41話 なんとベタな……
「ほうほう……遂に犯罪に手を出しやがりましたね虎太郎さん……?」
あくまでも笑顔で、それでいて闘志をみなぎらせてアッパーの準備をするが彼奴は冷静だった。
「看板見なかったか? 今の時間風呂場の掃除で混浴状態だぞ」
確かに看板には、今の時間から混浴になると書いてあった気がする。でも結構経ってたし、虎太郎サンがここまで長風呂とは思わなかった。
「準規君と入るんじゃなかったの」
「さっきまで入っていたがお腹が痛くなってトイレに行くと言ったきりだ」
チッ、せっかくなら準規君をシバこうと思ったけど仕方ない、戻って頭だけ洗面台で洗おう……。
「……あれ?」
引き戸に手をかけるが開かない、さっきまで開けれたのに、ボンドで固めたと思うくらいガッチガチに固まっている。誰だ、準規君が戻ってきたか、みのりちゃんやイザベルがお節介をしたのか、それとも意表を突いて伊織ちゃん?
「流石にアイツらが、そんなタチの悪いイタズラはしないだろう。いくらお節介が過ぎるとはいえ他の人が使う温泉に細工はしないし、温泉側も許可しない」
「そうだね、じゃあ男子側の更衣室から開けてもらえるように呼んでもらえない?」
「そうだな、それじゃあ……ん?」
虎太郎サンの顔が曇った、引いても、浮かせても動く気配がない……まさか、まさかまさか。
「……一応確認してくれ、開かないんだが」
こちらの方を見向きしないのは、私がタオル一枚だからか、それとも気まずいからなのか……私が扉に手をかけて引っ張っても、うんともすんとも言わない。これはアレだ、完全に閉じ込められた!
「ここまで私の運が無いとは……」
「とりあえず風呂に入れ、いくら寒くないとは言え、ジュース被った頭じゃ風邪を引くぞ」
「なんで分かったの?」
「頭から砂糖とオレンジの香りが強く匂うからな」
鼻がいいなこの人は、鼻が良いから、味の判別が出来る、結果料理も美味しく出来る。拭いたけど、まともに喰らったから流石に分かるのだろうか。
「……こっち見ないでよ」
「こっちは見られてるんだがな」
「比較対象が違うでしょ!」
男の腰タオルと、女の裸じゃ明らかに違う。見られて減りはしないけれど、だからといって私にも守りたい一線はある!
しかし、まずは頭を洗いたい。虎太郎サンには風呂に入ってもらって、私は髪を洗わせてもらおう。
「タツ……まだか?」
「髪が長いと時間がかかるの、待ってて」
結構時間がかかっているけど、今ようやくリンスをつけたところだ、そんなに急かさないで欲しい。虎太郎サンもそこそこ髪があるから分かるだろうに。
「一旦出るぞ……うっ」
「虎太郎さん!?」
虎太郎サンが出ようとして、倒れ込んでしまった。慌てて溺れないように、お風呂から出して処置を施す。
「大丈夫、意識ある?」
「のぼせただけだ……」
こういう時は足を高くして、首や脇をタオルで冷やす。湯冷め防止に、体は冷やさないようにタオルを被せる。これで問題はない、あるとすれば……。
「……目のやり場に困るな」
「私だってこんな状況じゃなきゃイヤよ」
こういう時タオルは2、3枚いる、1つは首や脇に冷やす用のタオル、もう1つは逆に冷やし過ぎないために体にかける用、タオルは2人合わせても2枚しかないが、医者として、この際仕方ない。後はあまり良くないが、ここの冷水を少し飲ませて私はさっさと風呂に入らせてもらおう。
「はぁーここでも落ち着けはしないか……」
「トラブルは宿命だと思って楽しむしかないぞ」
「そりゃこの状況で得してるのは虎太郎さんだしね!」
のぼせている相手に言う事じゃないけど、それでもこっちは割りを食らっている。頭を洗うのが遅くなったのは悪かったけど、それでもあんまりだと思わない?
それから他愛のない会話をして、こちらも少し暑くなったところで状態を聞く。
「それで、落ち着いた?」
「……ああ、タオル返すぞ」
タオルを渡され、また横になった虎太郎サンの様子を見る。確かに先程よりは顔の赤みが引いた、これならもう少し休憩すれば大丈夫だろう。
ミイラ取りがミイラにならないよう、タオルを巻いて一旦湯船から出て隣に座ると、虎太郎サンが申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すまないな、休ませてあげたいと思ったが全然休まらなくて」
「相部屋にさせられて、高校生に胸揉まれて、元ヤンにゲームでぼったくられて、混浴状態になった上に裸見られてるしね」
この旅行は、私にとって何一つ楽しめてない訳じゃないけど、心穏やかとはいかなかった。本人は申し訳ないと思っているから多少は良いけど、それにしたって今回も酷かった。
「こういう事に関しては不器用だが、それでも少しは楽しんでもらえるようにするから、また付き合って欲しい」
「下心は?」
「弟の世話をしながら、みんなの家事をやってくれる、その恩には恩で報いないとダメだ。それが出来ない大人になりたくないからな」
虎太郎サンも虎太郎サンなりに、感謝してくれているんだよね。それはとても嬉しい、何でも出来る人なのに、こういう気遣いは下手なのは少し笑ってしまう。
それに腹を割って話してくれるだけでもいい、意地悪な質問をしたけど、それでもキチンと答えてくれた。以前はどこかのらりくらりとしていた所もあったけど、心を開いてくれてるかな。
「時々思うんだが……」
「なに?」
「自分のために動けと言っているが、それは自分に言い聞かせるために言っているのかと」
藪から棒に切り出された話だが、こういう弱っている時は本音を聞けるチャンスだ。それならば、ちゃんと話を聞こうではないか。
「小さい頃のあの一件で、自分のために動く事が苦手になって、勉強も虎之介に引き継ぐまでの繋ぎとして、音楽もロボやみんなに夢を与えるため……まあ唯一結婚に関して言えば、家と決別したくて逃げた所はあるが」
それは私も感じていた、虎太郎サンは好きな事をやっているはずなのに、少し疲れているように見える。人のために動けるのはとても良い事だけど、それが自分の負担になっているのであれば少し問題だ。助け舟を出したら泥舟で、一緒に仲良く沈みましたではシャレにならない。なまじ助けられる力のある分、頼られがちだし。
「誰かのためにやって、それで安い自尊心満たして、それでちゃんと役に立っているのかさえわからない。実際、ポンドの苦しみももっと早く向き合えていたら、ここまで酷くならなかった。偉そうな口を叩きながら、何も出来ないちっぽけな男なんだ……」
「……らしくないよ」
「えっ?」
「らしくない! 虎太郎さんは大口叩いてそれでも夢を叶えていくスーパースターだよ!」
「だが……」
「安い自尊心だってそれで良い、この時代、誰かのために何にもやらずに平然とバカにする人がいる中で、それでも誰かのためにやれるのは尊敬するし、誇りに思ってる。準規君やみのりちゃんはあのままだったらもっと悲惨な人生を生きただろうし、私や紅葉はあのままだったら、路頭に迷ってやりたい事が叶わなかった。何万人も救うなんて、そんな事は神様にしか出来ない。私だって医者って言いながら、1人の母親を救えない無能なヤブ医者なんだから……」
メグさんが倒れた時、どうして救えないんだと言われ何も出来ない自分は、悔しさと無力さを味わった。末期の癌で手遅れだったのは分かっている、切り替えないといけないとも頭では理解している。それでも、どうしようもなく己の力のなさに打ちのめされて、どうすれば良かったのか自問自答する時がある。それに比べたら、虎太郎サンは何人も救っているんだ、それは誇りに思っていい。
「すまない、こんな事を言わせるために話した訳じゃなかったが……ありがとう、俺を励ましてくれて」
そして、突然後ろから抱きしめられて焦る私に、こう言ってくれた。
「その悔しさは忘れないでくれ、そして誰かを救う信念に変えてくれ。何年かメグさんと一緒にいて分かっているのは、助けられないのに怒る人じゃない……だからその苦しみは俺に渡してくれ」
その言葉で、今まで心の底で引きずっていた鎖が1つ千切れた。優しさを包み込んだ激励が、胸の中にじんわり染み込んでいく。
「っ……ううっ……」
「……少し休め」
抑えられなかった気持ちを吐き出しながら、後ろから、熱くも心地いい温もりの中で、初めて素直に虎太郎さんの優しさを受け取った。
☆☆☆☆☆☆
「……ありがと」
「ん、どうも」
しばらく泣いてようやく落ち着いた時、扉を開けようとする音が聞こえた。
「あれっ、あかないわー」
「すいませんーここに人がいます!」
「お、お客様!?」
このチャンスを逃したら、明日までタオル一枚で虎太郎サンと過ごす事になる。嫌……な気持ちはほぼなくなったけど、それでも要らぬ勘ぐりがより一層強くなる、タダでさえ混浴状態なのに、その状態で一夜を過ごしたら、でっち上げの既成事実が公式になるだけだ。
「ようやく出れるな」
「この状態で怒られないかな……」
「ちゃんと説明すれば問題ないだろ……おそらく」
その後なんとか助け出してもらい、事情を説明して事なきを得たけど、睡眠時間はほとんど取れなくて本当に休められなかったというオチで2日目の朝を迎えたのだった……。
☆☆☆☆☆☆
「……おはよう」
「……おはよう、ねえ、昨日、虎太郎さんに抱かれたって本当?」
「……抱きしめられただけだって……ふわぁ」
頭が回らない……いつもよりも更に短い睡眠時間で、ちゃんと伝えようにも全部を説明するのが面倒だ……眠い。
「失礼ですが竜姫様、目が酷いことになってらっしゃいますよ」
「……ああ、沢山泣いたから」
「……虎太郎様、あまり最初から飛ばさない方がよろしいかと」
「まだそういう関係になってないからな!」
まだって事は……ああもう眠い、考えたくない。もう少し寝かせて欲しい……。
「竜姫さんー虎太郎さんと、混浴状態になってたって本当ですか?」
「そ、そんなに関係が深まったんですか!?」
「……あれは事故だって……」
準規君がムフフな顔をして、昨日の事を聞きにくる……虎太郎サンはジェントルマンだったよ、それより眠い……。
「事故って事は踏み込んだ事をしたって事ですよね?」
「……そこじゃなくて……」
「これは杏さんに報告しないとなー!」
「うるさいな! 少し静かにして!」
溜まりに溜まった怒りでやや加減が出来ずに、準規君をぶっ蹴飛ばしたのは反省しない。それより真実は、虎太郎サンがちゃんと話してくれるだろう。
車に乗ってすぐに瞼が落ちてきて、帰りの事は覚えてないんだけど、虎太郎サンも少し怖いと言ったので、準規君にバトンタッチしたみたいだった。起きた時にはイザベル、真市さんはいなくて、準規君も伊織ちゃんを送っていなかった。
眠気が取れてスッキリしたので、みのりちゃんに混浴事件の経緯を説明して誤解を解いた。
「本当に何にも無かったんだー」
「みのりちゃんのセクハラより危険な事は何もなかったよ」
「へ、へぇ……」
あっ、紅葉が少し顔が赤くなる話題を振ってしまった……もう紅葉も思春期だもんね、家族として少し軽率だったな、反省反省。
「あの、世界大会の予選が来週の土曜日にあるから、観に来て欲しいんだ。ベンチだと思うけど、代表戦だし、5分だけでも良いから」
えっ、試合来週だっけ!? 予定表を確認すると……あった、アジアトーナメントU22って書いてある、こんな時期に温泉だなんて……最大の不覚!
「ごめんね、そんな大事な時期に温泉だなんて……」
「ううん、ここのところオーバー気味だったから、温泉に入ってゆっくり出来て体の調子が良いんだ。ありがとうね」
なんて……なんてデキの良い子に育ったんだ、我が弟よ! 人の失敗をフォロー出来る良い子になっていたとは、お姉ちゃん感激だよ。
「それで、パスポートとかどこにやったか知らないかな、上手く行くと、再来週の月曜日には海外で2戦目をやるから必要なんだけど……」
「ふぇっ!?」
パスポートとか作ったっけ……下手するとパスポートが無くて代表辞退とかになったら……!
「ほれ、パスポート。届いていたぞ」
「あっ!」
虎太郎サンがいつのまにかパスポートを持って、紅葉に渡してくれた。いつ申請したのよ……。
「そんなの、代表に決まった直後に決まってるだろ、調べてたら海外試合もあったし、早めに作らないと間に合わないものだからな」
くっ……確かに、私が忙しすぎてうっかりしていた、虎太郎サンはそれと同じくらい忙しいから言い訳に出来ないのは悔しい……あれ?
「虎太郎さんも相当楽しみにしてたって事?」
「……そりゃ、な」
「そうか、ありがとね」
頭をかきながら照れている虎太郎サンを、からかおうと思ったけど、素直にお礼を言って紅葉の遠征の準備に行った。




