24話 占卜ベーシスト
精神的にすり切れて来たのをやや感じながら、期限まで後1日というところで、本日も『月見草』にやって来た。
「……なんでわざわざ名古屋まで来させたんだよ」
「申し訳ありません、今は話す事が出来ませんので……」
そんな声が店内に入って聞こえてきた、そうして服部さんがこちらに気がつくと、一礼をして笑顔で出迎えてくれた。
「お待ちしておりました竜姫様、こちらが相談してもらう鳴瀬様でございます」
「こんばんは、久しぶり」
「ふーん、先代のとこの暴力女」
とりあえずムッとしたので、なにかいう前に、春吉さんのむこうずねを蹴り飛ばして悶絶させておいた。もうちょっと紳士的にやれないですかね!
「訂正してもらえませんか?」
「メスゴリラで十分だ!」
生意気な悪い口を、ちょっと話し合いで軽く修正しておいたので、その辺は少し省略して、本題に入る。
「……で、竜姫さんは何か困ってるの?」
「実は……元カレに復縁を迫られた後、別の男の人に告白されて、どうすれば良いのか分からないんです」
ふーんと興味なさそうに春吉さんが言うと、絵柄のついたカードを何枚か並べて、何度か頷いた。
「有名な医者の息子と先代か、竜姫さんも結構やるな」
えっ、私虎太郎サンに告白されたとも、帆風の出歴だって一言も言ってないのに!?
「ちなみにそこのアラサーには全く話はされなかった、──まあ、第六感が良いだけだ」
こんな非科学的な事だけど、先ほどのチラリと聞いた服部さんとの会話からして、あながち間違いではないかも知れない。
「まあ、一応自分で作った占い道具で見透したら、過去からの帰還、サラブレッド、というのは出ている。先代もサラブレッドといえばそうだけど、過去の帰還のキーワードがあるから除外した。それに職場の暗示もある、同僚だろうと思った」
占いって暗示を読み取るのが大事だと、テレビで見た事があるけど、この人はピンポイントで言ってくる。こういうのなかなか出来ないんじゃない?
「新月、分岐路、空白……ほう、迷い選ぶが結局同じ道にたどり着くと出ている」
「つまり……?」
「うん、悩んだ結果しっかり選べば上手くいくと出ている。もちろん占いだから絶対ではないが、本人の努力次第では更に上手くいく、どーんと構えて立ち向かえばまあ悪い結果は出ない」
「本当ですか?」
ちょっと信じられないのは、今までの運のなさから、今回も……という気持ちが強いからだ。
すると、またカードをシャッフルして何枚か並べ出した。
「今までの運勢は最悪だが、28から運勢が良くなってくと出ている、苦労した分が利子つきで幸運として還ってくるな。──家庭運、金運もこの辺りから、健康運は今が危ない、半年しない内に何回か大きな災難がある。だが、中にはこれがきっかけで立ち直る事があると出ている……今言っても良いのはこれ位か」
今言っても良いのは? その言葉を問いかける前に人差し指を立てられた。
「占いは全部言わないもんだ、報酬の過分も不足もなく、言える分だけ。だから、後は自分で頑張れ」
だけど、私はなんの前払いもしてないのに大丈夫かな?
「ポンドの再生を手伝ってくれている分が報酬になっている、おれが一番バンド愛が強いと自負している。だからSelfjudgeが崩壊する前に、ポンドが潰れる前に助けてもらって感謝してるんだ」
「いやいや、そんな! 当然の事をしてるだけです!」
「その当然がすごく難しい、正しい練習をすれば上手くなると言っても、量も質もマトモにこなせないヤツが多いんだ。だからそれが出来る竜姫さんは尊敬する」
世界的にも有名なベーシストに尊敬されるってちょっと照れる、一流に認められるのは、どんな分野でも嬉しいよ、一流は一流を知るって言うし、評価に恥じない様に頑張らないとね。
「それじゃあ告白頑張れ、あと……口ふさいどけ」
「へっ?」
春吉さんは煙管を取り出すと、刻みたばこを入れて火を点け、一服吸ったかと思うと私に吹きかけてきた。
「けほっけほっ!」
「幸運を呼ぶタバコだ、魔除けになるから、後は自分で頑張れ。ちなみにおれ独自にブレンドしたヤツだから、悪い成分はほとんど入ってない」
「って言っても人に煙を吹きかけないでよ!」
私のローキックが炸裂した上に、服部さんもお盆で春吉さんの頭を強めに叩いた。
「った!」
「当店指定の席で、喫煙していただけませんか」
「なんだよ」
「喫煙は指定の席で……分かりますよね?」
お互い口調は静かなのに、部屋の温度が急速に下がっている、名古屋なのに4月の函館並みのひんやりとした空気に感じる。しかし、それを打ち破ってきた男がいた。
「春吉さんこんばんわ! タバコはダメですよ〜!」
「……お前仮にも店長だろ、そんなノリで良いのか?」
「それがイヤなら来なくても問題ないよ、美味しい紅茶やコーヒーの入れ方講座とか、イザベルの出張パティシエールとかでも十分生活出来てるから」
サングラスをかけていても分かるほど、のんびりとした笑顔を見せながら、まったりとしているところに、石丸さんのすごさがある。どこでもマイペースを貫くのはキッドもそうだけど、よほどの力があるか、果てしなくのん気者のどちらかだけど、どちらにしろ、なかなか生きられる生き方をしてない。
「……分かった、悪かったな、今度からはちゃんと指定席で吸う」
意外にもあっさり春吉さんが引き下がり、問題は解決した。ただ、この方法だと失敗した時のリスクも高い、石丸さんに格闘術の嗜みがあるとは思えないし、いつでも服部さんがいるとは限らない。
「それでも、命までは取られないなら行くよ〜役に立つのは嬉しいからね」
心配だったので聞いてみたら、そう返事が返ってきた。ためらいなく行くのも素晴らしいけど、ダメだと思ったら素直に引いて欲しいかな。服部さん、大抵の人なら叩きのめそうだから。
「んじゃ、明日良い1日になる様に祈ってる」
お金を置いて店を出て行った春吉さん。が、虎太郎サンと違った所があった。
「鳴瀬さんー! 200円足りないよー!」
……カッコよくしようとしても、おバカさんなら締まらないね、激しくダサかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そうして期限の日がやって来た、最後まで悩み抜きたかったので、仕事が終わってからちゃんと言おうと決めて職場に向かった。
「おはようございます」
「先輩、おはようございます!」
「病院だから静かにしてね」
ちょうど帆風に会ったので、今日決めると伝える事にする。
「帆風、今日決めるから仕事終わったら5分だけ時間空けておいて」
「……分かりました、じゃあ待っててくださいね」
研修医の方が勉強もあって忙しいので、帰宅も遅らせて待っておこう。
帆風との約束を取りかわした後仕事に入り、午前の回診と外来を無事済ませ、昼休憩を取った。
「……本当にやるの?」
「……少し驚かせるだけよ、ケガとかさせない様にするわ」
誰かのドッキリの相談か、ヒソヒソ声も今日は静かにしている。
まあそんな事より、誰を選ぶか? 帆風か虎太郎サン、ハッキリ言って、まだ決まってない位に悩んでいる。
帆風はこの3日間で医者としてはかなり頑張っている、患者さんとのコミュニケーション、判断力、デスクワーク。研修医とは思えないほどしっかりしている。前は弱音や雑になる所もあったが、少ない時間ではあるけど大分減っている様に見えた。恋をしたからか、見ない間に成長していたからか、いずれにせよ良い事だ。
ふとスマートフォンを見ると、虎太郎サンからメールが来ていた。
「今日はご飯食べるか? そろそろ仕込みたいから、メール見たら確認早めに報告してくれ。ちなみに本日の料理は、ゴボウの冷製ポタージュ、ブリのソテー、レタスとエリンギの和風出汁炒めだ」
虎太郎サンは以前に比べ、厳しさに加えて、優しさが出てきた。仕事とかかなり増えているのにも関わらず、相変わらずご飯をつくって待っていてくれるし、困った事があったらすぐに察して話しかけてくれる。……まあ、口調は相変わらずだけど。
今日はタコのから揚げにレタスの和風スープと海藻サラダ……海藻、食べられなくはないけど、タコのから揚げと一緒に、頑張って食べる程度のお好み度があると言っておこう。
冷めてもサクサクコリコリのから揚げは、塩で味つけしたシンプルな美味しさ、料理人の目利きがなければ出来ない調理法だ。
スープは魔法瓶に入れたおかけでほかほか、暖かくなってきたけど、だからこそ汗を上手くかくために、冷たい飲み物を取り過ぎない様にしている。野菜も摂れて一石二鳥だしね。
そうして美味しい料理を食べながら、海藻サラダを攻略したら、午後のお仕事の時間になった。
「こんにちは、お願いします」
「はいこんにちは、あれからどうですか?」
軽いカウンセリングをして、アドバイスや薬の調整をするんだけど、今回はみなさん、そこそこ調子良い様なので、薬を増やす事はせず、ミスがない様にパソコンに記入する。後で薬剤師さんが確認してくれるけど、間違えまくると信用問題に関わるし、手間取らせる訳にもいかない。患者さんの調子良い時は薬の量が減らす時もあるから、今日だって気をつけないといけない。
「では、状態が良くなってるので薬を減らしましょうね」
「ありがとうございました」
「はい、お気をつけて」
そうやって外来が終わり、勉強会やらもろもろの雑務が終了すると、少し時間が空いた。時間があるならちょっと筋トレしておこう、以前、虎太郎サンから落とされたのが悔しかったから、ヒマを見つけては鍛錬を重ねている。初夏のトレンチコート男を一発でノックアウト出来たのを見ても、体のキレが出てきた。成果が出ているのを実感すると、人は嬉しいものだよね。
そういう訳でパワーリストやらパワーアンクルを巻きつけてずっしり重くした木刀をカバンの中から取り出し、裏庭の人気のないところで、素振りと型の練習を繰り返した。喉元を突き、足を薙ぎ、脳天を叩き斬る。もちろんイメージトレーニングだけど、意識するのとしないのでは大違いだ。
「東條先生、お時間よろしいですか?」
「はい、どうしました?」
看護師さんにやや引きつられた顔をされながらも、木刀を片付け近くに行くと、なにか言いにくそうにしながらモジモジしていたので私から話しかけてみる。
「自分から話したいならちゃんと待ちますから、自分のタイミングで話してくださいね」
「あ、あの……ごめんなさい!」
何かを押し当てられたかと思った直後、体が痺れて意識がフェードアウトしていく。言い訳させて。
看護師さんがスタンガン持ってるって想像出来ないよー!!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
気がついたら真っ暗な所に私はいた。んー、ここはどこだろ? とりあえず手足は動かない。口も縛られているみたいだ、そして当然人気は無い、見えなくても気配は感じ取れるけど、それすらも無い。
分かっている事は、看護師さんの不満が爆発して、拘束された状態になっているという事。看護師さんだから、死ぬ危険のある事はしてないと思うけど……しかし、昼のヒソヒソ話はこれか、気づいておけよと過去の自分にツッコミを入れておく。
それにしても……いや何でもないです。縄抜けをマスターしておけば良かったかなと、ちょっと後悔しているって事ですよハハハ……。
姫と名前についているのが原因か? この数ヶ月で2回囚われている。どちらかというと壁をドゴーンとぶっ飛ばす方なのに……くそぅ!
ああ、ちゃんと帆風か虎太郎サンか決めたのに……下手すると今日言えないかもしれない。
すると、硬い靴音が聞こえてきた。段々こちらに近づいてくる。
「東條先生、ご機嫌いかがですか?」
……どうやら、ピンチは過ぎ去ってくれないみたい。




