45話 どの進路を選んでも
「タツ、この後少し散歩でもしないか」
「それってデートのお誘い?」
温泉での騒動以降、2人きりになる機会があまりなかった。そんな甘い雰囲気になる話も、展開も無かったしね。
「何か用事があるなら……」
「良いよ、こんな庭園を散歩する機会も滅多にないだろうしね」
「良いのか」
「そう言うなら止めようか?」
「頼む、一緒に散歩して欲しい」
珍しく下手に出た虎太郎サンに、少し優越感を感じつつ、準規君に後の事を任せて散歩へと出かけた。
ここの庭園が、昔テレビで見たイギリス貴族の庭みたいにとても広くてゴージャス。ドラマのロケ地に使われても不思議じゃない程の、優雅な風景がここにある。でも、夕暮れ時でステキなムードというよりかは、何か出そうなホラーチックな逢魔時……少女漫画とかで、怖い話でドキドキして、距離が近づく定番ネタはあるけれど、かといって病院で怪談話慣れしているから、そこまで怖くは……。
「ここの庭師が昔言ってたな、夜な夜なこの庭には、パチン、パチンと音がなって、その音を聞いた人は数日以内に……」
「首がパチンと切られてるって話?」
「パチンと解雇されるってオチだった」
「そっちの方が逆に怖い!」
そっちのクビだとは、庭師さんは少しお茶目な人のようだ。ギャグとしてはかなり低得点だけど……。
「それ以来、パチンと音がすると、何故だか悲しくなってくる。子供心に刷り込まれたトラウマはなかなか消えないものだな」
「確かに、私も父さんに怒られた時に段ボール箱に詰められて以来段ボールを見ると泣けてくるんだよね」
「お前の父親はどんな人だったんだ……」
父さんは元ヤンで結構血の気が多かった、ただ、あくまで怒りっぽいだけで、普段は優しいニイさんって感じの人だった。礼儀には厳しくて、反抗期にうるさいジジイと食ってかかったら段ボールの刑だった。何故うちに、あんな馬鹿デカイ段ボールがあったかは、いまだに謎のままだけど。
「あっ、この花可愛い」
「ブーゲンビリアだ、花言葉は情熱、あなたは魅力に溢れている、あなたしか見えない。告白の花として説明を添えて送れば、誤解もなく、ムードもあって良いと思うぞ」
「そっか、少なくとも運転手に送ったらダメだよね」
ロマンのカケラもないと苦笑いされたが、私は時々論点がズレると茜に言われた事がある。それがチャンスを逃してる要因とも……なんか反論できないのが悔しい。
「このブーゲンビリアはタツに似ているところがある」
「可愛いっていうよりキレイ系とは言われるけど」
「その通りだが自分で言うな」
たしなめてはいるけれど、しれっと無意識で褒めている辺り、このイケメンはなかなかのタラシ君だ。私でも褒められたら嬉しいんだよ。もっと褒めてくれ!
「ブーゲンビリアはあまり水をあげすぎると、花を咲かせず、トゲが出てくる。厳しさや逆境の中で咲く花なんだ」
「でも、もう少しは水を頂戴よ、私はマゾじゃない」
「もちろん、枯れない程度はお水はあげるが、甘やかし過ぎてダメ女にさせたくないからな」
そんな私は信用ないのか、あるいは逆境の中で頑張る姿が好きなのか。分かっていることは、お水はこれからも、そんなに多くはもらえないということだ。
「社長の座から離れていても、資産家の息子というのは変わらない。だから俺じゃなくて、家の金を狙ってくるヤツは老若男女問わず腐る程いる。一時期本当に嫌になって、家を飛び出した理由の1つにもなったからな」
「貧乏苦労多し、富豪気苦労多しってこと?」
「自分を含め、皆が足るを知る事が出来たなら、この苦労もしなくて済むんだが……それとタツの水の量が増える」
「全人類に愛と衣食住を!」
私の心の安寧のためにも、ぜひ虎太郎サンに、穏やかな気持ちになれる人が出来ますように……なんだろう、私達以外誰もいないはずなのに、やたらと視線がグサグサと刺さってくるんだけど……。
「人は堕落しやすいから、ある程度締めないとダメだが、なんだかタツは苦労の割には金に対して執着心が低いな。がめついというよりかはケチなのは確かだが」
「貧乏人だけど、心まで貧しくなったら紅葉共々倒れちゃうからね。だから腐らずにここまで来たのよ」
ここまで何度も心が折れかけたけど、やっぱり家族がいるのといないのとでは、投げやりになりにくさが違う。それに、私は紅葉を独り立ちさせるまで投げ出してはいけないから……。
「手入れして大事に育てられた薔薇よりも、逞しく咲く、ブーゲンビリアの花に魅力を感じる。温室育ちだと俺の妻には向かない」
「なんか久々に口説いてくるけど、どうしたの?」
「強要はしたくないが、このままじゃいくら経っても進展しないと思ってな」
そうだね、動かないと山は登れないし、上手くいこうがいこまいが次に進めないし。
だけど、そうなると虎太郎サンの距離感が確実に変わる。そうなった時、どつき漫才や中里兄妹との交流も変わってしまうかも知れない。変化するって難しいよ、嫌いじゃ無くなったと思うからなおさらね。
「私は……」
突然私の電話がかかって、発信者を見ると勤務先の病院だったので、慌てて電話に出た。
「はい、どうしました?」
「東條先生、双子のきょうだいが東條先生に会いたいと」
「名前分かりますか?」
「中上と言ってます、どうしますか?」
「すぐに向かいます、ありがとうございます」
電話を切って、虎太郎サンに玄ちゃんと海君が会いたいと伝えた。
「それなら一緒について行く、嫌な予感しかしないからな」
「私も同感」
レイさんのカウンセリングは継続してるけど、あまり良い感触は得られてない。当然薬も使ってるが、医者というのは全てを治すわけじゃなくて、病気で困ってる人に手を差し伸べる事しか出来ない。その手を掴むのは患者さんであって、最悪手を掴まずそのまま救えない事も多い。レイさんの心配な点は差し出した手から目を背け、耳を塞いでいるという医者からすれば、手の施しようがない状態にある。
「こういう時、虎太郎サンの運転が上手くて助かるよ」
「怒られないかつ、全速力で送ってやる」
高速を使い、出来る範囲で早めに勤務先の病院に着いた。待っていたのは、お姉ちゃんの玄ちゃんの方だった。
「お父さん!」
「どうしたんだ、一体」
「あの人が海を殴って、急いで病院に来たの。もう耐えられない、お父さんの所に居させて!」
「……海は血友病だった、レイさんは知ってるよな」
血友病、男性に症状がみられやすい病気で、血液凝固因子が無いか少ない状態の病気、分かりやすくいうと出血した時に血が止まりにくい。点滴や注射で出血予防しないと、酷い時には関節症を併発するからとても厄介だ。過度な運動でも筋肉や関節から出血するし、ましてや殴るなんて……。
「お願い、このままじゃ海が危ないの」
「そうだな、分かった。まずは休め、こっちで一時的に距離を置いてもらえるよう、話をしておくから。顔に疲れが見えるぞ」
「ありがとう……」
玄ちゃんは安心したのか、虎太郎サンにしがみつくとすぐに寝息を立て始めた。頑張ったね、玄ちゃん……さて、これは一刻も早く児相に連絡した方がいいが、とりあえず海君の容体と、希望を聞かないと。
「海君、大丈夫?」
「うん……あの人は優しかったのに、母さんが居なくなって変わっちゃった……」
可愛らしい顔と華奢な腕に青痣があり、見ていて痛々しく思う。薬は投与されていて、命に別状は無いのがまだ救いだけど……。
「玄ちゃんは虎太郎さんの所に居たいって言ってるけど、海君はどうかな?」
「……このままあの人の元へ居たくない、お父さんの所に連れてって」
父親であるはずの孝志さんの事をあの人と呼んで、もう他人である虎太郎サンを今でもお父さんと呼ぶ……もうかなり関係が破綻している、これは早く孝志さんの状態を改善しない事には、本当に死人が出る。
原則一時保護の期間は2ヶ月で、これは一時保護が裁判所の許可もすっ飛ばして強制的に出来る事から、保護者や子供の人権を守るため。逆に言えば2ヶ月でレイさんを安定させて、家族の絆を作らないといけない。
「……はい、2人子供がいて1人が暴行を受けたと主張しており、複数の痣が見受けられます。2人とも前の父親の元での保護を希望しています」
ひとまず児相に連絡を入れて、職員の人がやって来た。聞き取りをするからと、虎太郎サンも席を外してしばらく待つことになった。
「……私の至らなさを痛感させられるよ」
「まだダメだった訳じゃねえだろ、むしろここからが勝負になってくる」
「……それでも、私は誰も救えてない」
これまでの事を振り返り、私はうなだれて手で顔を覆う。そうしたら、肩に温かい手が置かれた。
「勘違いするなよ、そんなちっぽけな手で全てを救おうとするな。足りないなら力を借りろ、ちっぽけな手でも、集まれば救える」
「……ふふっ、なにそれ、励ましてるの?」
虎太郎サンなりの少し不器用な励ましに、少し吹き出してしまった。色々出来る人なのに、こういう時にぎこちないのが少しかわいい。
「西郷さん、よろしいですか」
「はい、なんでしょう」
児相の職員さんが言いにくそうに、話を切り出し始めた。
「実は入所施設がどこも空いておらず、かと言ってこのまま放置するには危険だと、こちらでは判断しています」
「そうですね、こちらの見解としても、あの親子を放置するのは、お互いにとってよろしくないというのはあります」
「それで無理を承知で言いますが、前夫であり、経済的にゆとりのある西郷さんに里親として引き取ってもらう方が個人的にはよろしいかと」
「ええ、その方が良いでしょう。ただ、こちらとしては孝志さんが落ち着くまでと思っています。異変が出だしたのは、前妻の死去からで、立ち直れば父性はあるでしょう、しっかり育ててくれると思います。あくまでも、基本的には第2の父として子供の世話を見る気持ちではあります」
虎太郎サン意思表示に少し違和感を覚えた、なぜあそこまで玄ちゃんや海君を愛しているのに、レイさんを立てようとするのか。ほとんど親に見捨てられた形の準規君やみのりちゃんには、ほとんど父親や兄貴分に近い形で接している分、虐待までしているレイさんを完全な形で引き離さない。それは一体……?
「里親研修を受けた事は?」
「ええ、以前受けています」
えっ、いつの間に? これも西郷家だから出来ないととかなら、本当に金持ちどうなってるんだって後でツッコむよ?
手続き書類は次回来た時に渡すと言って、職員さんは帰っていったので、早速研修の件で聞いてみた。
「メグさんが倒れた時、もしもの時に研修しないといけないと思った。孝志さんの執心っぷりは球団内では知らない人はいない程の筋金入りで、もしかしたらというのはあったからな。出来れば役に立たないで欲しかったが」
「確かに、保険は使わなければ、それに越したことはないからね」
でも、その懸念があるなら、さっさと引き離した方が良かったのではとも思う。親に殴られた子供を何人も見てきているけど、みんな大人に怯えた目をしていて、中には泣くのさえやめた目をしている子すらいた。そんな目をあの2人にさせたくないんじゃないの?
「確かに引き離す事で、確実に2人が傷つく事は無かっただろう。だが、あの家族で穏やかに暮らしてくれるのがメグさんの希望であり理想の形だ。どうにもならなくなるまでは、出来るだけその意向に沿う様にしたい」
「そう、それでも……私は2人が幸せを優先させるよ」
「それで良い、最終的に上手くいかなければ、俺も2人の幸せを取る。だが、出来るだけ足掻かせてくれ」
その言葉が聞けたなら十分かな、それにレイさんも救えるのなら、メグさんへの餞になるだろう。救えなかったメグさんへのせめてもの……。




