07:覚悟の重さ
大変お待たせいたしました! 堂々復活!と呼べるか個人的に疑問もありますが、本編をば!
既に更新されている部分も改稿しています!前回と終わりが変わっていたり色々変わっていますのでそちらも良ければ!
「お、おい……! 起きろ! ああ、いや……そろそろ起きてくれないか? んんぅ、違うか? あのぉ、起きてください……?」
現在、午前七時三〇分。
思い出しただけでも吐き気がこみ上げてくるほど惨い惨状を目のあたりにした昨日から明けて翌朝。カイトは特にこれと言って変わらない朝を迎えていた。
――――ある一点を除いて。
「……むぅ、むにゃに……すぅ……」
目の前で終始寝言をぼやきながらも寝息を立てているのは、一昨日の夕方、中央公園近辺の裏路地で倒れていた白髪の少女――ユリアである。
「まったく、もう少しだけ寝かしておくか」
カイトは朝食に買っておいた食パンをトースターのスリットに差し込む。表示されるダイアログに対して《OK》を押す。独り暮らし用の小さなテーブルに皿とコップを二つずつ並べて、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。
この動作自体はいつもと変わらないし、ほぼ考えないで動いているのだが、いつもより一人分多いことが何だかカイトにはむず痒かった。
カイトは一人っ子で、《北海ブロック》の両親は入学して以来、カイトの部屋には一度も訪れていない。
まして同級生が訪れて泊っていくなんて物語にありがちな青春イベントとは無縁だったため、こうして自分以外の誰かの分を用意することは新鮮な気分だった。
チン! と軽快な音を立ててトースターから食パンの三分の一ほどが飛び出す。
それを皿に移すと朝食の出来上がりだ。あとは好みで適当なジャムをつけて食べればいいから忙しい朝の定番である。
「起きろ――――っ!!」
「ひゃいっ!」
カイトの大声にユリアは目を覚ました途端、飛び上がる。
そしてカイトと一定距離を取って正座する。
大声については少々ためらわれたが、ユリアには一定以上近づけない制約があるので致し方ない。
隣の部屋の人、ごめんなさい。
「驚かせてごめんな。ほら、朝ご飯だ。食べる?」
ユリアは朝食を目の前にして何故か硬直していたが、ぐぅ……と本人よりも先に腹の虫が鳴る。恥ずかしかったのかユリアはすぐに目を逸らした。
「やっぱりお腹空いてるんじゃないか。ほら顔を洗ってきたら? 朝ご飯、食べようぜ」
ところがユリアの反応は、
「いい……」
「なんでさ。ほら、ちゃんと二人分用意したんだぞ?」
「だって、私《人もどき》だから」
「だから?」
「え……」
ユリアはカイトの反応が予想外だったのか、言葉を詰まらせる。
「《フォルス》だから、って言うけどさ。《フォルス》も《アリフィス》も何が違うんだ? こうして俺たちは普通に話しているし、昨日は君の《知識的能力》で博士は一命を取り留めることができた。そういう意味じゃ《アリフィス》よりもずっと《フォルス》のほうが優れているじゃないか。なのに、なんで差別する必要があるのかな」
「それは……」
「ね? 早く支度してきなよ。トースト、冷めちゃうよ?」
カイトの空気に流されて口をパクパクさせながら目を泳がせていたユリアは、やがてあきらめたように立ち上がり、ふらふらと洗面台のほうへ向かう。
「あの……」
「ん?」
ユリアは振り向くと小さい声で呟く。
「ありがとう、ございます……」
「うん」
か細い声はカイトには届いていなかったが、言おうとしていることは十分伝わった。
***
昨日、突然ユリアが倒れた後のこと。
「おい! ユリア! しっかりしろっ! おい、まさか力の副作用で……」
「……それはきっと大丈夫じゃないか、単に疲れが出たんだろう、なっ……あっ、痛っ!」
「博士!? 意識が戻って……?」
「ああ、これは……そこにいる子が?」
「うん……ユリアの《知識的能力》のおかげだよ」
「そうか……。感謝しなくちゃだね、その子には……ぁ、くっ!」
白木はまだ身体の欠損から回復したばかりだというのに起き上がろうとする。
「博士、まだ起き上がらない方が……」
白木は手を貸そうとするカイトを手で制して、「大丈夫だ」と言って近くの机を背もたれにする。
そうして白木はカイトと向きあったところで話を続けた。
「カイト、その子は君が連れてきたんだだろ?」
「えー……っと、長くなるんだけど。一昨日の夕方、中央公園の近くの路地裏で倒れているのを保護したんだ――――」
カイトは事の成り行きを、順を追って白木に説明していった。知りえるユリアのことについて洗いざらい話した。
倒れていたときの服装はサイズが合っていない上に、季節感がなく、とても汚れていたこと。
一定距離以上近づくとパニック障害を起こし、ユリアにはその間の記憶がないこと。
いまカイトがユリアについて解っているのは彼女の名前くらいであること。
そして、彼女にはほとんど重さがないこと。
白木はしばらく唸りながら考え事をしていたが、やがて口を開いた。
「まず、ユリアちゃんのことだけど、《知識的能力》を使ったことからも彼女が《人もどき》であることはまず間違いがないだろう」
「あ、うん。それはユリア自身も自分で認めていたことだから」
白木は頷き返す。
「カイトの話だとユリアちゃんについては名前と彼女が《フォルス》であることしか情報がない。もっとも名前についても戸籍情報を直接確認したわけではないが」
白木は続ける。
「そして彼女が起こしたというパニック障害は恐らく極度のストレスから引き起こされたバグだろう。彼女についてはもう少し経過を見る必要があるかもしれない。ユリアちゃんの年齢を考えると両親が探している可能性もあるから、そのあたりについては僕の伝手で探してみる」
「うん。助かるよ」
カイトのそんな反応に白木は何故か噴出した。
「なんだよ! おかしいこと言ってないぞ! ああ、もうっ!!」
なおもクスクスと笑い続ける白木にカイトは釈然としなかった。
「いや、何だかカイトも頼りがいのある男になってきたなって思ってさ、アハハ」
「なんだよそれ。嫌味?」
「いやいや! 全然! むしろ僕は嬉しいよ。少し寂しくもあるけどね」
「ソウデスカー」
白木はカイトが《関東ブロック》に移り住んでまもなく出会った唯一の人物である。それでも出会ってから一年五ヵ月ほどしか経っていないのだが、一年を通してカイトは白木の研究室に入り浸っていたから過ごしてきた時間は長かったように思える。
親が一度も会いに来ないのもあって、カイトは白木との距離を親のそれと近いものに感じていた。
それは白木もどうやら同じだったようだ。
白木は一頻り笑い終えると、一転、少し低めのトーンで話し始めた。
「で、カイト、この子の身元が判明するまでどうするつもりだ」
白木は目を細めてカイトを捉える。その目は静かにカイトの返事を待っていた。
今まで見たことがない白木の迫力にカイトは圧倒されそうになる。
「…………もし、俺が親が見つかるまで面倒を見るって言ったら?」
「カイト、それはちゃんとした覚悟で言っているのか? この子の親はこの子がそうである以上《フォルス》だ。最悪の場合、《決断令》によってもう亡くなってしまっている可能性もある。そうなれば彼女を守るものはカイトだけだ。ここは関東中央で《アリフィス》が多いから《フォルス》への風当たりは半端なものではないよ。そんな重荷をたかだか高校生で背負えると思っているのかい? もし無理なら最初から諦めてフォルス居住地区まで送り届けて――――」
「――――ダメだ! この子は……ユリアはあのとき、酷い格好だった。今だって身体はひどく痩せているし、パニック障害を起こすほど精神だって追い詰められてるんだ。フォルス居住地区は中央からじゃ相当距離があるし、ユリアが中央に来ていたのは考えても二日三日前の話じゃない」
気が付けばカイトは立ち上がっていた。
目の前に対峙する白木に対する緊張からかカイトの手は震えていた。
――――違う! そんなんじゃないっ! 俺が無責任な気持ちで言い出したと思われていることが悔しいんだ!
白木の物言いはいつもとは変わらず優しい。しかし、カイトにはそれに納得できなかった。
カイトは白木を尊敬している。
関東に身寄りのないカイトにとっては親代わりだとさえ思っている。
だからこそ、カイトはユリアの件で真っ先に白木を頼ったのだ。
でも、別に頼りきりになりたかったわけじゃない。
カイトはまだ子供なのかもしれない。しかし、それだけのことで跳ね除けてほしくない。
博士とはお互いに言い合って、信頼できる関係でいたかったのだ。
カイトは震える手に必死に力を込めて硬く力を込めた。
「お、俺は! 今のユリアを一人になんてできない! だからと言って他の人に丸投げするほど無責任になれない! 博士の命だってこうして繋いでくれた! ユリアは全然表情に出さないけど、きっと笑ったら可愛いやつだと思うんだ。お願いだ……お願いだよ……博士。俺はたまたま出会っただけの巡り合わせかもしれない、だけど! 俺はユリアを笑わせてやりたいんだ」
カイトは膝に頭が付くくらい必死に頭を下げた。
「わがままなのは解ってる。だけど、俺にそのくらいの責任は背負わせてほしい」
カイトは思っていること、言いたかったことを息もつかせず吐き出した。
息が上がって、思わず咳込む。
白木からの返事はない。
いま博士はどんな顔しているだろうか。
あきれてものも言えないのだろうか。
「……カイト」
「博士……! 俺……っ!」
「顔を上げなよ。カイト」
カイトは顔を上げた。
カイトの目にうっすらと温かいものが滲んだ。
白木は笑っていた。それだけでカイトは白木の答えが解ってしまう。
「カイト、お前の根気勝ちだ。男ならカッコよく責任取って見せろ! だから、泣くな」
「ははっ、任せろ……博士……っ!」
その後はユリアをとりあえずは研究室のベッドに寝かしつけ、白木と今後について話し合った。
ユリアはカイトが責任を持って世話をすること。
ユリアの身元をはっきりさせるため――カイトは未成年のため――白木がユリアの身元引受人になること。
ユリアの健康状態を把握するために白木に知り合いの医師を紹介してもらい、定期的に検診を受けること。
カイトがユリアを匿っていることは《フォルス》という体裁があるため、知り合いでも可能な限り伏せておくこと。
しかし気が付けば、カイトはユリアの身体の重さの異常について白木に話すことなくその日は終わってしまった。
読了ありがとうございました!やっと本編も軌道に乗ってきた感じですね!
次回はそう間隔を開けないで更新したいと思います!(汗)
詳しくは活動報告にて!!!