35話 きらめきは一生もの
私は保護したマッちゃんを連れて、タクシーに乗った。
「喫茶店の『月見草』までお願いします」
マッちゃんは少し驚いていたけど、いきなり連れて帰るよりも、まずコーヒーでも紅茶でも、一杯飲んで落ち着いた方がいい。お金は服部さんに借りて、すぐに虎太郎サンに払ってもらおう。
マッちゃんは『月見草』に着くまで窓の景色を眺めながらだんまりしたままで、こっちも無理には話さず、虎太郎サンに確保と後で『月見草』に来るようにと、メールを入れておいた。ついでにイザベルに電話で事情を話し、タクシー用に5000円貸して欲しいと電話しておいた。
「お客さん、着きましたよ」
「ありがとうございます、ちょっと待っててもらえませんか」
少し待っていると、イザベルが私服で現れた。私は普段、ジーンズにシャツとアウターで色を変えるって感じの、こざっぱりした服が多いんだけど、イザベルはフェミニンなふわりとした白のトップスに少し暗めな青の長いスカートというスタイルだ。背が高くてもとっても似合っているのは、イザベルの美的センスの良さなのだろう。
「……後で良いから返して」
「虎太郎さんに手数料で1割水増しして請求しておいて」
無事タクシー代を払ってもらい、お店に入ると、相変わらず暗く落ち着いたお店に、サングラスの石丸君がカウンターで待っていた。
「こんばんは、紅茶にする? 紅茶にする? それとも紅茶にする?」
「三択の様な一択!?」
「ううん、ダージリンか、アールグレイか、アッサムか」
「凄く分かりにくいから、まずちゃんと種類を説明しようよ。私はダージリンで」
「あたくしはアッサムをミルクティーで」
席に着いて、紅茶を待っている間に、私はマッちゃんと虎太郎サンについて話をした。
「まあ、いつかは化けの皮が剥がれるかと思ってたけどね」
「……アレが本来の虎太郎様なの?」
「うん、何様俺様虎太郎様って感じが素の虎太郎さんだよ」
信じたくなかったのだろうけど、実際にそれを聞くとなおさらショックの様で、マッちゃんら更に落ち込んでしまったみたいだ。
「王子様みたいな優しい人だと思ってたのに」
「そうだね……私に対して優しい態度を取ったことは少ないけど、基本的には口でボッコボコにしておきながら、裏でフォローを忘れないって感じかな。だから優しい人だよ、口は優しさのやの字もないけど」
それから、私はしばらく住んでいて感じた虎太郎サンの印象について、教えてあげた。そうして一通り短い付き合いで知っている事を教えると、マッちゃんは不満気に語気を荒くした。
「じゃあどうして、あたくしに心を開いてくれませんでしたの!」
「──それは、準備段階だったからじゃない?」
「えっ?」
「人間関係においては、みんなが思っているよりはるかに不器用で臆病だよ、アレは」
あの人を見ていると、どうにも心を開くのが苦手って感じがする。だから外ヅラ全開にして、信頼出来る人を見極めてから素の自分を出している所がある。王子様スタイルが好きそうだからっていうのもあっただろうけど、マッちゃんはまだ見極め中だったから出せてなかったからと分析している。
「それに、頑張る人になって欲しいっていうのは間違いない、マッちゃんははっきり言って世間知らずで、出来ないことも多かった。マッちゃんのこの先が心配だったから、私を使ったのは、競争意識を持って早く上達しようとしてもらいたったから」
「でもあたくしの恋心を利用したのでしょう! 苦しい竜姫のシゴキに耐えたあたくしがバカみたいじゃない!」
それは確かに虎太郎サンの独りよがりだ、成長して欲しいからといって、恋心を利用したのはあまり良くなかった、だけど……。
「……私的な事に利用するつもりだったら、私は殴ってたし、協力もしなかった。嫌われるのだって結構堪えるけどさ、マッちゃんが頑張りたいと思ってたからスパルタで教えた。たとえ虎太郎さんが嫌いになろうと、この先役に立つものは教えてあげたつもりよ」
「この先役に立つ? 洗濯や、掃除や料理が?」
「もし1人暮らしや、家を出て行く時、誰かの家に泊まる時、1人で出来る事を増やせば、お嬢様とバカにされなくて済むどころか、ちゃんとしていると見られるよ? 他に好きな人が出来た時に、家事が出来ると1つのアピールポイントになるしね」
「そんな簡単に、新しい王子様なんて現れないわよ」
「難しいだけで、出来ない訳じゃないよ。ある人は大学に行くお金がないけど、行きたいからって塾も使わず必死に勉強して、奨学金を簡単なのと難しいのを両方借りれるまで努力して、医者になった人もいるからね」
「それとこれとは別でしょう?」
「努力する事は違っても、努力をしないとチャンスが来ないのは、仕事でも、勉強でも、恋愛だって同じ、後はセンスと運だけど、やれる事をしなかった方が、人は後悔しちゃうから」
「失礼します、ダージリンと、アッサムのミルクティーです」
私の話を交えながら相談を答えていると、紅茶が運ばれてきて、マッちゃんはミルクティーを一口飲んで美味しいと呟いた。
「今まで飲んだお店の紅茶で1番美味しい」
「それは良かった」
ゆっくりお茶を飲みながら、最後に私はこう言葉をかけた。
「私の初めての彼氏はさ、俺はやっぱり背の小さな貧乳の女の子じゃなきゃダメなんだって言って、デートする前に私をフッたの」
「どんな相手と付き合ってたのよ」
自分で黒歴史を晒しておいて、ちよっと凹んだ。……だけど、これだけは言わないと。
「そんな経験しながら、3人目の彼氏はちゃんと付き合えた、結局別れちゃったけど。──それでも、人ってなんにでも失敗しながら、少しずつ良くなってく。それがキツくても、諦めなかったら成功するかも。絶対なんて無責任な事は言えないけどね」
「2人目はダメだったんだ」
「……うん、そこは突っ込まないで」
最初の方で言った通り、ロリコン、気づかず既婚者、豆腐メンタルという段々と良くなった様な、一度ヤバいのが混じった様な私の恋愛遍歴だが、それでも傷つき成長出来たから、今では良い思い出だ。
「今も3人目の元カレとは会って、話を聞いてあげてるのよ」
「そうなの!?」
復縁を断った帆風と時々会う事もあるけど、新しい恋が始まっているらしく、女性目線で恋愛相談も出来ている。あの豆腐メンタルだった帆風だって立ち直ったのだ、時間と決意で心の傷は癒せるから、ぜひマッちゃんには頑張って欲しい。
「マッちゃんの倍近い年齢の人だって、立ち直って恋してる。すぐには無理でも、懲りないでやってみてよ」
「……ねえ、竜姫さんは虎太郎様の事が好きなの?」
おっと、まさかの答えが返った来たぞ。どうだろう、嫌いという訳じゃなくなってきているし、好きならすぐに告白しているはずだ。でも……。
「好きかも知れないけど、ハッキリとは分からない。嫌いじゃなくなってきたけどね」
「じゃあ、あたくしが諦めて良かったと思った?」
「それは……」
ないと言いたかったけど、言おうとしたけど、何故か言い出せなかった。どうでも良いはずだったけど、なんかこう……モヤモヤとした気持ちが頭と心に渦巻いている感じだ。
「大人でも、なかなか難しい問題は沢山あるものですよ」
「服部さん」
「完璧に見える虎太郎様でも、夜の仕事をしていたり、コミュニケーションが下手だったりするものです。好きになるという事は、欠点を愛するまでいかなくとも、認めてあげるという事もしないといけません。例えば、あそこにいるイザベルと一緒に、コスプレをするのも大事な事なのです」
「何歳よ、貴方たち」
マッちゃんの冷たい視線にも動じず、にこやかに服部さんは話を続ける。
「周りからしたら痛いでしょうが、趣味であり、社会と繋がる数少ない機会だったので、それを否定するのは、彼女自身を否定する事なのです。わたくしも楽しめていますからそこは問題ないです」
「実際役に立たないんじゃない? そんなサブカルチャー」
「いえいえ、コスプレイヤーの日と言う日も作って、お客様を呼び込む事も成功しているので、商売的にも、イザベルの気持ちにもとても良い影響を受けていますので」
そして、最後に服部さんはこう締めくくった。
「あのタイプは表面だけを取り繕って、壁を作っているのです。だから信頼出来る人にしか素顔を見せたくない、自己肯定感が低い人ですから。ですので、本当に好きなら、あの人を色んな所から見てあげて下さい」
一瞬、服部さんが視線を向けた方向が気になったけど、恐らくはアレだろう。
「……分かったわよ、一回騙されてあげる。帰るから車を寄越して」
「だって、虎太郎さん」
「えっ……!?」
店の奥から虎太郎サンが、むぅと言いたげな顔をして登場した。かなりの時間は経っていたし、来ていても堂々と現れるタイプでは無いのは、普段の慎重さからは分かっていた。まあどこに隠れていたのかは、服部さんの目配せでようやく分かったから、遅くなったんだけどね。
「ぬ、盗み聞きなんて……!」
「お互い様だろ? もう口調はいつも通りにするから、驚くだろうが聞いてくれ──済まなかった」
虎太郎サンはきっちり45度の丁寧なお辞儀をして、マッちゃんに謝った。
「人間として成長して欲しいからとは言え、純粋な恋心を利用したのは、初恋中の人にする行為ではなかった──本当に申し訳ない」
「ふん、王子様の化けの皮が剥がれてスッキリしたんじゃないの?」
マッちゃんは虎太郎サンに皮肉を込めて、キツイ一言を放つ。いくら色んな面を見ようと思っても、流石に本人を目の前にしたら文句の一言を言いたくなるのは分かるのでこれは黙ってあげた。さあ虎太郎サンはどう出るか?
「スッキリはしてはいるけど、これで良かったと思えるかと言えばそうでは無いな。──俺は王子様にはなりたくなかった、王様なんてもっと嫌だった。だが、周りが幸せになれるなら、いくらでも王子という役をやってやる。そんな役を演じてない1人の俺様でも仲良くなりたいなら、ぜひ友達になってくれ」
あーうん、虎太郎サンなりの反省はしているかな? 皮肉にも割とちゃんと本音で話しているし、外ヅラ全開でやるよりは多少は良いのかも知れない。
「結構図々しくない?」
「こんなもんだけど」
「こんなもんだな」
この素の虎太郎サンに話しかけられたら、少なくとも友人の端くれにはなっている。そしてぶっきらぼうだけど時々優しくなって、基本は意地悪をしてくる、サド王って本性が分かってくる、経験者が語ってみました。
「こんな感じだから、ゆっくり信頼関係を作らないと嫌だったんだ。──王子様の真相はこんな感じで、恋心を利用してやりたかった内の一つは師匠の恩返しだ」
「師匠って?」
「末葉の父親、──雅博さんには経営者の心構えや実務を教えてもらった。半分無駄にしてしまったのは申し訳なかったが、おかげで虎之介の手助けが出来た。──そして、可愛がっている一人娘をどうか成長させてくれと頼まれた」
「お父様……」
マッちゃんが怒りを通り越して、呆れたと言わんばかりのげんなりした表情を見せていた。いくら甘々な一人娘でも、まだまだ掌の上というレベルなのだろう。
「他にも、メイやムサの話し相手になって欲しかったのと、2人と仲良くなれば歳が近い友達が出来るだろうと期待していたな」
「余計なお世話よ」
「だが、信頼出来る友達はいた方が良いだろ?」
マッちゃんが言い返せない所を見ると、虎太郎サンはトドメを刺しにかかった。
「打算もあったが、凄い素直でひたむきな所は純粋に惹かれた。一時期でも好きでいてくれてありがとうな」
虎太郎サンが頭ポンポンをすると、マッちゃんは顔を赤くしながら言い放った。
「……フ、フン! そんな甘い言葉で納得なんかしないんだから!」
お手本の様なツンデレを発揮して、嵐の様な初恋応援騒動が幕を閉じた。




