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33話 社会人養成所

ゴタゴタした3連休から1ヶ月近く経とうとした今日この頃、軽いトレーニングをしても問題無いまでに回復した腕をリハビリしていると、虎太郎サンの電話が鳴った。


「もしもし、西郷です……ああ、吉川さんどうしました? ……はい?」


虎太郎サンの間抜けな声を聞くのはなかなかない、何があったんだろう。


「困りますよ、そんな……えっ、こちらに来てるって! なんで……分かりました、はい」


明らかに動揺しながらも電話を切った虎太郎サンは、私の肩に手を置くと、縋るように頭を下げた。


「ちょっと頼まれてくれないか」

「聞くだけ聞くけど」

「彼女のフ」

「嫌だ」


全部言い切る前に断固とした拒否を示すと、洗濯物を干すために屋上に行こうとした。面倒事はゴメンだよ、この人と関わるとロクな事はない。


「12歳の中学生が押しかけて来るんだ、『虎太郎様結婚して下さい』って。そんなの出来る訳ないだろ?」

「良いじゃない、若い子なんだし」

「虎之介より下は異性として無理だし、一回り以上歳の離れたヤツと結婚なんて犯罪だろ」

「捕まっちゃえば」

「共犯にしてお前も牢屋にぶち込むからな」

「そうとう根性ひん曲がってるよね!」


なんて言い合っていると、勢い良くドアが開く音が聞こえ、紅葉より年下の可愛らしい女の子が現れてこう言った。


「虎太郎様! あたくしと結婚してください!」


おおっ、これが押しかけ女房ってやつかー、虎太郎サンお幸せに……。


「はい、逃げない」

「は、離して!」

「虎太郎様、この方は?」


こちらに対して警戒している様な、胡散臭そうに見られているけど、不躾な感じなのでちょっとこちらも観察してみる。ふわふわした軽く縦ロールした髪に、可愛いけどお嬢さまなルックスと服装をしている。厄介事を持ち込んで来そうなトラブルメーカーだと、脳の警報が鳴り響いている。本当に逃げたい……。


「こちらは東條竜姫さんです、弟の紅葉君ともども居候しているんですよ」

「なっ……!」


顔が見る見るうちに真っ赤になっていってるけど、ヤバイんじゃない虎太郎サン?


「この泥棒猫! 虎太郎様を奪うなんて重罪です!」

「なんで私が怒られるの!?」

「その身体で虎太郎様をたぶらかしたのでしょう、ええきっとそうよ!」


その仮説に基づくと、虎太郎サンは女性の体つきに心を奪われる、ちゃっちい男となるんだけど、虎太郎サン自体を貶してる感じがしてそれはダメじゃないかな?


「あのね、ここには弟もいるし、中里兄妹もいる。みのりちゃんは女子高生だし、準規君って男の子も住んでいるんだよ。そんな奪うなんて事は……」

「虎太郎様は虎之介様より年下の女性には手を出さないと言っておりましたの、貴女はそれを知らなかったのですか?」

「あなたどう見ても、みのりちゃんより年下じゃない!」

「あたくしは特別なのよ!」


オイオイ……体は12歳、心は3歳児だよね、こっちはさつきから名前も教えてくれないわ、あっちは助け舟も出さないわで……。


「さっきから名前を名乗ってないけど、あなた、名前は?」

「ふん! 貴女なんかに教える訳……」

「レディならどんな相手であれ、名乗るべき時は名乗るものですよ」

「……吉川末葉きっかわまつばよ。末に葉っぱの葉で末葉」


虎太郎サンが諭したら、しぶしぶながら紹介してくれた。末葉だと……マッちゃんか……なんか可愛い。これからはマッちゃんと呼ぶことにしよう、本人に言うと怒られそうだから、吉川さんと本人がいる前では言うけど。

そんな毛を逆立てたネコみたいなマッちゃんに対して、どうしようかなーと頭を巡らせていると、虎太郎サンが先に言葉を発した。


「末葉さん、お父様が心配しているんじゃないですか?」

「パパなら大丈夫です、GPSのついた携帯は置いて『探さないでください』って書き残してきましたから」

「それ家出じゃない!?」


なんて大胆な事を……これって、お嬢さまだからなのか、はたまた恋は盲目の方か……。どちらにしろ、10代の今だから出来る無鉄砲かも。


「という訳であたくし行き場がありません、どうかしばらく泊めてくださいませんか?」


私の反論なんて聞きゃしないだろうし、虎太郎サンがどう出るか謎だけど、普通に考えたら送り届けるかな?


「泊まるのなら、一通りの家事はしてもらいますよ」

「泊めるの!?」

「ありがとうございます、虎太郎様!」


普通じゃない方向へと舵を切った虎太郎サンに、驚きを隠せないでいると、ある疑問が浮かんだ。


「あの、吉川さん」

「何よ、虎太郎様に未練でも?」

「いや、そっちじゃなくて、炊事洗濯掃除は出来るの?」

「……初めてだけど」


それじゃあ虎太郎サンが教えるのかな、普通に考えたら、私が教えるより飲み込みが早いと思うんだけど。


「では、竜姫さんよろしくお願いしますね」


私の普通って非常識なのかな! なぜマッちゃんが敵対心むき出しにしている私に、家事指導を任せるかな……。


「虎太郎様! なんでこの女と……」

「ワタクシ、努力を怠る人は嫌いですよ」


ぐっと不満を押し留め、マッちゃんは口をつぐんだ。さすがに虎太郎サンも操り方は分かっているみたいだ、このやり方で妥結点を見極めながら、マッちゃんを危険な方向に向かわせない様に仕向けるみたいだ、恋心を利用している辺り、あくどい感じもしないでもないけど。


「ちょっと、東條!」

「ちゃんとさん付けで呼んでね、吉川さん」

「じゃあおばさん!」


デリケートな年齢の女性が、おばさんと言われて頬っぺたをつねる位で済ませるのは、十分温情をかけていると思わない?


「痛い痛い痛い!」

「さんを付ければ良いって訳じゃないからね」


それに、こういう時は早めに上下関係を知ってもらわないとナメられるし、私以外だったらケンカになる。そういう訳で、どの道上下関係の勉強は、中学生だったらもうやっておいた方が良い。


「それに私は先生になる訳だから、軽い敬語は使える事」

「……先生だってあたくしに傅くし」

「どんなワガママお嬢さまだ」


うーん、結構甘やかされて育ったみたいだけど、大丈夫かな……まあ、こうなったら、嫌われ役でも買って出ようか。


「あたくしに悪口は許さないからね、そんな事を言ったら、パパに言いつけるんだから!」

「お父さんってどんな人?」

「あたくしより年上なのに、そんな事も知らないの?」

「じゃあいい」

「歳徳グループの専務よ!」


ほー、やっぱりお嬢さまな訳だ、まあどっちかというと『姫』って方向だけど……。それにしても、虎太郎サンが簡単に断れない理由でもあるんだろうか?


「……虎太郎サン、その人に頭でも上がらない理由でもあるの?」

「……師匠だからな、物心ついた時にはあの人の下で帝王学を叩き込まれた。まあ、遅く産まれた1人娘にはだだ甘だったから、どうしても自由が過ぎる所があるみたいだが」


なるほど、それは頭が上がらない訳だ。それは良いとしても、私に貧乏くじを引かせた訳だから、後でシバかせてもらおう。


「ちょっと、虎太郎様となにこそこそ話してるのよ」

「状況整理よ、あと……」

「いっ!」


さっき言った敬語の件についてちゃんとしてなかったので、罰としてデコピンを喰らわせた。これは早めに分かってもらえないといけないし、体罰禁止と言われているから、折衷案として、デコピンで済ませているのだ。


「ちょっと、何度も何度も酷いじゃない!」

「社会って酷いもんだよ、贅沢な暮らしだっていつ終わるか分からないし、いつまでもなにも出来ないままで良いの?」

「それは……」

「嫌われようが私は構わない、やるからには、ちょっとやそっとじゃ虎太郎さんは満足しない、多少見てるだけでも、あの人はやっつけ仕事が大嫌いって分かる。好かれたいなら、自分の出来ることに誇りを持てる様に頑張りなさい」


何も言い返せないのを見ると、多少は心に響いたと思いたい。結果がどうなろうと、努力をする人の凄さや美しさは知ってもらいたい。そのためにはうるさいババアと思われても良いから、めっちゃシゴく。半分は仕返しだけど……まあいっか。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「はいそこ、焦げ付いてるよ!」

「ぐっ」

「洗濯物の干す時は着崩れしない様に、着る時の形に沿って!」

「ぐぐっ」

「掃除は上から下に、二度手間だよ!」

「ぐぬぬぬ……」

「あとそれから……」

「まだありますの!」


教え始めはこんな感じで、小説家を目指すというのに換算すると、文章を書く以前に、五十音を覚える所からというレベルだった。

おまけに私に対する反抗意識も根強く、食ってかかって来ることも多かった。


「はい、今日は後2回料理を作るからね」

「あたくしばかりずるいですわ!」


おや、せっかく料理を教えているのに、結構な言い草だ。教えているのに自分ばっかりやるのがキツいとはなんだろう?


「貴女も作りなさいよ、師匠だったら弟子に教えてやるのが筋でしょう!」

「弟子は師匠に対して、そんな口聞かないけどね」


とはいえ、見本を見せるのは良いかもしれない。私は手際良くちゃっちゃと、野菜スープに鶏肉のトマトソース煮込み、ミモザサラダを教えながら作ってみた、もちろん美味しいお米はマストですよ!


「ふーん、まあまあね」

「その言葉を使うなら、これ以上の美味しい料理を作ってからだよ」


後、大事な事がもう1つある。とっても大事な事だ。


「キャベツをちゃんと食べなきゃダメ、何かアレルギーでもある?」

「……良いでしょ、お金払ってるんだから残しても」

「吉川……そこに直れ!」

「な、なによ」

「良いから、正座!」


キャベツ農家を始めとした、食料に携わるお仕事をしている全ての人を敵に回したな! これはお説教モノだ、しっかり猛省してもらおう。

生産業の大変さは、茜の家が農家で手伝った事があったから充分思い知らされた。毎日休まず泥にまみれ、害獣・害虫を追い払っても、作物ドロボーに作物を盗まれ、災害で大損害を被っても補償は少ない。どれを取っても大変だ。それを金で解決だなんてふざけた事を言うなら、家事以前に1ヶ月畑仕事させてやる!

という気持ちをクドクド話さずに、要点をビシッと話す。


「農家や漁師の皆さんが、100万ドル積んでもお前に食材はやらんと言ったら、あなたは飢えて死ぬのよ」

「うっ……」

「だから、アレルギーとか飲み合わせが悪くないなら、ちゃんと出された分は食べる事」

「わ、分かったわよ……」


その後苦戦しながら完食して頑張ったマッちゃんを思わずよしよししたら、顔を真っ赤にして怒られてしまった。


「分かってますの、貴女はライバルですのよ!」

「いやーでもね、頑張る姿ってどんな状況でも平等に綺麗なんだなって感心したから思わず、ね」

「そ、そう?」


あっ、この子案外チョロいかも。褒め過ぎても調子に乗るから、2、3回に1回褒めておこうっと。


「さて、次は吉川さんの番よ。虎太郎さんに簡単な料理を作ってあげるの」

「でも、虎太郎様に作るのなんてまだ……」

「大丈夫! 初心者でも作れて、かつガッツリな料理があるから!」

「貴女、他人事だと思ってませんか?」

「そんな事ないよ、だってこれだけやれば良いし、私がついてるから危なくないし」


私が教えた内容に、マッちゃんはそれ? という顔で見ていたが、簡単で美味しい、そして男子ウケはとても良い料理、そしてマッちゃんでも出来るという点においては申し分ない。それにこっそり虎太郎サンが様子を見ているのは分かっているから、嫌な顔はしないだろうし。

そんな目測を立てて晩御飯を準備するため、私とマッちゃんはお店に出かけた。

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