42話 能ある鷹は
紅葉の試合が決まって嬉しいが……あー悔しい、悔しいことに、割と休んでしまったので、これ以上休むと仕事に差し障る。つまり、大事な紅葉の代表戦を見れないという事だ。温泉旅行、止めておけば良かったなー……こっちの方が大事だけど、紅葉が休めたから全く行かない方が良かったとも言えない。
「それなら……ほれ、有料放送に入ったから、試合が観れるぞ」
「えっ……!」
流石虎太郎サン、こういう事もいつのまにかやってくれるのはありがたい。ただ、無茶振りもガンガン入れるのはやめて欲しいけど。
「野球ももちろん大好きだが、紅葉の勇姿を、せめて画面からでも観ないとな」
「出れるかどうか分からないどころか、かなり低いんだけど、それでもありがとう」
「確かに、出る確率は高くないが、それでも、気にするのとしないのとでは、紅葉のモチベーションも違うからな」
2つも上の世代、しかもゴールキーパーだと、余程の事がない限り出番は無いだろう。それが飛び級だろうとも、壁は高いと思う。
しかし、姉としては嬉しいし、良い経験が出来るとなれば、その空気だけでも味わって、刺激を受けてきて欲しい。出れなくても恥じる事はないんだから。
「それじゃあ、行って来るね」
「気をつけてな、行ってらっしゃい」
今日の夜から試合なので、途中からでも間に合うと良いけど、録画もしてあるので、そんなに焦る事はないだろう。
「弟さん、今日試合なんですって?」
「頑張ってくださいね」
野々山さんをはじめ、病院の看護師さんから、エールを送られた。私が頑張る訳じゃないけど、こうやって応援してくれるというのは紅葉にしっかり伝えておこう。もちろん、プレッシャーのかからない範囲で。
「ただいまー」
今日も夜遅くまでかかり、クタクタになって家に帰ると、準規君が興奮気味に駆け寄ってきた。
「竜姫さん、凄いですよ!」
「どうしたの」
「メイくんが出場したんですよ、それもそこから流れが変わって、逆転して勝ったんです」
おおっ!? それは凄い、凄いけど準規君、まだ観てないのにネタバレは止めようか。喜びが半減するから。
ともかく、試合を観ることにしよう。時間もかかるので途中までは倍速再生で観ることに。割と大きなスタジアムに少し感慨深さがこみ上げつつも、大まかな流れも紹介しよう。
試合は前半にペナルティーエリアでファールがあり、PKで先制され、更に前半の終わり頃接触プレーにキーパーが怒って暴言を吐いて、イエローが出て、更に怒ったキーパーが審判を突き飛ばしてまさかの退場処分に。
後半からは、10人で苦しくなり、更に相手選手の強引なシュートの際、2人目のキーパーが接触してケガをしてしまい、そこで紅葉が登場したという訳だ。かなり荒れた試合だけど、こんな中で紅葉はやったんだよね……。
『さあ、日本代表はキーパーが3人投入されるという異常事態ですが、ここから巻き返せるんでしょうか」
『いやー東條君には思い切ってやって欲しいですね、こんなチャンスなかなか無いですから』
この圧倒的不利な状況に、視聴者を離さないように何とか実況や解説者がフォローしている。普通なら諦めてチャンネルを変える人も多いよね、有料放送だから、熱心に応援する熱いサポーターは多くいるだろうけど。
そんな事を思っていたら、いきなり裏を通されて1対1の大ピンチに。
『エースの李が決めにかかる……東條キャッチ!」
『いやーあの位置であのシュートを止めるのは流石ですね、しっかり集中してますよ』
その後も裏を通されて幾度もピンチを作るが、その度に紅葉は好セーブを連発していく。
「これ、録画か」
「あっ、虎太郎さん」
虎太郎サンがご飯を持ってやって来た、食べながら観戦するのは少し行儀が悪いけど、明日も仕事なので許してもらおう。
「前に紅葉の試合を観に行った時に、かなり相手にシュートを打たれていたが、全てセーブするか、枠外に外れていた。よく見たら、かなり選手が前でプレーして攻めているんだよな」
この人本当に忙しいんだろうか、サッカーの試合観に行く暇があるなら、さっさと寝て体を労って欲しいものだ。紅葉の試合を観に行ってくれているとはいえ。
「だからピンチになりやすいが、同時に攻撃的なサッカーが出来ている。その証拠に」
『日本チャンス、シュートを押し込んで……入ったー!』
「こうやって点が入る」
味方が同点ゴールを決めて、試合が振り出しに戻った。正直、この状況の状態なら引き分けでも御の字だろう。だが、流れは完全に傾いていた。
シュートを受け止めた紅葉が、サイドボレーで前線に送り、抜群の位置で受け止めたサイドバックが、更に駆け上がる。
『アディショナルタイム残り10秒を切った、これでラストプレーになりそうだが、外から切り掛かる!』
『ここまできたら、最後まで攻める姿勢は貫いて欲しいです』
そしてボールを打ち上げて、センターバックが強烈なヘディングシュートを決めた。これで逆転だ。
『ゴーーール! ここで日本、奇跡の逆転!』
『いやーまさかあの絶対的不利な状況で、よくぞここまで行きましたね』
そしてそのまま試合が終わり、日本は初戦を逆転勝ちという最高のスタートを切った。
『今回の殊勲者は、東條です。彼が出場してから、流れが全部変わりました』
監督のインタビューでも、紅葉が褒められて、姉としてとても喜ばしい。今回はたまたまだろうけど、それでもいいアピールになっただろう。これでプロ契約とか出来たら、お金の心配をしなくて済むんだけど……まあそれは差し迫った問題では無いので、自由に楽しんでもらえたら、私はそれで良いんだからね紅葉。
「これから、ポジションを奪うかも知れないな、あそこまで活躍した若手を、2度と使わないという事もない。もう1度チャンスをもらえるだろう」
「私としてはケガなく、楽しんで欲しいだけだけど」
「それで良い、家族がプレッシャーをかけたらダメだ、関係ない外からすでにかけられている訳だから」
虎太郎サンと意見が合った後、突然山のような通信アプリのメールがドカドカと来た。お祝いももちろん沢山あったけど、中でも驚いたのが次のメールだ。
『今ネットで弟さんが話題になってますよ!』
「……えっ?」
東條紅葉で調べてみると、ソーシャルネットのランキングに食い込んでいた。弟のサーチは趣味じゃないけど、内容は凄まじかった。
『ウソだろ、こんな16が日本にいたなんて!』
『早くオールジャパンで活躍している姿を見たい!』
私としては紅葉が、これで動揺してしまわないか心配だ。いきなり注目度が高くなって、潰れていった選手は、あらゆるスポーツで存在する。だからこそ、帰ったら、全てを背負わなくて良いと伝えてあげよう。
「近いうちに、メンタルトレーニングのスタッフを紹介するか……」
「良いの?」
「あの才能は潰れて欲しくない、会社としてもあのスター性は広告に持ってこいだ。だからそんなに気にするな」
この人はホント素直じゃないなー私情としないように、口実を作っている。私情がなかったら、有料放送に加入しないし、同居しているとはいえ、赤の他人に援助しないだろう。
「その代わり起用する際は、ギャラは少し安くしてもらうからな。援助分を差し引かせてもらうぞ」
「青田買いしてくれるならね、それにサッカーに支障が出ないようにするのが第一だから」
本人がいないのでこれは、あくまでも仮の話と念を押しておいた。まあ虎太郎サンも、紅葉を置き去りにした契約など考えてないだろう。その点においては信頼できる。
「取らぬ狸の皮算用になるかもですし、そんなに舞い上がっても仕方ないですよ」
「……それはどういう事かな?」
「ひぃぃ!?」
あくまでも穏便な笑顔を見せたつもりだったが、準規君は後ずさりをして逃げようとしている。いや、分かってるんだよ、これがマグレの場合もあるし、このまま消える可能性もあるだろうから、浮かれちゃいけないのは。でもさ、余計な一言じゃないかな!
「タツ、そんなので目くじら立てても、実際にやるのは紅葉だ。疲れた時にフォローして、何を言われても見守る度量を見せないとダメだろ」
「そんなの分かってる、分かってるけど……」
「まあ、いきなり難しいのは分かる。だけど出来るようにしておいた方が良いぞ」
感情は理詰めで説得出来ない、だから一歩引いて落ち着かせるのも大事というのを、虎太郎サンは分かってる。最初は踊らされている感じがしてイライラしたけど、最近は少しありがたいと感じている。さて、明日も早いし、食べ終わった皿を洗おうか。
☆☆☆☆☆☆
翌日、茜から取材の申し込みがあった。今注目の紅葉の家族という事で、色んな所から取材の申し込みが殺到しているけど、長年の付き合いがある茜なら信頼出来るので、とりあえず茜の取材は受ける事にした。
居住区の1つ下の階にある応接間に案内して、茜がソファーに座る。仕事着用のスーツズボン姿でここに来ると、仕事の出来る女性みたいに見える。まあ仕事は出来ても、中身は結構子供っぽいところがあるんだけどね。
「本当にありがとうー!」
「もし、変な記事になったら、親友と言えども、今後インタビューは受けないからそのつもりでね」
「もちろん! だって前の旅行で信用無くしてるしね……」
相部屋は策略だったのは認めたが、やはり混浴閉じ込めは予想外だったらしい。流石にそこまでの仲になってない中、そんな公共の場でのドッキリはしないし、いくらなんでも旅館側も認めないそうだ。旅館側の反応からも確信犯ではないのは分かったから、そこは温泉に流して、相部屋の件ではシバいた。そこはそこ、人為的なのでアウトだ!
「いてて……じゃあ今日はよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
ニッコリ笑ってシバいた後、親友というのを抜きでしっかり挨拶した後、インタビューが始まった。親友と言えども、詳しく話すのは初めてで、始めた経緯、普段の様子、姉弟2人で苦労した事など、茜自身も知ってるけど、ちゃんと記者として認識のズレを無くし、確認を取る所は流石若手エースと言われているだけある。
「はい、ありがとうございました。これで取材は終了」
「こちらこそありがとうございました、茜の仕事をしっかり見れて良かったよ」
とりあえずインタビューの時点では、不快になるような質問は無く、自然な流れで話が進んでいった。
「今度は本人に聞かせてもらおうと思ってるから、その時はよろしくね」
「無理はさせないけどね、まだ高校生なんだし、変に天狗になって欲しくないから」
「紅葉くんは変わらないと思うけどね、優しいし、超いい子なんだけど、どこか世の中を冷めた目で見てるから、自分を見失わないよアレは」
世の中を冷めた目で見てるか……私が1つの原因になってるのは間違いなさそうなんだよな、濡れ衣で前の職場辞めさせられたせいで、世間の冷たさを味わさせたんだよね……。
「ともかく、竜姫も頑張りなよ。あっ、あと虎太郎さんにも取材しても大丈夫かな」
「紅葉の事で?」
「それもあるけど、地元のミュージシャンって言うのもあるから、それで同じ系列のスポーツ紙に情報を教えてくれって言われててね」
「結構ギリギリだよね……」
自分が取材で知った情報は、自分の所属している会社以外に、教えてはいけないという事を聞いた事あるけど、部署が違うとはいえグレーゾーンな感じもするが。
「おお、終わったか? お茶を片付けに来たぞ」
「あっ、虎太郎さんちょうど良い所に」
早速茜が虎太郎サンに取材を仕掛けにいった、話せる範囲なら割と話してくれる人だ、ただし信用出来る人に限るってところがあるけど、さて、前の旅館でのあの件で信用の程は……。
「恋を応援してくれている茜に感謝している」
「やった」
「が、同時にお節介が過ぎる所も強い、相部屋については流石にやり過ぎだ、反省しているなら、情報を聞かせてもらおうか。あるいはちゃんと菓子折りを持って謝罪に来い」
あーやっぱりキレてた、まあ無理もないし、私としてはアレで怒ってくれなかったら、正直虎太郎サンの株価が暴落したところだ。対応については、まあ良しとしよう。
「すいませんでした、今度イザベル特性ガトーショコラを献上するので許してください」
「追加でミルクレープもよろしくな。……さて、取材したい事はなんだ」
「殿下……!」
ちゃっかり追加要求したけど、さっさと示談を済ませ取材に応じる辺り、切り替えの速さが凄まじい。そこは大企業の重役だからだろうか……。
「……はい、ありがとうございました」
「おお、用事は済んだか?」
「もうこれで取材完了、というわけで、今度ミルクレープとガトーショコラを持って、誠心誠意謝罪しに来ます」
猫かぶりモード全開で丁寧に取材に応じ、終了した直後、素に戻った。下手な役者よりもよっぽど演技が上手いよね、愛の言葉を囁かれてもちょっと信用出来ないな……。
そして茜が帰っていき、見送った直後、紅葉からメールが届いた。
「今度韓国のスタジアムだから、運が良ければお土産買うね。期待しないで欲しいけど」
そんなことしなくて良いから無事に帰って来て! そう願っていたら、怪我しないで帰ってきたけど、謎の人面魚型の巨大マスコット人形が送られてきた。我が弟はとてもいい子だけどお土産選びのセンスは皆無だった……。
紅葉「大きいと印象に残るかなって」
竜姫「インパクトは大きいけど……」




