47話 受け取った願い
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「えーと……もしかして紅葉!?」
記憶が抜けてから始めて姉弟での対面となって不安だったが、子供の頃の面影があったからなのか、何とかメイと認識は出来たみたいだな。それでも、やはり記憶が抜けている影響は強いようだ。
「はーなんだかタイムスリップしたみたいだけど……お父さんに似てるなー」
「そうだっけ?」
「うん、佇まいが特に似てる、顔は母さん似だね、私もそうだけど」
記憶が抜けたが、思った以上に関係性に影響は出ていないな。もちろん、喜怒哀楽をあまり表に出さないメイの事だ、内心は穏やかでは無いだろうが。
「ところで、私は無事に医大を卒業して、心療内科の勤務医になってる?」
「そうだな……一応は」
契約的に確認したところ、勤務日数が比較的多い非常勤というもので、タツの思い描いたイメージと若干異なると言わざるを得ないか。ただ、金額的に貧乏生活は脱している。家賃代わりの生活費は安めにしてあるし、メイの用具を払っているから、随分ゆとりはあるだろう。奨学金と借金で遊ぶ金はあまり無さそうだが……。
「良かった、ちゃんと夢を叶えられてて……」
「記憶が戻って来ないと問診も出来ないだろうがな、とりあえずしばらく休んで、記憶を戻さないとな」
「薬を飲めば問題……」
「しっかり休めよ、それとも、落ちた方が眠れるか?」
流石に心を鬼にして、タツにダメだと威圧感を出した。どう見ても行けないのに、行きますと言うなら俺は止めるぞ。
「わ、分かりましたよ。初対面なのに、どうしてこんな目に遭わないといけないのよ……」
「先生、その状態じゃ無理ですよ」
「お願いだから休んで、お姉ちゃん」
「そこまで言うなら……」
記憶が抜けても対応の差が酷いな、そりゃ鬼にしている分良い感情は無いだろうが。
「日帰りで大丈夫らしいから、車を持ってくる。メイ、ちょっとついてきてくれないか」
一度使ってない会議室を借り、メイと2人きりになった。アネゴから情報収集を依頼したが、当然身近にいる肉親にも話を聞かせてもらう。
「メイ聞かせて欲しい、これまでに姉弟で何があったか、出来る範囲で構わない。タツの古傷を楽にさせてやりたいんだ」
「そうだね、僕の主観になるけど……」
前置きした上でメイがゆっくりと息を吐き、話始めてくれた。
「お父さんとお母さんが生きてた頃は、アパートで住んでて、椿お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に、野球やサッカーをして遊んで楽しく暮らしてた。旅行や外食とかする程裕福じゃなかったけど、好きなスポーツはさせてもらってたよ」
普段感情が表に出ないメイの表情からしても、穏やかで楽しい日々だったのが分かる。足るを知っていたのは素直に尊敬する、物に溢れているからこそ、何が嬉しいか分からなくなる時もあるからな。
「僕が小学校に入った頃に、家族みんなでお姉ちゃんの入学祝いで外で食べようってなって、お姉ちゃんを迎えに行ってから、僕のサッカークラブの迎えに行くって予定だった」
「だった?」
「酔っ払い運転で、お父さんとお母さんの乗った車が吹っ飛ばされたんだ。後で見たけど、車の形をしていなかったくらいのスピードでぶつけられていた」
酔っ払いの暴挙にか……生活が苦しかったと聞いているが、相手に示談交渉はしたのだろうか?
「相手は会社をクビになって、自暴自棄になってヤケ酒をした上で運転してたらしい。相手も亡くなって、配偶者も親類もいなかったみたいで、保障も無かったんだ」
「……保険は」
「死亡保障は入っていたけど、お姉ちゃん医大だったから、結構大変だった。僕も本当は中学でサッカーを辞めようかなって思った事もあったよ」
タツは自分の夢とメイの未来の為に、医大で踏みとどまって医者になるという、茨の道を選んだという事か。立派だが、メイはその道について行く事に不満は無かったのだろうか?
「もし、サッカーのプロとして出来ないのなら、それは天命だと思う。努力と才能だけじゃ世の中で羽ばたくのは無理だから。だから、可能性があるなら、お姉ちゃんが幸せになれるなら、その道の途中が辛くともついて行くよ」
「……強いな」
「どうにもならない事を散々味わってるから、途中からどうすれば前に進めるか、ひたすら考えるようになっただけだよ」
それこそ強いんだがな、辛い中で前に進む事がどれほど大変か、立ち止まり続けてしまう事が悪いわけではないが、進み続ける事は誰でも出来るわけではない。
「中学までは道具を上手く使いながら、サッカーを続けて、その間にお姉ちゃんは勉強とバイトを周りが心配するレベルで続けながら、大学生活と研修医をしてたから、料理を交代で作るようになった。だけど、お姉ちゃんが時々うなされる様になってたかな……」
うなされるのは何度か目撃している、叫びながらも起きてきていた事もあったが、10年近く悪夢に苛まれているという事か。これはかなり根が深いな、この傷をどうにかしないと、タツの地獄は終わらないだろうな。
「図々しいかもしれないけど、お願いしていい?」
「俺に出来る事ならな」
メイは俺の目を、真剣な眼差しで見つめている。そして頭を下げて、俺に願いを伝える。
「お姉ちゃんを助けて、もう10年近くあの鎖に縛られてる。ボクじゃ解けないんだ」
「それは家族の役割じゃないのか」
「家族だからだよ、お姉ちゃんにとって、ボクは守るべき存在だから。ボクに弱いところは見せないよ、でも、虎太郎さんには怒りも弱さも見せてる。嫌いなだけなら怒りは見せるけど、弱さは見せれないから」
10年も解けなかった鎖を俺が解けるのか……いや、出来るか出来ないかじゃない、やるしかないんだ。受け取るものは重いが、それを投げ出してはいけない。それだけ向き合って出した答えを、俺が潰す訳にはいかないからな。
「分かった、やらせてもらう。タツを救う、男と男の約束だ」
「うん、破ったらボクの就職先を探してね」
「……姉弟揃ってしっかりしてるな」
失敗する気はさらさらないし、探す前に働き口は幾らでも見つかりそうなヤツだが……そこは敢えて触れないでおこう。こんな才能があるのに、自分の評価を過小評価するのはなかなかいない。そんな本分なんだろうな、この姉弟は。
タツを付き添わせる為にメイを戻して、俺は駐車場へと向かった。
☆☆☆☆☆☆
車の中でもお互いなかなか話が切り出せず、遂に目的地までたどり着いてしまった。
「デカい……」
「俺の身長か?」
「いや、この屋敷が」
いつもなら、「分かって言っている」とか返す所を、普通に返して寂しいと思う。ド突かれるのが嬉しい訳では無いが、あのやり取りがないと日常では無いんだよな。
「仮にも世界と戦う大企業の社長宅だぞ、それなりの広さはある」
「なんかこう……庶民が住む場所じゃないね」
「ちなみに宿泊プランや撮影場所に貸してあるから、泊まれるし、運が良ければ芸能人と会えるぞ」
「そんな金はないですって」
「この豪華さで一泊3万、朝食付きならお金を貯めれば、一般人でも無理ではないだろう」
「私は奨学金とかありますから」
何故だか距離感が最初の頃に戻ったな、ツンツンしていて取りつく島がない。第1印象は、最初の時より悪くないはずだが。
「おかえりなさいませ」
「すごい、本物の使用人さんだ」
確かに使用人とか漫画かメイド・執事喫茶の中でしか見ないだろうな。だが、ここまでの屋敷を数人で管理するのは、現実的に不可能だ。だからこそ、みんなには感謝している。本当にありがとう。
「ただいま、タツに軽い食事でも出してくれないか?」
「かしこまりました、すぐにご用意いたします」
「お金ないですよ、私には」
「当然知ってるぞ、金に困ってる所からむしり取る真似はしないから安心しろ。それに、俺の家にクーラーが付くまで避難するだけだから、そんなにここに居ないからな」
この時点でタツが圧倒されているのは、目に見えて分かる。だったら豪華過ぎず、早めに帰る方向で調整した方がいい。タツの心労を考えれば、実家で休ませるよりも、居心地の良い場所でゆっくりさせた方が良いからな。案外豪華過ぎても、人は緊張して休めないものだからな。
客間に座りながらサンドイッチを食べながら、お茶を少し飲んだタツが一息つくと、少し放心状態で辺りを見渡す。
「それにしても、どうして私はこんな社長宅で呼ばれているんですか」
「居候先のクーラーが壊れたからだろ」
「じゃなくて! どうして私はこんな資産家と縁が出来たのかって話です」
間違った答えじゃ無かったが、敢えて察する事はしなかった。このやり取りを思い出して欲しいというのが、1番大きい理由だ。
「茜に貸しがあったからな、それに、公も私も両方とも利があった。だから手を差し伸べ、タツがその手を掴んだだけだ」
「……なんか馴れ馴れしいですよね」
「大事な人にはあだ名で呼ぶ癖があるからな、それと仲良しじゃなければ、こんな上から言わない」
「だっ……!?」
驚いているが、想い人という意味で受け取ってもらいたい、この恋が叶うか分からないが、そうでなくとも大切な友人としてこれからも縁を大切にしていきたい相手である。ここまで早くタメ口になったのは、女子ではタツが1番かも知れない、幼馴染は除くがな。
「普段はここじゃない所で住んでいるんですよね」
「ここより大分狭いが、地下室ガレージ屋上付きのビル住まいだな。シェアハウスに近い形で2組のきょうだいと、家主が住んでいるって所だな」
「それがさっきの兄妹ですか」
「準規とみのりだ、インテリモヤシ兄貴と、侍脳筋妹の、色々あったが、今は楽しく人生を謳歌している2人だ」
親に売られ、裏の仕事をしてもらったり、マイノリティーに悩んだりしている2人だが、最初に来たよりも確実に良い笑顔で笑うようになった。どうか幸せになって欲しいものだ。もちろん、東條姉弟にも。
「生まれながらこんな家に住んでいたなんて、少し羨ましいです」
「人のものは良く見えるものだぞ、勉強漬けだったし、金に媚を売って普通に接しない人も多いからな」
これはアネゴも感じていたようだが、俺と付き合っているのか、金と付き合いたいのか、一瞬分からなくなる時は過去にあった。今は友人として普通に接してくれている人が沢山いるから、気にしなくなったが、それでも不快なものは不快だ。食うものに困らないからそれくらい気にするなとか、安易に使うヤツもいるが、いつかこの生活が無くなる事もある。堕ちる時は一瞬だ。
「嫌なら金が貯まったら出て行っても良いし、貯まっても居心地が良いならそのまま居ても良い。ただ、数万の生活費を入れてこの住まいは余程の事故物件でもない限りないがな」
「ううむ、でも、知らない人と1つ屋根の下って怖いな……」
「自己申告だが、襲ってはいないからな」
「そりゃそうでしょ!」
「竜姫さんなら、襲ってもすぐに叩きのめそうだけどね」
組み伏せる自信が無い訳じゃないが、出来るのとしたいのとは違うからな。もちろん、そこは伏せておくが。
「ひとまず、ゆっくり休んでくれ。最初から全力で投げて完投できる投手はいない、休む時に休む勇気も大事だぞ」
「そうですね、素直に休ませてもらいます。そういえば、椿はプロ野球選手として上手くいってますか?」
「プロ野球ファンで知らない人がいない位の、球界の至宝ですよ。破天荒だけど、優しい人っていうなぜか好感度の高い不思議系男子ですけど」
車で話せなかった今までの事を、次々と質問しながら、嬉しそうに聞くタツに俺も顔には出さなかったが嬉しく思う。この調子ならまた普通の日常に戻る事も出来るだろう。そう思っていたが、あんな事態になるとはこの様子では想像出来なかったのは、言い訳になるが仕方なかった。




