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49話 赦そう、しかし

ご飯を食べそびれたが、後で食べると伝えて部屋を出た。それで試合に挑んだ訳だが……。


「はい、10対0のコールド完全試合」

「ぐっ……」


やったことがあるとはいえ、やり込んでいる上級者に勝てるはずもなく、子供相手にボッコボコにされた。実力差があるとは言え、悔しいものは悔しい。


「しかし、配球を完全に読まれていたな」

「四隅の出し入れで決めにかかるから、逆に待つかカットすれば勝てるよ」


子供に配球を見抜かれるとは恥ずかしい、だが、瞬時に判断し、対応するのは流石だ。玄も洞察力が高いが、海はその上を行く。

しかし、海は何故だか、人の本能に訴えかける狂気を感じさせる。人を踏みにじる事を躊躇わない不気味さをその眼に浮かべているのは不安だ。


「なあ、海」

「どうしたのお父さん?」

「力を持つ事が悪ではないが、使い方を間違えた時、大切な人まで傷つける事になるのを忘れるな。海にはその力があまりにも強いからな」

「嫌だなお父さん、こんなミソッカスの力なんてヒヨコにも勝てないのに」


海はまだ気づいてないのか、はたまた気づいてないフリをしているのか。どちらにせよ大事な息子である事には変わらないが、玄以上に気をつけねば、最悪死人が出るかも知れない。


「ともかく、今日は早く寝ろ、明日また遊べるから」

「うん分かった」


ゲームを片付けて、部屋から出ようとすると、おやすみのハグを交わした。


「おやすみ、お父さん」

「おやすみ」


部屋から出る直前、海の呟きが聞こえた。しかしそれが酷く耳に残った。


「お父さんは、いつまでも僕のお父さんだよ」


穏やかなのに禍々しく聞こえたその言葉を、聞こえないフリをして扉を閉めた。


「あっ、父さんー」

「玄、どうしたんだっと」


いきなり腕を掴み、投げとばそうとしてきた義理の娘を逆に投げ飛ばして転ばせた。


「酷くない! 娘に対してやる事なの?」

「父親を投げとばそうとする娘に、情けはかけない」


さっき注意したのに、それでもやるのならば容赦はしない。怪我しない様にする義務はあるがな。


「ったく、親の顔が見てみたいよ」

「この老人の肖像画が、俺の祖父だぞ」

「親の顔って言ったよね!」


そんな親子漫才をしていると、庭師が血相を変えてこっちに向かってきた。


「大変です坊っちゃん!」

「どうしたんですか」

「夾竹桃の枝が切られてたんです、これに入ってました」


キョウチクトウは、非常に毒性の高い木で、樹液が肌に着いただけでも皮膚炎を起こす。死亡事故も起きた取扱注意の木である。


「昼はなんとも無かったんですが……」

「分かりました、海にも知らせます」


海の部屋に向かおうとすると、角から出てきたノッチが俺の足を蹴って止めた。


「コタロー君、海君は竜姫さんの部屋に行ったよ」

「ノッチ……お前な」

「失恋させたんだから、これくらいは良いでしょ」

「……感謝する」

「お姉ちゃん、今度パフェでも食べに行こ」


小学生に慰められている幼なじみに、若干罪悪感を覚えつつ、マナーもへったくれもないが2人の元へと向かった。



☆☆☆☆☆☆☆☆




「すぅ……すぅ……」

「こうしてみると、普通の子供だよね」

「ああ」


落ち着いたと思ったら、すぐに寝息を立てて寝てしまった。この状態の海くんを見ていると、本当にあんな恐ろしい事をする子とは思えない年相応の可愛い男の子だ。

すると、虎太郎サンはこちらに向かって頭を下げた。


「すまなかった、未遂とはいえ、危険な目に遭わせた」

「……下手したら死ぬ所だったよ」

「ああ……育て方と、ここまで追い込んだ俺が悪い」



キョウチクトウの毒性は、少量で牛が数匹死んだ例もある程の強さで、街路樹として使われている事もあるので、無闇に街路樹の木で遊んだら絶対にダメだ。特に経口摂取が一番危険なので、子供が間違っても口に葉っぱや枝を口につけないように、気をつけないといけない。ただ、花は可憐で見ていて癒されるので、剪定や廃棄に気をつければ観賞用として楽しめるけどね。


「海くんはあれだけ苦しんでたのに、まだ親として面倒を見てあげないの?」

「……タツ、これから話す事は契約の守秘義務から反している。その上で聞いてほしい」


そうして聞かされたのは、驚愕の事実だった。メグさんがレイさんとの子供を結婚前、もっと言うなら監督時代に公私混同と取られる時に作っていた事。それを承知で虎太郎サンは結婚し、バレない様にカムフラージュしていた事。そうして頃合いを見計らって離婚し、スムーズに本来の相手と結婚出来るように取り計らった事。どれも耳の早い週刊誌ですら出ていない、露見すれば連日ワイドショーを騒がせる話ばかりだった。


「レイさんはそれ程までにメグさんを愛していたし、合理的なメグさんも、そのリスクを背負うのを承知でレイさんと子供を作った程に愛していた。それにレイさんは記者にバレないように、こっそりと玄と海の顔を見に行き遊んでいたくらいだ。愛情は確実に存在している」

「でも今はそれが破綻している」

「ああ、だか海は父親似で愛に固執する代わりに、立ち直れば聡明だ、つまりレイさんが立ち直ってこちらで上手く仲をとり持てばまた家族になれる可能性は高い」


立ち直るかどうか分からない、けれど、どうにかして、虎太郎サンがレイさんを立ち直らせたいというのは伝わった。


「ところでタツ、記憶戻ってるよな?」

「うん、ショック療法って本当にあるんだね。あまり褒められた行為ではなかったけど」


レイさんの事もあるのに余計な手間増やしちゃったし、病院のみんなにも迷惑かけたなぁ。仕事がドッサリくるのは覚悟しておこう。


「なら、これからしっかり手伝ってもらうぞ。とりあえず明日から、レイさんの世話をしてくれている人を探すぞ」

「そんな人いますか?」

「あの荒れ具合でいて部屋がかなり綺麗だった、家政婦の1人いてもおかしくない。玄か海に聞けば誰か分かるだろう」

「2人がやっている可能性は」

「いくら2人の家事スキルが他の子よりも高いとはいえ、流石にあの大きさの家を細かい所まで掃除するには、子供では限界がある。可能性は高いぞ」


だとしても、あの状態のレイさんに近づきたい人がいるんだろうか? 少なくとも人を寄せつける雰囲気がなかったんだけど……。


「心当たりがない事もない、レイさんだけでなく、メグさんとも懇意にしていた女性がいる」

「その人どこにいるか知ってます?」

「それを今から聞くんだ……海、ちょっと起きてくれないか?」


疲れて寝ている海くんを起こし、いきなり話を聞こうとするとは……メグさんと仲悪そうだったけど、合理主義同士、同族嫌悪な気もする。


「……んっ、どうしたの」

「疲れてる所悪いな、いつも家事はどうしてるんだ?」

「基本は玄と2人でやってるけど、時々早織さんが家に来て手伝ってくれるんだ」


お手伝いさんがいるとか……流石一流プロ野球選手、ビンボー庶民には住む世界が違うな。


「その人がいつ来るとは分からないか?」

「大抵月曜日には、掃除を済ませて帰っていくのを見かけるから月曜日には会えるんじゃないかな?」


大きな手がかりを聞く事が出来た、早織さんというお手伝いさんに、話を聞く事が出来れば何か話が進むかもしれない。

「ありがとうな、海」

「ううん、良いよ。それと東條先生」

「どうしたの?」

「……ごめんなさい、僕が全部悪かったです。ついお父さんが取られると思って、助けてもらえなくなると思ったから……」

「うーん、後でしこたま説教するのは決定済みだけど」

「暴力厳禁な、タツ」


ササッと虎太郎サンの後ろに隠れるけど、いくらなんでも他人の子供でかつ、血友病の子供相手に鉄拳制裁をする暴挙はしない。その分、しっかりと反省を促すけれども。


「傷ついて、絶望して追い詰められたんだから、私はほんのちょっとだけ分からないでもない所はあるよ。やった事は許してないけどね」

「はい……」

「だから罰として、これからキッチリ休みの日に遊びに来ること。私のご飯を食べに来て」


虎太郎サンから充分甘いと目で訴えかけられている気はするけど、警察に突き出すでもなく、しっかり反省している様ならば、子供の自由な時間をもらうのは充分罰になると思う。


「……うん! 東條先生から、沢山料理を教えてもらうね」

「それと、病院にいる時以外は竜姫お姉さんって呼んで、先生だと肩肘張っちゃうから」

「うん、それじゃあ竜姫お姉さん。僕のママになって?」


……これはいきなりぶっ飛んだお願いだ、それにさっきまで邪魔だから消すとまで思い詰めていた子供に、お母さんとは……年齢的にも、同級生のママさんは多いけどさー複雑だよ全く……。


「いやーまだ付き合ってないからさ、ママは無理かもね」

「まだ、という事はこれからお父さんと付き合う可能性はあるんだよね?」

「虎太郎さんの甲斐性次第!」


大分誠意は感じ取れるけど、未だに私が大変な目に遭っているのを楽しんでいるところもあったりして、なかなか酷い人として、好感度は一進一退の攻防を繰り返している。まあ、以前よりはマシという感じかな。というよりも、一応海くんのお父さんはレイさんだからね?


「でも相性良さそうに見えるけど、虎太郎お父さんはサドだけど竜姫お姉さんってマゾでしょ?」

「うーん、海くん今なんか言ったかなぁ?」


美人顔系な私が睨みながらあくまでも笑顔で対応すると、大抵の人は恐れをなして、何でもないとズコズコと引き下がってくれるが、海くんは気の強い玄ちゃんと同じ血を引いているだけあって、堂々としていた。


「前に燕お姉ちゃんが言ってたんだ、『あの人は振り回されても楽しそうに一緒に過ごしてるから、そういう人は大抵変態だよ』って」

「変態じゃないよ!」


その子の人生訓間違ってるからね、私は一般ピーポーな小市民なんだから!


「タツは変態じゃない、ただ、少し残念なだけだ」

「フォローしたいのか、貶したいのか!」


ヘッドロックでその優秀な脳みそを潰そうと力を込めるが、いかんせん痛がる様子がない。


「竜姫お姉さん、ラッキースケベになってるよ、そんな瘤取り爺みたいな事しても竜姫お姉さんなら胸が……」

「前にもこんなやりとりしてたな、タツ」

「き、きゃあぁぁー!」


ヘッドロックを解除して、すぐさま張り倒そうとしたけど、あっさりとかわされた。なんで何度もやるんだと目が物語っている、だって避けられにくいじゃん! ベッドの上で身長差完全に無くなるし、絞め技はモーションないから当たる率高いから。


「虎太郎さん、サイテー!」

「全部が悪い訳じゃないだろ?」

「そうだよ、お父さん。責任取って結婚してあげないと」


おい、海くんよ、それは私への償いにはならないやつじゃないかな? 育ての父か、実の父か、どちらに似たのやら……。

それでも、なんとか立ち直れそうな海くんの様子を見て、少し安心出来た。翌日、宣言通りしこたま説教をしたのは言うまでもなかったけどね。




☆☆☆☆☆☆



海くんへの説教が終わった朝、病院に行って、記憶喪失で迷惑をかけた件の謝罪と、戻ったので仕事を頑張るという事を伝えた。

幸いにも割と早い段階で記憶が戻ったので、患者さんの診察も想定よりは滞る事なく快調にこなす事が出来た。


「はい、この調子でいきましょうね」

「ありがとうございました」


最後の患者さんの診察が終わると、体がバキバキと鳴った。休憩ほとんど無しで頑張ったからね、こんな無茶な事何回もやらない様にしないとね。また倒れたら、今度は私がみんなに説教されちゃう。


「お疲れ様でしたー」


書類を整理して、電車で西郷邸の最寄り駅に行こうかと思っていたら、病院のロータリーに虎太郎サンの車が停まった。


「復帰して無理しただろ、送っていくぞ」

「ありがとう、遠慮なく乗せてもらうね」


流石にご飯も摂らずに、飲み物とトイレだけ休憩してないと体がしんどい。虎太郎サンの好意に甘えるのも大事だ、明日の患者さんの為にも。


「明日休めるか?」

「午後は空いてるけど、それがどうしたの?」

「月曜日にお手伝いさんが来る日があっただろ、その日に事情を聞こうと思ってる」


うん、いきなり来て話を聞いてくれるか分からないけど、ここまで来たならダメ元でも良いからやってみないと。玄ちゃんや海くんの事は何とかなる……でも、だけど、レイさんの事も救いたいんだよ。


「早織さんだよね、何とか解決の糸口が見つかるといいな」

「見つけてみせる、全部やってダメなら仕方ないが、やらずに終わるのだけはしたくない。タツ、手を貸してくれるな?」

「もちろん」


高速道路を走りながら、私は解決への糸口が見つかるように、体をイスに投げ出して疲れを取った。


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