6話 恐慌の中で
途中から虎太郎サイドで話が進みます、これからもたまに、こういう風にしていく予定です。
「いや、本当に綺麗に出来ますね。みのりちゃんと四苦八苦してやったのがなんだったんだろうって思いますよ」
「いえいえ、先日施設のお子さんにパーティーをした時にドレスを着てもらったので、奥様は着物が多いので久々のドレスは苦労しました」
なんでも、福利の一環で施設に暮らしている子供や、働いている大人を労うために昼夜に分けてパーティーをやったそうだ。なかなか好評だったらしい。
野口さんに別室で、ドレスを着直させてもらって戻ろうとした時に、ハーブティーを手渡された。
「どうぞお飲みください、体が温まりますよ」
「ありがとうございます、それじゃあ……」
渡されたハーブティーは少し苦味があるハーブティーで美味しいとは思ったけど、ちょっとだけ変な味がした。
「どうでしたか?」
「美味しかったですよ、だけど、なんか変な味もありましたね」
「そうでしたか……申し訳ありません」
「そ、そんなの大丈夫ですよ! 心配無い無い無い無いナイジェリア!」
突然謝られて、私はびっくりして少し慌てて、勢いで一発ギャグをやったら少し笑ってくれた。
「おもしろい人ですね、竜姫様は」
「いやいや、そんな事ないよ」
そこから少し打ち解けたので、野口さんが働きだした経緯を聞いてみた。あわよくば、虎太郎の恥ずかしい過去を聞けたら良いなとは全然思ってない。
「……ワタシの親もここで働いていて、ワタシ自身も虎太郎様と歳が近くて虎太郎様と親交がありました、幼なじみという感じです。良く失敗したんですけど、『ダメじゃねえか』って口が悪いながらも笑顔で許してくれて本当に嬉しかったんです」
あーそうなんだ、私にはそんな風には見えなかったけど、まあ弱い者イジメはしなさそうな感じはあった。その点私に容赦がなさ過ぎる気がするんだけどね!
「小さい時ってどんな人だったの?」
「仲が良い人には素直に自分をさらけ出していました、嫌な人程丁寧に接して本心は隠して、後でバカにした絵を描いて発散してましたよ」
つまり仲が良くなれば、王子様から俺様になって、腹が立つ大人になるという事か。別に仲良くならなくて良いんだけど、信用はされているなら、それで良いか。
「……だから、出会って間もないあなたに、本心を出しているから嫉妬しました」
「えっ……!?」
それってどういう事だと聞く前に、頭がボーッとし出して強い睡魔に襲われた。
「少し怖い目に遭ってもらいます、虎太郎様が嫌いなあなたが許せなかったから」
嫌な予感しかしないけど、日頃の疲れもあって体が動かなかった私はそこで意識が途切れた。
☆☆☆☆☆☆
ご飯を作っていた私を、ちっちゃい紅葉が食べたそうに見ている。つまみ食いしようとしないところを後で沢山褒めてあげよう。
「ご飯出来たよ、我慢してた分、沢山あるからね」
「お姉ちゃん、ありがとう! いただきます」
美味しそうに食べる紅葉を見て、私も食べようとした時、チャイムが鳴った。
「はーい!」
私がドアを開けると、両親が私の前にいた。
「父さん! 母さん!」
「久しぶり、大きくなったな……もう父さんは歳を取らないけど、お前のせいで」
「……あなたのせいよ、わたしたちを殺したあなたなんて産まなきゃよかった」
「人殺し! お前はどれだけ俺たちを破滅に追い込むんだ!」
「親不幸者、あなたは最低の娘よ。これまでも、これからも、生きていく価値は無いわ」
私を罵る両親の口から、頭から血が流れ、そして私を──。
☆☆☆☆☆☆
「遅いな、タツ。ヤッチが何度も失敗したとは思えないんだが」
俺はドレスの着直しの長さが、普通より遅いと感じていた。こういうのに慣れているヤッチこと野口が、25分以上も手間取るのはあり得ない。一緒に遊んでいた事もあったが、あいつはそこまで間の抜けた奴では無い。
そう思っていたらヤッチだけ部屋に戻ってきた。
「虎太郎様、竜姫様は少しトイレに行くので伝えてくれと、言づけを頼まれました」
「そうか、分かった──ところで、久々のドレスは難しかったか?」
「……ええ、少し手間取ってしまいました」
ヤッチがした俺への返答に、俺は確信を持った。
「ヤッチ、タツに何をした?」
「……どういう事でしょうか?」
「なになに、虎太郎さんどうしたの?」
ムサに構っている暇は無いので、この際無視してヤッチを問い詰める。
「ドレスの着付けは久々と言っていたが、先日、施設の子供を連れてここでパーティーした時、ヤッチも手伝っていたよな。いくら子供用が中心とはいえ、夜の部では職員も色んなドレスを着直してやっていたと聞いた──普通に考えれば、お前がタツの着直しに時間をかけるのはおかしい」
「………」
ヤッチが気まずそうに目を逸らしている、この様子だと何もしていないという事は無さそうだ。
「虎之介には何も言わないから、バレる前に何をやったのか教えてくれ」
少し怒りそうになったのを堪えて、ヤッチに問いかけた。
「……竜姫様に睡眠薬を入れて、使ってない部屋に鍵をかけて閉じ込めました」
「ちょっと……!」
「紅葉、怒るのはタツを見つけてからにしろ……何でこんな事を?」
「……あの人は虎太郎様を蔑ろにし過ぎです! 虎太郎様の好意にも全く気が付かないであんな態度を取るなんて失礼にも程があります!!」
……俺をはじめ、西郷一家を大事にしてくれているのはありがたいが、いささかやり過ぎだ。しかし、今それを言っても仕方ない。
「連れて行ってもらうぞ、今すぐに」
「はい……」
ヤッチに連れて行かれている時に、ちょうどアンに出会った。
「あら、皆さんどちらに行かれるのですか?」
「トイレだ、虎之介にご飯は少し後にして欲しいと伝えてくれ」
「でしたらわたくしもちょうど行きたかったところでしたので 、一緒に行きませんか?」
ニコニコしながら、見透かしている目でこちらを見てくるアンに、舌打ちしそうになりながらも何とか耐えて、ボアに内心謝った。
「ボアがトイレに迷っていて、1人で行って来いって言ったんだが、この状態で一瞬でも迷ったら大惨事になるから慌てているんだ、良かったら連れて行ってくれ」
「えっ……」
「そうですのね……仕方ありませんわ、今回は諦めてもらいましよう」
「ええっ!」
俺も大概酷いのは分かっているが、アンもなかなか酷い……って、仮に大惨事になったとして困るのはアンも同じだがな。
「……冗談はさておいて、その様子だと竜姫さんに何かあったのですか?」
「………じゃあまた後でな」
「虎之介さんに報告しますわよ?」
面倒だな……ここはストッパーでも置いて行くか。
「ムサ、責任は後で取るからアンをどんな形でも良いから抑えてくれ」
「ラジャー!」
俺たちはムサをけしかけ、アンをその場に留めてもらっている内に、時間短縮のためヤッチをお姫様抱っこして、タツのいる場所に向かって走った。
「ちょ……退いてください!」
「それ以上動こうとしたら、キスしますよ!」
遠くでそんな攻防が繰り広げられていたのを、自信がある聴覚が捉えていた。……どうか、どうかセクハラの尻拭いはしない様になる事を祈るばかりだ。
「後で虎太郎さんが怒られるに、1週間の掃除当番を賭けますよ」
「ひゃあ! 何してるんですか、わたくし怒りますわよ!」
……ボアの予想は普通に当たっていそうだ、慰謝料として後で面倒事を頼まれそうだな、袖の下でも用意しておくか。
5分程走った所で、バッテバテで脱落寸前のボアに呆れそうになった所で、目的の場所に着いた。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「はぁ……なんで……はぁ……なんで……元気なの……」
「高校生に負けてどうするんだ……」
ヤッチを降ろしながら、ため息混じりにボアの方を見た。しかし、ボアの体力が無いというよりは、サッカー部でしっかり練習している紅葉や、俺の体力が高いだけだ。スタミナが無いとやっていけない仕事もあるからな、後々分かるだろうから、何の仕事か今は割愛しておくが。
「ヤッチ、鍵を開けてくれ」
「虎太郎様、1つよろしいですか?」
「何だ、言ってくれ」
俺はヤッチの真剣な表情から、焦る気持ちを抑えつつ聞いてみる事にした。
「虎太郎様は、竜姫様の事をどう思っているのでしょうか?」
「……それは今言って欲しいんだよな?」
ヤッチが黙って頷くと、俺は一瞬考えた。タツの事は嫌いでは無い、あの努力で磨いた才能やひた向きさから、眩しい太陽の光を身体中から発している勢いがある。おまけにその光はただ眩しいだけでなく、温かさがある、その温かさは俺には無い。それに惹かれているのは確かだ、ハートが強いし、昔から度胸がある女性がタイプと親友にも公言している。……長々と書いたが片思いしているのかもしれないな。高校球児がプロ野球選手に5対0で勝つ位、勝率の低い片思いだが。
「仲良くなりたいとだけ言っておく、今は──」
「ああああああああああああああああぁぁっ!!」
突然部屋から悲鳴が聞こえた、驚いたヤッチが鍵を落としたので、慌ててそれを拾って鍵を開けた。
「タツ! 大丈夫か!?」
ドアを開けたら、こちら側の明かり以外真っ暗な部屋の中に人影が見えた、ボアが明かりを探して点けると、タツが汗をかいた状態でこちらを見ていた。
「……虎太郎さん?」
「どこか調子が悪いとか無いか?」
俺を何だか不思議そうな目で見ているタツは、思いもよらない事を口にした。
「虎太郎さんが優しい!? 天変地異の前触れでもあるの!?」
「……そんなに元気なら大丈夫か、じゃあ俺は行く──」
「ちょっと待って」
外に出ようとした時に、タツに呼び止められた。何だか気まずそうな顔をしてこちらを見てくる。
「腰が抜けちゃって……おんぶしてくれない?」
「珍しい事もあるんだな、何があったんだ?」
「……害虫マルゴを見て驚いたのよ、虫は得意じゃないから」
……真っ暗な部屋でそれを見る事は出来ない。分かりやすい嘘だが、無理して笑ったタツに今は追及する事が出来なかった。
「……分かった、そういう事にしておく──さあ、行くぞ」
「うん──って、ちょ!」
そうやってお姫様抱っこで慌てるタツを見ると、なんだか可愛い。好きな人にはイジメたくなる子供の気持ちが、アラサーになって身をもって分かるとは、何とまあ……。
「紅葉がいる前でお姫様抱っこしないでよ!」
「貴族が住んでいる様な屋敷で、お姫様気分を味わってもらおうかと」
「アラサーのお姫様って痛すぎる!」
ボアがうっかり口を滑らし、タツの目から炎が見えた。あー知らないぞ、ローキックかボディーブロー、あるいはその両方を喰らうだろう若者に心の中でそっと合掌した。