表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/49

8話 三つ子の魂

色々あったとしか言いようが無い、虎太郎の実家訪問から5日後、私は無事に仕事に復帰出来た。あの後どうなったかというと、途端に電池切れしたラジコンカーみたく、うんともすんとも言わなくなった虎之介君と杏ちゃんを連れて、ベッドまで連れて行った。今度から遊びに行くのを止めようかな……帰った後の電話で紅葉や中里兄妹のトレーニングで、プールを格安で使わせてくれると言われ、また行くんだろうと思うと望み薄な気もするけど。

ちなみにちゃんと、野口さんの口から睡眠薬の件は謝ってもらった。私が虎太郎に厳しくしていた事が原因だったので、私の心情と虎太郎を慕っている人に折り合いをつけるために、これからは虎太郎『サン』にしておこう。沢山慕ってくれる人に感謝してよね、虎太郎サン。


「今日はどうされましたか?」

「子供がちょっと周りと馴染めなくて……」


そんなやや複雑な気持ちを名港に投げ捨てて、30代位の女性の診察を開始する。私の得意分野は小児心療内科、この分野だと自閉症や発達障がいがメインになる。自閉症は知的な遅れがあって、コミュニケーションが上手く取れない障がいの1つだ。発達障がいはアスペルガー症候群やAD・HD、LDなどの、自閉症とはまた違うジャンルの障がいだ。詳しい話は長くなるので今回は省略するけど、精神障がいは世間の偏見が強いから、慎重にやっていく必要がある。日々精進しないとね。

でも、私はあくまで個性の1つと思っている。障がいだと思うとマイナスな感じになるけど、個性だと武器にもなる。それを気づかせてちゃんと向き合わせるのが私の仕事であり、矜持でもある。


「ではちょっと聞きたい事があるので、詳しく聞かせてもらいますね」


心療内科で大事なのは、相手に信頼してもらう事、これは相手が向き合うためにアドバイスをするのに、聞いてもらえないと意味が無いからだ。そしてその人の人生を知る事、どんな人か、どんな事があったのか、そこから調べる所は一杯ある。それでもこのタイプの障がいは千差万別で、ひよっこの医者が診断を間違える事が絶対無いとは言えない。というか、診断が何回か変わる可能性は高い。


「──では今度はお子さんを連れてまた来てください、次は2週間後で良いですか?」

「はい、お願いします」

「はい、ありがとうございました。気をつけてくださいね」


患者のお母さんが去って行くと、次の患者さんを呼ぶために、少し手狭な診察室を出た。虎太郎が紹介してくれた総合病院では、患者を呼ぶのは看護師さんではなく、医者がやるというスタイルでやっている。綺麗な病院でやっていけるのはなんだか嬉しいけど、派手な外科を見ていると、少しガックリするのも事実なんだよね……そんな事言っても仕方ないけど。


「キムラさんーキムラカンタさんー」

「はい!」


病院で大きな声は少し抑えてもらいたいけど、最初からいきなりダメと言っても信用を無くすだけなので、『肯定して提案』という方向に持っていこうと思いながら、次のキムラ君の診察を始めた。


「ありがとうございました」

「はい、どういたしまして」


午前の外来が一通り終わって、柔軟体操をしながら食堂に行く。安い、キツい、偏見の三拍子揃った大変な仕事だけど、それでもやっているのは、食いっぱぐれが無いのはあるし、患者に寄り添える事が1番出来る医者だと思っているからだ。頭がおかしいと精神科行けと揶揄される位、世間の偏見に晒される病気や障がい、そんな世間の中で数少ない応援団員が心療内科であり、精神科であると信じている。


「東條先生ー!」

「はい、どうしました?」

「お客さんですよ、しかも、凄い有名人!」


おおっ? そんな有名人と知り合いなんていないのに、誰だろ?


「タッちゃん、久しぶり」


ひょっこりと現れたのは背の高い、たれ目の、人懐こい笑顔が似合う爽やかな青年だった。


「キッド!」


久しぶりに間近で会った、私がこの道の医者になったきっかけを作った、幼馴染のあだ名を思わず叫んだ。



☆☆☆☆☆☆



彼の評価は真っ二つに分かれる。この上無い素晴らしいサウスポーで、少年の様に純粋な男とも、空気を読まない野球だけが取り柄のふざけたガキとも。

石井椿いしいつばき、彼は発達障がい者で初のプロ野球選手であり、同時に日本を代表する左投手である。家が近所だった時期があり、よく紅葉と一緒に野球をして遊んでいたが、その頃から凄い球を投げていたのを今でも思い出す。

彼の特技は、幅広いジャンルを描き分けるイラストと、カメラアイといわれる1度見たものを絶対に忘れない記憶力だ。──しかし、外に出る時はサングラス必須で、少しでも香水をつけた人には、絶対に近づく事は無い程鼻が良すぎる。五感の一部が過敏だ。

そのため、人との距離感が上手く取れなかった。学校では私以外友達がいなかったし、空気を読むのが障がいの特性上苦手で、初めてクッキーを作った監督に、堂々と不味い! と目の前で言って、ヘコませたエピソードがある。

そんなキッドだが心優しい人だ、災害の時、募金活動をやらないと批難された事があった時、実は覆面を被って、直接物資を届けたという話もある。しかし凄まじいトラブルメーカーなので一緒にいた頃は私がたびたび処理していた。おそらく……。


「タッちゃん……お願いがあるんだけど」

「聞きたく無いけど……なにがあったの?」

「ここじゃ言えないけど助けて欲しいんだ──詳しい話はまた後でメールするから番号教えて?」


それだけ言うと、キッドは私の電話番号とメールアドレスを聞いてきた、私は仕方なく教えて連絡先を交換すると、さっさと帰って行った。


「ここじゃ言えないって……どんな話だろう?」


幼馴染との再会と言ったら、恋愛物語ではかなりの確率で恋の予感があるが、キッドの場合にはそんな事はほぼ無い、キッドはあんなの、あんなのでも子持ちの既婚者だ……そう思うと不倫の証拠を消せと言う事だろうか、それなら逆にネットに晒してやるけど。

1日の仕事が終わって、家に帰ると虎太郎サンが頭を抱えていた。


「虎太郎さん、どうしたんですか?」

「ニヤニヤしながら聞いてくるなら教えない」


そんな返事だったので、さっさと作ってもらってたご飯を温めて食べる事にした。別に虎太郎サンが教えてくれなきゃ仕方ない、なんとなく、あの人は言わないと決めたら教える事は無いタイプだ、だったら無理に聞く必要は無いかな。


「……やっぱり、可愛いな」

「……へっ?」


い、今なんと? 虎太郎サンから可愛いってそんなバカな話が……。


「いや、何でも無い。──ちょっと自分の無能さに余裕が無くなってな、……何が大企業の重役だ」


吐き捨てる様に呟いた虎太郎サンからは、悔しそうに顔を歪ませてなにかにキレている様に見えた。途端に切り替えられ、焦った私がバカに思えてすぐ冷静になった。


「そんなんだと、カウンセリング受けないといけなくなりますよ。リラックスしてください」

「……ああ、ありがとな。──でも、タツも無理をしないでくれ、タツは優し過ぎる、救助する人は無理したらダメだ」

「……今日なにか変なものでも食べました?」


あまりに優しい虎太郎サンに、ちょっと驚いたが、その言葉は医学生時代にも言われた。優秀だが優しすぎる、君を助ける人はいないから、一歩引いて行動しなさいと。

そんな言葉を思い出していたら、スマートフォンに着信が来た、キッドからだ。


「もしもし、キッド?」

「うんそうだよ、──お願い、迷惑かけまくってるけど、今回はひぃちゃんも関わってるんだ」


ひぃちゃんとはキッドの奥さんの愛称だ、実はこの人も凄い人である。


「不倫ネタだったらネットに晒すよ」

「むしろ逆! その……なんだ」

「ゴメン、ちゃんとはっきり言って」


小さな声で聞き取れなかったので、もう一度お願いすると、小さいながらもはっきりとした返事が返ってきた。


「……ひぃちゃんといちゃいちゃしてる映像があるディスクが送られてきたんだ、ネットに晒すって脅されてる」

「…………あんたは本当にバカかぁぁぁっ!!!!」


虎太郎サンが驚いてこっちを見ている、だけどそんな事気にしてる余裕は無かった。


「お願い! 本当にお願い! レイ君にバレたらひぃちゃん共々本当に殺されちゃうから! 頼れるのがタッちゃんしかいないんだよー」

「1回本当に殺されて来なさい……!!」

「僕は良いからひぃちゃんだけでも! しゅう千榎ちかの為にもお願い!」


自分の子供に顔向け出来ない様な事を、なぜしたのか、他の人とズレているとは思ってたけど、社会的な倫理は教えたのに……!!


「そもそも、なんでそんな事やってたの」

「……自主トレは別々でやるから、お互い寂しい時はこれで紛らわせようって提案したら、ひぃちゃんも喜んでくれて、お互い動画を撮り合ってたら僕もひぃちゃんもハマっちゃって……」


そうだった、ひさぎさん──キッドの奥さんもかなりぶっ飛んだ人だ、女子専用のプロ野球リーグもあるが、プロ野球が男女混合可能になり、第2号の女子プロ野球選手になったひさぎさんは入団会見の際、野球の目標を聞かれ『お嫁さんになる』と言った人だ……ちなみに2人とも天然ではあるが、たいした勉強をせずに高校時代学年5位以上をキープしていたのでバカでは無い……のかなあ?


「……それで、私に問題を解決して欲しいのは分かったけど、誰がやったか目星はついてるの?」

「うん……疑いたくないけど、気がついた日にはメグさんとレイ君とコウ君達と家でパーティーしてたんだ、なくなる前日まではひーちゃんと一緒に観てたから、あったのは確かだよ」


幸せそうでなんかイラッとしたが、とりあえず今は話を進める事にする。


「他に人の出入りは?」

「共働きだからお手伝いさんがいて、柊や千榎のお世話をしてくれてる。だけどその日は、僕もひぃちゃんもいたからお休みだったんだよ」


そうなると、素直に考えればパーティーに参加していた3人になる。ナナメに見れば、アリバイ崩しでお手伝いさんの可能性もあるかもしれないけど、お手伝いさんはその日は友達と旅行で大阪にいて、電車が事故で止まったらしく、調べてみたら確かに人身事故事故で止まっていた。防犯カメラもあったが、そこに怪しい人や物は映っていなかったそうだ。


「そうなんだ……じゃあ頑張ってね」

「ここに来て拒否しないでよ!?」


やらかしたキッドの尻ぬぐいが面倒だと思いつつも、同時にここまで頼まれたら無下には出来ない気持ちもある。


「仕方ないか……子供に罪は無いから助けるけど、見つけたら覚悟してね?」

「ゔっ……」


電話を切った私に、虎太郎サンが問いかけてきた。


「俺も一緒に行って良いか? レイさんとメグさんと仲が良いから、話を聞きやすくて調べやすいと思うが」

「なっ……!?」


何でレイさんの事を知っているんだろう……少なくとも、私は電話でレイさんとは言って無いのに。


「メールで情報があった、ヤバい映像が流れるかもってキッドとひぃが焦っていると」

「それって情報元は」

「シンちゃん──服部の情報だ」


そっちか! 本当に情報網が凄いんだ……。


「ちなみに、レイさんにはもうバレてるからな、レイさんも情報網の1人に入っているから」


……キッド、ひさぎさん、ご愁傷様です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ