襲なんて掛けねぇからよぉ……」

 まるでイバンの号令に割り込むかのように、拡声器を通したゼットスの声が森の中に響き渡る。その直後、周囲が眩しい光によって照らし出される。それは、前方の木々を押しのけるように姿を現わした、三騎の鉄甲騎から伸びる投光器の輝きだった。

 出現した鉄甲騎は、[スクラップの寄せ集め]を絵で描いたような代物であった。三騎の内、二騎は人型を留めているものの、左右非対称の装甲(とは呼べない外装)、整備不良に依ると思われる雑音混じりの駆動音から、機種は間違いなく再生脚甲騎であり、驚異と呼べる性能を持っていないのは確かではあろう。

 だが、イバンには残り一騎――通常の鉄甲騎よりも大柄の上半身を持つ機体が気になって仕方がなかった。まるでお伽噺の[動く鉄の像]のような、あるいは、〈ギガス〉と呼ばれる巨人のような、頭部を持たず、上半身に対して異様に小さく見える脚部からすると、やはり脚甲騎ではあるのだろうが、おそらくはその体格通り、高出力の機関から繰り出される膂力は侮れないものがあるだろう。

 明るい昼間に目の当たりにすれば、おそらくは[影]と同じ感想を抱くのであろうが、月明かりに照らされた姿は、イバンの……守備隊の目には不気味な怪物に見えた。

 それでも、イバンにとって不安要素のひとつとなったのは、それらの脚甲騎でなく、やはり浮遊機械の不在であった。此処にいないとすれば、拠点に居座り、別働隊を迎え撃つか、あるいは、人質を連れて飛び去っているかのどちらかであろうから。

 バイソールを間道の入り口で留め置いたのは、浮遊機械がウーゴないしウライバに直接、向かった時に備えてのことであった。

 そしてもうひとつの不安は、ゼットスが交渉相手であると云うことだ。

 そのゼットスは、その巨大脚甲騎の胴体、その天辺に座り込んでいた。頭部の代わりに備え付けられた逆光で影となってはいるが、傍らには二人の縛られた女性が立たされているようだ。

「久しぶりだなぁ……イバンの大隊長殿さん……」

「やはり貴様が絡んでいたのか……ゼットス!」

 声を張り上げながら、イバンは手を翳して合図を送り、部隊に戦闘態勢を取らせ、それにより、鉄甲騎が焔玉機関をフル回転させる。

「俺さんが[影]さんの名代だ……今日は俺さんもお使いの身なんでねぇ」

 激高し、鉄甲騎の音に負けない声で叫ぶイバンに、音回りの酷い拡声器で答えるゼットスは、立ち上がり、プロイと思われる女性を前方に押し出す。

「さ、王女さんと侍女さんを殺されたくなかったら、ブツを置いてさっさとお帰りあそばされちゃぁ、くれませんかねぇ……」

 ――逆らえば、ここから落とすぞ!!

 そう言いたげなゼットスに、イバンは怯まない。

「あくまで引き渡しは、両名の無事を確認し、身柄を引き取ってからだ。出なければ、渡せん!……それと、殿下とプロイの声が聞きたい」

 イバンの要求には、ゼットスも声を荒げる。

 「冗談じゃねぇ、こっちは約束通り連れてきてるってぇのに、手前ぇらは要求するブツの内二つしか用意してねぇ……でけぇ小娘さんはどうした!?」

 自分の声で起こした音回りに耳を塞ぐゼットスを嘲笑いつつ、イバンもまた、毅然とした態度で答える。

「……我が国は恩人を売り渡したりはしない。それに、人質二人に対して要求するものも二つ……寧ろ、これで対等なのではないか?」

 「手前ぇ……!?」

 イバンの屁理屈とも言えない言葉は、ゼットスを更に苛立たせる。

「こっちは手前ぇの国の王女さんを人質に取っているんだぞ、ものの価値が違うんだよ!……大体なあ、こっちはこの娘さんに……」

 そう言って、またも耳を押さえたゼットスは、プロイらしき少女の、後ろにまとめられた髪を強く引っ張る。

 「この娘さんには、俺さんの大事な作戦を潰されているんだ……今すぐにでも八つ裂きにしてやりたいところを、王女さんと対等に扱ってやっているんだ、感謝してもらいてぇくらいだよ!」

「(お頭さん、いてぇ)」

「(我慢しろ!……作戦が台無しになるじゃねぇか)」

 プロイに化けた小男の呻きを黙らせたゼットスは、更に大声を張り上げる。

「さあ、この娘をここから突き落とされたくなきゃ、さっさとブツを置いて消え失せやがれ!」


 交渉とはとても呼べない会話が膠着状態となった頃、少し離れたところに、ウライバ本軍の装甲騎馬隊より選抜された別働隊が配置を完了させ、奇襲を仕掛ける機会を伺っていた。

 指揮を執る本軍隊長は、人質の動向に目を配っている。

「こっちに連れてくるとは……」

 ――イバン隊長の[命令]を履行することにならなければ良いが……

 本軍隊長は心の中で祈る。

 別働隊は、戦闘が開始された場合、あるいは人質に危機が迫る場合、即座に行動を起こす手筈となっている。彼等は本来、ウーゴの騎兵隊同様、甲冑で身を鎧い、騎馬による突撃を主としてはいるものの、戦術の近代化に伴い、このような野戦にも対応し、訓練を続けていた。

「……訓練の時は、歩兵どもと同じ事をさせられて気に入らなかったが、まさか、役に立つ日が来ようとは……」

 そう呟いた騎兵が、着け馴れた甲冑を軽く揺らし、具合を確認する。

「むやみに音を立てるな……鉄甲騎の駆動音で隠されているとはいえ、油断はできんぞ……」

 彼等の装備は、普段通りの西方式板金甲冑である。この手のものは大抵のものが[重い][関節が曲がらない][倒れたら起き上がれない]などの都市伝説的な迷信が付きまとうが、実際のところは心象具現化による錬成など行わなくとも、見た目より軽く動きやすいもので、登攀も出来るし、馬に飛び乗ることすら可能である。

 だが、音に関してはどうしようもない。

 また、軽くて動きやすいと云っても限度はあり、このような地形で、どのような戦術を取るか読めない兇賊に対しては一見不利なのは否めない。

 それでも騎兵がこのような場にも拘わらず板金甲冑で武装するのは、それが彼等の心情でもあるのだが、圧倒的な、特に銃の発展が途上段階であるこの世界での防御力は戦術的に有効であり、欠かせないものでもあるのだ。

 そのためイバンは、随伴している鉄甲騎にワザと大きな駆動音を立てさせているのだが……

「敵の鉄甲騎も大きな音をワザと立てているような……」


 当然ながら、ゼットスもまた、奇襲部隊を用意していた。

 こちらは樹上に部下を配置し、直上からの襲撃を準備していた。やはりその気配を可能な限り消すために、兇賊側もまた、鉄甲騎に駆動音を立てさせていたのだ。

 賊は着々と、その準備を進めていた。

 静かに、それでいて確実に、賊は鉄甲騎の付近に迫り寄っていた。

 ゼットスの号令ひとつで襲い掛かれるように。


 両者の伏兵が準備を終える頃、イバンとゼットスの交渉は、今尚、膠着状態であった。

 イバンにしてみれば、賊の拠点へと進軍する別働隊の時間を稼ぐという目的に於いては、この状態は望んでいたことではあるが、気懸かりなのは、この場に現われたプロイとミレイ王女殿下が偽物であると確信を得られないことであった。

 この場にいる人質が本物であれば、その救出を最優先とし、場合によっては作戦の変更すらあり得るのだ。

 だが、イバンは納得がいかないことがあった。

「私にはあの場にいる二人が本物とは思えない……」

「確証はあるのですか?」

 騎兵の疑問に、イバンは唸るように答える。

「いや……それでも、人質の扱いに違和感を覚えるのも確かだ。ここに来て王女殿下の顔どころか声さえ聞かせないというのは、合点がいかない。もし、ここで殿下の顔をはっきり見せ、その上で威されたなら、私とて交渉をここまで引き伸ばすのは困難であっただろうに……もしかしたら……」

「何、ひそひそ話をしてやがるんだ!? 男同士で気持ち悪いぞ!!」

 焦れたゼットスの濁声が響く。

 しかしこれが、イバンに決断をさせることなった。

 ――奴らも時間稼ぎを!?

 そう感じたイバンは、ここで勝負に出るべく、後ろに控える騎兵へ向けて、予てより決めていた、指による合図を送る。

 ――ここで狼煙を上げるのですか!?

 合図を受けた騎兵は、戸惑いの表情を必死にこらえつつ、再確認の合図を送り返す。

 本来であれば、もう少し時間を稼ぎ、拠点奇襲部隊の攻撃合図を受けてからの戦闘開始を予定していたのだが、イバンとしては、予想されるゼットス側の奇襲に対し、先手を打つ必要があると判断したのだ。

 同時にこれは、夜間故に発光弾を用いた[狼煙]を上げるため、敵の拠点にも戦闘開始を知らせる事になり、最悪、人質にも危険が及ぶことにもなりかねないのだ。

 兵の戸惑いを感じ取ったイバンが再び合図を繰り返し、それを見て意を決した兵は、長銃を空に向け、先端に取り付けられた信号弾を撃ち出す。

 空に光の花が咲き、散った。

 兇賊どもが一瞬だけ、空を見上げる。

「総員、目を瞑れ!」

 転瞬、周囲が白く輝いた。

 敵の鉄甲騎の周辺で、信号弾や投光器の輝きよりも強烈な閃光がいくつも輝いたのだ。それは、随伴する砲兵による照明弾の攻撃であった。

「畜生、汚ぇぞ!」

 予想外の攻撃に、思わず自分を棚上げして叫ぶゼットスの傍で、偽のプロイがバランスを崩して転倒、落下しそうになるところを辛うじて装甲にしがみつく。

 だが……

「お頭さん、助けてくれぇ!」

 その悲鳴は拡声器に拾われたのか、戦場に響き渡ってしまう。

「やはり偽物か!」

 確信を得たイバンが、攻撃命令の下知をするべく鉄甲騎へと顔を向けるが、

「しまった!」

 既に賊も動きを見せていた。籠から離れ、戦闘態勢を整えようとしていたリストール全騎に、網のようなものが被せられていたのだ。

 敵はゼットスの合図を待たず、照明弾が炸裂したと同時に投げつけたらしい。瞬間、目をやられていたはずではあるが、目標が大きいため、当たりを付けて投げつければ、網を被せることくらいはどうにか出来るようだ。

「また、この手かよ!?」

 それは、ウーゴ砦攻防戦の時にやはりゼットスが用いた手段であった。前回とは違い、万全の機体である為に劇的な効果は得られないものの、敵がこちらの閃光弾から立ち直る時間を作るには十分と云えただろう。

 状況を見たイバンは、すぐに次の指示を出す。

「直上警戒、敵は木の上にいるぞ!」

 その直後、頭上から銃声が鳴る。

 照明弾の影響か、放たれた弾丸は命中することはないものの、騎兵を慌てふためかせる効果は充分にあった。

「落ち着け! 兵も鉄甲騎もこちらの数は上だ、体勢を立て直して一気に押し切るぞ!」

 イバンの下知に奮起した騎兵はすぐに動きを見せる。

 銃声から敵の位置を推察し、その銃弾を躱すべく木々や草の影に身を隠す。銃撃に対しては全身を隈なく覆う甲冑による防御は有効ではあるが、敵の所在が確認できるまでは、万全の態勢を取ることは必要である。

 一方、照明弾の効果を確認した装甲騎兵は、本隊の頭上に展開する敵に対応すべく前進を始めるものの、敵の脚甲騎によって行く手を阻まれていた。これらの機体もまた、照明弾に目――撮像器をやられていたはずであるが、鉄の巨体が腕をめちゃくちゃに振り回し、出鱈目に駆け回る状況に、手も足も出せなかった。

「味方のリストールは何をしている!?」

 目を向けると、リストールはどうにか網を破り、二騎が目の前の巨大鉄甲騎に、一騎がもう一方の脚甲騎へと挑みかかっていく。

 そして残り一騎が騎兵を援護するべく、暴れる脚甲騎へと向かって来ているのだが、その頭上に再び網が被せられ、動きが封じられた。

 見ると、他のリストールにも同様に網が被せられていた。

「さっきからしつこいぞ!」

 騎兵の一人が、樹上を飛び回る人影を発見する。

「ビョウがいるのか!?……身軽な猫人がいるとなると、厄介だぞ!」

 そう言いつつ、頭上を飛び回る亜人に銃を向け、狙いを定めるも、月明かりの元、その言葉通り、軽々と枝から枝を逃げ回る存在に照準を合わせるのは困難であった。

 その中にあっても、イバンは慌てることなく指揮を執り続ける。

「網を被ったままでいい、こちらも木々を薙ぎ倒して樹上の奴らを脅かせ!」

 下知を受けたリストールが、自らに被せられた網を破りながらも、手近な木々に次々と体当たりを仕掛ける。

「ひいぃぃ―――!?」

 まさに[目には目を]である。暴れる鉄甲騎の猛攻を前に、幾人かの樹上の賊が地面に落下、ビョウさえも悲鳴を上げて逃げ回るのが精一杯となった。

 妨害を排除し、網による撹乱を振り切ったリストールは、改めて、騎兵を襲う脚甲騎に挑み掛かる。

「いいぞ、そのまま蹴散らせ!」

 味方を鼓舞するイバンにも危機が迫る。

 不意を打ち、三つの影が騎乗のイバンに襲いかかってきたのだ。

「なんの!?」

 イバンは馬に屈撓の姿勢を取らせ、嘶きと共に振り上げた前足の横薙ぎにより、襲撃者を牽制する。

「おっととと……危ねぇ……」

 それは、ゼットスだった。先程までプロイとミレイに変装していた部下二人を引き連れ、自ら襲撃を仕掛けてきたのだ。

「存外、やるじゃねぇか。鉄甲騎に乗らなきゃ、なんにも出来ないのかと思ったぜ……」

「これでも大隊長だからな……馬術の一つも出来なきゃ、部下に示しが付かないものでね……」

 ゼットスの嫌みに、余裕の言葉で返すイバン。


 銃声と剣撃、そして鉄甲騎の激突の中、両者の大将が睨み合っていた。



 ウーゴ郊外、ナーゼル家邸宅の片隅にある天幕の中――

 モミジはただ蹲っていた。

 時折、その姿勢のまま、静かに、それでいて転がるように横になる。

 落ち着かないのか、何度も向きを変え、手足を天幕いっぱいまで伸ばし、そして上半身を起こして……また蹲る。

 午後になってアリームとダンジュウが砦に出掛けてから、長い時間が経過していた。

 ――お二人のことだから、助けに行くつもりなのだろうけど……

 そう考えると、居ても立ってもいられないモミジではあるが、

 ――隊長さんは『助けはいらない』って、言っていたから……

 そう考えると、今度は身体が動かない。

「追い返されるに決まってます」

 思わず口にしてしまう。

 それにしては遅すぎる二人の帰りが気になって仕方がなかった。

 既に日が落ち、灯りを付けてくれたムジーフ以外は、訪れる者もいない。

 苛立ちが積り、寝転んだまま拳で地面を叩こうと振り上げるが、やめる。

「私は、何をしているのでしょう……」

 声に出してしまうのは、寂しさからであろうか。

 天幕の片隅に掛けられた永久ランプの明かりが唯一の慰めであった。

「もう、敷物の代金なんてどうでもいいから、今すぐお山に帰ろうかな……」

 そんなことを呟いたその時、ムジーフが外から声を掛けてきた。

「モミジ殿、お客様です……」

 静かだが、それでいて巨人の耳にも届く声に続いて天幕が開かれたその時、異形の少女が言葉通り飛び込んできた。

「モミジぃ―――!!」

 翼を広げたセレイは、戸惑うモミジの胸に飛び込み、しがみついた。

「お願い! ナランを助けて……ナランを……」

「え、と……せ、セレイ、さん?……まずは落ち着いて?……」

 モミジは自身の胸元で、涙目で訴える小さな翼人の少女を宥めようと、両手で包むように抱く。

 セレイとは、プロイ共々、〈慰霊の宴〉の時に会って以来である。

 モミジに助けられたことに感謝し、セレイは色々と話し掛け、プロイは深々と頭を下げていた。そんな二人の姿に、自分がかえって恐縮したことを覚えている。

 本当は、二人ともっと話したかった。だが、セレイも、そしてプロイも王女殿下に勲章を授与された身であり、あっという間に同世代以下の子供たちに囲まれてしまい、それきりであった。

 その一人であるプロイは今、王女と共に誘拐され、もう一人であるセレイは、自分に身を委ねて泣いていた。

「あの……ナランさんに何が……?」

 落ち着いたところで、セレイを胸に抱いたまま優しく話し掛ける。

「……ナランは、ダンジュウのおじさんと一緒にプロイと……姫様を助けに砦を出て行っちゃった……」

「え?」

 その時、天幕の入り口で一部始終を見ていたムジーフは、モミジの膝が反射的に浮いていることに気付いていた。

 だが、モミジの心は身体とはうらはらだった。

 ――私に、何をしろって言うんですか……

 立ち上がろうとしたモミジは、ここで思い留まるが、それでいて、再び座ることもない。

「セレイさん……ナランさんの事なんですけど……」

 この機会に、モミジは、セレイにナランのことを尋ねてみた。特に、ナランが叫んでいた[仇]について……

「……ナランは、ここに来る前に住んでいた街が怪物に襲われて、お父さんを亡くしたんだって」

 セレイは、ナランの身の上話をモミジにも語って聞かせた。



 宴の席――

 ジマリの街に襲いかかる惨劇を初めて聞いたプロイ、セレイは息を呑んだ。

 [龍]を率いる妖術師の襲撃……

 唯一の家族である父の死……

 ナランがウーゴ砦に辿り着くまでに体験した出来事は、二人の想像を遙かに超えていたのだ。

 だが、語り終えたナランの表情は決して暗くはなかった。

「サクラブライの〈背中を預かっ〉て、僕はこの街を守ったんだ……

 ジマリで出来なかったことを……僕はこの街で出来たんだ。

 もしあの[龍]がこの街に攻めてきても、今度はサクラブライが……僕がサクラブライの機関士として、モミジさんの背中を預かって戦えるんだ!」

 ナランの目は希望に輝いていた。

 [守るための力を手にした]ことが、そして、その力で身近なものを守りきったことが、この少年の心に確かな自信と誇りを与えていたのだ。

 それは、この少年が仇討ちの力を手にしたとも云える。

 しかし、今のナランは守りたいものを守りきったことで満足感を得ていたようだ。

 少なくとも、その時は……



 モミジは、性能試験に於けるナランの言動、行動に納得は出来た。

 ただ、同情は出来ても共感は出来ない。

 ――勝手すぎます!

 声にこそ出さないものの、不満で仕方がない。ナランの願望を一方的に押しつけられても困るのだ。それこそ、

 ――私はあなたの乗り物じゃない!

 モミジは気が付いた。あのとき投げつけた言葉が、やはりナランに深く突き刺さり、少年は一人で戦う事を決めたのだ、と。

「プロイが教えてくれた……お祭りの日に、寝床の中でナランが、モミジに謝りたいって何度も言ってたって……なんでかは知らないけど……」

 セレイの言葉に、モミジの膝が更に浮き上がる。しかし、何処か振り切れないでいる。

「モミジ殿は、人々が貴女を伝説の英雄と重ねてしまっていることに戸惑っていらっしゃる……」

 突然掛けられたムジーフの言葉を、モミジは無言のまま聞き入る。

「人々が求める姿と、自分との差があまりにも大きく感じていらっしゃる。だから、ご自分の[今の気持ち]を抑えてしまう……

 でも、それは、モミジ殿が『サクラブライと云う器に[呑まれている]だけ』なんです……器がどれほど大きくとも、所詮は器、サクラブライが如何に伝説の存在であったとしても、所詮はただの鎧にしか過ぎないのです」

「…………」

 思わず呆然となるモミジに構わず、ムジーフは相も変わらずゆっくりとした口調で続ける。

「……私が初めて見たモミジ殿は、事あらば、いつも真っ先に飛び出しておりました。それこそ、考えるよりも先に……」

 そう言ってモミジの今にも立ち上がろうとしている足に目を向けたムジーフは淡々と、それでいて優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。

「……ご自分の気持ちに正直におなりなさればよろしゅうございます。人の目など気にすることはありません……」

 その言葉は、モミジのこれまでの出来事、そして行動を思い出させた。


 アリームに誘われて街を訪れたこと……

 襲われたセレイを助けたこと……

 街を襲う脅威に立ち向かったこと……

 そして、街を守るためにサクラブライを着装したこと……


 ――行動には責任が伴うものです。

 母が残した言葉である。

 だからこそ、後悔しないよう、心の赴くままに――


 サクラブライの兜を脱ぎ去ったモミジは、自分が何故、戦ったのか理由を考えた。考えたけど、見つからなかった。

 当然である。そんなものは最初からなかったのだから……

 そも、モミジが戦ったのは、誰かを守り、助けるため……

 そこに考え込むような、他の思惑が入り込むような理由などなかったのだ。

「皆さんからサクラブライと呼ばれることがお嫌でしたら、名前を改めさせるくらい活躍すればよいのです。それこそ、心の赴くままに……」


 心は決まった。

 モミジは、セレイの身体を自分の顔に近づける。

「案内……してくれますか?」

 その言葉に、セレイの顔が明るくなる。

「助けに言って……くれるの!?」

「私も、ナランさんに謝らなきゃいけないと思ってました」

 セレイの目の前で、巨大な少女の顔が勝ち気な笑みを見せた。

「ムジーフさん……私に、熱した焔石をバケツ一杯、頂けませんか?」

「承りました」


 トノバ家の屋敷の窓からドルトフは、巨人の少女がツバサビトの伝令に先導され、砦へと走り去る姿を目の当たりにした。

 月明かりに照らされた、先日の肩を落とした姿とは明らかに異なる力強さを見せる後ろ姿に、敗戦の将は満足げに口を歪めて笑う。

「あれに、我が輩は負けたのであるな……」


 そして、砦に向かうモミジとセレイを見送りながら……

「……大旦那様、もしもの時にはモミジ殿をお止めしろ、とのお言いつけに反し、あべこべに焚き付けてしまい、申し訳ございません。

 ですが、私は新しい英雄譚を見てみたい気持ちになってしまいました……

 もしこの度、モミジさまが命を落とされるようなことがございましたら、この腹かっ捌いてお詫び申し上げましょう……」

 そう呟きながら、ムジーフは走り行くモミジに向けて深々と頭を下げた。


 砦に向かうモミジを見た人々は、その力強い走りに、戦いに赴くことを悟り、徐々に、そして気が付くと盛大に、熱い声援を贈っていた。

 それは、これまでモミジを苦しめ、悩ませてきたものであったが、今は、心地よく聞こえるのだろうか、それとも、耳に入っていないのか、巨人の少女は何の迷いも躊躇もなく走っていた。

 ――まずは、戦う力を取り戻します!!





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