救出作戦
「通って良し!」
ナーゼル商会の幌馬車が検査官の声を受け、ウーゴ砦の城門を抜けた。
幌馬車は、ウーゴ砦攻防戦で主戦場となった、幅八十メートルの峡谷を南に千二百メートルほど進み、騎兵隊が緒戦として激戦を繰り広げた、西に向けて曲がるL字峡谷に差し掛かかる。
峡谷を更に先へと進み、砦が見えなくなったところで、御者が荷台に向け、声を掛ける。
「そろそろ出てきても大丈夫です……」
「いや、すまんな……」
その声と共に、貨物の隙間にある床の隠し扉を開けて出てきたのは、ダンジュウ、そしてナランであった。
ダンジュウは、いつもの装束から虎革の陣羽織を脱ぎ、襷掛けに籠手と臑当、太刀と脇差のみという、小具足姿と呼ばれる軽装だった。理由は、甲冑着装姿では隠し部屋に入ることができず、具足や槍を貨物に隠していた場合、検査官に発見される恐れがあった。
「盗賊除けのために作らせた隠し金箱……こんな危ない橋を渡るために使う羽目になるとは……」
迷惑そうに呟く御者に、ダンジュウは「白々しい……」とは言いながらも一応感謝し、ナランは一言、「ごめんなさい……」とだけ呟いた。
少し前――
「少年、ちょっと来い!」
砦の入り口でダンジュウ、アリーム両名に捕まったナランは、気を利かせた二人によって、兵の目が届きにくい物陰に連れ込まれた。
「少年、お主、二人を助けに行くつもりだな?」
ダンジュウにそう問われ、ナランは暫し沈黙していたが、やがて真摯に見つめるサムライの瞳にしっかりと視線を合わせ、一度だけ、はっきりと肯定の意志を伝えるように頷いた。
「だからって……子供一人で出て行ったところで、どうにもならないではないか……」
呆れるアリームではあるが、自らも子供時代に似たような経験をしているためか、その気持ちは理解しているつもりであった。
――あの頃のワシも、こんなじゃったの。
焔玉機関始動のため、少年が戦うモミジ――サクラブライの元に駆け寄り、背中によじ登ろうとしたときの光景が思い出された。
ナランの目を見たアリームは、この少年が本気であることを知る。こうなっては、何処かに閉じ込めるか、あるいは、本懐を遂げさせるしか無いだろうと云うこともわかっていた。
「お願いします……黙って僕を行かせて下さい」
ナランは静かに、それでいてはっきりとした口調で告げた。
かつてドルージに弟子入りを懇願したときのように、口上を、理由を、そして言い訳を一言もしゃべらず、ただ、ただ、ひたすらに「行かせて下さい」の一点張りであった。
不器用ではあるが、確実に強い意志は伝わってきていた。
そんなナランの顔を凝と見つめたダンジュウは、一言だけ問うた。
「サクラブライの……モミジの力を借りようとは、思わなかったのか?」
その言葉には、ナランは俯いた。
「僕には、サクラブライに乗る資格は……モミジさんの〈背中を預かる〉資格はありません……」
この時、評価試験の終わりにモミジが叫んだ言葉が蘇った。
――私はあなたの乗り物じゃありません!
機関士にとっての〈背中を預かる〉という言葉の意味は、ダンジュウも知っていた。そして、モミジのあの時の言葉は、ナランの心にかなりのショックを与えていたということも気付いた。
そんなときに起きたのが、夕べの事件である。
おそらく今のナランにとって、自分の中にある誇り、自信、尊厳、自分が何者であるかを示す全てが、二人を自分の手で救い出すことでしか取り戻せないと感じられているのだろう。
奇しくもダンジュウ自身、国元を出奔した少年時代を思い出していた。船に密航して大陸に渡り、剣ひとつで世の中を渡り歩くと豪語し、野垂れ死にそうになった挙げ句にサクラという巨人に助けられた、あの頃を……
暫し腕を組み、考え込んだダンジュウは、やがてナランに告げる。
「わかった。もう止めたりはしない……その代わり、俺も着いていくぞ」
「え!?」
「なぬ!?」
突然の申し出に呆気にとられる二人を余所に、ダンジュウは、
「……大旦那、アンタのところなら、抜け荷を詰め込む馬車のひとつくらい持っているだろ」
と、勝手に話を進める。
「抜け荷とか、言い掛かりも大概にせい!
……など言っとる場合じゃない、お主、本気なのか!?」
「どうにも放っておけなくてな……」
それについては、正直なところアリームも同感だった。
「しかしのぅ……砦に迷惑が掛かるじゃろうが……」
「ここで問答をしている場合じゃねぇ。どのみち、俺たちは元々勝手に動く気満々なんだ。それに少年を加えただけの話だろが」
「だから、その少年を巻き込むなど……ええい、勝手にせい!」
ダンジュウの理屈にならない言い訳に呆れながらも、アリームは事の準備を始めた。
砦からの死角に入り、間道の入り口に向けて速度を増した馬車の荷台では、ナランが大きな溜息をついていた。
「どうした、少年」
「……僕は、一人で助けに行くつもりで勇んでいた。でも結局、二人を助けるどころか砦を抜け出すことさえ出来なかった。
僕は、ダンジュウさんの申し出を断る勇気さえなかった……」
そんな少年の肩に手を乗せたダンジュウ。
「一人で突っ走るのも勇気がいるが、人に頼るのも、存外勇気がいるものだ」
「結局、人は一人では何も出来ない……」
「それは少年、お主が一番よく知っているはずではないか?……
鉄甲騎って奴は、操縦士と機関士の合力を以て動かすもので、お主はその機関士なんだからな……」
「……まだ、見習いですけどね」
ほんの少し、わずかの時間だが、少年に笑顔が戻った。
やがて馬車は、岩の間を曲がりくねる間道に入り込む。この前まで巧妙に隠されていた入り口は、探索のために広げられ、すっかり露わになっていた。
元は敵勢力が使用していた抜け道であるため、本来であれば歩哨でも立てておくのであろうが、慢性的な人手不足もあり、入り口は鎖が掛けられているだけだ。
馬車が止まり、御者が振り向かずに言った。
「あんたらには、ここで降りて頂きますよ……大旦那様のお言いつけでも、命までは捨てたくねぇんで……」
投げ捨てたような言葉に、二人は馬車を降りる。
鎖を潜り抜け、先へと進む前に、一度だけ振り返ったナランは、深々と頭を下げる。その態度を、御者は申し訳なさそうな顔で見返した。
――こんな子供が、わざわざ人の為に死にに行くことなんかねえのに。
二人を降ろした馬車は、街道を先へと進んだ。
「後は、大旦那に言われたとおり、ホドにでも行って、一晩ほとぼり冷ましたら、帰るだけだ……」
これで賞与が貰えるのだから、楽なものである。
しかし、御者の脳裏に、間道の奧へと赴くナランの後ろ姿が消えることはない。
――明日には、すべて終わっているといい。
そう、思った。
――あの少年が、無事に帰ってくるといい……
そうも考えた。
同じ頃――
砦では救出作戦の準備が着々と進められていた。
「俺は何をすればいい」
格納庫に現われたドルージ機関士長に、機関士達は驚き、身を強張らせる。
恐々する機関士達に、ドルージはこれまでになく穏やかに、まるで何かを吹っ切ったような顔と声で語りかける。
「もう暴れりゃしねえよ……機関士長としてやるべき事をやるだけだ」
そう言ってドルージは、格納庫内を見回した。
「で、俺は何をすればいいんだ? 会議に出して貰えなかったから、作戦内容がまるでわからねえんだ……」
一見その言葉は戯けているようであったが、ドルージの表情は真剣そのものだった。
――俺が出来るのは作戦が成功するよう、後ろから支えることだけ……
部下からの報告を受けつつ、ドルージは自分の為すべき事を始める。
――俺は、機関士長なんだからな。
ここで、ドルージはこの場にナランがいないことに気付いた。
「ナランなら、朝方……」
経緯を聞いたドルージは、ナランを呼びつけようとする機関士を止める。
「あいつには、休憩が必要だ。ここは、俺たち大人が頑張るときだ」
――事が落ち着いたら、謝らなきゃな……
謝罪した上で、ナランの今後の身の振り方を考えなければならない。
そう考えつつ、ドルージは、まずは目の前の作業に集中することにした。
この時、ナランを呼びに行っていれば、機関士見習いの少年が無謀にも砦から飛び出していることに気付いたかも知れないのだが
大凡の作戦を把握した機関士長は、手際よく部下に下知を飛ばし、適切な指図で作業を進めていく。
まずはサクラブライとヘオズズを運搬するために、鉄骨を組んだ即席の籠ふたつを作成、出来上がったら、動けるリストール二機掛かりでそれぞれを積み込む。籠にはやはり鉄骨で作られた担ぎ棒が取り付けられており、これにより、鉄甲騎二騎で挟み込む形で担ぎ上げて運搬するのだ。
幸いにして、サクラブライもヘオズズも軽量であり、リストールでも二機掛かりなら余裕で運搬可能である。
出来上がった即席の運搬籠に、サクラブライが積み込まれる。その姿は、籠に入れて運ばれる咎人のようであり、哀れであった。
「これが見納めにならねえようにしなきゃな……」
見上げたドルージの言葉は、その場に居合わせた全員の代弁であった。
その隣では、ヘオズズの運搬準備も完了していた。こちらはまるで、山から下りてきて捕まった獣のような姿を晒している。
その後、別の機関士の報告により、並行して進めていた作戦参加機体の点検がすべて終了したことを知る。
とりあえず、機関士達の出来ることはひとまずの完了を迎えた。
「我々は、この後は何をしたら……」
一連の作業を終え、指示を求めるヘルヘイをドルージが怒鳴りつける。
「決まってるだろ! 今の俺たちに出来ることは、可能な限り修理を続けることだけだ」
砦の鉄甲騎を今更修理をしたところでどうにもならないことくらい、ドルージにもわかりきっていることだ。それでも、いや、だからこそ、何もしないわけにはいかないのだ……
と言うより、何かをしていなければ落ち着かないのだろう。
兵舎――
会議室では作戦の更なる調整が続いていた。
「ところで、大隊長は鉄甲騎に乗らないので?」
アガルの問いに、イバンは苦笑する。
「私は騎馬で出るつもりだ……此処だけの話、ウライバ本軍の機体は私と相性が良くないのでな」
現在修理中のイバン用バイソールは、彼の操縦技量に合わせて相当手が加えられており、通常のバイソールでは大隊長の操縦技術に反応しきれない。また、これは敵方を油断させるためでもある。
「大隊長、作戦参加の全部隊、準備整いました。点検をお願いします!」
「了解した。すぐに行く……」
この後、イバンは騎兵隊長とウライバ本軍隊長ならびに、バイソール二騎の操縦士と機関士を呼び寄せ、ある命令を伝えた。それは、皆を驚愕させるには十分な内容だった。
「全ての責任は俺にある。副隊長とドルージ殿には、決して知らせるな」
トゥルムは、これほど深刻な顔をするイバンを見るのは初めてであった。
作戦準備完了は、その日の夕方になった。
特に出陣式のようなものは行われない。そも、各部隊は別々に出陣し、現在までに調べ上げた間道の道筋をそれぞれの作戦に合わせて別々に進行しなければならない。
サクラブライとヘオズズの運搬を担当する機体は、ウライバ本軍から派遣されている脚甲騎リストール四騎。イバン大隊長率いる囮隊の騎馬十騎(ウーゴ、ウライバ双方よりの選抜)と行動を共にする。
それぞれの救出別働隊である、ウーゴ騎兵隊二十騎と、ウライバ本軍の騎馬隊より選抜された二十騎は、囮隊の出立後、現段階で判明している別ルートで進行する。
ウライバ本軍の鉄甲騎バイソール二騎は、全軍の後方――間道の入り口付近に待機、戦局に応じ、臨機応変に対応する。
また、本作戦には、セレイも回復を待って参加させる予定である。その任務は主に伝令である。今回は各部隊が距離を置いての活動となるため、飛行能力を持つセレイが頼みとなるのだ。
シディカにとって辛いのは、セレイが疲労状態であり、回復を待ち、それを命じるのが作戦開始ギリギリであると言うことだ。これは、命令伝達が遅れることで作戦への支障が出る不安もあるが、何より、セレイの体調が心配であると言うこともあった。
その副隊長シディカは砦に待機、対空を含む防衛の指揮に当たる。特に、敵の浮遊機械による空襲の際は砲撃に加え、本来は飛空船の為の対空兵器である〈噴進銛〉と〈噴進弾〉により迎撃、落とせなくとも市街への侵入を阻止する必要があった。
これら対空兵器である総称〈噴進兵器〉――所謂ロケット兵器は、見た目、威力のわりには比較的小型軽量であるため、各救出部隊にもそれらを装備させた砲兵を随伴させ、空襲への備えとした。
しかし、やはり持てる量に限りがある故に、浮遊兵器に対する要は、やはり鉄甲騎と言うことになる。
「あの機械を砦の正面に釘付けに出来れば、鉄甲騎による投擲鎚と、充填開放による跳躍力で対処は可能だと思うのだが……」
「兄上が『どうとでもなる』と言ったから、そんな程度だと思ってましたよ」
騎乗の人となり、愛用の綴り鎧の留め帯、鞐を点検しつつ、イバンがこともなく告げる言葉にシディカが呆れる。
「相手がどれほどの飛行能力を有しているかわからないのですよぉ? 高度、速度、あらゆる部分で飛空船を凌駕しています。おまけにあんな、[龍の光球]まで持っているのに……
そんな相手に、通常の飛空船と同じ対処法が通じるとは限らないんですからぁ……」
正直なところ、シディカもあの浮遊兵器の存在には頭を悩ませたままであった。対策を取ろうにも、相手の性能、戦力など不明すぎる点が多く、当然ながら、弱点などわかろう筈もない。人質を取るという時点で、敵も自身の兵器を絶対視していないことまではわかるのだが、単に過信していないという程度なだけかも知れない。
時間もなければ戦力もない、その上、人質という形で先手を取られ、挙げ句に、最大の不確定要素として立ちはだかる超兵器……この作戦は、細い糸の上を渡るようなものである。
シディカの苦言は続く。しかしそれは、副隊長としてではない、妹としての小言である。
「……それと、今日は騎馬での御出陣なんですから、せめて板金甲冑を着装して頂けませんかぁ?」
最後の言葉には、兄の身を案じる気持ちが込められていた。だが、朴念仁の気があるイバンはその思いに気付くことなく、
「心配は無用、着慣れた鎧の方が動きやすい」
と、意にも返さずウライバ様式の、面の無い兜を被る。
「シディカ……砦と市街は頼む」
それだけを告げると、イバンは囮隊に向けて出立を命じた。
敵地へと続く道――
間道に入り、馬車と別れ、しばらく岩の峡谷を進んでいたナランとダンジュウは、幾度か岩場を乗り越え、やがて木々の生い茂る深い森林地帯に差し掛かっていた。
ナランは持参した包囲磁石を取り出し、慎重に方角を確認する。
その横では時折ダンジュウが木に登り、周囲を警戒する。
二人の頭上では、すでに夕日が峡谷の影に消えようとしていた。幸い今夜は満月とは行かないまでも、雲間からの月明かりが期待できるだろうが、それでもさらに奧へと進めば視界が悪くなり、敵の拠点である寺院を探し出すどころか、砦に帰ることさえ困難になるかも知れない。
異国の武者と機関士の少年は、慎重ながらも先を急ぐ。
「それにしても、その歳でずいぶんと旅慣れしているな……」
感心するダンジュウに、ナランは振り向かずに答える。
「ジマリの街に住むまで、何年も父と旅をしていました。それと、街が[龍]に焼かれてから、一年ほど……」
その言葉に、ダンジュウは、二年前に耳にした[龍の噂]を思い出した。それは、ボナ砂漠近くにある辺境の街ジマリが[飛龍]によって全滅させられたというものであった。
――子供が生き残っていたと聞いてはいたが……
目の前の年端もいかぬ少年が潜り抜けた修羅場を想像していたダンジュウだが、ただならぬ気配が歴戦の武辺者を現実に引き戻す。
「ダンジュウさん!?」
「静かに!」
突然草むらに引き込まれた事に戸惑うナランを鎮め、ダンジュウは頭上の木々に意識を向ける。
「どうやら、俺たちが目当てじゃなさそうだ」
ナランがダンジュウの視線の先に目を向けと、高い木々の間を一瞬、枝から枝へと華麗に飛び移る何かが見えた。それが動物なのか人なのかはわからないが。
「あれが見えたなら大したものだ。ありゃ、ケモノビトだ……この辺りの言葉じゃ〈ビョウ〉とか云う猫人だな」
「森の中なら、ケモノビトが住んでいても不思議じゃ……」
「いや、ビョウは人里近くに住処を構える連中だ。狩りに出るとしても、こんな奥地に来るとは思えん……もしかしたら、敵の物見かもしれん」
ダンジュウの推測に、ナランは色めき立つ。
「じゃあ、あいつの来た方に向かえば、敵の拠点が!?」
「方角も大体あっているからな……そう考えた方がいいかもしれん」
日が完全に落ちて暗くなる前に辿り着きたい。
二人は、他の物見に警戒しながらも、足早に先を進んだ。
寺院跡――
[影]もまた、今夜の取引のための準備に余念がない。
懐から手帳を取り出し、開く。そして記帳されている自軍戦力の総数を見て、頭を悩ませる。
――まるで勝負にならない……
実際のところ、疲弊している砦よりも遙かに兵力不足である。
「勝負になるくらいであれば、面倒な人質など取りはしない……」
――やはり、我がウキツボが頼みか。
そのウキツボとて、実の所試験兵器であり、不安定な部分もある。それ故に、壊滅状態のゼットスを利用し、その上で人質まで取ったのだ。
元より、真っ向から勝負することが目的ではない。
目的はあくまでヘオズズの奪還とサクラブライの奪取、そして着装者である巨人モミジの確保であり、ウーゴ砦の攻略でも、ウライバ藩王国を脅かすことでもない。
そも、本来であれば、それすらも元は[ついで]でしかなかったのだが。
[影]は、ウルの山々を見上げる。
「ヘオズズの売却自体、元々はウルの山に眠る[遺跡]の調査の為の囮であったはずなのだが……」
[影]がゼットスに告げたように、彼等の目的は、[北の山々の調査]であった。
組織による独自の文献調査で判明した、ウル山脈の何処かにあると云う未知の前文明遺跡の存在を探り出し、その地に眠る古代科学文明の遺産を入手する事が、彼等本来の任務であった。
だが、ウル山脈の麓にあるウライバ藩王国に、自分たちの存在が露見するわけには行かない。
幸いにも、同胞が暗躍したことでクメーラに内戦が勃発、要請を受けたウライバ主力は出兵し、あとは残りの戦力の目を別の方向に向ければ済むだけであった。
そこで、ウーゴを脅かすゼットス一党に目を付け、彼等に接触、試験も兼ねてヘオズズと時限式爆弾を売り渡し、嗾けることにした
だが、そのゼットス一党はウーゴ砦に先手を打たれて壊滅状態となった。
実の所、この敗北はそれほど気にならなかった。要は長期間、ウライバの気を引いてくれれば良く、山脈に注意が向かなければ良いだけなのだ。残念なのは、彼等がヘオズズを温存したため、その試験データ蒐集が先に伸びてしまったことくらいであった。
そんな時、クメーラ王国にて暗躍していた同胞より、協力要請が届いた。それが、ドルトフ将軍の支援であった。[影]はそれを受諾、ヘオズズを使用する機会を作り、その試験データを取ることにした。
その目論見は成功するかに見えた。ところが、ヘオズズはあっけなく敗北し、ドルトフは討ち取られ、ゼットスは逃亡……混乱に乗じて遺跡調査の筈が、思わぬ展開を迎えたのだ。
しかし[影]は、敗北そのものよりも、ウーゴ砦に勝利をもたらした存在に強い興味を示した。〈動力甲冑サクラブライ〉と、着装者であり、ヘオズズと戦った巨人モミジと云う存在にである。
特に、ギガスとは違う巨人の存在に強い関心があった。高熱と水分を原動力とし、頑強な肉体と自己再生能力など……どれを取っても通常の生物とは明らかに異なる存在を、ウルにあると云われる遺跡と関連があるのではないかと推測したのだ。
巨人が北の山から現われたと云う事実も、その証拠となりうるものだった。
故に、手間を掛けてでも確保する必要があった。
[影]自身の興味でもあるが、それは同時に、組織のためでもあった。
組織の名前の意味、そして最終目的は依然不明である。
しかし、ヘオズズやウキツボに使用されている技術を見ればわかるとおり、彼等は、この世界の住人が〈前文明〉と呼ぶ古代科学文明を信奉し、蒐集し、解析し、そして、利用することを旨としていた。
そして、それらを手に入れるためならば、どんな手段も、どんな犠牲も厭わない。
それが、〈文明結社〉であった。
現実に戻った[影]は、手帳に目をやり、改めてこちらの戦力を確認する。
まず、自前の戦闘工作員が十五名。浮遊機械の運用に最低四名を割り振ることを考えると、十一名となる。これにゼットス残党二十五名を加えても、精々が三十六名。兇賊側の優れた人材は、先の戦闘で失われているようで、これではいくら自身の率いる部下が優秀であっても、当然、正面からでは勝負にならない。
続いて、ゼットスから差し押さえた鉄甲騎を視察する。
即席の整備場である石造りの大伽藍に詰め込まれた四騎の脚甲騎は、その全てが機種不明の再生機で、外装も内部も継ぎ接ぎだらけの寄せ集めであった。一騎などは外装すら殆ど無い小型の機体である。
おそらくは鹵獲機体の転売品か、何処かの地下工房で建造された非合法機体、あるいは、余所から分捕った盗品か……どちらにせよ、まともな機体は一騎もない。
いや、一騎だけ特筆すべき機体がある。それは、やたらと巨大な脚甲騎だ。背丈だけならば、鉄甲騎に匹敵し、上半身だけで見れば、凌駕さえしている。
しかし、[影]は溜息をつく。
「見た目だけの虚仮威しだ……」
地面に着くかと思われるほど長い腕の先には、物を掴むための手首はなく、代わりに、拳を模した鉄塊が取り付けられていた。
「命中すれば相当な打撃だが、あれでは自身の手を持ち上げるにも、重さで動きが鈍る……」
全身を鉄屑で鎧う、それらの巨人を見上げた[影]は、頭巾の下で満足のいかない表情を浮かべていた。
「まぁ、兇賊風情の隠し持つ機体に、希望など持ってはいなかったが……」
思わず声に出すほど不満なのは、ゼットスが温存していた脚甲騎が、予想以上に、あまりにもボロボロのポンコツだったからだけではない。実質、稼働できるのが三騎に留まることが発覚したからだ。
「ここに来て、機関士と操縦士が足りないとは……」
「しゃーねぇだろ! この前の戦闘でやられちまったんだからな!」
いつの間にかゼットスが傍に来ていた。
「あんたさんのトコから、操縦できる奴、回せないのかよ……どうせ差し押さえたんだ、自分で動かしたら、いいんじゃねえか?」
戯けた調子でからかうゼットスに閉口する[影]ではあるが、足りないものは仕方がない。
その時、ゼットスの元に一人の猫頭男が駆け寄って来た。
「ゼットスさん、砦の奴らさんがブツを担いで間道に入ってきましたぜ……
数は頭のねえ鉄甲騎が四つとお馬さんに乗った奴さんが十一……先頭はイバンの野郎さんだ。鉄甲騎じゃなく、お馬さんに乗っていやがる」
今やゼットス残党唯一の偵察要員となったこのビョウは、山を駆け回り、見てきたことを話す。
「……巨人はいないのか?」
[影]の問いにビョウは首を傾げる。自分は見ていないと言うことか。
「他には何か見なかったか?」
改めてゼットスに問われたビョウは、思い出したように続ける。
「そうそう、奴らさん、後ろにも大勢、軍隊を隠していやがるぜ……他の奴さんならともかく、俺の目は誤魔化されねえょ!」
グルズ亡き(?)後、お頭の気に入りになるべく、身振り手振りで自分の活躍をことさら強調していた言い回しに呆れるゼットス。
「だとよ……」
その言葉を聞いた[影]ではあるが、取り乱したりはしない。
「特に問題はない。そのくらい仕掛けてくる事は、想定内だ……
おそらくイバン大隊長殿は自分を囮にし、交渉を長引かせている間に別働隊で人質救出を図るつもりなのだろう……見え見えの手ではあるが、戦力の少ないこちらにとっては、痛手となる策ではある……」
そう言いつつ[影]は部下を呼び寄せる。
「我々はウキツボと脚甲騎二騎でイバン卿と対峙する。小癪な工作など無意味と知らしめるのだ。例え敵が鉄甲騎を差し向けたとして、人質がいる以上、引き下がらざるを得まい……」
「では、人質を同行させるので?」
部下の問いに、[影]は否定する
「奴らは巨人を同行させていない。よって、人質はまだ確保したままでいたほうが良い……すぐに、ウキツボと鉄甲騎二騎の発進準備をさせろ」
「しかし、ウキツボは……」
「人質の名を出し、戦闘を極力避ける」
そう言って部下を送り出した、[影]は背を向けたまま、ゼットスにも指示を下す。
「君に、働いてもらう時が来た……」
返事はない。
「ゼットス君は、ここで別働隊を待ち構え、迎え撃ってくれたまえ……君らの手下と大型脚甲騎一騎がいれば十分だろう。いざとなれば、人質を見せればよい。ただし、よほどの場合でなければ、彼女たちを殺すことは許さん。なにせ、大事な……」
そう言って振り返った時、寺院中に鉄甲騎の駆動音が響き渡る。
「ゼットス君!……どういうつもりだ!?」
「イバンさんは俺さんの獲物だぜ……手前ぇさんは空飛ぶ香炉の中で温和しく待ってろ!」
いつの間にか巨大脚甲騎の胴に登り、高笑いを飛ばしたゼットスは、自分の手下どもに腕を振って号令を出す。
「行くぜ、野郎さんども!」
「勝手なことを……私の計画をめちゃくちゃにするつもりか!?」
「無策で行くわけじゃねぇ!……まぁ、俺さんの手並みを空からでも眺めるんだな……」
外装のない小型脚甲騎を除いた三騎の脚甲騎がから強く前進し、その後から、ゼットスの残党が意気揚々と着いてくる。
「こっちにゃ、[人質]さんもいるんだ……」
巨大脚甲騎の上。
ゼットスの傍らには、、縛られた二人の――王女と侍女のような女性が、俯いたまま座り込んでいた。
恐怖のあまり、顔を上げることも出来ないようだ。
既に日も暮れ、辺りは暗闇に包まれていた……
「ナランを見ませんでしたか?」
医務室で目を覚ましたセレイが最初に言った言葉である。
「え?……兄上に投げ飛ばされて落ち込んでいるものかと……」
シディカは、作戦立案に追われ、頭から抜けていたナランのことを急に思い出す。
――そう言えば、セレイちゃんを此処に運んだのは……
「ナランでしたよ、彼女を此処に連れてきたのは……」
まるで心を読んだかのように、医務官が告げる。
それ以来、ナランの姿を見た者はいない。
セレイは、運ばれてきた際のナランを思い返す。
――行ってくるよ!
確かに、ナランはそう言っていた。
「シディカ様……ナランは、もしかしたら……」
セレイが皆まで言う前に、シディカは医務室から駆けだし、ナランが自室にいないことを見るや、今度は食堂、次は共同浴場、さらには城壁まで登り、そして最後に格納庫まで駆けていく。
当然、作業中の機関士や操縦士の中に、いや、砦のどこにも、少年の姿を見た者はいなかった。
「あいつ……どこまで勝手なことを……!?」
シディカから事の次第を聞いたドルージは、手にしていた工具を床に叩き付ける。
「も、もしかしたら、ふて腐れて街で自棄食いでもしているんじゃありませんか?」
「馬鹿野郎、今までのナランを見ていたら、そんなことする奴じゃねぇ事くらいわかるだろが!」
慌てて宥める機関士の襟首を掴んで怒鳴るドルージの脳裏に、これまでのナランの姿が浮かぶ。
それは、一途に弟子入りを懇願する姿……
または、プロイを探しに、怪物が暴れる街へと駆け出していく姿……
あるいは、爆弾を発見し、必死に伝える姿……
そして、戦うサクラブライに乗り込み、機関を始動させる姿……
これまでのことを考えれば、ナランが何らかの行動を起こすことはわかっていたはずだった。
機関士に当たるその苛立ちは、ナランに対してではなく、弟子の気持ちと行動に気が付かなかった自分への怒りであった。
「機関士長、まずは落ち着いて下さい……」
ドルージの動転を前に、先程まで取り乱していたシディカが冷静に諫める。
転瞬、ドルージは機関士を放り出して駆け出し、格納庫の入り口で隠れるように覗き見ていた、恰幅の良い人物を捕まえた。
それは、アリームだった。
「あんたか!? あんたとサムライ野郎がナランを焚き付け……唆したのか!?」
なんの根拠もない、完全な言いがかりである。
だが、アリームは何も言い返せない。と、言うより突然襟首を掴み上げられ、声を出すことが出来ないのだ。
「ドルージ機関士長!……いい加減に落ち着いて下さい!! 無関係な人に当たるなど、無礼にも程があるでしょう!」
珍しく声を荒げるシディカに、わずかではあるが落ち着き、手を離し、倒れ込んだ老人に謝罪しようとしたその時、
「すまんかった!……焚き付けるつもりはなかったんじゃ!」
「やっぱりあんたか!!」
土下座の姿勢で謝罪するアリームの襟が再びドルージに掴み上げられる。
「アリームさん……説明、して貰えるんですよねぇ……?」
今度はシディカまでもが怒りの形相で老商人を睨み付ける。
気が付くと、その場の機関士や操縦士が、訳もわからずキョトンとしつつも、事の成り行きを見届けようと取り囲んでいる。
結果だけを言えば、アリームは逃げ場を失った。
観念したアリームが全てを有りの儘に伝えると、ドルージは肩を落とす。
「なんてことだ……本当にナランは敵地に乗り込んだのか……」
ダンジュウの同行があるとはいえ、いや、同行があるからこそ、ナランの行動は現実味を帯びてきたことが厄介と云えよう。結果はどうあれ、敵地に辿り着くことは確かであったのだ。
「もしかしたら、俺があいつを……ナランを追い詰めたのかもしれん……」
その場にへたり込むドルージがこれまでを思い返し、呟いたこの言葉を、もしイバンがこの場にいれば、同じ事を呟いたかもしれない。
落ち込むドルージの背に手を置くシディカも、同じ思いであった。
格納庫での経緯を一部始終見つめていたセレイは、
「少しだけ、待ってて下さい……」
と、翼を広げ、市街へと飛び立った。




