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37話 計算外のレベルアップ

紅葉の笑顔をみのりちゃんが引き出した後、撤収作業をしていると、茜からメールが送られてきた。


『今度の休みに温泉行かない? シーズンオフ特集って取材とモニターを兼ねてるんだけど、10代〜30代の若いお客さん向けのサービスだから、紅葉君やみのりちゃんも含めて全員で来て欲しいなって』

『温泉なのに10代?』

『そっちは大人になった時に来てもらえるように、撒き餌として安い料金提供プランを考えてるんだって。まあ学割だね』


なるほど……なかなか忙しくなって会えない茜と旅行というのも良いかもしれない、小学生からの親友に会いたくなる気持ちが湧いてきた。

あれ? 30代ってなると、『月見草』のみんなも来るのかな?


『あっ、もちろんイザベルも呼んでるし、30代の服部さんもしっかり呼んでるよ、石丸さんは家で沢山遊ぶから良いって来ないらしいけど』


深読みすると普段お世話になってるカップルに気を利かしてるかもだけど、石丸さんの性格上その方向ではないかも……良かったねイザベル、服部さんと久々のデート楽しみなよ。


『分かった、ちょうどその日は仕事入ってないし、みんなと話してくるね』


メールを送って、虎太郎サンや準規君に話すと、二つ返事で行きたいと言ってくれた。


「ここの所忙しかったんで、ゆっくり温泉に入りたいですよ」

「デスクワークは肩こりそうだもんね」

「オマケに杏さんのいら……ゲフンゲフン何でもないです」


いら……依頼? 依頼ってどんなのだろう、だけども、私のカンが首を突っ込んではいけないと、警鐘を鳴らしているのでスルーしておこう。ウラの裏道街道系とは関わる度胸はない、君子危うきに近寄らず。


「虎太郎さんは?」

「仕事が落ち着いているから行くぞ、詩のヒントが出来るかも知れないしな」


それって落ち着いているのか、落ち着いてないのか。とりあえず、ネタをひねり出すタイプっぽいのは分かった。


「後は結構忙しい本題の高校生達なんだけど……」

「特訓させるから問題ないだろ、温泉でも勉強させるし、筋トレは出来るんだから」


休ませる気は無いんだ、そりゃ今の時期に鍛える時間を減らすのは良く無いけどさ……。虎太郎サンってスパルタンだよね、ドSでスパルタンってまさに鬼の極み!


「声が出てるぞ、タツ。練習を厳しくしないで上手くなる訳ないだろ、殺してやりたいと思われる位厳しく、愛情は深くがモットーだ」

「愛情と優しさってセットにならない時ってありますよね」


 準規君がズバッて切り込むと、虎太郎サンは軽く足で蹴飛ばした。雉も鳴かずば撃たれまいに……やっぱり調子に乗るよね準規君は。

 モニタールームの片づけが済んで、紅葉とみのりちゃんの所に行って旅行の話をすると、条件付きで行ってくれる事になった。


「ワタシは竜姫さん達と温泉入りたい!」

「僕は虎太郎さん達に勉強と戦術理論を教えて欲しい」


 ふむふむ、紅葉はストイックだね、みのりちゃんはリフレッシュしたいと。……だけど。


「みのりちゃん、襲いかかって来たら容赦なくシバくよ。それでも良いなら良いから」

「う、うん」

「紅葉も体をちゃんと休めて、ケガに気を付けられるなら存分に聞いても良いから」

「うん、分かった」

「教えるのは俺達なんだがな」


 虎太郎サンのツッコミは華麗にスルーしておくとして、茜にみんなと行けるとメールを送っておいた。


「あの……伊織も連れて行っても良いですか?」

「そうだな……仮にモニターにならなくても、宿泊費は出してやる。慰安旅行としてな」

「虎太郎さん……!」

「まあ、あんまり甲斐性なしだと俺に取られるかも知れないから、タカリ過ぎるなよ」


上げて落とすとか……調子に乗りやすい人だから締めているのか、さすがに準規君がかわいそうだけど前に助けてくれなかったから黙っておこう。


「効能はどんな感じかな」

「調べてみる──塩化物泉だから、切り傷打身、筋肉痛関節痛と慢性婦人病に慢性皮膚病がメイが役に立つやつだな」

「一部明らかに関係無いのが混じっているけど」


女性ホルモンが関連するざっくりした体の不調を慢性婦人病って言うんだけど、紅葉男の子だから、婦人でも腐人でも無いから。うちの弟を何だと思ってるんだ!


「少なくとも疲労回復には効くから、リラックスして温泉に入ってくれ」

「うん、ありがとう」


こうして、デートやら取材やらモニターやらで大所帯になった温泉行きが決まり、それまで迷惑がかからない様に、仕事に明け暮れた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「今回はカップルが多いねー」

「モニターが多いほどより正確なデータが取れるから、良いと思うよ」

「どんな料理が出て来るんですか?」

茜のガヤに、ちゃんと返してるのか返してないのかよくわからない相槌を打っている、弟達の声を後ろで聞きながら、イザベル達の車について行っている。

「タツも運転出来るんだな」

「運転位出来るよ! バカにしてるの?」

「ウチのバンドの半分は運転出来ないからな、1人は視力でアウト、1人はなぜか車がしょっちゅう壊れて、もう1人は下手過ぎて何度も事故を起こして運転禁止令が出たからな」


順番に青狼さん、春吉さん、真凛さんという組み合わせ。とりあえず分かるのは、青狼さん。あれか、アルビノは視力が悪くなりがちだからか。他は何でだろう?


「ポーは何故か乗る途端にエンジンが故障したり、車検直後なのにバッテリーが上がったりと、何かと苦労してるな。運が悪いというより、文明の利器と相性が悪い感じだな。突然スマートフォンがフリーズするし、トイカがいつも作動しないから」


うわぁ……現代人としてはかなりキツそうだ、連絡を取るのにも一苦労しそう。


「カンパはいくら運転しても上手くならないんだよな……アクセルとブレーキがゴチャゴチャになってるし、オートマでマニュアル操作しようとして追突する。ハザード点けたまま渋谷から立川走った時は流石に引いたな」

「それって本当に免許取れたの?」


もはや認知症の人とさほど変わらないめちゃくちゃ運転エピソードに、私は思わずツッコんでしまった、免許を返納した方が良いよ、絶対。


「ポンドは大特取ってるし、マンちゃんは安全運転、アネゴは趣味にドライブとツーリングと書ける位には運転してるからメンバーの中では俺を含めて1番運転上手だ」

「元ヤンらしい特技ね、お嬢様らしくはないけど」


そんな色んな運転手に乗った中で私がどれ位上手かと聞いたら、「隣で本が読める位安心感がある」となかなかの高評価だったが、車の中で本を読んで、車酔いしないのだろうか……?

そうして着いた旅館は真新しさはないが、周りの風景とマッチしていて、1度は泊まってみても良いかもと思える良い旅館だった。木造の建物が潮風の香りをまとっているのも、名古屋の車で一杯の空気とはまた違って新鮮だ。

「アタシは女将さんに、お礼をちゃんと言ってくるから、先にチェックインしてて」

茜が先に行ってしまうと、私たちは車の荷物を持って旅館に入る。

ロビーに着いてチェックインを済ませて案内されると、和室の畳があるまったり出来る部屋に通された。


「うわー凄い!」

「実家に行った時よりはしゃいでるな」


窓の向こうに知多の海が見渡せ、ここに来て良かったと思わずはしゃいでしまった。隣に虎太郎サンがいるのに……ん?


「なんでここにいるの、男子と女子は別に取ってあるんじゃない?」

「部屋が4つあってだな、1つがシンちゃんとイザベル、もう1つがボアと伊織のカップル部屋。で、男子部屋と女子部屋に分かれるかと思ったんだが、メイと一緒の部屋に入ろうとしたら、メイが先に入って立て籠もった」


な……なんですと!? ウキウキ気分が飛んで、慌てて紅葉の部屋の前に来た。


「紅葉、どうしたの!」

「1人になりたくて、1日だけ引きこもるから」

「風呂とか料理はどうするんだ?」

「1日自堕落に過ごしてみたかったんだ、だから立てこもるよ」


引きこもるの? 立てこもるの? 少し混乱してしまっている私に、虎太郎サンが冷静にある質問をする。


「メイ、もしかして茜に何か吹き込まれたか?」

「いや、吹き込まれてないよ」


あっ、声のトーンが普段より少し上ずっている、これは図星だね紅葉?


「そんな事をやってると、タツの給料の何割か家賃として払ってもらうぞ。良いのか?」

「私が良くないわ!」


なぜ私を攻撃するんだ、違うでしょ、紅葉を説得するんでしょ!

すると、紅葉の口から思ってもみなかった言葉が飛んで来た。


「でも、お姉ちゃんと一緒の部屋で一夜を共に過ごしたって茜お姉ちゃんから聞いたよ。もしかして虎太郎さんはお姉ちゃんを捨てちゃうの?」

「なっ……そんな訳ないだろ、タツが嫌だと言えば襲わないし、その時はホテルの部屋が無くて同部屋になっただけだ」

「一緒の部屋で寝たのは本当なんだ」

「紅葉!」


いつからそんな駆け引きを使う様になったのか、珍しく虎太郎サンが引っかかった。紅葉も成長してるんだね。


「お姉ちゃんも同意があったって事なら、一緒に部屋に居ても良いんじゃないの?」

「いちゃいちゃなんてしてないから」

「へぇ、前は大嫌いだったのに、大分仲良くなったんだね」


こっちには口撃しないと思ってたのに、まさか私も言いくるめようとするとは思わなかった。……そしてそこの虎も照れてないで何とかしてよ!


「イテッ、人を蹴るなよ」

「この前準規君を蹴飛ばしたのにそれを言うんだ、虎太郎さん」

「前にも泊まってるし、一緒の部屋で良いんだね、お姉ちゃん、虎太郎さん」


うわっ、そんな余裕無かったのに思わずドツキ漫才をしてしまった。とにかく紅葉に扉を開けさせないと。


「良い加減にしないと、みのりちゃんが好きなのを準規君に暴露するよ!」

「良いよ、どの道前にモニタリングされてたから、準規お兄さんも分かってるだろうし」

「なっ……!?」


あの紅葉表情豊か大作戦がバレていたって!? なんて事だ、どうしてバレたんだろう。


「そんなひっきりなしに僕に構ってたら、流石に怪しいと思うよ、後、観察眼がない人がピッチに立てるほどサッカーは甘くない」


うっ、もう少し間隔を空けておけば良かったな。しかし後悔しても遅い、ちゃんと弁明しないと。


「あれは紅葉の感情の幅を広げたくて……」

「特に今の学校で問題になってないから大丈夫、それにしてもグラビアの写真を見せて、どういう反応をするか観察してるなんて少し悪趣味だよ」


ううっ、返す言葉がない……確かに、思春期の男子が姉に、好みの女性のスタイルについて話しているのをこっそり覗き見されたくないだろう。


「本当にゴメン、どうしたら許してもらえるかな?」

「おまっ……バカ!」


虎太郎サンが慌てて止めに入って、その言葉が失言だと一瞬で気づいたが、もう手遅れだった。


「うん、だったら2人で仲良く泊まって」


しまった、人生でも1、2を争う大失態を、ここでやってしまった。サッカーで自分のゴール近くでパスしたら、奪われてゴールを決められた感じの、絶対にやったら色んな人からド叱られるパターンの大ミスだ。


「……タツ」

「ゴメン、本当にゴメン……」


虎太郎サンも嫌ではないだろうし、私も以前よりか抵抗感はないんだけど、虎太郎サンが変な記事を書かれないか心配だ。相手役が私だから、対岸の火事で済まないし、今回ばかりはウキウキしていられない。

仕方なく、部屋に戻って虎太郎サンを招き入れた、急須のお茶を入れてもらって飲んでいると、虎太郎サンがしみじみ本音を漏らした。


「まあこちらとしては問題は無いが……メイは怒ると結構凄いな」

「こういう所で弟の成長を感じたくなかった」


紅葉は元々頭が良いし、サッカーで駆け引きを学んでいる。特にずっと一緒の姉など、パターンはすぐに読めただろう。


「嫌なら別の部屋、と一瞬思ったが、茜が手回ししている辺り、満室と言わせそうだな」

「虎太郎さんが騒げば仕事がやり辛くなるし、私が騒げば」

「警察沙汰になる可能性は高いな、タツのハードラック的には」


くっ、微妙に役に立たないハイスペックと、ハイスペックだけどハードラックで使えない人、これぞハイスペックの持ち腐れ、少し泣きそうになる。


「準規君ダメっ、隣聞こえるって」

「大丈夫、怒られて殴られるのは俺だけだから、今は……」


……ある程度予想はついてたけど、ついてたけどさ、私の前世何したんだよコンチクチョー!

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