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7話 反省=切り替え

人生初のお姫様抱っこが、最悪の形で達成された。何でこんな人前でされる事になったんだろう……。

私の小さい頃描いていた理想の抱っこは、結婚式で優しい旦那さんに、紳士的に抱っこされて幸せを噛み締めるという、少女漫画の様な可愛らしいものだ。現実は腰が抜けて、半ば強引に俺様な男に抱っこされるという理想のとは遠い抱っこになってしまった。

なんとか良かった点を考えてみる……私をお姫様抱っこした時、あっさりと出来たのには驚いた。そして見た目以上に虎太郎は筋肉質だ、体が思ってたよりも硬く、しかししなやかさもあるみたいだ、着痩せするタイプらしい。


「後で良いから、ヤッチはしっかり謝っておけよ。助けたから手打ちって訳にはならないからな」


上から虎太郎が誰かに言っていると思ったら、野口さんだった。そういえば眠っていたな、恐らく即効性のある薬でも飲まされたんだと思う。……でも、助かったし何とかなった事にうだうだ言っていたら、心のお医者さんは出来ないから、ちゃんと謝ってくれたらそれで良いや。


「虎太郎さん? 忘れ物ですよ」


杏ちゃんが、がっつり縛ったみのりちゃんを歩かせて現れた、なにがあったんだろう……。


「虎太郎さん助けてー!」

「 分かっているが、セクハラについては謝っておけよ──アン、今度虎之介の仕事やっておくから2人でバン戦行ったらどうだ?」

「分かりましたわ、今回は手打ちにしておきます」


状況が良く分かってない私に、虎之介君に知られて野口さんが怒られない様に、こっそり解決するつもりだったと準規君が教えてくれた。その時に出くわした杏ちゃんから逃げるために、みのりちゃんをけしかけてストッパーになった際にセクハラをしたという──みのりちゃん、同性だろうと異性だろうと、セクハラはセクハラだからね? ちなみにバンとは地元名古屋のプロ野球チーム、中吉ワイバーンズの愛称だ、昔の友達がそこのピッチャーで、全国的にも有名な選手になった時には驚いた。もちろん私はバン党だが、杏ちゃん達もファンなんだろうか?


「あっいたいた、従兄さん達ご飯だよ」


虎之介君がこちらに来て、ご飯だと伝えてきてくれた。そして私たちを見て不思議そうな顔をしていた。


「いつの間にか全員いなくなってたし、一体どうしたんだろうと思ったよ」

「家の案内をしていてな、割と楽しかったぞ」

「ふーん? 竜姫さんをお姫様抱っこして、みのりちゃんは対忍者仕様で縛られて、準規君は汗びっしょり、本当にただ家の案内をしていたのかな?」

「……言い方を変える、かくれんぼをしていた、鬼役がボアでムサは捕まって、タツは隠れていた先で虫とあって腰を抜かした。それだけだ」


その場でついた嘘の割には、スラスラと良く出てくるな……って、捕まったらしっかり縛られるかくれんぼなんて嫌だ。


「じゃあそういう事にしておくけど、野口さんは勝手にかくれんぼさせてた罰で、1日アンちゃんの着せ替え人形をやってもらうから」

「ゔっ……はい」


野口さんの様子をからして、結構大変なペナルティの様だ、まあクビにならなかっただけ良かったのかな……?


「さあご飯を食べに行こう、今日は従兄さんの婚約祝いにお酒を解禁しちゃおう!」

「あら、わたくしもご相伴させていただきますわ」


ほー虎太郎って結婚するんだ、こんなのと結婚するってどんなもの好きだろう、気になる。


「ちなみに婚約者はタツだからな、結婚しなくて良いから話を合わせてくれ」

「……まさか、あの服ってこれのためですか?」

「嫌なら代金を払ってくれ、返品は不可だ」


虎太郎の懐から領収書が取り出され、書いてあった値段を見て仰天した。


「ひゃ、100万円!」

「フォーマルに割と金をかけた。アンには渡しても似合わないから服がもったいない、割引きはしないぞ」


ムッとした私が、落とされるのを覚悟でパンチをしたのは無理は無いと思う。だって……だって拒否権無いじゃんかよぉぉぉぉぉっ!!


「しばらくしたら、他に好きな人が出来たとか言って婚約を解消すれば良いだろ、婚約中の浮気は結構、そのまま結婚しても良いし、しなくても良い」

「99パーセント結婚は無いです!」


そんな可能性はほぼ無い、確かに優しさもあるし、紳士な人だけど、強引なやり方にムッとするばかりだ。


「とりあえず偽装婚約に付き合ってくれ、これだけおっさん連中に言われ、媚びてくる見合い相手の対応も良い加減鬱陶しい」

「……そのまま苦労して欲しいです」

「万が一無理矢理結婚ってなったら、ボアとムサが路頭に迷う。あいつら身寄り無いし、借金結構あるんだよ」

「いくらなんですか?」

「ボアが8000、ムサが5000」

「ちょうど私の財布に2万円あるから、後で払えば大丈夫ですよね?」

「お前、2億あったら俺の所に来てないだろ」


ですよねー虎太郎が結構借金あるって言っていたけど、まさか2人して1億以上借金がある……って!


「2人してなんでそんなに借金しているんですか!?」


私が驚いて聞くと、虎太郎は小声でみんなに聞こえない様に話した。


「親が事業に失敗して蒸発した時に、それぞれ売られた所をアンが買ったんだ。買った時点で本人達に支払う義務は無くなったが、ちゃんと払いたいと言っててな……アンの裏の顔、知りたいか?」


日常会話みたいな聞き方をしてきた虎太郎だったが、目は生半可な覚悟で聞くなとクギを刺している様に見えた。


「厄介事は首を突っ込まないでおきます……あと、偽装婚約引き受けますから、みのりちゃん達を助けてください」

「安心しろ、借金は1代限りだし、利息も無い。そもそも、給料天引きって言っておいて適正給料をボアに払っている。払っている気にしておいて借金は無いんだ」

「それで良いんですか」

「そうでもしなかったら、あいつら無理に返そうと金を作ろうと、危険な仕事をする可能性が高い。俺が頼んだ仕事でしか返済は受け付けないとも言ったから、多少は抑止力になっていると踏んでいるけどな」


……そこまで人に優しいなら、私にだって優しくして欲しい。扱いが酷いと感じるのは気のせいでは無い、無理やり婚約させて、勝手に家に住まわせて、高い服を買って半分脅してくるし、おんぶで良いのにお姫様抱っこまでした。私がなにをしたと言うんだ。

そんなモヤモヤした気持ちでたどり着いた部屋に入ると、少し違和感を感じた。上品なのは他の部屋と同じなのだが、物が極端に少ない。カーテンは締められていて、花瓶や絵画、明かりも何だか丈夫そうだ。気にはなったが、それ以上に美味しそうなにおいが鼻を突き抜け、真っ白なテーブルクロスの上にある料理に目を奪われた。


「おおー!」

「美味そう」


高校生2人が素直に驚いているが、私も内心驚いていた。コース料理ではなく、色々な料理が置いてあり、バイキング形式でスポーツを精力的にやっている紅葉とみのりちゃんへの配慮だと思うけど、ローストビーフからケーキやタルトといった定番のものに加え、鶏肉や野菜など、身体作りを考えた料理も多くある。


「お酒は後でご用意しますので、今はノンアルコールドリンクや、ジュースをご用意しておりますがなににしますか?」


現れたのは物腰が柔らかいが、ガタイの良い年配の人で、年齢からしてみて執事さんだと思う。

とりあえず、私と虎太郎は赤、準規君は白のノンアルコールワインを頼み、紅葉とみのりちゃんはジンジャエールをそれぞれ頼んだ。


「色々あっただろうけど、従兄さん結婚おめでとう」

「まだ婚約しただけだ、今は仕事が忙しいから式や婚姻届ももうしばらく先になる」


表面上はとても幸せなディナー風景だけど、私からしたらとんだ茶番だ。しかし、私が思っていたよりも計画的だったと、だんだん分かってくる。


「ケンカしても仲が良い2人だから、本音をちゃんと伝えてるのが羨ましいなー」

「美男美女な上にお互いを尊重しあっていて理想の夫婦だと思います」

「幸せになってね、お姉ちゃん」


中里兄妹のみならず、紅葉まで話をちゃんと合わせてくる事を不審に思った私は、虎太郎に事情を確認した。


「……どうなってるんですか、打ち合わせしたみたいに自然な感じなのはなんで?」

「事前に話したからな、協力してくれと。紅葉は本当に義兄さんになれば良いと、嬉しい事を言っていたけどな」

「嘘言わないでください」

「後で確認すれば良い、こういう事で嘘は言わない」


私が冷ややかに虎太郎を見ると、平然と言ってのける。……嘘かどうか全く分からないのが、この人の厄介な所だ。


「……はぁ、これが嘘じゃなかったら良かったのに」

「かなり無理がありますわね、相性は良さそうですけど」


あっさりバレてますけど! もう契約満了で良いですか?


「まあ、こんな猿芝居をやる位イライラしているから、釣書とか止めてくれよ」

「会社の古株さんがなかなか止めないんだよ。これでもちゃんと自重してと頼んでるんだけど」

「……だったら、偽装婚約を継続しても文句は言わないよな?」


この流れは継続になりそうだ、お願い虎之介君、反対して!


「文句ないない、だけど、早い所再婚して、自分の信頼出来る人を見つけた方が良いよ」

「反対してくださいよ!」


思わず本音がポロリと出て、周りから物凄い視線が私に集まった。……紅葉もいるのに、本当に、本当にアウェイだ。


「でも、こんなお姉様がいたら、私も楽しいですのに。本当に嫌ですか?」

「だって、この人に会ってから、私の夢とプライドはズタボロですよ!」

「アラサーのプライドと夢って、あんまり良いものじゃ無さそうだね」


みのりちゃん、後で私とちゃんと話し合おうねと、眼差しを向けたら慌ててサラダを取り始めた。……よし、今度稽古でボコボ……もとい徹底的に鍛えてあげよう。準規君は、ローキックとボディブローに加えて、えび反り固めが決定しているので家に戻ったら早速やってやろう。


「それなら、婚約の準備を進めて頃合いを見て破棄し、虎太郎さんから慰謝料として報酬を支払うのはどうでしょう?」

「お前はどちらの味方何だ?」

「どちらの味方でもありたいですわ、虎太郎さんと竜姫さん。どちらとも仲良くなりたいと思いますから」


杏ちゃんって結構八方美人なんだね、なんだか意外。


「だって、虎太郎さんと誼みを通じておけば、虎之介様の負担が減りますし、竜姫さんと仲良くすれば、使い方によっては心強い味方になるでしょう?」


……いや、八方美人は間違っていた。素肌は真っ白、髪と腹は真っ黒な奥様だった。抜け目が無いなぁ、このテの人は敵にしちゃいけないけど、味方なら大活躍するから、仲良くしよう。虎太郎の弱みを握れる可能性あるし。

そんな楽しい? 食事が終わり、みのりちゃんと紅葉が、スポーツに役立つ本が読めるとの事で退出したら、大人のお酒タイムー!


「じゃあ、今日は楽しく飲もう!」

「ふふっ、久々に日本酒でも飲みますわ」


ホスト側が盛り上がっている中、虎太郎が私に耳打ちをして来た。


「愛知県民は酒が弱い、分かるだろ?」

「……なんの事ですか?」

「今回はゆっくり飲んだ方が良いですよ」


準規君が補足してくれた事を、私は30分もしない内に分かる事になる。


「全くあなたはぁ、仕事ばっかりで最近わたくしとぉ、距離を離しすぎじゃあ無いですかぁ!」

「ボクはぁ! こん仕事終わったらお前と一緒にぃ、バン戦観に行きたくて頑張ったんだぁ! そんな言い方すんなよぉ!!」


上品さもかけらも無い、居酒屋にこんな痴話ゲンカするカップル居てもおかしく無い気がする。むしろ、お城みたいな屋敷の会話だと、激しい違和感を感じる。


「わたくしはぁ、今からでも温もりが欲しいんですぅ! 虎之介さんのバカぁ!」


酔っ払った杏ちゃんは飲み切ったグラスをなぜか私の方に投げてきた。酒を飲んでいたので反応が少し鈍っていたが、なんとか躱すとグラスはカランコロンと転がって行った。……対策はしてたんですね、道理で部屋がシンプルな訳だ。高いモノ置いてたら金がいくらあっても足りないよ。

と、余裕こいていたら、近くに置いてあったワインボトルを持って投げてきた。こんな所に置くって、使用人の皆さん何処に行ったの!


「こんな酔っ払いに付き合う程、皆暇じゃ無いし、バカでも無い。飲んだらこんなの当たり前だからな」


要するにさっさと逃げて行ったんですね。確かに賢明な判断だ、でも、初めての私にアドバイスしてよー!

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