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34話 恋をせよ、さすれば。

買い物を済ませて、掃除指導をしていると、紅葉が早い時間に帰ってきた。


「ただいま、お姉ちゃん、吉川さん」

「紅葉、早いね」

「今日からテスト週間だから、部活量が多少減るんだ。うちの学校は文武両道がモットーだから」


年下に呼び捨てされても、さらりと流すこの対応、偉い子に育ったね……!


「お姉ちゃん、離れて」

「だって弟の成長が嬉しいんだもん、これくらいは良いでしょ?」

「ブラコン……」


ブラコンだろうが、姉バカだろうがなんでも良い、苦労かけてきた唯一の肉親なんだから。


「いくらお姉ちゃんだからって言っても、女性にベタベタされると、ドキドキするんだから、辞めて」

「本当にドキドキしてるの……?」


10人中8人はマッちゃんと同じ事を言うので怒らないけど、仲良くなると微妙に表情が違ってくるのが分かるのに……ちゃんと喜怒哀楽を見せているけど、なぜか塩対応と言われがちで、みのりんから教えてもらった学校の評価は、『クールでミステリアス』らしく、『純朴な好青年』という噂は出てなかった。


「いつもお姉ちゃんを手伝ってくれてありがとう、最近は少し色んな家事スキルが上がってきてる感じがするから、お姉ちゃんを助けてあげて」

「ふん、そのうち貴女のお姉さんを用済みにしてあげます」

「そうなんだ」

「……!」


はた目から見ると凄く怒っている風に見えるから、マッちゃんがビビるのは無理はないんだけど。家族だから分かる、アレはションボリしているときの顔だ、怒ると微妙につり目だが、悲しくなると目が暗くなる。しばらく付き合っていると分かるんだけど、中里兄妹も最初は分からなかったそうだ。今では普通に接しているので、紅葉の表情が読めれば立派な家族の一員かも。


「じゃあ勉強するから、邪魔だったら言って」

「自分の部屋でやらないですの?」

「サッカーはこっそり練習する方が集中出来るけど、勉強は見られた方が集中出来るから」


これは貧乏時代の名残かも、紅葉の部屋が無かったから、いつも私がいる前で勉強していた。それがフィットしているのか、自室を持った今でも、リビングで勉強している姿を見かける。私に似てなかなか成績も良いみたいだ。


「じゃあ、早速作ろうか。今日はローストビーフ丼! 私が準備したお肉を切って載せるだけ!」

「これって料理といえますの?」

「じゃあトッピングを追加で、卵とレタスを乗っけて、サラダを作ればバランスグッドな男子大好きガッツリ丼セットの完成よ!」


大体、マッちゃんの食べてた料理を聞いたら、全体的に手の込んでいた料理ばかりで、いきなりやるにはハードルが高すぎる。レベル1のルーキーが、いきなりボス戦をやってもコテンパンにやられるだけだ。だからまず簡単な事からスタートしなければ、成功体験を植えつけられない。失敗ばかりではやる気がなくなるし、それで上手くなるハズがない。小さな成功から自信をつけて、やがて成長していくのだ。


「まあ、それだと過剰支援だって虎太郎さんに怒られるから、ソース作りもやってもらおうかな。肉の質が4割、ソースの味が6割で美味しさは変わってくるから」

「肉の質は思ってたよりも大事じゃないんだ……」

「モノによるけどね」


シンプルに素材勝負だったら、それは肉のパワーがモノを言うけど、ソース使って良いんだし、そもそもの肉もまあまあ良いから、後はソースでトドメを刺して、虎太郎サンをギャフンと言わせてやろう。


「じゃあ、玉ねぎと赤ワインに、水と砂糖と醤油にみりんを準備して」

「全く、あたくしに命令するなんて……」


と言いつつもちゃんと準備して、やる気に満ちあふれた様子である辺り、大分進歩した。以前だったら私がハリセンをパシパシと手で叩いていないと動かなかっただけに、少しホロリとしそうになる。

玉ねぎをみじん切りにし、小さな鍋に水と玉ねぎ、砂糖と醤油、赤ワインを入れてしばらく煮る。ある程度煮詰まったらみりんを入れて再度煮詰めたら完成だ。


「ちゃんと味見して、ダメなら調節してね」

「ええ……美味しい!」


私も確認のために味見をしてみる……うん、赤ワインの酒精も飛んでるし、ちゃんと風味もついてる。何より玉ねぎの甘みがちゃんと調和出来ていて、肉の美味しさを引き立ててくれる事間違いなしだ。

さあ、愛弟子の作ったソースを引っさげて、虎太郎サンをギャフンと言わる準備は出来た。さっさと食べさせてやるからね!



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



ところが、今日に限って虎太郎サンは出かけたまま帰って来るのが遅い。

先に紅葉やみのりちゃん、準規君達にローストビーフ丼を食べてもらうと、大好評の嵐に見舞われた。


「このローストビーフ、噛めば噛むほど味がブアアッって溢れ出して来る!」

「ソースも、これだけでご飯を食べたい位いい味出てます」

「うん、美味しい」


気持ちの良い笑顔と止まらない箸に、マッちゃんのニンマリ顔が抑えきれていない。美味しい=嬉しいという方式が成り立つと、人はなお一層頑張れる。普通の人ですらこれだったら、大好きな人なら天にも登る勢いで喜ぶだろう。


「虎太郎様遅い……」

「基本家で練習しているか、デスクワークしてるか、外に行くにしても筋トレは午前中には終わらせて帰ってくるみたいなんだけどね」


そういう人だから、割と帰って来るのが早い。だから大抵はご飯を作ってくれている、その代わり、カンを鈍らせたくないから休日は料理を作っている。貸しなんて作りたくないし、出て行く時に料理が作れないって事がないように。


「準規君はなにか知らない?」

「あーそれなら、『シキミ』ってお店で経営について相談を受けてますよ」

「『シキミ』?」

「前に仕事をしていた関係の所です……ホステスですね」


後半の部分は私にだけ聞こえる声で、こっそり教えてくれた。前の仕事とホステス……?


「ただいま」

「おかえり、吉川さんがローストビーフ丼を作ったよ」


そんな中で虎太郎サンが帰ってきた、疑問はともかく、愛弟子の作ったソースを使ったローストビーフ丼を食べてもらわねば。


「ありがとうございます、それでは着替えてから頂きますね──あと、竜姫さんちょっと来てもらえませんか? 今後の居住内容についてお話しがあります」


手招きされ、渋々ついて行ってガレージに着くと、外ヅラを外した状態で丼について聞かれた。


「いきなり作れるとは思えないんだがな」

「マッちゃんは肉を切った、ソースも作った、野菜もやった。肉は出来合いと思ったら」

「そうか……なら、少しずつ頑張ってるんだな」

「恋してる人は誰でも成長するんだよっ!」


胸を張ってドヤ顔すると、虎太郎サンがデコピンをかましてきた。


「なんでデコピンなんかするの!」

「愛らしく思えたから、イラっときたらローキックするぞ?」

「このサド王め!」

「それはどうも」


くっそー、どうにかして一泡吹かせてやりたい。男はチョロいから色仕掛け──無理だな、逆にもっとこっぱずかしい事を言ってくるだろうから。虎之介君に協力してもらって、誘拐騒ぎでも──これは世間が騒いじゃう。他にはSelfjudgeのみんなが突然告白して大騒動とか──色んな方向から私が怒られるか……あー難しい!


「全部声に出てたぞ、恥ずかしっ」

「このヤロー!」


イラっとしたのでローキックをかましたが、そこまで痛がっている風には見えなかった。くそーガードしてたな……。


「っていうか、ここに来て話す事ってなに?」

「仕事の付き合いで食べて来てるから、多少お腹を空かさないと、せっかく頑張ったご飯を美味しく食べられないからな。ちょっと世間話に付き合ってくれ」

「そういう事なら本当は嫌だけど、付き合ってあげる」


虎太郎サンの世間話ってなんだろう? 金持ち系なのか、はたまた庶民派なのか? なかなか予想がつかない。


「目玉焼きには何をかけるかって話を、メンバーとしてたんだか。醤油か、ソースか?意表を突いてオリーブオイルを使ってのバジルか?」

「誰だそんな上品な食べ方してるのは?」

「アネゴだが」


ミホさんって……元ヤンとは聞いてたけど、根はお嬢様っぽいな、そういえばヤンキー倒して、舎弟にした人たちに勉強教えて更生させまくったんだっけ、なんかズレてるよね。


「私は醤油、玉子をご飯に乗せて醤油をかけるのが好き。虎太郎さんは?」

「味噌だ、おでんの玉子にも普通にかけるだけあって、想像以上に美味しいぞ?」

「ソースでも、塩でもなく、まさかの……!」


そんな意外性のある食べ方をしてるのか……でも、確かに静岡おでんは味噌ベースだし、名古屋でもおでんに味噌で玉子を始め、なんでも普通にかける。アレを想像したら……今度おでん作ろっと。


「でも、なんだか他の食べ方してるイメージだった」

「最初はベーコンと一緒に食べてたから、ケチャップやソースが多かったが、コックさんが食べてたのを味見させてもらってからは、味噌一択になったな」


それもまた少数派だな、醤油、ソース、塩の三つ巴とも言われている所もあるというのに。ただ、ベーコンもあると醤油は考えないか、塩でもう味付けしてあるし、ソースかケチャップという流れは自然だね。



「ねえ、前の仕事ってなにやってたの?」

「……ホスト、あの人に勘当されたかったし、人間観察が出来る。外聞さえ除けば相当良かった仕事だった」


ある程度予想はついていたが、そんな色々と絡まった事情があったのか。


「5年だけだったが、色んな人とも縁が出来たな。はみ出したいからと思ってやっていたが、結構良い経験になった。メグさんと会ったのもその時だ」

「天知さん遊んでたの!?」

「ん? アネゴの縁で知り合ったから最初は俺がホストだって知らなかった」


あっ、安心した……じゃなくて! そういう状態で天知さんは良かったのだろうか?


「そこら辺は出来る限りで良いと言われていたな、生物学的に無理な所もあるし、どうしても夜はお互い仕事という日も多い。いざという時は、上島家に預けていたし、アネゴの仲間にベビーシッターの勉強をしていたヤツもいたから、数時間だけ頼んでいたぞ」


それはまた変な夫婦生活だな、そりゃ破綻するだろう。私だったら水商売を辞めて育児に専念して欲しい、それに、働きたいなら別のバイトでも良いだろうに。


「メグさんが欲しかったのは、肩書きだったんだ。守れるための」

「えっ?」


聞き逃した私にそれ以上言わず、なんでもないと言った虎太郎サンが、扉の方向を向いて一瞬焦った表情を見せた。


「奥さん……ホスト……?」

「吉川さん……いつからそこに?」

「虎太郎様……見損ないました」

「マッちゃん!」


すると、マッちゃんが逃げるように駆け出して行った。マズい! アレは変な所から聞いてる。ちゃんと説明しないと。

慌てて地下室のガレージから、地上へと駆け上がり、マッちゃんを追いかける。この時間ならまだ補導はされないと思うけど、暗くなって事故や治安は悪くなるから、早く捕まえないと。


「待って、マッちゃん!」


慌てて追いかけるけど、ガレージに降りる時にサンダルで来ちゃってたから走りにくい。それに、怪我明けで体力が落ちていて思ったよりも距離を詰められない、むしろちょっとずつ開いていく。

そんな中虎太郎サンを頼りにしようとしたけど、少しフラフラしていて危なっかなしい。まさか……。


「仕事の付き合いで飲んで来たの? 役立たず!」

「違うぞ、酒の匂いで酔っただけだ!」

「どっちにしろ役立たずじゃない!」

「返す言葉もない、すまない」


ダーッ! 体力自慢のハズの大人2人、揃って戦力外ってなんなんだろ!

そうしていがみ合いながら走っていると、マッちゃんを見失ってしまった。ちょうど二股に分かれている所までは見えたんだけど……。


「タツは右に行ってくれ、俺は左に行く」

「分かった、見つけたら連絡ね」


そうして走っていく、──見つけた。うわっ、マッちゃんが2人組の男と揉めている、予想していた最悪の行動一歩手前だ。早く行かないと!


「てめぇ、ぶつかったのに謝らないのかよ!」

「道でしゃがんでいる方が悪いんじゃないですの!」

「なんだと!」

「でりゃああああぁっ!」


殴られそうになる手前で、近くにあった小石を全力でガラの悪い男に投げる。頭以外に当たれ!


「いっ!」

「誰だ!」


よっしゃ、相手の腕に当たった。怪我明けで腕が心配だったけど、とりあえずなんとかなった。

そして相手がこっちを向いて見つけた、こうなったら後は勢いだ。


「でりゃああああ!」

「たつ……ええええっ!」


猛スピードでマッちゃんに突撃し、減速せずにマッちゃんを小脇に抱えて読んで字の如く脱兎の勢いでチンピラ兄さん達を振り切った。


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