32話 自立のすゝめ
「という訳で、何か質問がある人」
今度の問いかけは、結構な生徒が挙手して完全に虎太郎サンのペースにはまっている様だった。
「自分の向き不向きを知るには、どうすれば良いですか?」
「基本自分が1番知っていると思いますが、仲の良い相手に聞くのも効果的です。何も使わず、自分で自分の姿は見れませんから」
「自分と合わない相手と付き合う時はどうなんでしょう」
「最初から合わないと考えないで、観察してみましょう。良いところが1つもない相手はまずいませんから、何か良いきっかけがあるかもしれません。それでもダメなら、さっさと見切りをつけて、お互いのためと別れましょう」
虎太郎サンらしい回答で、生徒への質問をズバリと回答していく。だけど、ある質問に関しては少し言葉を詰まらせる。
「西郷様の好きな異性のタイプは誰ですか?」
「ハハッ……まあ、わたくしは異性愛者ですが、好きな『異性』と決めつけると、嫌だと思う人もいるのは知っておいてください──わたくしはどちらかと言うと、悩んでしまうと袋小路に入りがちなので、ズバリとおっしゃる人の方が好きですね。多少負けん気のある人ならもっと好きかもしれません」
悪かったね、ズケズケと言ってくる気の強い女で。虎太郎サンだって毒舌のサド野郎だからね! 手に持ったマイクで言ってやりたいけど、残念ながらつまみ出されるのは私の方だから言えない……。
「過去にロマンスがあった方もいると思いますが、今付き合っている人はいますか?」
「今は付き合う前の段階ですね、向こうが了承してくださらないのですよ」
一瞬こちらを見てお願いという感じで見て来たが、そんな事をしてもダメ! 私はそんな軽い女じゃない。
「まあ……そんな女性いるのですか……?」
「西郷様を袖にするなんて……一度会ったら問い詰めないといけないわね……」
味方をつけるのが早すぎ! もしもここに袖にしてる人がいますってバレたら、晒された状態で殺されるかもしれない、静かにしておこう……。
そうして内心ガタガタ震えながら、アシスタントをしている内に、最後の締めに入った。
「……ここまで色々と言って来ましたが、最後は自分で責任を持ち、自分の意思で行動してください。そう言った行動を取れるのが、立派な大人への道なのです。人に命令される事もあるでしょうが、自分に命令する事も忘れずに。以上です」
かなり盛大な拍手を浴びながら、虎太郎サンは舞台袖に戻っていった。私もマイクを返して虎太郎サンと合流すると、お疲れ様と労われた。
「虎太郎さんらしい講演でしたね」
「外ヅラ丸出しで話しているのが?」
「合理的な考え方で、ハウツー本みたいな所が」
「男は仕事、女は家事みたいな古臭い考え方が嫌いなだけだ。出来る事をすればお互い不満は少ないしな」
保守的な人にとってはとても新鮮な話だと思うから、好評だったのかな? ……って、外ヅラ全開なのは自覚してるんだ!
「じゃあ帰るか、今日はありがとな──いや、今日もありがとうだな」
「へっ?」
「俺の悪いクセでな、こいつはと思ったヤツにはガンガン働いてもらって、成長出来るように頑張ってもらう。それでへたばった時には、なるべく声をかけて休憩出来るように休ませてあげるんだが、今回はガッツリ働いてもらってばっかで、全然休めてあげられなかったな」
……一応良心はあったみたいだ、こういう時、余計に嬉しく感じてしまうのは計算なのか、それとも私が素直だからか……。
「ありがたい事に、ルックスと収入が良いのもあって多少人よりはモテる」
「ソレハヨカッタデスネー」
私がハイハイと流して帰ろうとすると、虎太郎サンが手を掴んでこちらを見据える。
「だから、追いかけるのは不得手だが、諦めないからな」
「……っ! そんな事を言ってるなら、さっさと車に案内して!」
「分かった、一緒に帰ろうか」
「ちょ……!?」
そう言って虎太郎サンは、私の手を掴んだまま走り出した。イタズラが成功した子供みたいな笑顔を見せて。
車まで着くと、私は虎太郎サンに盛大に抗議した。
「全く、突然走り出すなんて……!」
「そんな衝動に駆られたんだ、ガキみたいなただ楽しく走りたい、な」
ああ……外ヅラでも何でもない、心を開いた人にしか出せない笑顔って、素敵なんだ。虎太郎サンのその笑顔を見る度に、心がなぜかざわつく。
「帰りの道がてら、ちょっと寄り道してみないか?」
「まだ昼だけど?」
「今から行かないと、遅くなるからな」
そんなもったいぶった虎太郎サンの鼻を摘んで、分かったと了解した。どのみち運転手に行き先を決める権利があるんだから、仕方ない。
車は東名高速を走り、途中で新城で降りるとのどかな道を走っていると、やがて駐車場に車を停め、虎太郎サンがスニーカーを差し出す。
「履いた方が良いぞ、転びやすいから」
「ハイキングにでも行くんですか?」
「それに近いな」
そう言って緑が深い森の中をしばらく歩くと、美しい緑と滝のコントラストが目の前に現れた。
「うわぁ……」
「阿寺の七滝、日本の滝百選にも選ばれた国の名勝だ。ここに来ると疲れが取れる」
確かにここは心が安らぐ、段々になっている滝は流れが優しく、流れ着く先は滝壺になっていて、小さな池みたいに水が溜まっていた。
「迫力で来るならお門違いだが、時々時間が空くと来る時がある。東京や名古屋に比べると何にもないが、何も無いのが逆に良いんだ」
「そうだね」
私たちはしばしここで滝を眺めて、旅行の諸々の疲れを癒した。ライブも東京観光も良かったけど、1番良かったのはここかもしれない。
「さて、あれをもらうとするか」
虎太郎サンが滝の近くにある大きな石、の近くにある小石を拾うとポケットの中に入れた。
「石ころ収集の趣味でもあったんですか?」
「ここの石は特別だ、虎之介と杏に贈る」
「そんなのもらっても迷惑なだけじゃ……」
私が呆れていると、虎太郎サンが分かってないと言わんばかりに、手を広げた。
「子宝に恵まれるって有名な石があって、近くの石にもその力があると言われてる。お節介かも知れないが、子供を欲しがっていたからな」
まあ、虎太郎サンってそういう気遣いは出来るよね。ただ、それを他の女性がいる前でするのってどうかと思うけど……。
「ちなみに2人はどっちが欲しいの?」
「性別の話か? どっちでも良いそうだ。ただ、息子も娘も両方欲しいと言っていたが、『娘はやらん!』って言って、机を叩くのをやってみたいらしいが」
「またベタなものを……」
息子ができたら、スポーツもゲームも一緒にしたいと言っていたみたいで、こちらもベタな感じ。案外大企業の社長でも、普通の人とあまり変わらないものも多いのかもしれない。
「会社は継がせたいとかは?」
「実力があれば継がせるし、なければ普通に暮らせと言うのが我が家の家訓みたいなもので、それは真理だから俺も虎之介も、子供が出来たらそうしようと話した事はある。俺の場合は相手を見つけろよって話なんだけどな」
「私は手伝わないからね」
「手厳しいな」
そんなのでも笑っていられる虎太郎サンって、私の事は遊びなのか、はたまた竹刀を束にした強力な極太神経しているのか……前者なら嫌だが、後者なら恐ろしい、根負けするまでやる人だろうから。
「だが、振るならさっさと振ればいいだろう、どうして保留を続けるんだ?」
「それは──」
答えにくい質問に少し迷っていると、スマートフォンが震えた。どうやらみのりちゃんみたいだ。
「竜姫さん、事件だよ! 紅葉が大変な事になったの!」
「えっ……って、それは本当なの!」
「だから早く帰ってきて──」
慌てて電話を切ると、私は虎太郎サンを引っ張って車へと向かった。
「おいおい!」
「さっさと家に帰るよ! 紅葉になにかあったって!」
車に着いて、シートベルトを装着したかしないかの内に、車は発進した。高速を法定速度一杯で走って、家に着いた頃には陽が傾きかけていた。リビングのドアを思いっきり開けて、みのりちゃんを確認する。
「ただいま! みのりちゃん、紅葉は!」
「お姉ちゃん?」
すると、紅葉が後ろからいつもの様子で現れた。
「紅葉、大丈夫!? なにかあったって」
すると、紅葉は少し考えた後、なにかを思い出したみたいに、手を打った。
「ああ、U16の代表候補になったってことか。そんなに慌てる事じゃないよ」
「えっ……えええええっ!?」
紅葉の身になにかあったという訳じゃなかったのは嬉しかったけど、明日のご飯はこれにするという感じのトーンで、部長に昇進したみたいな凄い事を言ってない?
「凄い事じゃない!」
「そう? 僕の他に5人いるんだよ、ゴールキーパーだからそんなに要らないし、ベンチのカイロになるだけじゃない?」
「それでも、同世代のトップ6でしょ?」
「そうだ、紅葉は下部組織に入っていないし、そこから注目されるのはなかなか大変な事だ」
そうと分かればお祝いをしなきゃだけど、あいにく急すぎてなにも準備出来てない。とりあえず紅葉が大好きなチョコケーキは買いに行きたいな……。
「『月見草』に行って頼んでみるか、多少の無茶振りはシンちゃんが解決してくれるだろ」
ああ、可哀想に……主にイザベルと和義君が、料理担当の2人が1番働かせられるだろう。しかし、ご飯を作ってもらうので止めはしないけど。
「あっ、お帰りなさい虎太郎さん、竜姫さん。紅葉君が──」
「代表入りしたって聞いたよ」
「だったら、『月見草』に予約をしたのは?」
「仕事早っ!?」
さすが中里兄妹の頭脳担当、準規君は仕事が早い……にしても私達が帰って来る事を計算していたのかな?
「そうですよ、みのりが誤解を招く言い方を言うだろうし、そうなれば竜姫さんは慌てて帰って来ると読んで、今日の夜に貸切を押さえときました。家族みたいに喜んでくれて場所を押さえてくれるとなったら『月見草』だなって」
準規君……恐ろしい子! でも、この有能さだから、虎太郎サンの片腕になれているのかもしれない。普段あれだけイジリー状態すらも計算なの……!?
「それだけ頭が回るのに、なんですぐ分かるところに──ぐはっ!」
「みのり、黙ろうな?」
普段身体能力の高くはない準規君が、みのりちゃんを恐ろしい速さで黙らせると、もの凄い威圧感で注意した。って、ほぼほぼ脅しだけど。そして、言おうとした内容は掃除している私からして分かるけど。みなさん、健全なボケもかましてくださいよ? 下ネタを全部削れるとも思えないけど。
「大丈夫だよ、兄さんがメイドさんや看護師さんが好きだろうと、笑ってあげる……ギブギブギブ!」
みのりちゃんは相変わらずバカだよねー、なんであんなに全身から黙れオーラを出してるのに、喋り続けるのか……。あーあ、コブラツイストが華麗に極まってるよ。
「みのりお姉ちゃん、ある程度攻めたら引くのも大事だよ」
「うん、いまよく分かった……」
何度もそうなってないかなみのりちゃん、少し頭を使おうか? 考える力はあるけど、考える練習を全くしてないみたいだし。
そういう紅葉は、身体能力も高いけど、感覚が鋭く、勘が磨かれ、そこから全体を観る力が私より高い。キーパーにとって大事な要素だと思うけど、出来れば私と一緒に古武術をやれば、簡単に道を極められたんじゃないかと、残念に思うところもなきにしもあらずだ。
「それじゃあ行くか、未来の日本正ゴールキーパーの前祝いに」
こうしてお休みはドタバタしたけど、最終的にはいい思い出になって終了した。さて、明日から頑張りますか!




