9話 ラスボス降臨
2016/03/20 一部修正しました、
私と虎太郎サンと準規君に、変装してもらったある人を加えた4人で石井邸に訪問した、虎太郎サンの実家程では無いにしろ、白くて立派な家のインターホンを鳴らすと、間伸びした優しい声が聞こえてきた。
「はい〜どちら様ですか〜」
「東條竜姫です、他にも協力してもらう人を連れてきたんですけど良いですか?」
「あ〜ありがとうございます〜どうぞ〜」
玄関からキッドを落ち着いた感じにした男の子とちっちゃな女の子に、女の子に良く似た、染めた感じの無い黒くて綺麗な長い髪の女性が現れた。
「こんにちは〜わたし、星野ひさぎです〜今日はよろしくお願いします〜」
「こんにちはひさぎさん、こちらこそよろしくお願いします」
ひさぎさんは結婚しているが、登録名が浸透しているので、芸能人みたいにそっちの名前で名乗った。
「千榎〜柊〜、挨拶しなさい〜」
「こんにちは、いしいちかです」
「……こんにちは、いしいしゅうです」
「こんにちは、柊君、千榎ちゃん」
「本当に大きくなったな、前に来た時、千榎はあんよが精一杯だったのに」
虎太郎サンが感慨深く、千榎ちゃんの頭を撫でる。いつもより優しげな顔を初めて見て、虎太郎サンも子供が好きなんだと思うと少し和んだ。
「柊も小学生か、ラジコンの腕は上がったか?」
「……うん、もう少ししたら大会に出ようかなって位には」
「ゆっくり楽しめよ、お前なら普通にやればちゃんと結果が出るから」
久々の対面で楽しく会話が出来た所で悪いけど、今回の目的は詳しい話を聞く事と、もう1つ目的がある。
「そちらの方は〜?」
「こんにちは、中里準規です、虎太郎さんと竜姫さんのお手伝いです」
「佐藤きららです、椿さんとひさぎさんに会いたくて来ちゃいましたー!」
そんな理由で良いのだろうかという心配をよそに、きららさんはひさぎさんに挨拶した。180センチ以上はありそうな長身だが、フリフリのポップな服を着て、透き通る声で元気よく挨拶すると、威圧感は全く感じられない。
「こんにちは〜、ありがとうございます〜」
こちらも怪しむ事なくあっさりと了解をしたひさぎさんだが、普通ただ会いたいと言った人を受け入れるだろうか……やっぱり抜けている気がする。
「つー君〜竜姫さんが来たよ〜」
ひさぎさんがキッドを呼び、少し間を置いてキッドが出てきた。お互いに君ちゃん付けしてるのか……このアツアツバカップルめ!
「みんな来てくれてありがとう、上がって行って」
沢山の人が入れる綺麗なリビングに通された私達は、話を聞くために準規君に柊君と千榎ちゃんのお世話を頼んで大人だけの状態にしてもらった。
「そう言えば、きららさんはタッちゃんとどんな関係なの?」
「患者さんとして会ったのが最初で、今はメル友って感じかな」
「竜姫さんって強くて優しい、理想のカッコ良い女子ですから、お姉様と呼ばせてもらってます!」
きららさんのハイテンションに気力をじわじわと削られつつも、私は説明を続ける。
「最初は引っこみじあんだったけど、今では沢山友達が出来て色んな事を調べるプロなんだよ」
「ワタシに是非任せて下さい! あなた達を救いたいんです」
きららさんの熱弁にキッドは嬉しくなったのか、深々と頭を下げた。
「ぼくたちのために……本当にありがとう!」
早速、盗まれた映像について詳しい話を聞いた。大体は私が電話で聞いた通りなので割愛するけど、それを聞いた虎太郎サンときららさんの顔が引きつっていた。
「……やらかしたとは聞いていたが、ここまでやらかしている何てな……」
虎太郎サンのため息は無理も無い、私も知らなかった情報もあって、本当に頭が痛くなってきた。どうしよう、下手したら警察に捕まるレベルの内容まであったよ……。
「……覚悟は出来てるかな?」
「えっ……?」
きららさんが服を脱ぎ捨て、自分の頭を掴んでカツラを捨てると、キッドとひさぎさんは顔を蒼ざめたした。準規君よりも下に見えるルックスだが、しっかりと据わった目つきがあり、中性的だが変装を解いたら精悍さもある顔つきは、男性のそれだ。
「れ、れれれレイ君!?」
きららさん改めレイさんの変装に、キッドとひさぎさんは驚きを隠せなかった。もっとも、野球の時以外は2人とも凄い喜怒哀楽があるけど。
「ふう、なかなかテンションの高い女性を演じるのは大変だった」
以前から振り回されていた私だが、さすがにアラサーにもなってバカな事をやり過ぎているのは見過ごせず、日頃の行いを正す時だと決意して協力してもらったのは、レイさんこと中上孝志さん。キッドやひさぎさんの2歳上の先輩で、キャッチャーとして2人の球を受けている。おまけに結婚の時も、2人の仲が破綻寸前までいったが関係修復した時も、なんとかしてくれた大恩人で、自由奔放な2人を制御出来る数少ない人だ。
そんなレイさんにやってもらうのは、当然キッドとひさぎさんのお説教だ、バレたくない相手にもうバレてるなら、とことんやってもらおう。
「さて……お嬢、キッド、5キロダッシュ5本かな、アメリカンノック100本かな、直々にノックをしても良いかな……それとも全部やるか?」
「ああっ……あわわ……!」
「そっ、それだけは〜……」
普段自由奔放な2人が、ここまで慌てるのも珍しい、よっぽど凄い目に遭ったのだと思うけど、それでも止まらないんだね……どんな神経してんだろ。
「オレはこっそり逢いびきしても、離婚寸前まで険悪になっても、2人の為に仲を取り持って、未熟な少年少女に大人の分別を教えてきたつもりだったよ。でも、家族が出来て何時まで高校生気分が抜けないバカにした覚えはね……健全な少年少女に言えないような無分別な事が治らないなら、1回公開処刑して、家族のありがたみを分からせた方が良いね」
日頃の鬱憤が溜まっているみたいで、さらりと恐ろしい事を口にしている。もちろん、そんな事はしないだろうけどってあれ? 笑顔なのに目が笑ってない……!
「お願い……! 何でもするからっ、どうか、どうか助けてよっ……!」
「わたしもお願いします〜……子供の将来を潰したくないから〜」
「……何でもするって軽々しく言わない方がいい、まあ言質取ったからもう取り消さない」
ゾッとする綺麗な笑顔で、頭を下げた夫婦に向けたレイさんに恐怖を覚えた。キッドとひさぎさんはとんでもない人を怒らせたんじゃ無いだろうか……。
「虎太郎くん竜姫さん、ちょっとだけ席を外してくれないかな。後で呼ぶから」
キッドはすがる様な顔をしてこちらを見ている、ひさぎさんも同上。……だけどこの人に逆らってまで守る気は無い、私も怒っているのと本能的にレイさんを敵に回したくないから。……今までありがとう、さよならキッド。
薄情な私は虎太郎サンと一緒に、泣きそうな夫婦を置いて千榎ちゃんと柊君の所へ歩き出した。
☆☆☆☆☆☆
「皆様、大変申シ訳アリマセンデジタ」
「モウワタシタチハ、コンナ事をイタシマセン」
戻ってみると、目に生気を感じない2人の姿と、スッキリした笑顔のレイさんが待っていた。……なにがあったか、聞いたらヤバい気がするから、そこはスルーするけど、一応別のところは聞いておこう。
「こんだけやって大丈夫なんですか?」
「こんだけお灸を据えても、1日で元通りだから……」
ため息を吐いたレイさんだったが、2人の神経が図太過ぎるだけだから、気にしなくても良いと思います。あと念のために言っておくけど、発達障がいは千差万別だから、キッド=発達障がいじゃないとちゃんと言っておく。
「さてと、説教も済ませたし、久々にウチに来る?」
「そうさせてもらいます、疑いのある人に話を聞きたいですから──貴方も含めて」
虎太郎サンが不敵な笑みを浮かべながら、レイさんを見る。自由奔放なキッドとひさぎさんの心を折る位の事をやる相手に、大した度胸があると私は舌を巻いた。
「そうだね、オレも容疑者の1人で、家にメグさんもいる。ちゃんと聞きたいのは分かっているよ。まあ、自分の子供を見たいのもあるんだろうけど」
「は!?」
思わず口を挟んだ私は全く悪くない、だって虎太郎サンがいつの間に子供を産んで……。
「元旦那と今の旦那が、こうして話しているのも不思議なものですね」
「事情を説明してください、私に分かりやすく!」
「倒置法になってるぞ……まあ良い、天知恵は知っているよな?」
「バンプでその名前を知らない人はいないよ」
彼女の名前は野球史に永久に残るだろう、男性に混じって初めて女性がプロ野球で戦い、兼任監督としてもBクラスに落ちた事が一度も無く、8年間で優勝5回、日本一3回、特に完全優勝に縁が無かったワイバーンズに、2回も完全優勝に導いた伝説の名将であり名レフトでもある。
そんな天知兼任監督が2年前に完全引退をした時は本当に驚いた、まだやると関係者すら信じていた中、レイさんと結婚して、解説や臨時コーチすらやらない、完全廃業の形になったのは一時賛否が分かれた。余談だけど、バンプはワイバーンズファンの愛称で、バンはワイバーンズのバン、プはプリンス・プリンセスのプというもので、天知兼任監督の異名が『女王』だった事に由来している。
「……えーっと、子供が出来た頃に結婚した天知さん」
「メグさんって呼んであげて、本人もその方が嬉しいみたいだから」
「──じゃあ、メグさんとはどうやって知り合ったんですか?」
恋バナはやっぱり聞いていると楽しいので、馴れ初めとか聞いてみたい。たとえあまり好きじゃない虎太郎サンが相手でも。
「レイさんの幼馴染が俺の友達で、連れて行ってもらって意気投合した感じだな。ただ、お互い仕事が忙しくてすれ違って別れた。──だが、メグさんの事は尊敬しているし、よりを戻す気は無いが応援している」
ああ良かった……って、その話を聞いて少しホッとしている自分がいたのはなんでだろう?
「ともかく、レイさんの家に行くから、ボア呼んでくる」
虎太郎サンが準規君を連れてくる間、ちらりとレイさんに話をした。
「メグさんはどんな人なんですか」
「クールだけど、可愛いものをこっそり愛してる女の子っぽい所がある人だよ」
なるほど。いるよね、カッコ良いけど、実は可愛いものが大好きって人。メグさんもそういう所があったんだ、完璧な人だと思ってたから、少し親近感が湧いた。
そこからすぐに準規君と虎太郎サンが現れて、私たちはレイさんの家に向かった。
☆☆☆☆☆☆
家は石井邸よりも小さかったが、十分大きな一軒家で、野球の練習が出来る広い庭と小屋があり、開いていたドアから見えた小屋の中には、ネットやバットが綺麗に置かれていた。
「ただいまーお客さんを連れてきたよ」
「……誰?」
「あっ、虎太郎おじさんがいる!」
可愛い女の子2人が、走りながら駆け寄って来た。1人は優しそうだが聡明そうな目をしていて、女の子の方は芯の強い力強い目をしていた。2人とも同じ位の年齢で、1人はテレビで見たメグさんの面影が濃く残っていた。
「竜姫さん準規くん、オレの子供の玄と澪、双子です。ほら挨拶して」
「中上玄よ、よろしく」
「女の子で玄!?」
準規君がツッコミを入れなかったら、私が入れていた所だったが、それ位私も驚いた。玄で女の子なんだ……医療関係者としては、紛らわしい名前は事故の元なので止めて欲しい。
「父さん、何で女の人の格好してるんだろ? ──あっ、紛らわしくてすいません、中上澪です」
「いや、良いのよ。私は東條竜姫、あっちのお兄さんは中里準規っていうの。よろしくね」
強気な玄ちゃんと丁寧な澪くんとの自己紹介が済んだ所で、レイさんが2人を注意した。
「玄、澪。練習したら小屋の扉をちゃんと閉めて、ほら行きなさい」
「はーい……」
「玄姉、そんな顔しないで行こう」
双子が外に出て行くと、私の憧れの人が現れた。
「! レイどうしたの、女装して……」
メグさんが私たちの方を見た瞬間、虎太郎サンの顔を引っ叩いた。
「久しぶり、虎太郎。何しに来た?」