21話 元カレさん登場
ライブが終わり、虎太郎サンも落ち着くかと思いきや、プロデュースしているアイドルの様子を見に行ったり、歳徳グループの仕事をしたりと依然忙しく、睡眠時間が取れているのか心配になる程、顔に疲れがうっすらと見えていた。
「タツ、ちょっとムチでシバいても良いか?」
「どこぞのロシア皇帝か」
「良いじゃねえか、仕事をまだやらないといけないし、寝たら期限までに間に合わないから気分転換したいんだ」
「じゃあ準規君を使ってくださいよ!」
「あいつをシバいてもつまらん、いちいち反発してくれるタツの方が良い」
「虎太郎さん相当屈折してますね!」
結局私が新しい扉を開ける事はなかったけど、代わりにイザベルに教えてもらったローズマリーティーを淹れて頑張ってもらった。その事を茜とイザベルに話したら、2人とも酷いと私まで白い目で見られた。なんでよ! ムチでシバこうとする虎太郎サンだけが悪いでしょ? おまけにハーブティー淹れてあげてるのに。
そんな忙しくしている虎太郎サンと、時々お茶を飲んで話を聞いてあげたり、宮崎さんのリハビリをサポートしてあげたりしていると、時季外れの研修医がやってくるという話があった。
「ちょっと中途半端な時期ですよね」
「それがカッコ良いって後輩や患者さんが騒いでるんですよー」
そうベテランの看護師さんが私に話してくれた、研修医時代に看護師さんに少ない金を奪われ、ストレスのはけ口にギャグをやらされ、つまらないと殴られたなど、もう看護師さんが怖くて仕方ない。白衣の天使? いやいや、白衣の狂戦士ですよ、病院という戦場に研修医や後輩をアゴで使い、患者さんには笑顔を振りまく二枚舌、逆らったらそれこそ新しい扉を開ける事態になると確信する最恐集団、そして研修医よりも頼りになる経験値と腕、色んな意味で逆らえない。
「すいません、このカルテはどこに──」
私が思い出し恐怖におののいていると、ドサッという音が聞こえた。その方向に顔を向けると、かつての後輩がカルテを拾っていた。
「帆風!?」
「竜姫さん!?」
私がびっくりしていると、ベテラン看護師さんが手を叩いた。
「そうそう、新島先生ですよ、シュッとしててカッコ良いって話題の先生、東條先生はお知り合いですか?」
「あ……ええそうです、大学の後輩なんです」
「初めまして、新島帆風です、右も左も分からないペーペーですけど、よろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
ベテラン看護師さんが骨抜きにされている、帆風は人当たりが良くて、可愛がられるタイプだったのもあるけど、ルックスと優秀な成績で学生時代はかなり人気があった。
「先輩、あとで昔の話とか一緒にしましょうよ」
「あっ……うん、そうだね」
帆風と別れると、いつの間にか広まった先輩後輩という関係に、お昼休みで看護師さん達から質問攻めにあった。
「新島先生とは仲が良いんですか?」
「学生時代に結構遊んでましたね、仲は良いかな」
「今彼女とかいるんですか?」
「最近忙しくてその辺は分からなくて……」
「好きなタイプとか知ってますか?」
「引っ張ってくれる人とか良いって言ってたけど……」
みんな帆風を狙っているのかな、それともファンとして知りたいだけなのかな?
そう思っていたら帆風が現れて、前の席に座った。
「先輩は更にキレイになりましたね、前は薬の飲んだら1発オッケーだー! って言って、かなりムチャしてましたから、顔に疲れがありましたよね」
「東條先生……」
「その気持ちがないと、弟も養えなかったし、勉強も出来ないんですよ、だからそんな目で見ないでください……」
くそぉ、10年近く前のネタを……。奨学金が出ても、生活費はキツかったから、詰め込むだけバイトと、奨学金のために勉強も削れなかったから何回かぶっ倒れていた。倒れてもバイトは休めなかったから、点滴打って薬を飲んで頑張ってた。……医者志望が薬を飲んだら1発オッケー、とかぬかしたなんて、絶対に患者さんに知られてはいけないけど。
「新島先生、今は付き合っている人っていますか」
「昔はいましたけど、今は……」
そう言いながら、みんなに気がつかれない程度に、こちらをちらりと目で合わせ、仕方なく、私は話題を切り替えた。
「この時期に研修医としてくるなんて珍しいけど、どうしたの?」
「父さんの病院でやろうとしてたけど、ちゃんと鍛えないとって思って、無理言って途中で移動させてもらったんです」
「えっ、新島先生のお父さんってテレビでもよく出てくる新島拓郎先生ですか!?」
「まだまだ未熟な放蕩息子ですけどね」
看護師さん達が更に目の色を変えている……ホントニコワイヨー、ダレカタスケテー。
「先輩、分からない事があるんで、ちょっと来てくれませんか」
「いいわよ、じゃあ行こうか」
周りからの嫉妬の炎に燃やされそうになりつつも、使っていない会議室に入ると、使用中の札をかけて帆風が入ってきた。
「竜姫さん、久しぶりです」
「まさか帆風がここに来るとは思わなかったよ」
以前私が失敗した恋愛話を覚えているかな? 1人は結婚して、次は気がつかないまま不倫していたとかの話、最後に付き合っていた後輩が帆風だ、私にしてはようやく上手く行きだした恋だった分、ちょっとほろ苦い思い出だ。
「逃げた元カレの顔なんて見たくなかったですか?」
「ううん、私も余裕なかったし、こっちも悪かったなって思ってたから」
それだけを話すために、ここまで来させたんだろうか? 私が帰ろうと思った矢先に、帆風が声をかけてきた。
「竜姫さん! あの時大変だったのに、ぼくは甘えてました。本当に苦労も知らないドラ息子で、竜姫さんが離れて行ったのも当然です──だけど、もう一回ぼくの事を見てくれませんか」
「それって……」
「そんな簡単に復縁なんて出来ないと思います、それでも、ぼくの頑張りは見てもらえませんか?」
予想外の再会に、予想外の復縁の申し入れ、さすがにちょっと頭が追いついてこれない。
「……もう少し待ってもらっていい? 色々と変化に対応出来てなくて」
「あっ……そうですよね、いきなり再会してこんな事言われても驚きますね、じゃあ返事を待ってます」
帆風が部屋を出て行くと、私は天を仰いで大きく深呼吸をした。帆風はいい子だ、お互いに余裕がなくて別れてしまったけど、初めてまともな恋愛をした相手だし、嫌になって別れた訳じゃないから。
でもなんでだろ、また付き合って欲しいと言われて嬉しいはずなのに、どこか冷めた目で帆風を見ている自分がいる。経済的にも問題ないし、ルックスも看護師さん達から騒がれる位カッコいい、性格も虎太郎サンより優しいというまさに理想の男性だと言うのにだ。
その答えが分からないまま、診察を終えて、遅い夕食を楽しみに帰ってきたら、虎太郎サンが机で居眠りをしていた。
「虎太郎さん、風邪引きますよ」
「……すぅー」
この私のモーニングコールでも起きないのか……仕方ない、寝てるのか寝たフリなのか分からないので、1回頭を叩いて起こしてみる。
「っ……」
一瞬起きてこちらを見たあと、私の方に体を預けてまた寝だしたよこの人!?
「わあっ、ちょっと!? ってそこは胸だ!」
今度は8割位の力を込めて頭を叩くけど、虎太郎サンはまだまた寝ぼけている感じだった。
「……お休みなさい」
「だーかーらー、寝るなー!」
何度シバいても、正常運転になる事のない虎太郎サンについに根負けし、お姫様抱っこでソファーに寝かせ、毛布をかけておいた。ったく、身長高いし筋肉結構ついてるから重たかったよ。それなのに、幸せそうに寝ちゃってるし……。
「タツ……可愛いよ……」
「っ……!」
前にも言われてたけど、なんだか心臓に悪いよ、ただの寝言のはずなのに……。
「綺麗なのに飾らない……太陽の女神みたいな……」
「わーわー!」
それ以上は恥ずかしくなってきた。早く起きて欲しいのに全然起きないし、無意識なのかホメ殺してくるし、誰か助けてー!
「……すぅー」
……と1人焦っていたら、突然心地よさそうな寝息を立てていた。……あれ、私の一人相撲だったりする?
「……はぁー」
なんだか気が抜けて、その場に座り込んだ、ふと虎太郎サンを見ると、優しい表情で安らかに眠っている、うっすら無精ヒゲが生えた顔が見えた。
「……お疲れ様、今日は寝てください」
毛布を引っ張り出してきて虎太郎サンにかけると、私は皿ごとラップに包まれた、カニクリームコロッケを温めようとして、大きめの付箋に気がついた。
「仕事お疲れ様、時間はかかるが、軽く水に濡らしてトースターで焼くと、サクサクして美味しいから、ぜひやってくれ。ご飯は保温して炊飯器にある、サラダもそこにあるからな、足りなかったら冷蔵庫にあるものを好きに使ってくれ」
達筆な字で細やかに書いてあった伝言と、最初にお疲れ様との心配りに、心がジーンとした。
「……ふふっ見直しました、ありがとうございます、虎太郎さん」
よく見ると無精ヒゲだけでなく、目元にうっすらクマがついていた、そこまで余裕がないのに本当にありがとね。
にしても、結構スキのない虎太郎サンの無精ヒゲはなかなかレアだ、薄いみたいだからヒゲ剃りはあんまり見てないけど、脱毛したとかは聞いてないから生えてくるだろうし、自己管理のしっかりした虎太郎サンだからこそ、こういったのを見ているとかわいく思える……あれ? なんでそんな感情が湧くんだろう? 以前だったら、弱味握ったとかで喜んでたのに。
今日はモヤモヤしっぱなしだなと思いつつ、カニクリームコロッケを虎太郎サンのアドバイス通りに温めて、衣サクサクで、まろやかな優しいクリームに舌鼓をうって、ホッと一息ついた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
目が覚めてリビングに向かうと、虎太郎サンが起きて朝食を作っていた。
「おはようございます」
「おう、おはよう、早いな」
振り向いた虎太郎サンは、ヒゲを剃って、肌ツヤがいい完璧モードになっていて、レアモードは終了してた。
それを指摘すると、バツが悪そうに頭をかきながらコンロに顔を戻してた。やっぱり恥ずかしいものなのかな?
「ヒゲ田クマ男さん、どうしたんですか?」
「お前にカッコ悪い所を見られたな……クソっ」
この2日間で、結構虎太郎サンの人間らしい所を見れて、なんだか嬉しい。疲れるとやっぱりスキはできるもんだね、ちょっと安心した。
「でも、スキだらけの虎太郎さん、見れてちょっと嬉しかったですよ。いつもあんなんだと引きますけど、いつも完璧すぎるから、人間くさい所があって安心しました」
すると複雑そうな顔をして、小さく呟いた言葉に私は顔が熱くなった。
──それでも、好きな人の前でだらしない格好は見せたくない。
「虎太郎さん……!?」
「んっ? どうした」
無意識だったの……!? じゃあなおさら……!
「いや、なんでもないです」
「そうか、じゃあ出来れば洗濯物を少しだけ干してくれ」
洗濯物を干すために屋上に行って干しながら、虎太郎サンの本音に動揺していた。そんな素振りなんて……いや、見せていた、かわいいとか太陽の女神とか言っていたし、ツアーの時の電話で、甘やかしたくないから厳しくしているとも話してたけど……でも、私はどうすればいいんだろ、いきなり元カレと同居人から想いを知ってしまった。恋愛小説や、少女マンガみたいな状況なんて、現実ではまずないけど実際に起こっているし、2人ともとてもいい人、必ずどちらかは傷つけるだろう……だからこそ、悩み抜いた上で選ばないといけない。それが誰かを幸せにして、同時に傷つける選択をする人の責任なのだから。




