28話 従弟のお節介
車から見えたホテルは、世界的にも有名なラグジュアリーホテルで、一目で豪華だと分かるのに、嫌味がない洗練された佇まいを持った、まさにラグジュアリーと言った感じだった。こういう所のスイートルームを2部屋も取れる所からも、この人は歳徳グループのお坊ちゃんなんだと感心せざるを得ない。
「お待ちしておりました、西郷様」
「ありがとうございます、車をお願いします」
「かしこまりました、お荷物はこちらで持ちますので」
車を停めてくれるってお金取られないだろうかと、我ながら貧乏くさいを考えていると、ロビーの絢爛さに圧倒された。西郷邸と比べると、こちらの方がややモダンで、都会ならではというオシャレさがあった。しかし温かみがわずかに欠けていたのは、やはり個人邸とホテルの違いだろう。
「すごい……」
「普段は使わないんだが、たまに来ると良いホテルだなと実感する」
「どうして使わないの?」
「こういう所にお金を使い過ぎるなら、別の所にお金を使う様に心がけているからな。その気になればカプセルホテルでも、ネカフェでも、地べたでも寝れる」
大企業の経営者一族が、カプセルホテルに地べた……いつも思うけど、虎太郎サンってお坊ちゃんって感じがしないんだよね。感覚が庶民に近い所もあるから、雲の上の存在って程凄みを感じさせない、それが逆に凄いんだけど。
そうしてフロントに着き、その辺のブランド服よりも高そうな制服に身を包んだフロントの人に虎太郎サンがキーを受付を済ませようと話しかけた。
「こんばんは、予約をしていた西郷です。お部屋のカギを」
しかし、渡されたキーカードは1つしかなかった。不思議に思ったので質問してみると、思ってもみない回答が来た。
「……1部屋予約のキャンセルをいただきましたが?」
「そんなバカな……あっ、まさか……」
「何か思い出したの?」
虎太郎サンはイライラしながらスマートフォンを取り出して、誰かに電話をかけた。
「虎之介、予約取り消したのはお前だろ──は? そんな真似できるか!」
顔を真っ赤にしながら電話を切った虎太郎サンに声をかけるととばっちりを喰らいそうなので、黙っておくけど、おそらく相当なお節介だろうなぁ。まあ、虎太郎サンの下心がないだけでもまだいいや。
「お見苦しい所を失礼しました、それでは別の部屋に変更は出来ませんか?」
「申し訳ございません、団体のお客様の予約が突如として殺到しまして他の部屋も満室となっております」
うーん、正直泊まれないのは残念だけど、別のホテルでも良いから今からでも探そうかな。
「それじゃあ、タツ、1人で泊まってくれ。俺はその辺のネカフェでオールするから」
「男前な発言はありがたいけど、こんな豪華で素敵すぎる場所でどうやって寝ろと」
確かに気遣いはありがたい、ありがたいけど、貧乏人がいきなり、パートの年収に迫ろうかという位の宿泊代のホテルに泊まるって、戸惑うわ・寝れんわ・訳分からんわの、少なくともパッと3つのツッコミが思いつく位には持て余す問題だ。それならむしろ私の方がネカフェでオールでも良い、女子が地べたで寝られないと思っている人は、それが幻想だと認識してもらおう。少なくともその気になれば壁にもたれて1日寝られる位には私は軟ではない。
「どうしました?」
「し、支配人! 実は……」
なんだか物凄い人がやって来てしまった、こんなホテルの支配人って下手な社長よりすごいんじゃない? なんだかヤな予感が……。
「ふむ、分かりました。ですが、急に部屋を空ける事は出来ませんし、かと言って西郷様、お願いします。あなたにもしもの事があれば、西郷社長が黙ってないでしょう……ぜひ、わたくしを助けてもらえませんか?」
そんな大げさな……しかし、虎太郎サンは私を呼び寄せて、内緒話をし始めた。
「……タツ、大体このホテルで仕事をもらっている人がとりあえず300人近くいる訳だが」
「……突然何よ?」
「……バカな従弟のせいでその人達の仕事が無くなりそうだから、顔を立ててくれないか?」
そういう所でその人達を見捨てない虎太郎サンは、良い人だと思うよ──私を生贄にしなければ、もっと好感度が上がったのにね……。
「……分かった、これをご褒美にカウントしないから、後でしっかりご褒美ちょうだいね」
「……恩にきる、──話がまとまりました、お部屋をお願いします」
「ありがとうございます、それではこちらです」
ホテルの関係者から、胸を撫でおろした時のため息が聞こえた気がする程、皆さんホッとする顔を見せていた。……でも、嫌な予感が消えないんだよね。
支配人さん直々に、他の豪華なエレベーターとは違う、少し控えめな造りのエレベーターに乗せられ、着いた先にすぐあった部屋に入ると、その辺の一戸建てマンションより広く、気品ある調度品に囲まれた、まさにスイートルームといった感じの部屋に通された。今まで見た事のない夜景がガラス張りの壁越しに見えて、気分は夜景を独り占めにしているアラブの石油王だ。
「……これは本当に1人じゃ寝れないよ」
「ベットは何個かあるが、大きいベットで2人で寝るか?」
「そういう意味じゃない!」
こういう所で襲う人じゃないのは、居候しているのに無事なので証明されている。そしてまず目が笑っているので、明らかにからかわれているのは明白だ。このヤロー、嫌味な感じが減ったのに、イジワル度数は増してるんだから……。
「何かあったらそこの電話でお呼び下さい、あと、虎之介さまからお届け物がありましたので、その机に置いておきました、後で確認されるとよろしいかと」
支配人さんが出て行き、部屋に2人きりになると、テレビじゃ放送事故クラスの長い静寂に包まれた。
「…………」
「…………」
「………………なにか話して」
「俺は一応芸能人の端くれだから、もしかしたら週刊誌に撮られるかもな」
「こんな夢の様なひとときを、盛大にぶち壊さないで!」
自分で話を振ってそれはどうかと思うけど、こんなおそらく一生縁のない所くらいは、夢気分に浸っていたい。しかし虎太郎サン、本当に人の嫌な事をさせたら世界でも屈指じゃないだろうか?
「悪かった、とりあえず、虎之介の贈り物を見ておくか」
テーブルに置いてあった大きな箱と小さな箱があり、大きな箱に添えられたカードに、『竜姫さんへ、ステキな映像と美味しい飲み物で楽しんでください』となかなか達筆な文字で書いてあった。先ほどの無茶苦茶さといい、嫌な予感しかしないけど……。
「……ディスクと、ジュースか」
「変な物じゃないよね?」
「とりあえず、ジュースは1本5000円するなかなか良い値段のものだし、特に毒は入ってなさそうだが?」
10円玉を取り出して、グラスに注いだジュースを軽くつけて虎太郎サンは言うけど、その方法って青酸カリ以外の毒は分からないんじゃない……?
「虎之介君が毒を盛るとは思わないけど、ひとまずこっちは後にして、映像って書いてあったから、こっちは映画かな?」
ディスクを取り出し、レコーダーにセットして大きなスクリーンに映し出されたのは……。
「──!」
「──!」
開始5秒で、慌てて停止した内容は……美男美女のキスが濃厚だったなー……とりあえず虎之介君は1発殴っとく。
「この様子だと、このジュースも飲んだら大惨事になりそうだな」
「飲まずに捨てようか、美味しそうなジュースだけど、仕方ない」
あんなムードな内容の映像を見せられた上に、飲んでと書かれたジュースって、明らかに誘導しているとしか思えない、ここはスルーして素直に捨てよう。
洗面台を探していると、突然チャイムが鳴った。従業員さんが何か忘れた事でも伝えに来たかな?
「申し訳ございません、アメニティグッズに不備がありましたので……」
そう言ってやって来たのは、40を少し過ぎたくらいの女性で、仕立ての良い制服を着て部屋に入って来た。
「あっ、ありがとうございます」
中に入ってもらって、石鹸やらタオルを替えてもらって、すぐに帰って行った。やっぱり、緊急だったから慌ててたんだろう、なんだか申し訳ない。
「はぁ……アレ、週刊誌の記者と友達だぞ」
「えっ……!?」
虎太郎サンがため息混じりに、思いもよらない事を漏らした。
「どうしてそんな事を知ってるんですか!」
「……そんな興奮するな、音楽でも聴いて落ち着け」
私の質問に答えず、プラグをコンセントに差し込み、大音量で音楽を流し、耳元で喋りだした。
「──裏組織の上層部の1人が従弟の妻だぞ、ありとあらゆる所から情報が入ってくる。その方法の1つが盗聴だ、まず、テレビの裏側にある延長コンセントを外してくれ、俺は固定電話を調べるから」
何だか恐ろしい人と一緒に暮らしてるよね、それも込みで家賃やら何やらを取られないのかもしれない。……それだったら、独り言やら観ているテレビとかの内容まで、いやいや、もっと聞かれたくない事まで筒抜けかもしれない。……恐ろしいけど、家賃無しは魅力的なんだよね、ゴメンね紅葉、少なくとも部屋は聞こえない様にするから。
これまた凄い事に、実際に盗聴機が仕込まれてあった。これは、虎之介君の命令? それとも……。
「今日は俺達が泊まるからこういう仕様にしてあるが、普段は無いぞ」
「そうだったらもうホテルに泊まれない……」
「そういう点では我が家は安全だがな、まあ、人の口に戸は立てられないから、リークされると計算しておいた方がラクだぞ」
「なんか休日もらったのに休んだ気分がしないっ!」
「ジジイの所から完全に俺も予想してなかった、本当にすまない」
「ガッツリ働かせる気はあったんだ!」
全く、休日と言いながら酷い。これならダラダラ家で惰眠を貪っていた方がまだ良かった、虎太郎サンに1発鳩尾に蹴りを入れて決めてもまだスッキリしない。
「っ~!」
「ちなみに、明日働かせる予定があれば、教えてもらうと蹴りを追加しなくて済むよ」
うずくまっている虎太郎サンが思った以上のスピードで立ち直ると、明日の予定を教えてくれた。
「──仕事は今日だけだ、明日はガッツリ観光してもらって、リフレッシュしてくれ。何かあってもなるべく頼まない様にするから」
「本当に?」
「少なくとも、明日は俺も午前はオフだ。午後に『ミックスミュージック』の出演があるから、良かったら観覧に来てくれ。手配しておくから」
虎太郎サンが出演するという『ミックスミュージック』というのは全国的に有名な生放送でやる音楽番組だ、そういえば、Selfjudgeが出ていた時、ミホさんが高熱出しながら歌って、曲の終了と同時にぶっ倒れたという伝説があったけど……休むって選択肢は取らなかったんですね、全員ソロボーカル出来るのに。
「それじゃあ、ありがたく観させてもらうから」
「良かった、ついでに楽屋も来れる様に手配しておくからな」
この旅行で初めて羽を伸ばせるかもしれない、一般人の楽屋訪問はなかなか出来ない貴重な体験だ。自由に観光出来る事といい明日こそは楽しめそうだ。
「さて、風呂入って寝るか──」
虎太郎サンが着替えを取り出そうとした時、虎太郎サンのスマートフォンが鳴り響いた。ディスプレイには虎之介と書いてある。虎太郎サンはイヤホンをスマートフォンに取り付け、私に渡してくれた。どうやら内容を聞かせてもらえるみたいだ、ちゃんと聞かせてもらおう。
「ごめんね従兄さん、イイ所を邪魔して」
「とりあえず、お前の目論見はちゃんと砕け散ったぞ。ドリンク飲んでないし、タツを抱いていない」
「チィィィ! せっかく旅行行くって聞いてバカ従兄の尻を叩くつもりだったのに!」
虎之介君も大概口が悪いんだね、本音がダダ漏れだ。どうやら西郷家の男子は、色々不満が溜めているらしい、私が聞いてないとは知らずに、結構ぶっちゃけてくれた。
「大体、従兄さんは慎重すぎるんだ。薬の事も察してただろうし、そのまま飲ませて竜姫さんと楽しめば良かったのに、そういう点はお堅いんだから」
「そんな勢いで行っても必ずしも恋人になる訳じゃないだろ──なあ、タツ?」
「少なくとも、虎太郎さんとならだったら遊ばれているだけと思うけど」
「た、竜姫さん!?」
一緒にいるのは想定していても、聞いていたのは予想外だったようで、なかなかの慌てぶりだった。
「虎之介君、私と虎太郎さんの関係に口を挟まないでくれる? 上手く行こうが、ダメだろうが、責任は取れるし取るよ。アラサーだしね」
「うっ……」
「嫌なヤツから、知人以上にはなっているし、そこから先は虎太郎さん次第だけど、虎之介君が出しゃばる事じゃないから」
「はい……」
とりあえず、しょんぼりとして納得してくれたからこれで良いかな。
こうして、突然の休日の1日目は色んな人に振り回されて休まる事なく終了した。




