3話 入居から対決へ
手続きを済ませ、引っ越し先に向かった私と紅葉が目の当たりにしたのは、割と新しい感じではあるが、普通のビルだった。西郷の様子からしてもっと凄いところに住んでいるのかと思い、少し肩透かしを食らった感じだ。
「何だか偉そうな感じにしていた割には、大した事無いなー」
「数人で暮らすのに、豪邸を建てるヤツはいないだろ」
「うわっ!」
いつの間にか、後ろに立っていた西郷に驚いた私は、振り向きざまに右スクリューを叩き込もうとして止められた。
「お前はどこぞの殺し屋か、驚いてスクリュー決めようとするなよ」
「あなたがいけないんです!」
「いい加減、虎太郎で呼んでくれよ。ムサもボアも虎太郎って呼んでいるのに」
「同居人の事? ムサとボアって」
「虎太郎さんー荷物はどこに置けば良いですか?」
そう言いながら現れたのは、西郷より背は低いが足が長くてスラッとした大学生位の男の子だった。ダックスフンドの毛並み色をした茶髪は、染めた感じが無いので恐らく地毛だろう。
「あっ、おはようございます! おれは中里準規です。あだ名はボア、よろしくお願いします」
つまりこの人とも一緒に暮らす事になる。なかなかの好青年だと思う、ちゃんと挨拶出来る人を私は評価している。社会人の基本だからね。
「こちらこそ、よろしくね。……えーっと、もう1人いるんだよね?」
「おれの妹です……みのりー!」
ビルに入っていき、すぐに戻ってきた準規君と一緒に来た女の子は、紅葉と同じ位の年齢で、準規君と同じ色の短い髪に、三白眼が特徴の負けん気の強そうな女の子だった。
「……いけますか?」
「……はい?」
「……ハッ! な、なんでも無いです! 中里みのりです、そこら辺の男子より腕が立つ剣道女子です。よろしくお願いします」
何だか凄く熱い視線を浴びている気がするけど……。とりあえず、紅葉を紹介する事にした。
「こっちは弟の紅葉、4月から高校生になるんだよ」
「はぅ!」
……今凄いハートを撃ち抜かれた声を聞いた気がする。まあ、紅葉は私に似てルックスが良い。歌舞伎俳優の女役をこなせそうな雰囲気なので、お金に余裕があれば、そっちの芸能をやらせてみても良かったかもしれない。
「わたしがひとつ上だから、なんでも頼ってね。手取り足取り教えてあげるよ」
「よろしくお願いします」
自己紹介が済んだところで、荷物をビルに運ぶ。
「重っ!」
「兄ちゃん、わたしが持つよ」
……準規君はそこまで筋力が無い、恐らくスーパーのバイトは出来ないだろうな。かなり重たい物を運ぶ事があるから。その代わり、みのりちゃんは荷物を軽々運び大活躍していた、
「綺麗だなー竜姫さん……」
「どうしたの、みのりちゃん?」
「いや、なんでも無いです! 食べちゃいたいとか思ってませんから!」
…………これは、あれですか? あれなんですか?
「みのりちゃんって、バイセクシュアルだったりする?」
「……っ!」
「いやいや大丈夫、ヘテロだけど嫌悪感は無いし、同意があれば恋愛は自由だから」
そう言うと、みのりちゃんは警戒感を少し緩めた。思春期に気づくのは苦労も多いだろうけど、とりあえず、あっていきなり理解しているなんて軽々しく言ってはいけないと思っている。敵意が無い事を示して、信頼関係を築くのが良いかな。
「ほらな、タツなら問題無いって言っただろ。逆境で僻まなかった奴は強いし、その分優しさを持っている」
「なんかこの人に言われるのはムカつくけど、私は心療内科・精神科医だから、相談にいつでも乗れるし、私が嫌だったらセクシャルマイノリティの相談を受けている団体も紹介するよ」
「竜姫さん……ありがとうございます」
準規君共々頭を下げたみのりちゃんは、どこか心の拠り所を見つけた顔をしていた。
落ち着いた所で、私の部屋で少なくない量の荷ほどきをしてもらっているみのりちゃんに、世間話をしてみる。
「そういえば、あだ名の由来って?」
「宮本武蔵から来ていて、二刀流の練習をしてるから、大学からじゃないと認められないんで試合には出てないんですけど」
「ちょっとやってみない? 剣道経験ないけど、それなりに強いよ」
荷ほどきを中断し、竹刀を持って1階にあるガレージにやって来た。ここのビルは1階がガレージ、2階は応接間、3階に居住区があって、4階は倉庫になっているらしい。5階は西郷の仕事場なのでまだ行ってないが、準規君曰く防音が凄いとのこと、スタジオでも貸しているんだろうか?
「防具しなくて良いんですか?」
「やられない自信があるからね」
そう言ったら、みのりちゃんの目が更に怖くなった。まあ、それは実際に試して分かってもらおう。
みのりちゃんは上段の構えで攻撃体勢だ、こちらは中段の構えで待ち構える。
「アーッ!」
気合いの入った声を出して集中するみのりちゃんに、私は一歩も動かず集中していた。
そして面を繰り出して来るのが分かり、私はさっと剣で受け止めながら避け、胴を寸止めで出した。
「なかなか良いね、体の使い方がちゃんと出来てる。しっかり練習してるのが分かったよ」
「ぐぬぬぬ……」
みのりちゃんは悔しそうな顔をしているが、実際二刀流をやろうとすると、体の使い方がちゃんとしないと出来ないのが分かる。具体的には力を抜く事や、体幹の矯正が必要だ。片手で力を入れ続けると試合で持たないし、打ち方の都合上バランスが悪くなっていると、一刀流よりごまかしが効かない。その点、みのりちゃんは体の使い方がとても上手い。多分一刀流でもちゃんと戦えるだろうなぁ。
「もう1試合お願いします!」
「先に引っ越しを終わらせろよ」
みのりちゃんにツッコミを入れた西郷は、私にも頭を指でグリグリ押してきた。
「弟に任せきりで勝手に遊んでいるなんて、酷い姉だな」
「遊んでません! みのりちゃんに稽古をつけてたんです」
もっと言ってくるかと思って身構えていたら、意外な反応が返ってきた。
「まあ、紅葉の経験値を上げされるのには良いし、ムサの良い姉貴分になるのは色々と嬉しい、ほとんど男所帯だからな──だが、ボアは役に立たないから、お前らさっさと手伝ってこい!」
準規君は戦力外なんだ……何が得意なんだろう?
気になったので、戻った時に聞いてみた。すると、なんだか嬉しそうな顔をして話してくれた。
「射撃には自信がありますよ、ピストルもライフルもどんとこいって言えます」
「どれだけ上手いの?」
「300メートル先のバイオリンの弦を、1本だけ撃ち抜くのは簡単に出来ます。──もちろん、ライフルですけど」
それってかなり凄くない? 前に本でやっていたのは、ライフルが安定して狙える距離が200メートルだけど、特殊部隊は確実に仕留めたいので、100メートルに縮まると書いてあったから、なかなかの腕前だよね。
「でも筋力が無いって……」
「男子の平均体力があれば充分なんです! それに紅葉くんはサッカーやっているって聞きましたし、みのりや竜姫さんに至っては剣道と古武術ですよ、鍛え方が違います!」
「私が古武術経験者って分かってたんだ?」
私の疑問に準規君は肯定した。
「剣術と柔術を習ったって、虎太郎さんから聞きました。『殺されるから、ケンカする時は気をつけろよ』と」
ぐぬぬ……! あの人は私を何だと思っているんだ!!
「1回あの人ぶちのめしてくる!」
「お気をつけてー」
手を振りながら見送る準規君を背にして、私は西郷を見つけて殴りかかった。
「……っ、危ないな、いきなり殴ってくるなよ」
「嘘……っ!?」
慢心は全くしてなかったはずだった、おまけに不意打ち、それなのに私の手を掴み、普通に接してきた。
「俺様な所は悪いと思うが、これが素で、仲良くしないと見せない。それでも嫌か?」
「……信用してくれるのはありがたいけど、私が信用できない」
「──せめて、名前で呼んで欲しいんだがな。西郷って名前は好きじゃない」
「西郷! 西郷!」
「……自分で言ってて虚しくないか?」
そ、そんな目で私を見るな! ちくしょおおっ!!
「じゃあ、何か勝負して勝ったらいう事を聞くってどうだ?」
「やっぱり体……」
「名前だ、名前! 俺が勝ったらタツは俺の事を虎太郎と下の名前で呼ぶ、タツが勝ったら何かしらプレゼントする」
プレゼント……なんだろう、クーポン券かな、図書カードかな?
「良いですよ、勝てるものなら勝ってみてください」
「言質は取ったからな、覚悟しろよ」
決戦は明日、3本勝負という事になった。絶対勝って恥かかせてやる!
☆☆☆☆☆☆
「えー、東條竜姫対西郷虎太郎3本勝負、開催します」
「ワーワー!」
「お姉ちゃん頑張って!」
紅葉の声援を背中に受けて、闘志をみなぎらせる。舞台は『月見草』で、観客はどこから来たのか分からないけど、席が満席になるまで集まった。司会進行は服部さんで、落ち着いた進行をしている。
「──対決内容は、料理・ポーカー・デスマッチで、先に2勝した方の勝ちとなってます。──両者、意気込みを」
「絶対ぶっ潰します!」
「勝って認めてもらうぞ、タツ」
「頑張れー!」
「虎太郎さんをぶっ潰せ!」
「そうだ! 竜姫さんに勝つに飯代かけてるんだからなー!」
……うん、今聞き捨てならない言葉があったよね?
「……虎太郎さんの倍率は6.5、竜姫さんの倍率は8.3、……勝てばデザートをサービスします」
ふと周りを見ると、ガーリーな私服姿のイザベルがなにやら賭けの胴締めをしていた。なにやってるの!?
「尚、『月見草』プレゼンツの対決のため、1人1200円で勝つ方を予測し、勝った方にはランチにプレミアショコラのサービスをいたします、負けてもランチは食べられますので振るってご参加下さい」
私達で楽しまないで欲しい! ……そういえばボリュームランチが700円、プレミアショコラが1番高いショコラで1000円だったから、なるほど、確かにちょうど良い賭けになる、食事代の賭けは合法だし。だからといって腹が立たない訳では無いけどね!
「最初の対決は料理対決、3人の審査員からより支持された方の勝ちです」
「『月見草』の店長の石丸和義です、楽しみにしてるよ」
「料理講師をしてる川島寧々です、よろしくお願いします」
「グルメ雑誌を担当してます、藤川大です、頑張ってください」
審査員の方は期待の眼差しでこちらを見ているが、川島さんと藤川さんは目が据わっていて、何だか服部さんと同じ匂いがする。
「元ヤンと自由人が審査員か……」
「やっぱりそうだったんだ!」
本当に『月見草』プレゼンツだ、中立性があるかは謎だが、賭けの割合が極端でないのを見ると、そこまで露骨な八百長は無いと思う。
「1時間までにお題の料理を作って下さい、お題は、家庭の味です」
虎太郎さんの腕は未知数だけど、まるっきり勝算が無い訳では無い。頑張ろう!
「それでは……スタート!」
私と西郷は料理にとりかかる。具材は普通にスーパーで売っている物が多く、色んな料理が出来そうだった。
「これとこれ、こうすれば良いか」
横を見ると、手際よく料理を作っている西郷の姿が見えた。包丁の使い方が繊細で、ほうれん草を隠し包丁を入れて茹で、醤油洗いをするなど、本気でやっても五分五分かもしれないほど、料理が上手いのが伝わった。
「私はどうしよう……」
食費を浮かすために、なるべく冷凍食品を使わずにやってきたので、料理は出来る方だけど、勝つには同じ土俵では厳しいかもしれない。……ならいっその事、あの料理を作ろう。
私は手を動かすと、手慣れた料理を精一杯作り始めた。
文字数が散らかってますが、これからは4〜5千前後位に収めるつもりで頑張ります