30話 大人げない大人達
大人達による、10代への大人げない仕返し作戦が幕を切って落とされた。虎太郎サンと真凛ちゃんは楽譜にペンで修正を加えていた。
「カンパ、ここはコードを……」
「それならここはアボイドにならない様に……」
音楽素人の私には、よく分からない用語も出だしてきたので放っておこう。少なくとも、ペンと会話が途切れる様子はないので、今の所は順調そうではあるけど。
「もしもし翔、椎名だ。マジティーの素行についてあまり良くない話は聞いてないか? ……ほう、その話を詳しく聞かせてくれ」
隣では、元ヤンネットを駆使して、ミホさんがなにか掴んだみたいだ。時々顔に出る凶暴な笑い方が、怒らせたらダメな人の笑い方だったので、この事はそっと心にしまって、なるべく敵に回す事のない様に固く誓った。
「……青嵐、寒紅こいつらが歌い出したら装置を止めろ」
春吉さんは誰もいないのに、何やらぶつぶつと命令している。……まさか使い魔とか? な訳ないか。
「今の所ヒマだね」
「そうですね、今のうちに皆さんの好きなジュースでも用意しておきます」
準備要員の青狼さんと裕二君は、割とのんびりしていた。私が言えた事ではないけど、今の所、この2人は役立たず感が凄い。それが分かっているのか、ジュースやお菓子などのケータリングからそれぞれに配っていたし、それが終わったら他愛のない会話を3人でして盛り上がった。
「ふう……編成終了したぞ、マンちゃんはボーカルパーカッション、俺はドラムしながらボーカルで、カンパはギターを弾いてくれ、あと、全員コーラスを頼む。詳しくはスコアを見てくれ」
「了解、スコア頂戴」
「出来れば、ボーカルとしてテレビに出る時は、ボーカルに専念させて欲しいけど……」
「良いじゃないか、ボーカルドラムの時は中部地区の番組に限るというのは守れる」
「それに、たまにはパーカッションしとかないと、勘が鈍るぞ」
青狼さんがスコアを受け取ったのを皮切りに、みんな続々とスコアをもらっていた。裕二君が頭をかきながら楽譜を見ていると、ミホさんや春吉さんがフォローしていたが、なんで裕二君は、テレビで自分の曲を披露する時にドラムをやりたがらないんだろう?
その事を虎太郎サンに聞くと、意外な事が分かった。
「マンちゃんは地元に特別な事をって、テレビでは中部地区でしか、ドラムボーカルはやらないと決めているんだ」
「そうしたらドラムは誰がやるの?」
「俺かカンパだな、ジャッジの時はポンドがいたから、サポートとして俺が入ったり、時間が合わない時は、カンパがパーカッションを止めてドラムをしていた」
ちなみに、ライブではどの地方でも関係なくドラムを叩きながら歌うとの事。タダで見るなら演奏しながら歌わないってちょっとズルいな……。
「先代も、2時間でアレンジした曲を本番で合わせろって結構無茶ぶりだよな」
「おまけに本番ぶっつけですし」
ここで1番大変そうなのは真凛ちゃんで、リズムギターは久々といって、急ピッチでギターを持って来て弾きだした。元がリズム担当の人なのだからかは分からないけど、リズム感がとても良い。
他の人も、本番分の演奏を何回か通して、すぐにモノにしていた。たった30分位なのに……!?
「オール・スターダストの皆さん、スタジオに入って下さいー」
スタッフさんが呼びに来たので、私は邪魔にならない所で、気配を消して番組を見させてもらう事にした。スタジオのセットは近未来的なメタリック色の強いセットで、メインのセットの他に、通路から3つのスタジオに通れる様になっていて、そこで曲を披露する仕組みだと真凛ちゃんが教えてくれた、裏側ってそんな風になってたんだ。
オール・スターダストは、トリを飾るマジカルティーンズの前に演奏なので、それまでは一視聴者として、生で見る一流ミュージシャンに興奮しながらライブを楽しんでいた。歌に関して言えば、私はカラオケで特にシラける訳でも、褒められる訳でもない平々凡々なレベルなので、歌うのが上手い人やパフォーマンスで楽しませられる人を見ると、ただただ感心しっぱなしだ。
そしていよいよオール・スターダストの番がやって来た。
「続いては、オール・スターダストの皆さんです」
「こんばんはー」
「オール・スターダストとしては初めてですよね」
「そうですね、特にメンバーが1人入れ替わっただけなので、パッと見分からないかもしれないですけど」
いやいや、男女入れ替わってるんだから結構目立つよ虎太郎サン。特にSelfjudgeのファンじゃない人からも知名度高いんだから。
「入れ替わって変わった事とか無いんですか?」
「先代が中心でボーカルやる事多いんで、演奏がまた違った感じになりますね。特にアコースティックで演る曲も多いんで」
「へーそうなんですね──じゃあ準備をよろしくお願いしますー」
準備を促され、オール・スターダスト用にセットされたスタジオに入っていった。あれ? そう言えば編成やら曲の話ってスタッフさんに言ってあるのかな……。
「それでは、準備が整いましたのでお聴きください。オール・スターダストで『星空を泳いで』」
流れたイントロは、以前聞かせてもらった『星空を泳いで』とは全く違う、ロック色の強めな『ENJOY! MY LIFE』マジカルティーンズが今日歌う曲を、虎太郎サンは自分が作詞作曲したからと、無断で使用してしまったのだ。
にしても、こっちが歌うと全く違う。原曲はアイドルの良さである元気が出る感じだけど、こっちはエンジョイしているけどリスタートといった、大人の落ち着きと経験から来ている楽しさが出ている。
そして1番凄いのが、ボーカルの2人はライブで踊って騒ぐ曲が得意な訳じゃないって事。裕二君は聴かせるタイプのしっとり感が強いのや、ダークな魅力のロックが多いし、虎太郎サンは、落ち込んだ時に聴くと優しい気持ちになれるジャステイストの曲が中心だ。
そんな太陽か月かで言ったらお月様な2人が、ポップって……ラーメン店で本格カルボナーラが出てくる意外性みたいなものだ、全員唖然としてしまうだろう。
「凄く良かったから思わず聴いちゃったけど……これ大丈夫?」
「色んな反響が来ますよね……」
演奏が終わった後、スタッフさんたちもざわめきながら仕事に励んでいたが、とても良かったけど、クレームが不安だというのが多数の様だ。そりゃ人気アイドルの面目を丸潰しにする様なもんだもんな……。
「ちょっと、勝手に曲を変えないでくれるか!」
「曲を変えてしまったのについては反省しています、すいません」
「カメラワークをいきなり変更しないといけないから、こっちも大変なんだ」
ディレクターさんや、カメラマンさんに素直に謝っている……自分が悪いという事に対しては素直に反省出来るのはいい事だ。でも、今回はともかく、私に対しては素直に謝る以前に謝るような事をしないでよね! まったく……。
その後、マジカル・ティーンズが動揺したのかトークもグダグダだったし、演奏も途中で機材が壊れて、口パクだった事が分かってしまうなど、泣きっ面に蜂な目に遭っていた。
「ふん、ウチのポンドを馬鹿にするな」
「いやいや、これだけで済ます訳ないだろう。徹底的に評判を下げるぞ」
「ペットの運動を最近させてないから、寝させられない位ビビらせてやる」
「最凶ヤンキー降臨した……!」
青狼さんがちょっとビビっていたけど、田舎とはいえ、何県も跨いだ相当数の多いグループの頭を、初めて負かしたのが春吉さんだったらしく、そんじょそこらの東京ヤンキーなんて簡単に蹴散らせるそうだ。ちなみに2人共。ヤクザをパシリにする某巨大闇組織を見て、自分の小ささを思い知らされたそうな。
「さて、後始末をするからさっさと帰れ」
「本当にありがとう、先代」
「お疲れ様ー」
自然な流れで、みんなと一緒について行こうとすると、虎太郎サンに肩を掴まれた。
「どこ行くんだ?」
「いや、腕折ってるし、早く帰って休憩しようと」
「説教を受ける位、腕折れていても出来るだろ」
「なんで私が受ける事になってるの!」
「俺は俺で反省として機材片付けを手伝うから、良いだろ?」
「私が受ける道理がない!」
そんな言い合いになっていると、50代中盤に見える、ビッチリとスーツを着こなした男性が、おかんむりだと誰でも分かる位目に見えて怒っていた。
「お前! スポンサーのいとこだからって怒らない訳じゃないからなっ!」
「すいません、石橋EP。反省するんで機材片付け手伝ってきまーす!」
このやろぉー! 本当に逃げたなー!
「ったく……あんたはアレの彼女さん?」
「弟共々居候させてもらってるだけです」
嘘ではないし、ちゃんと弟がいると言っておけば、同棲してるとしても変な誤解を与えなくて済むから、キッパリ否定しておく。
「滅多にこうやって知り合いを観覧させないし、特別な存在かと思ったが……まあいい、良いライブだったし、マジティーの奴ら、調子に乗って部下から不満が溜まっていたからな。ありがとうと伝えといてくれ──それと、次はせめてカメラだけでも事前打ち合わせさせといてくれ。テレビとしてちゃんとした絵が撮れなくなる」
私に対して優しく接してくれてとりあえずは一安心だったけど、その後虎太郎サンにはローキックを食らわせていた辺り、全く怒っていなかった訳でもなさそうだ。一応偉いスタッフさんだけど、虎太郎サンにどつきを喰らわせる位は信頼しているんだろうなー。
「ふぅ……終った終った。じゃあタツ、帰るか」
結局最後までしっかり手伝いをして働いた虎太郎サンと一緒に、車を停めてあるテレビ局の駐車場歩きながら、労いの言葉と、1つの質問をぶつけた。
「お疲れ様。ところで、今日も同じ部屋で泊まらないとダメなの?」
「いや、今日はビジネスホテルを2部屋使わせてもらう。落ち着いて寝たいだろ、嫌な夢見てたみたいだし、そう簡単にラグジュアリーホテルの予約は取れないからな」
虎太郎サンの言葉に、私は少し申し訳なく思ったが、同時にムッとした。そんな気づかいしなくても、私は平気だ、変に気を使わないでよ。
「ふーん、私の過去について調べたりしたの? 夢の内容とかあらかた知っているんでしょ」
「あらかた調べても、本人にしか分からない事もある、そこを話してくれるなら、ちゃんと受け止めるが、話したくないなら俺は何も言わない」
「……っ! あんたね!」
骨折して片腕しか動かせないイライラも含めて、虎太郎サンの胸ぐらを掴んだ。それでも、この人は全く怯む気配すらしない。
「自分で見つける答えと決める答え、誰かと一緒に見つける答えと決める答え。それが分からないのなら、まだ何も喋らなくて良い」
「……甘い事なんて言わないんだね」
吐きつける様に言うと、虎太郎サンは小さく頷く。
「その人に恨まれようが、しっかり解決出来る様に向き合うのが俺のやり方だ。──タツに嫌われるのは少しキツいが」
くっ、この人の優しさがとても腹が立つ、いっそズタボロに言われれば家から出て行ってやるものを……。
私は掴んだ手を離した代わりに、八つ当たり気味に、虎太郎サンの足を蹴飛ばして車に乗った。文句の1つ言えば良いのに、この人は黙って顔色変えずに運転席に乗って、車を走らせた。
「……」
「……」
さっきまで楽しい感じだったのに、急に険悪な感じになってしまった。そりゃ私が悪いけど、今は謝りたくない。中途半端に人の心に入り込んできた、自分から謝るなんて到底考えられないよ。
「……ゴメンな、途中までは楽しく出来たと思ったんだが」
「……別に、楽しい所は楽しかったし、謝らなくても」
嘘ではないけど、かなり投げやりな返事を返す。いつもの違う東京での夜の街を、車は思っていたよりかはスムーズに進む。変なところで不器用な虎太郎サンの会話は、なんだか親父臭くて、事態が好転する気配はない。
そしてホテルに到着し、チェックインして別室に入ると、これまでの疲れがドッと出た。虎太郎サンのバカ、それだから私はあの人になびかないと分からないのだろうか……って、これじゃあ私が虎太郎サンの事を好きになりたいみたいだ。やっぱり、夜になると考えが変になる。
一旦気持ちを切り替えるべく、私は風呂の支度をするためにカバンに手をかけた。




