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39話 絶対に負けられない戦いがそこにあるのに……

夕食を食べるために、宴会場を貸し切りにしてもらったらしく、とても広い会場は8人いてもなおも余りある、広いテーブル席になっている。あれ? そう言えば茜はどこに行ったの?

旅館の女将さんに聞いてみたら、予想外の返答が帰ってきた。


「茜さんは突然仕事があるからと、30分くらい前に旅館を出ていきましたよ」


あのヤロー逃げやがったな! って、なんでこの陰謀の主犯なのに仕事で出ていくの?


「料理楽しみ、美味しいご飯食べたいです」

「……デザートの質が良かったら、ぜひ教えてもらおう」


紅葉が楽しみに料理を待っている一方、イザベルは普段見せない仕事人モードになっている。陰謀は腹立たしいけど、少なくともこの2人の役に立っているなら、まだ良いかな。それと、こっちにも……。


「準規くん、あんまり無理しないでね。最近疲れてるみたいだから……」

「ありがとう、伊織が心配しないように少しゆっくりするから。また近いうちに2人きりでデート行こう」

「でも、お金とか大丈夫なの?」

「あんまり派手な旅行とか出来ないけど、それでも良いなら貯金は作ってるからさ」


準規くんの真摯な姿勢に、流石に八つ当たりする訳にもいかないし、こんな時くらいは花を持たせてあげようではないか。

みんなが続々と席に座り、虎太郎サンと隣の席しか空いてなかったので渋々座ると、ご飯が運ばれてきた。秋が旬の松茸ご飯や鱧のお吸い物、鮭や鰹を中心とした刺身の盛り合わせと、ほうれん草のおひたしに漬物と旬のサラダという和食中心のラインナップに、高校生2人には大きなステーキが付いていた。


「ムサとメイは身体作りもあるから、タンパク質を追加で頼んでおいた。残したら帰ってから地獄のトレーニングだからな」

「パワハラするな!」


私は虎太郎サンの足を蹴るが顔をしかめる事なく、私のツッコミを無視した。


「こういうのは食べないとなかなか筋肉が付かない、もちろんただ筋肉をつければいいものではないが、美味しく、楽しく、しっかりとした体作りをしてくれ」


優しさもほんのり、ほんのりだけ入った指導だからまだ良しとしよう。やり過ぎた特訓はさせないけどね! って言うか最初に言ったトレーニングから解放するって嘘なの?


「食トレは日課で、調子を維持するだけの基礎トレだけやったら後は解放だ、休め過ぎず、それでいてリフレッシュしてケガの防止をしないと全国レベルで戦っていけないだろ?」


そうだけど……そうだけどさぁ! 医者としては、ジストニアやオーバートレーニング症候群とか心配になる。休む時は一切動かさないようにしないと、逆に効率が悪かったり、引退に追い込まれたスポーツ選手や、アーティストもいるんだから。

そうしてご飯を食べながら、話に花が咲いた。


「いつもと比べて全然動いてないから、凄いラクだけど」

「今のうちに頭を使って体は休めておくよ、コーチングの下手なキーパーにゴールを任せたく無いだろうから」

「あたしはのんびり体を休めるからー」

「勉強しろよ、脳筋」

「うるさい、ガリ勉」


んー刺身が少し日が経って柔らかく、旨味が出ている……ってみのりちゃん! いつも追試寸前だから、ある程度勉強した方が良いのに……よし、


「今から勉強教えてあげようか?」

「教えられるんですか、このバカに?」

「これでも一応家庭教師やった事あるよ、評判良かったし」


安くする代わりに、まかないを食べさせてもらうという契約だったので、とても有り難いバイトだった。他にもまかないが付いてくるバイトを掛け持ち、何とか大学も卒業出来た。だけどその後も苦難は続いたけど……。


「シンさんはカフェ経営してますけど、元ヤンでしたよね、どうやって勉強したんですか?」


確かに、勉強と対極に位置するヤンキーという人が、どうやって経営者になっていったのかは気になる。


「おれはただグレてただけで、勉強はコツコツしてただけだよ。とりあえず、タイマーで5分セットして、集中してやり切ったら1曲聴いてまた再開とかすると全然違うと思う」


あーなるほど、ダラダラやるよりも短くてもちゃんと身に付けるっていうのは大事だね、それを段々と長くしていけば良いんだから。


「虎太郎さんはどうなの?」

「ポイントだけじゃなくて、点と線で考えるようにしていたな。AからBになり、Cが起こったからBからDになるといった感じだな。野球のルールでも投手が投げる、バッターが打って走る、守備側がボールを取ってアウトにしようとする。流れで覚えると案外覚えやすい、それでルールブック全て覚えろと言われて覚えるプロの審判も多い」


うっ、虎太郎サンと覚え方が一緒だったとは……なんだか悔しい。まあ、それでちゃんと役に立つなら仕方ないか。


「準規くんの教え方はどんなの?」

「あたしは難しくて分からなかった」

「僕は分かりやすかった、でもテンポが速いかな」


準規くんは引き出しの数がまだ少ないのかな、良い先生になるにはもう少し時間がかかりそうだ。でも、虎太郎サンの仕事をメインでやってるから別に良いだろうけど。


「ただ言えるのは、山に登りたかったらさっさと登りなさいという事です。準備は大事ですが、何事も万全の状態とはいきませんから」

「? 勉強の話じゃないの?」


みのりちゃん、勉強を山に例えてるんだよ、攻略法じゃなくて実際にやれって話だからね! こりゃ教えるのがキツそうだ……。


「うん、デザートも出来合いじゃなくて、ちゃんと作ってる……」

「これ、参考になるか?」

「今度アレンジして作ってみる……」


デザートのシャーベットが運ばれて、イザベルと真市さんが真剣に話している。その姿勢に頭が下がる、もし今度お店に出たなら、是非とも食べてみよう。

実際このシャーベットはシャッキリしているのに、それでいて歯に刺激が少なく、食感としては食べやすい。ただ、私としては甘みがもう少し足りないので追加してもらいたい所だ。

それを伝えると、イザベルに両手を掴まれた。


「……ありがとう、とても参考になった」

「えっ、そんなに?」

「料理上手の竜姫さんの感想なら当然」


服部さんの太鼓判まで出たので、少し恐縮してしまった。今度ちゃんとデザート食べに行かせてもらいます、美味しい紅茶も頼んで、ハイ。

美味しい食事も済んだところで、部屋に戻って虎太郎サンと一緒にのんびりしていると、準規君と伊織ちゃん、服部さんとイザベルが部屋に入ってきた。


「あれ、みんなどうしたの?」

「こういう旅行の定番で、トランプやりませんか?」


ああ、本当に定番だね、カードゲームやって楽しんでワイワイやるの……高校以来10年ぶりかも知れない、うん、とってもやりたい!


「……ただゲームやるだけじゃつまらないから、脱衣戦はどうかって?」

「誰だそんなゲス野郎は」

「脱ぐのは野郎、数少ない女性読者へのサービス回だ」

「なんの話!?」


ともかく、私達に害が及ばないなら良いけど……それだとチーム戦になるのかな?


「ここに2組のカップルと、1組のカップル寸前がいるから、ちょうどいいと思いまして」

「寸前じゃないからね伊織ちゃん!」

「そうだ、成立したんだからな」

「そこで無意味な嘘をつくなぁー!」


本当に本当に、ボケをあんまり乱発しないで欲しい、こういう時くらい休ませて欲しいよ……。


「それで、なんのカードゲームをするんですか?」

「ブラックジャック3回勝負です」

「またカジノゲーム!?」


苦い思い出が蘇った、虎太郎サンとのポーカーで散々だったんだよね、こういう系の運は皆無だから、この際虎太郎サンに任せたい。


「勝負するのは女性陣で、負けた責任を男子が取るという訳です」

「それならやる!」

「タツ、お前な……」


なに? 私にデメリットはないし、負けたら虎太郎サンが身ぐるみ剥がされるという最高の結果しかない、これはやるしかないでしょ! 日頃の恨み今ここで晴らさん!


「あと、負けた組の女子は帰りのお土産を全員に払う事になるから、ワザと負けるのは無しで」

「チッ、簡単には負けられなくなったわね」

「タツ、お前な……」


メンタル系の医師の給料は何度も言ってるけど安い、本当にムダな出費はしたくない。今回人数多過ぎるんだからね!


「ルールはダブル・保険インシュランス有りのスプリット無しで、ディーラーは各ゲーム1回ずつ交代します。ディーラーが勝てばポイントを2倍もらえますが、負けた時は持ち点から勝ったプレイヤーに支払います。総合的の持ち点が少ない組が罰ゲームという事で」


ええっと、基本ルールは合計21になれば良いってゲーム。最初に2枚引いて、点数が不満ならカードを引く、22以上になると強制的に負けで、ディーラーよりも21に近ければ勝ちというルールだ。Aは1か11、2から9は書いてある数字通り、10以上は10で計算する。Aと10・J・Q・Kのいずれかが最初に揃うとブラックジャック、3枚以上で21にするよりも強い扱いになるから、是非とも狙いたい。


「ダブルとインシュランスって?」

「賭け金を倍にしてカードを引けるが、それ以上カードは引けない、例え合計が4でダブルをした時のカードが3でも引けないから、ハイリスクハイリターンの選択肢だ」

「逆にインシュランスはディーラーが半分見せてくれるカードがAだった時に、保険をかけられます。ディーラーがブラックジャックの時には、保険金の倍帰ってきます、賭け金は没収されますけど」

「……逆にブラックジャックじゃない時は、無駄になるって事?」

「インシュランスしてブラックジャックじゃない上に、結果的に負けたら目も当てられない状況になるって事ですよね」


うわぁそれは最悪、保険無効な上に没収額が凄いことになるんだよね。ちなみに保険は賭け金の半額なので、1・5倍損する事になる。私はそうなりそうで怖いんだよね……でも、インシュランスしなかった時にブラックジャックになりそうでもあるんだよね、私は私を信じられないんだよ、前科があり過ぎて。


「ディーラーは16以下なら必ずカードを引いて、17で強制ストップ、ディーラーと同じ数字なら賭け金返還です。なお、各プレイヤーはパートナーにアドバイスを受ける事が出来るので、協力して頑張ってくださいね」


よし、ルールが分かったところで早速やってみよう。アドバイスなんていらない、アドバイスでどうこう出来る問題じゃないのと、されても素直に聞きたくないから!


「じゃあ最初は、わたしからディーラーをさせてもらいますね」


伊織ちゃんのディーラーで最初のゲームはスタートした、全員持ち点は100点からスタートしていて、私は手堅く30点、イザベルは強気に70点を賭けた。

私のカードは8と7の15、伊織ちゃんの見えている数はジャック、イザベルは……えっ?


「……ブラックジャックが出た」

「えええっ!?」

「ほ、本当に凄いですね……」

「ホント、こういう時の引きが強いんだから」


服部さんが呆れながら嬉しそうにしているけど、私は目から汗が噴き出しそうになった。なんでこんなに運が良いんだろう、そして私は一体……。


「まだゲームは続いているぞ、1番難しいが、タツならどうする?」

「ここは引く、そうしないと勝てなさそうだから」


伊織ちゃんからカードをもらい、渡されたカードを見る。……うん、何となく分かってたよ。


「クイーンでバーストですね、残念でした」

「この差ってなに!」


早速私は負けてしまった、ちなみに伊織ちゃんのカードは9とジャックの19で、どのみち私はダメだった。神さま本当にあんまりだ、どっちにしろ勝てないってなんなんですか!

1回戦はイザベルがガッツリトップで240ポイント、次点の私は70ポイント、最下位は伊織ちゃんでマイナス50ポイント、これで終了してくれたら良いんだけどね……いかんいかん、伊織ちゃんのサイフをクラッシュするのは見たくない、せめてイザベルが負けないと。

そんな願いを抱きつつ、第2戦のカードを受け取った。

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