29話 大人をなめるなよ
「お前さえいなければおれたちは……!」
「この人殺し!」
「許して許し……あああああああああああっ!」
気が付くと、程よい硬さのベッドから飛び起きていた。物凄い量の寝汗でかなり気持ち悪い、ベッドのシーツにまで汗がベトリとしていた。
「そういえば、西郷邸でも眠らせられて見たっけ……」
おそらく、私が生きている限りずっと見ることになる悪夢、でもそれが私の罰かもしれない。心の医者というのに、これじゃあ医者の不養生もいいとこだ。
「タツ、大丈夫か?」
虎太郎サンがバスローブ姿で心配そうに部屋に入って来た、鎖骨がチラリと見えている辺りが美形と相まってとてもセクシーだ。もしファンに知られたら、私殺されそうだな……。
「うん、虎太郎さんに夢でも鬼が優しく見えるくらい働かされた悪夢を見てただけだから」
いつものように減らす口を叩いて誤魔化そうとすると、ただぼやくだけじゃなくて、意外な言葉をかけられた。
「言いたくないなら話さなくていい、──ただ、話したくなったら話してほしい。せめて友人として話を聞かせてくれ」
普段意地悪ばかりの虎太郎サンから、思ってもみなかった言葉だった。悪夢についてはミホさんの情報網でおそらく当たりはつけてあるのだろうけど、それでもこちらから来るのを待つのは、私がちゃんと向き合うのを待っているのだろう。……憎たらしいけど、理にかなっている。
「朝食はここまで持って来てくれる、だからゆっくり支度をしてくれ」
「虎太郎さんこそ、そんな恰好してないで服に着替えたら?」
バスローブ姿について指摘すると、案外楽何だがなと文句を垂れながら部屋を出て行った。案外横着したくてムダを減らそうとしているのかもしれない、そうだとしたら究極のものぐさだ。それが証明されたら、ものぐさ界の貴公子の称号を贈ってあげよう。
美味しい朝食で気を取り直して、東京2日目今日は観光の鉄板コースを満喫した、浅草で下町の優しさに触れたり、銀座で美味しいランチを食べた。──はあー私が求めていた休日旅行がようやく……。
「満足出来たか?」
「ええ、これぞ東京観光って感じ。名古屋じゃ見かけない商品もあるから見ていて楽しいし」
ひとしきり満喫して、休憩がてらカフェに入ってグリーンティーを飲んでいると、虎太郎サンから思いもよらない言葉をかけられた。
「良かったな、俺もタツの楽しい顔が見れて良かった」
「ゲホッ! なっ……なに言って!」
なんでこの人は押し倒す度胸はないクセに、そんなセリフをしれっと言えるんだよ! ううっ、恥ずかしい……。
「じゃないと本来の目的の意味が無いからな、仕事はさせたが、ちゃんと休めているか心配だったからな」
「普段からその優しさが欲しい!」
「可愛いからイジメて色んな表情を見たくなるってないか?」
「虎太郎さんってつくづく鬼畜だよね、このサディスト!」
この人のこういう所は、ぜひともこれから生活していく中で治してほしい、治療の治の字を使ったのは半ば病気と化しているからだ。サドやマゾだって相手次第では治療対象なんだからな!
「そういえば、サディストは自己嫌悪から始まって、マゾヒストはナルシズムがあるって習ったけど、虎太郎さんが自分のここが嫌だと感じるところはなに?」
こうやって相談に乗れば、多少はサド感が薄れて私に対してもっと優しくなる! ……ハズだ、もうすでに私が虎太郎サンのサドさ加減に振り回されているから、タダでこっそり治療しても良いよね。
私が答えを待っていると、割と本気で考えた様子で虎太郎サンはこう答えた。
「そうだな……悲恋的な映画を観てもどうせ他人事だしと思ってしまうし、ホラーで人が次々死んでいってもそれで? ってなる所が嫌いだ。冷めすぎているし、それを言うと嫌われるからなるべく言いたくなかったが……」
「それで音楽とか作るの大丈夫なの?」
「もちろん、悲しい感情や恐怖とかはある。こうすれば切なくなるとか、元気が出てくるとか感性はしっかりあるし、それで人の共感を得られているという実感もある。──が、それでももう1人の自分がいて実際の立場じゃないと諭している感じだ」
うーん、虎太郎サンの場合はどうにも完璧を求めようとするし、虎之介君の一件で自分への肯定感がとても希薄な感じだよね……。
「踏み込んだ事を聞くけど、虎之介君の両親に対する事故も、自己嫌悪の大きな要因になってる?」
「………………それが無いとは言えない、あの日以来、自分が幸せになりたいと思う気持ちがほとんど無くなった。一生罪を背負って生きていこうと──タツに気持ちをぶつけてそうでも無くなってきたがな」
虎太郎サンの心の重荷を、少し降ろす手伝いが出来て医者冥利に尽きるけど、それでもこのサドっぷりは昔からみたいだし、簡単に治るものでは無いかもしれない。……まあ、仮に虎太郎サンを振ったとしても、少なくとも、友人としてずっと縁が続く気配もする、腐れ縁かもしれないけど。
「タツは俺の事をどう思っているか知らないが、恋人としてみてくれなくても、心を開ける相手だと信頼している。だから何かあったら相談してくれ、今まで頼られる事はあっても頼る事はほとんど無かったから」
「虎之介君や青狼さん達は……頼れなかったの?」
ほとんど兄弟と同じ存在の虎之介君や、青狼さんを始めとする、家族に近いバンド仲間とは肝胆相照らす仲だろうに。
「虎之介とは家族と同時に加害者と被害者遺族と変に線を引いて、それがなかなか拭えない。ロボはあの目と髪でいじめられっ子で、自信は無かったし、ポンドやポーは自分と戦うのに必死で頼られる余裕はない。マンちゃんやカンパは、俺の背中を追いかけているのに頼れる感じはない」
「でも、ミホさんとは付き合った位だし、心をさらけ出せたんじゃないの?」
「確かにアネゴとは一時期付き合っていたし、多少頼りにしていたが、まだあの時はお互いが完全に大人になりきれなくて、このままだと両方潰れてしまうのが怖くなった。だから、しっかり頼りにしてもらったのはタツが初めてだったんだ」
「……そっか、そこまで思ってくれてありがとう」
そう、それはとても嬉しく思う、が。
「だったら、感謝をちゃんと言葉や態度に表しなさい!」
「ウグッ!?」
むこうずねを思いっきり蹴飛ばして、顔をしかめている虎太郎サンを見て、ちょっとだけスッキリした。この人はアメとムチで接するんじゃない、更に追加でムチとムチを入れて楽しむんだ。その所為か、たまにもらえるアメがとても甘いけど、甘くなくて良いからせめてムチを1つ減らして欲しい!
「──っー……お前な、確かにムチを打って打って打ちまくっているのは確かだけど」
「自覚はあるんだ」
「まあな、──28で研修医じゃなくて医者の端くれとして始まっているし、頑張って欲しいというのもある。逆境で成長してるタイプだから、叩けば伸びると思って叩きまくっている。楽しんでいるのは否定しないがな」
「酷い……酷すぎる……」
こんな鬼畜生に振り回されているのに、ときどきドキドキする自分がいるのが、とても不思議だ。……でもまだ好きじゃないからね! 本当だよ!
カフェを出て時計を見ると、もうそろそろ、虎太郎サンが仕事場に行かないといけない時間だった。
「それじゃ行くか」
「十テレから割と近いから良いね」
ミックスミュージックがやる十テレは、正式名を十六夜テレビと言って、完全な十五夜の更に上を行くという意味でつけたそうだ。まあ実際の十六夜はピークを過ぎた月でもあるんだけど、時期によって若干ズレがあって満月の時もあるから、その辺は黙っておこう。
テレビ局に行ったら話が通っていたらしく、パスカードをもらって、楽屋にたどり着いたら、既に青狼さんらが待っていた。
「やあ先代に竜姫さん、デートは楽しかったか?」
「観光は楽しめたが、むこうずねは蹴られた」
「竜姫さんになにやったんですか」
日ごろの積み重ねだよ、裕二君。もっと言ってやって!
「って竜姫さん! 腕ケガしてるけど大丈夫ですか?」
「折れた位で大した後遺症も出ないくらいのケガだから大丈夫だよ、真凛ちゃん」
そう、関節とかじゃ無かった分、酷い後遺症にはならなさそうなのだ。にしても、春吉さんの占いがバシッと決まった。占いが全てではないとはいえ、事前に準備が出来るのなら、それはそれでありがたいので、ちゃんとお礼を伝えた。
「春吉さん占いありがとうございました」
「別に、それと健康運の悪いピークまだ来てないから、気をつけろ」
「これより更に酷いのが……」
もう、骨折より酷い病気かケガが来るのはカンベンして欲しい。どんだけ私は逆風に耐えないといけないんだ……。
「ご愁傷様です、死なないように気をつけて下さいね」
「ありがとう真凛ちゃん」
「ご愁傷様って、お前もだろカンパ」
「どういう事?」
私の疑問に青狼さんが、スマートフォンを出してミックスミュージックのサイトを見せてくれた。その中には、今大人気の女性アイドルグループの、マジカルティーンズが前面に出ている、スペシャルの宣伝のコーナーがあった。
「アレがバンドに挑戦するからって、音大出身で、演奏指導に定評があるカンパが指導したんだけど、まあ元々踊りに力入れたいからってサボる人が続出したみたいで」
「結局主要な音はカンパが演奏して、演奏出来ない所は影武者立てて音を入れたんだ。彼女らの気持ちは分かる、分かるが……アレで頑張りましたとインタビューで言ってもな」
それってバレたら……まあ、それは彼女らの自己責任だし、不満はありつつも黙っている時点で、ある程度諦めもあるのだろう。
「あーすぐにでもマスコミにタレコミてー……」
「ダメだよポーさん、マイディアが騒ぐなって言ったんだから」
マイディアなんて言うんだね裕二君。そういう事をしれっと言えるのが、結婚しても色男と言われるんだろうなー。
「失礼しまーす、みなさんおはようございます」
部屋に入ってきたのは、10代後半位の、男ウケする感じの女の子だった。しかし、春吉さんは一瞬露骨に嫌そうな顔をしたし、普段から人当たりが良い事で知られる裕二君も、顔がやや引きつっている、多分この子がマジカルティーンズの……。
「メンドくさかったんですけど、マネさんが挨拶いけって言うから仕方なく来ました。今日は前座よろしくお願いしますね〜」
うわぁすっごく生意気、いつも余裕のあるミホさんの目が笑ってないし、青狼さんも表情が消えている。
「それはご丁寧にどうも、お互い良いパフォーマンスをしましょう」
こんな状況でも、大人の対応をして表情を崩さない虎太郎サンって相当凄いのか、相当バカなのか……。
「アル中出したバンドよりは良いパフォーマンスしますから、それじゃあ後で」
そう言って、さっさと楽屋を出て行った失礼娘を、みなさん視線を逸らして、なんとか殺気立った表情を隠して見送っていた。
完全に出て行った後、メンバーの溜まった不満が爆発した。
「アイツ……! ポンドの苦労も知らないで!」
「流石に、今の言葉を黙って聞くのは我慢ならないぞ」
「先代も言われっぱなしで悔しく無いのか!」
そんな中でも、冷静な表情を崩さない虎太郎サンは静かに口を開いた。
「とりあえず、音楽が聴きたい。とびっきりの大音量でな」
「先代さん……!?」
突然持っていたカバンからスピーカーを取り出し、音楽プレイヤーに取り付けて本当に大音量で曲を聴きだした。ちょ、どういうつもり!?
そう思っていたら、メンバー全員を近づけさせて、ぎりぎり聞こえる範囲で全員に指示を出す。
「……ポー、後でお前の力を借りる。アネゴ、10分でアイツらのスキャンダルを6人全員のを集めてくれ。カンパは今日演奏する曲のアレンジを手伝ってくれ、マンちゃんと俺でツインボーカルするからな、ロボは全体のお手伝いをしてくれ──俺も切れてるんだ、ガキ共をぶっ潰してやる」
ああ、マジカルティーンズのみなさんは、虎の尾を踏んだみたいだ。私は止めも同情もしないけど、ご愁傷様。




