27話 人はそれを休日出動という
萌ちゃんを始め、虎太郎サンのムッとした話が出るわ出るわ。
「本当練習が毎回厳しいんです! 難しいダンスを決めても無表情ですし、ムカつきますよ!」
「気持ち悪くなって、トイレに行こうとしたら、5分で全部出してこいって……デリカシーないと思いませんか?」
「『お前、観客の前でキツイから泣くのか? キツイから泣いてたらダメだろ、笑顔にさせるのが、感動させるのが歌手として、アイドルとしての仕事だろ。だったら泣いてたら観客は戸惑うだけだろ! 』って。もう少し優しかったら泣きませんよ……」
一部抜粋したけど、多くはキレたりヘコんでいたりと不満が溜まっていた。まあ中には……。
「なにか困った事はない?」
「あ、はい」
「えーっと、困ってない? 困ってる?」
「あ、はい」
「ハッキリ言って虎太郎サンに不満ある?」
「……………………どうでしょうね?」
長い間考えてそれかい! 吉見えりかちゃん! 天才過ぎて脳のリミッター外しちゃったタイプだこの子……。
「えっと、練習は厳しいけど、みんな上手くなってるし、人気も少しずつ出だしたし、やる気になってるからいいかなと」
「そ、そう……」
なんだか怒られても柳に風で軽く流しそうな……萌ちゃんとは違う系統のストレスに強いタイプだ。私はそこまで要らないかも。
「そういえば、イザベル師匠の友達って聞きましたけど」
「……え? ええ、イザベルとは仲が良いけど」
「今度、師匠に合わせてもらえませんか、わたしはあなたのコスプレとアニメやゲーム愛に感服して……」
思ったより早く終わるかと思いきや、思ったよりずっとイザベルを崇拝する信徒の声を聞かされた……私、何してるんだろ?
えりかちゃんの話が終わり、最後の岩瀬沙耶さんの相談になった時も虎太郎サンの不満ではなかった。
「あの……わたしってリーダーに向いてますか?」
「……虎太郎サンからリーダーに指名されたの?」
「はい……ハッキリ言って萌ちゃんとかの方が似合うと思うんですが……」
うーん、確かに引っ張るタイプではなさそうだけど……でも、こっちはどうだろう?
「岩瀬さんってメンバーの長所と短所、ちゃんと分かってる?」
「えっ」
「医者は守秘義務があるから、ここのメンバーに漏れないよ。安心して言ってみて」
「えっと……萌ちゃんは場を熱くさせるのが上手いです、だけど熱くなりすぎて周りがついていけてない時もあります。えりかちゃんはセンスの塊だけど、時々感覚が凄すぎてみんなついていけないです」
戸惑いながらもハッキリ答えていて、私から見た2人の印象とあまりかけ離れていない。
「虎太郎サンは出来ない事はさせないし求めないから、やれると思って指名したと思う。それに、ちゃんと周りを見れているから大丈夫」
「でも、それでもどうすれば……」
「リーダー全員、戦隊のヒーローみたく、熱く引っ張るってルールはないし、岩瀬さんなら見守って、意見を求められたら自分が思った事を言いつつもその人の意見を尊重してあげれば良いと思うよ」
少し間をおいて、浸透させてから楽になるアドバイスを伝える。
「頑張っても出来ない事があったら、周りに助けを求める。リーダーが全部やってたらポンコツの集団になっていくから、時々手伝ってと頼むと信頼してくれると思ってくれるよ。まあ、普段から見守る感じでやれば、そこまで手一杯にならないと思うけどね」
「……なんだか少しやれそうな気がしました。ありがとうございます」
「うん、もし虎太郎さんに対して不満があったら、私に伝えて。岩瀬さんの分も含めて私のイライラを虎太郎さんにぶつけるから」
「……あのーおふたりは付き合ってるんですか?」
えっと、どうしようかな? 全部は言わないけど、嘘言っても仕方ないし……。
「……知人以上、恋人未満かな?」
「……?」
「付き合ってはいないけど、だんだん悪い人じゃないのかなって思えてきたし、一緒にいて飽きないのは確かだね。最初会った時に殴った事もあるけど」
「その頃から殴りまくってるんですね……」
「殴ってばっかでもないからね!」
無茶な事を言わなかったら普通に会話したりしているし、例え理不尽な事を言われても、まだ腕が完治してないっていうのに、何度も殴りたくない。いくら折れてない腕と言えども。
「とりあえず、付き合う可能性もゼロじゃないかな。良いところも沢山あるけどクセのあるところも沢山あるからね。万が一付き合うにしても相当腹くくらないとダメだね、あの人は」
「へえー……」
なんとか納得してくれたかな? 確かに良い人だし、魅力的な所も沢山ある。
ただ、自分でも気持ちが整理出来てない。3日間しっかり悩んでもまだまだ動揺している、時代遅れかもしれないけど、三高で運動神経抜群、歌も上手くてイケメン……逆になんで付き合わないんだとみんな思うけど、逆に釣り合わないじゃん! 特に金! ド貧乏人が、いきなり大企業の創業者一族に付き合えって言われて、うんってすぐに言えないよ。
沙耶ちゃんのカウンセリングが終わった頃には、1時を過ぎていた。頑張ったからご飯食べさせて欲しいなー……。
「飯買ってきたぞ、ほれ」
「サンドイッチか……」
コンビニで買ったであろう398円のサンドイッチを渡され、これで仕事代と言わんばかりの顔をされた。
「次もタツの協力がいるんだが」
「これで仕事代って言わないよね?」
「当然、夕食のカレー屋は福神漬けを追加しても……」
「あれは無料のサービスでしょ!」
顔狙いのハイキックは笑われながら躱され、更にイライラが増した。このやろー医者をこき使って……!
「冗談はさておいて、昼がそれだけなのは次の時間が押しているからだ。社長直々に来てくれるんだぞ? あまり待たせる訳にはいかんからな」
そりゃ大変だけど、それならなんで私が必要なんだろう? 普通別行動でという形にはならないかな。
虎太郎サンの料理のせいで舌が肥えて、あまり美味しいとは思わないサンドイッチを食べながら、車に乗って目的地に着くまでに聞かされた理由に、私はそういう事かと、納得せざるを得なかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「申し訳ありません、少し予定より遅れてしまいまして」
「いいんですよ、それより、おじかんをいただきありがとうございます」
「いえいえ、本来なら名古屋で済むのに予定が合わずに東京まで来ていただいて、こちらこそありがとうございます」
上から目線は何処へやら、丁寧に謝罪とお礼をしながら、名刺交換をしている相手は、かなり滑舌が悪く話しにくそうだ。
この上田さん、脳性まひという障がいを持ちながら、弱冠26の若さで年商2億の売り上げを出した若き実業家という情報を先ほど聞かされた。
上田さんが運営している会社は、障がいのある人でも働ける職場を紹介する求人サイトだ。障がいの種類によって就職に有利な場所や心のバリアフリー環境などの情報も乗ってあり、求人サイト業界では話題になっている。
「このかたは?」
「精神・心療内科の医師をしている、東條竜姫です。よろしくお願いします」
「そうですか、メンタルかんけいのいりょうげんばを、ぜひきかせてもらいます」
社長と言われなければ、とても笑顔が素敵な好青年だ。上手く話すのが苦手だろうけど、楽しそうに話している。
私も見た限りではあるけど、メンタル系の病気や障がいの医療現場について、差し障りない所を出来る限り話した。その目は真剣で、メモを取りながら、じっくりと聴いてもらった。
「きょうはありがとございました、とてもさんこうになりました」
「いえ、若輩で経験も浅いので気休め程度ですが」
「それでも、げんばのいけんはさんこうになります。けんそんしなくてもいいですよ」
本当に良い人だ、ここにいるサンドイッチで働かせる俺様よりずっと良い。
「……ちゃんと後で奢るから、そんなジト目で見るなよ」
「はいはい、期待しないで待ってますよ」
上田さんがなかよしですねと言ったので、思わず違う! と叫んで、会議は終わった。
「虎太郎さんは、上田さんにどんな事をして支援してるの?」
「筆頭株主、その上で寄付もしている。あの人が障がい者だからじゃない、あの人の人柄、才能に惚れたんだ。短所を思い知らされてそれでも、出来る事を磨いている。俺でも1回挫折しているが、それでもめげずにやる力はしっかり見習いたい」
あの虎太郎サンがべた褒めしてる……!? 人をほぼほぼ褒めない虎太郎サンが!?
……分かった、別人がなりすましてるんだ! 偽物め!
「ばっ……お前いきなりミドルキックかましてくるなよ!」
「偽物なんでしょ! あの虎太郎さんが人を褒める事なんてしない!」
「褒める基準が厳しいだけで、ちゃんと褒めるぞ!」
「基準が厳し過ぎる!」
ひとしきり喚きあった所で、腹の虫が激しく主張を始めた。くそぅこんな所で鳴らないでよぉ〜。
「……今日は仕事頑張ってくれたから、飯を奢ってやる。何が良いんだ?」
「えっと……じゃあ、す──」
言いかけた所で虎太郎サンのスマートフォンが鳴り出した。Selfjudgeのインストゥルメンタルをかけている辺り、バンド愛に溢れていると感じる。
「もしもし……アンタか、忙しいのにどうしましたか、社長さん?」
言葉にトゲと皮肉を感じるけど、相手は誰だろう? 少なくとも、外ヅラモードを使わない程度には、仲が良い人には違いないだろうけど……。
「で、要件は……何? そんなの1人で行けば──ぐっ、分かった。行けば良いんだろ、もう1人いるから、その辺は承知しろよ」
電話を切ると、露骨に嫌そうな顔をしながら、頭を掻いていた虎太郎サンに内容を聞いてみた。
「ジジイと焼肉になったけど、それでも良いか?」
「虎太郎サンが敬意を全く払わないおじいさんが気になるから、ぜひ連れてって」
という訳で、車に乗って少しのどかな郊外にある一軒のお店に着くと、店の端っこに1人、初孫が生まれて喜んでいそうな年齢の、優しそうな男性がビールを飲んで座っていた。
「虎太郎、遅いじゃないか」
「道が混んでたから仕方ないだろ、おっさん」
虎太郎サン……道めっちゃ空いてたし、途中で楽器店行ってシンバル見てたよね! なんて平然と嘘ついてるんだ……。
「大方楽器店に行って、チャイナシンバルでも物色してたんだろう。さらりと嘘をつくの、止めてくれないかな」
「どうして分かったんですか?」
「君は?」
そこで自己紹介をしていなかったのに気づくと、簡単に自己紹介を済ませた。
「竜姫さんね、ぼくは小市元恭、よろしくお嬢さん。──しかし、君や杏くんは犬猫の代わりに人を拾ってくるのかい?」
「ただの慈善活動でもないけどな、チャンスをやっただけだ」
「……座っても良いですか?」
「どうぞ、お嬢さん。この店のカルビは美味しいからぜひ食べて」
その割には中里兄妹の借金を肩代わりしたり、紅葉の援助をしてくれてるけど……変に言うととばっちりを食らいそうなので止めよう。
席に座っても、お互いの応酬は続く。
「君は素直じゃないね、小さい時は基弘おじさんみたいな立派な人になるって言ってたのにね」
「さらりと嘘つくな、自分で嘘つくなって言ったくせに」
「と、とりあえずお腹空きましたんで、頼んでも良いですか?」
こんな露骨にケンカ腰の虎太郎サンもなかなか無い。ご飯を食べてもそんな感じなので、いい加減にしないと、お店から営業妨害で叩き出されるんじゃ無いだろうか……。
しかし、小市さんは構わずに話をしてくれた。
「彼の父親とは親友でね、普段人当たりの良い王子様を装ってたけど、負けず嫌いでプライドが高い男だったよ」
「完全に遺伝してる……あっどうも」
話を聞きながらカルビをいただき、虎太郎サンにまつわる話も聞かせてもらった。……確かにカルビ美味しい。
「虎太郎もプライドが高いが、それにプラスして負けず嫌いの塊だ。おまけに努力する姿を人に見せるのが嫌いときた、捻くれ者だが一緒にいてやってくれないかな?」
「……努力します」
……なにか期待されているけど、どうなるか分からないんだからそれしか言えない。嫌なヤツからツンデレ俺様には昇格してるから、これからも精進すればもしかしたら……。
「さて、これから仕事を片付けないと。虎太郎にここは奢ってよ」
「年下に奢らせるのかよ」
「これ、杏くんにあげる代わりだと思えば安いものだろう?」
茶色い封筒を渡され、中を確認した虎太郎サンは黙って財布からお金を出した。……物凄く嫌な顔をしながら。
「じゃあ、後は若い2人で頑張ってね」
そう言って小市さんは店を出て行った、虎太郎サンが嫌な顔をしつつも付き合いを欠かさないという事は、余程の人物なのだろう。
「……クソったれ、タツ、ホテルに行くぞ。日ごろ頑張ってたし、スイートを2部屋取ってある」
「おおー太っ腹、てっきり襲いかかってくるかと思った」
「そんなショボくれた事はしない、これでも、日ごろの感謝はしっかりすると決めてある」
確かに虎太郎サンなら、手篭めにするより、相手を惚れさせてイチャイチャするタイプそうだ、この人は鬼ではあるが下衆ではない。その辺は紳士だ。
まあ、周りのお節介さん達は退路を塞ぐ力があるのを私は忘れていたんだよね……。




