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22話 Bですか?Aですか?

「こんにちはー調子はどうですか?」

「障害者年金を申請したいので書類を……」


揺れ動く恋心はとりあえず傍に置き、患者さんの診察を開始する。今日1発目から、カウンセリングだけで終わる内容ではなくて、1時間はかかる書類作りだ。年金をもらってもらうために、嘘じゃない範囲で重めに診断書を書くんだけど、患者さんはこんな事がありましたというのを、『大変だった』ところだけ書くのだ、初回だと20年近くさかのぼって、黒歴史や若気の至りをひたすら思い出さないといけない。まあ、幼少期は親が書くんだけど。

頑張ってと患者さんに声をかけ、最初の診察が終わると後はスムーズに進み、昼休憩の時間がやってきた。


「ふぅー、疲れたな」

「先輩、席良いですか?」


帆風が前の席に座ると、私の料理を見て驚いていた。


「先輩料理のバリエーションが広がりましたね、前は家庭料理が多かったのに」

「知り合いが教えてくれたの、食べる?」

「良いんですか!? ありがとうございます!」


今日の料理は、ジャガイモとベーコンのチーズ炒めと、昨日の残りのミモザサラダ、そしてこれまた昨日のローストビーフサラダ、一応スピードどバランスを考えた、野菜肉多め、炭水化物はやや控えめのバランスのとれた内容にしておいた。……でも、半分は虎太郎サンの作った料理なんだよね、昨日の残り類の辺りが。


「美味しいです! 特にポテトとチーズの相性は最高ですね」


帆風の反応は、ワンちゃんが尻尾を嬉しそうに振っているのを思い出す。いわゆる犬系男子だよなぁ、後輩で年下って言うのもあるけど。


「東條先生ズルい……」

「あれで新島くんを落とすつもりよ……」


看護師さんや先輩の女医さんの、面倒くさいヒソヒソ話が聞こえる。あーそう見えますか……落としてるんじゃなくてもう落ちてるんですけどね、それにこれって餌づけしてる感じも……。


「どうしました、先輩?」

「いや、なんにもないよ」


帆風が気づかないところで、ものすごい嫉妬の炎が私に向かってくる。ああ、パシられないといいなぁ……。

残念ながら、淡い期待は裏切られ、嫌な予感は当たっちゃうあたり、私の運のなさを思い知らされるのだけど、今回も安定の通常運転だった。


「東條先生、患者の看取り出来ますよね」

「あの……私、精神科」

「ではお願いします」


ああああ……地雷踏んじゃったよ……! 看護師さん地雷はマズイよ……!


「東條先生、早く行ってあげないと、患者さんは死んでしまいますよ──それとも、あなたは患者なんてどうでもいいと?」

「行ってきますー!」


教えられた病室に行くと空き病室で、嫌がらせにため息がこぼれた。


「まあ、危篤状態の患者さんがいなくて良かったけど」


こんな事されても、なんかどうでもよくなってきたのは、人生の荒波にもまれたのを通り越して、1回沈められたからかな……早くご飯食べたい。

その後も嫌がらせや流言の嵐に遭遇したけど、立ち向かうでも耐えるでもなく、嵐に乗っかる事にした。もう、逆らったらそれこそヤバいし、勝てる見込みもないので、流されてみる方がいいかなって。


「生意気よねあの子……」

「ルックス良いからって調子に乗ってるんじゃないの、背がデカいだけなのに……」


うーん、だんだん支離滅裂な悪口になってきたね、ここまでくると日ごろのストレスを吐き出すためというのも入ってくるんだけど、さすがにサンドバッグ状態はちょっとやだな……。


「じゃあ次の方ー」

「こんにちは」

「はいこんにちは、どうされましたか?」


入ってきたのは私と同じか少し下に見える女性で、ちょっと言いづらそうな内容なのかまごまごしていた。


「あの……夫の事で相談があって」

「はい、旦那さんの代わりに来たんですね」

「はい、夫と最近上手くいってなくて……」


という訳で話をかいつまんで話すと、暴力とか依存症ではなく、夜の方でお悩みとの事。一瞬セックスレスは精神科や心療内科なのと思った人、精神安定剤は大抵興奮を抑える薬だから、男性サイドの問題で夜の方の相談は結構あるし、心の問題は大抵こっちの担当になるよ。


「あなたは、この状況を打開したいとは思っていますか?」

「はい、夫とこのまま冷めて別れたくありません!」

「分かりました、では、今度旦那さんを連れて来てくださいね」


そう言って若奥さんを見送ると、今日最後の外来が終了した。女性から話すのは勇気がいるし、そういった点では女性の私の方が話しやすいから、まずは一安心かな。まあ、なかなか治療が難しい類の話なんだけどね。


「お疲れ様です、先輩」


振り返ると、私の負担を2割増しにした諸悪の根源がなにも知らない顔で現れた。


「お疲れ様、帆風」

「さっきの患者さん、綺麗な方でしたね」

「鞍替えする? 相手人妻で旦那さん大好きな人みたいだけど」

「そうじゃなくて、綺麗な方だけど、先輩とはタイプが違いそうだなって」

「どういう事?」

「あくまでも推測ですから、失礼になるんで言いません」


ただ、と帆風は私の耳元でこっそり囁いた。


「先輩はかなりマゾ寄りですよ、試してみます?」

「……っ! 帆風!」

「病院内で騒がないでくださいね」


ったく、この後輩は時々こうして私をからかう事があった。言っとくけど私はマゾじゃないよ、ムチもロウソクも縄も一切やった事ないし、したいとも思ってないから!


「まあいいです、それより今日から心療内科の研修しますので、よろしくお願いします」

「うん、分かっ……!」


突然なにをされたのか分からなかったけど、帆風の顔がとても近くにあって、抱きしめられている事に気がついた。


「先輩」

「な、なに?」

「先輩と別れて後悔したんです、だから今度は二度と後悔しない様に、絶対に逃しませんよ」


その目は真剣で、私の事を本気で好きになっているんだなと、目で伝えるには十分なものだった。


「……うん、真剣に考えて答えを出すから。もう少し待ってね」


今の私にはそれ以上は言えない。帆風の復縁、虎太郎サンの想い、まだどちらにも答えてない。

ちゃんと決めないといけない、でも同時に、決断は早い方がいいのは分かってる。どの選択をしようとも、長引かせれば余計に傷つけるから。


「……わかりました、これ以上ぼくから催促しません。じゃあ」


帆風の後ろ姿を見て、私はため息を吐いた。帆風は優しい、私がなにか悩んでいるのを、多分見抜いてるのだろうけど、それでも黙って返事を待ってくれる。

せっかく帆風に甘えさせてもらっているんだから、真剣に悩ませてもらおう。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ただいまー」

「おう、おかえり」


家に帰ってきてご飯を解凍する間に、虎太郎サンに話を聞かせてもらう。


「虎太郎さん、いいですか」

「どうしたんだ? 今ポーがスパゲッティかスパゲティか、どっちが正しい発音か電話で教えているんだが」


んなの今はいいよ! 私は虎太郎サンからスマートフォンを奪って電話を切ると、虎太郎サンに単刀直入に聞いた。


「虎太郎さん、私のカン違いかもしれないですけど、私の事を異性として見てますよね?」

「あっ……」


一瞬だけ目を見開いたので、予感から確信に変わった。やっぱり、そうだったのか……。


「虎太郎さん、はっきりしないとダメですよ」

「それは、誰かに告白されたからか?」


虎太郎サンなかなかカンが鋭い、ここでぼやかしても仕方ないので正直に告白する。


「大学の後輩です、突然再会して告白されました。なんの落ち度もない私が先輩や看護師さんからいびられる位には、ルックスとか経済的に高いものをもってます」


虎太郎サンの顔がこわばり、途端に不機嫌な顔をしだした。


「……さっきの質問に答えると、俺はタツを愛しい人として見てる。今まで言えなかったのは、タツがここに居るのが辛くなると思ったからだ。タツにまだまだ経済的に余裕がある訳では無いし、メイの事もある。言うんだったら、メイが社会人になってタツに余裕が出来てからだと思っていた」


虎太郎サンもひどい事言う割に、結構優しいところがある。私の事で上手くいかなくても、紅葉の事を、そして私の事を考えてくれる、最初あんなに嫌ってたのにね。


「後悔の無い様に言っておく、竜姫、愛してる、それはこれからも変わらない。どんな返事でも変わらず接するし、姉弟共に安定するまでここに居て構わない。──だから付き合って欲しい」


俺様とか普段の強引さはまったくなく、純粋に、まっすぐに、1人の男として私を見つめてくれた。


「……これは先に告白した後輩にも言ったけど、少し待って欲しい。──3日後には答えを出すから」

「──そうか、どの選択でも俺はタツの意見を尊重する、だから後悔の無い様に選んでくれ。俺はちょっとドライブしてくる」


虎太郎サンはカギを取って部屋から出て行き、私1人が残された。ダイニングに行くと、レタスを中心とした野菜の盛り合わせに、台湾まぜそばのひき肉が山盛りに乗っていた。休日は私が料理を作る事が多いが、仕事の日は虎太郎サンが美味しい料理を作って、かなりの頻度で、結構帰るのが遅い私を待っててくれる。

にしても、今までを考えれば贅沢な悩みだけど、どの選択をすればいいのか分からないまま、期限を決めてしまった。こうして3日間、私は忘れられない日々を過ごす事になる。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



今日は回診と外来の患者さんがとても多い日……まあ、それを通常運転と人は言う。小児心療やら普通の心療内科やら精神科やらやってたら、自然と人は多くなるからね、それでも給料は……止めよう、目から透明な液体が流れてきたから。


「東條先生ー、早めに次の方を呼んでくれませんか?」


さっき患者さんが出て行ったばっかりです! って言えたら楽だろうな……あと3日頑張ろうか。


「じゃ、ムライさん呼んでください」

「ちっ、分かりました」


露骨に舌打ち出すんですね……本当に3日だけでこの状況が打破出来るのか、ちょっと怖くなってきた。


「こんにちは」

「はい、こんにちは。お変わりないですか?」


ムライさんに30分程話を聞いて、変わらず調子がいい事に安堵し、次回も1ヶ月後にきてもらう様にしてもらい、診察を終了した。


「ありがとうございました」

「はい、お気をつけてくださいね」


こうやって笑顔で見送るのは、どんなに辛くても欠かさずやっている。心が少しでも軽くなるなら、笑ってた方がいいと思うから。

外来も一通り済んで、昼食タイムでグダグダ言われるのを、Selfjudgeのベース、春吉さんがボーカルの『サヨナラ10連敗』を聴いて流していた。なかなか恋愛が上手くいかず、フラれ続けた春吉さんの気持ちが爆発した曲だが、沢山の曲を聴けと言われ聴きまくり、音楽に妥協しない姿勢がよく出てる人気の曲だ。……まあ、なぜこの状況でこの曲を聴くかはスルーしてください。


「先輩、今日は音楽聴いてるんですね。何聴いてるんですか?」


帆風の質問を流そうと無視すると、ヒソヒソ声が聞こえてきた。


「新島先生の話を無視するなんて、何様かしら……」

「先輩だからって良い気になってるんでしょ、いやな人ね……」


なにしてもあんたら言うんかい! もうヤダ……いっその事、師崎にでも行きたい。それで新鮮な魚介類をたらふく食べて、1人ひっそりと暮らしてやる。まあ県内だからすぐに見つかって強制送還だろうけど。


「先輩ー……質問に答えてくれないと、看護師さんと女医さんけしかけますよ」


背筋に悪寒が走り、なけなしの抵抗として片耳だけイヤホンを外して話を聞いてあげた。


「……Selfjudgeの、サヨナラ10連敗よ」

「そんな縁起でもない曲、一旦聴くの止めてくれませんか」


仕方なく、音楽を止めてもう1つのイヤホンを外した。虎太郎サンが俺様なら帆風は腹黒君だ、くそぉ私の周りに純正の王子様系はいないのか? クセはいらない、シンプルな紳士が良いのに!


「あの時も嫌がってたのに結局やってくれましたもんね、手がすぐに出るのに、わりかしヘタレですよね」

「……あのさ、シバかれるのとどつかれるのと選べるけど、どうする?」


さすがに身の危険を感じたのか、帆風はそれ以上の口撃はしないでくれた。最近やられっぱなしだけど、5人位なら、力自慢の男子を同時に相手して、叩きのめす事は出来る。でも、信じてもらえてないんだろうな……。


「先輩がいびられてるのを見るの、結構楽しいんですけどね」

「それ以上言うと、恥ずかしい過去話、色々暴露するよ?」

「じゃあ、その倍はこっちも言って良いんですよね?」


くっ、本当に酷い後輩だ、優しい言葉とイジワルな行動にどれだけ私が翻弄されたか……。


「まあ、先輩が逆境に立ち向かっているのに、ぼくもライバルに負けてられないですけどね」

「あっ……」


そう言って帆風は席を立った、虎太郎サンの存在に気づいているかはともかく、恋敵がいるのは感じ取っている様だ。

でも、決断する時はまだある。私は決意を固め直して美味しいご飯を食べるのを再開した。


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