17話 時が進む
椎名さんから電話がかかったのは、仕事が終わって明日の休日をどうしようかと思いながら、家で遅めの夕食を食べていた時だった。
「もしもし、竜姫さん?」
「はい、どうしましたか椎名さん」
「ミホで良い、先代の彼女に名字で呼ばれるのもなんだか嫌だからな」
「彼女では無いです!」
絶対に分かってて言ってるだろう、それと本気で付き合って欲しいとも思っている……訳ないか。
「彼女うんぬんはともかく、ミホと呼んで欲しいよ、仲間内からもそう呼んでもらっているし、椎名っていうと実家を思い出して……」
という訳でミホさんと呼ぶけど、椎名という名前があまり好きではないのは、椎名重機という、歳徳グループに勝る重機メーカーの創業者のひ孫で、お嬢様と呼ばれるのが嫌いだったそう、それで反抗期になんちゃってヤンキーをしていたとテレビで言っていた。なんでも飲む打つは禁止で、交際も節度を持つ、勉強をちゃんとする……あの、なんちゃってどころか、これって普通の高校生じゃないですか?
「しばらく、先代をライブで借りるからその報告をしたくてな、アイドルを指導してたりもするから会えなくもなると思うが、その辺はよろしく頼む」
「むしろ永遠に会わずに、そのまま家を乗っ取りたいです」
「竜姫さんはわらしべ長者にはなれないと思うが……」
ミホさんまで私の運を下に見ているのか! 酷い、酷すぎる……。
「なあ、好きな人とかいるのか?」
「えっ? な、なんですか急に!」
「いわゆるガールズトークというやつだ、まあ年齢的にガールというよりレディだが、恋の話は楽しいから」
うかつにもあたふたしてしまって、間を置こうとして別の話題に切り替えた。
「あっ! そうです、虎太郎さんが医者の私として相談したい事があるという事で、虎太郎さんについて知ってる事を少し話してもらえませんか」
「チッ……ああすまない、わたしに話せる事なら出来る限り話そう」
なんだか舌打ちが聞こえたけど……気を取り直してここからは、忙しくてなかなか機会がない虎太郎サンの診察の下準備として、元恋人でもあるミホさんに話を聞いてみる事にした。昔の事を知っている人だから、本人以外の話を聞くのに適任だからね。
そしてミホさんは、ロボの方が付き合いは長いと言っておく、と前置きがあった上で話し始めた。
「診察する様な内容でわたしから言えるのは、社長の座は確定的だったのに突然辞表を出し、会長である祖父に勘当されたという事だ」
その話は以前ちらっと聞いた様な気がする。宮崎さんの名前を書き間違えてしまい大ボケをかます事もある私だが、さすがにその話は覚えていた。
「もともと小さい時に祖父と不仲になったと聞いていて、虎之介くんが才能も実績も素晴らしいからと、社長のイスを譲る気満々だったんだ。そのために自分がいたらゴダゴダすると分かっていたから会社を辞めて、音楽活動をしながら、ホストクラブで人生経験を積んでいた。──それをメグさんが容認していたのも、メグさんと先代の恋人ですらないと思う理由の一つではある」
そうだよね、旦那がホストクラブで働くって嘘の愛をばら撒いていると言っても嫌だよね。少なくとも私は、辞めなかったら離婚すると思う。
「その後、子供が大きくなった辺りで離婚して、お祖父さんの葬式にも遺言もあってか出なかったし、屋敷に戻る事なく安いビルを丸ごと買い取って改装して、音楽活動をしていたな。虎之介くんの仕事の手伝いもして貯蓄も凄いと聞いたよ」
「……いくら位あるって聞いてますか?」
「詳細は話さないぞ? ──10桁は少なくとも常にキープしていると聞いたが」
10桁を指折り数えてみる、いちじゅうひゃく……10億、うん、私が一生働いても稼げない金額を虎太郎サンは貯金だけである、人生嫌になってくるな……。
「そういえば、バンドメンバーで合宿をした時に、先代が異常な程に寝汗をかいて、飛び起きた事があってな。後になって理由を教えてくれたが……正直、竜姫さんにだからこそ分かってあげられる事もあるだろう」
「私だから……ですか?」
真意を問おうとして聞き返すと、ミホさんは答えてくれなかった。
「わたしは情報屋でもある、必要以上の情報は言いたくても言わない様にしている。自分を律する事が出来ない者がやって良いものではないからな──詳しくは先代に聞いてくれ」
残念ながら核心は聞けなかったが、お礼を言って電話を切ろうとすると、ミホさんに止められた。
「最後に良いか? ──先代を頼む、口は悪いが良いヤツなんだ。恋人として別れた後でも素直にそう思える、そんな先代をどうか助けてやってくれ」
電話を切った後、私は多少考えを改めた。本当のクズだったら、別れた恋人によろしく頼むと言われないだろう、ミホさんが余程の人格者という考えもあるが、別れた時にショックを受けたとなると、恋愛に関して言えば普通の感性を持っているという事だ。虎太郎サンを嫌なヤツから、知人位に格上げしてみようかな。
今度は虎之介君に電話をかける、出てくれるかどうか心配だったが、虎太郎サンの話が聞きたいと言うとすぐに応対してくれた。
「結婚してくれるんですか!?」
「んな訳ないよ、……でも、医者として話がしたいって言ってたから、ちゃんと聞いておきたいの、虎太郎サンの過去を」
「……それは従兄さんから聞いた方が良いかな、ぼくが軽々しく言いたく無いんだ」
なんとここでも話を断られてしまった、ミホさんといい虎之介君といい、口が固い人だ。だからこそ、虎太郎サンが信頼しているのかも知れないけど。
「ただ、小さい時の事故から従兄さんの気持ちに変化があったかな」
「事故……ですか?」
「うん、それ以降僕に勉強をもっと教えてくれる様になったし、虐められてた青狼さんをはじめ色んな人を助ける様になったけど、自分にだけ優しく無くなった。だから助けてあげて」
さすがにこれ以上は教えてもらえなかった、そこで【歳徳 事故】で検索してみたら、それらしき年代の記事が見つかった。詳しく調べようとしたら、ドアが開いた。
「おかえり、忙しいみたいだな」
「まあ、給料は医者の中では吹けば飛ぶ様な安さですけどね」
虎太郎サンがリビングにやって来て、私の前に座る、最近家にいない事も多く、以前話がしたいと言っていたのに、話す機会が無かったなと思っていた。
「……前に言っていた相談、聞いてもらっても良いか?」
虎太郎サンは深く息を吐くと、ポツポツと語り始めた。
「小さい頃から文武両道で、出来ないのに教えようとする教師のメンタルを、ズタボロにして辞めさせていた悪ガキだったんだ」
結局変わって無いね、悪ガキから俺様にクラスチェンジしたみたいだけど。
「出来ないヤツが上から威張ってあれこれ言うのは嫌いだったが、それ以外はただの口の悪いガキで親の愛情を受けて育っていたし、虎之介とも仲良くやっていた──が、あの人と叔父夫婦とは仲良くなれなくてな」
「虎之介君のお父さんお母さんですか?」
虎太郎サンは私の質問を肯定する、そう言えばあの人って、虎太郎サンと虎之介君のお祖父さんだったね、素直にお祖父さんと呼ばないし、実家での態度を見ると良い印象は持ってないだろう。
「叔父が父親に嫉妬していたのもあるが、『生意気なガキ』と会うたびに言われていたし、叔母も虎之介の教育によろしくないと判断していて、あまり良い顔はしていなかった」
確かに家柄が良い人なら、反抗的な所があると嫌なのだろう。その辺はあまり分からないが、親戚に軋轢があったのは確かみたいだ。
「そんな中で両親が立て続けに事故で亡くなった、最初は父親で、視察に行った先のビルで火災があって、残っている人を助けに行って戻って来なかった。その2ヶ月後に母親が階段から足を滑らせて3日後に他界した」
そうか……虎太郎サンも大変だったんだ、愛している家族を、立て続けに亡くしているんだから。
「小さいから何で死んだのか、叔父夫婦か何かやったんじゃないのかと思う様になった。こっそり裏で笑っていたのを見たからなおさらな」
「それは酷い……」
「母の葬儀が終わって半年近く経った時、叔父が眠っていたままタバコをしていたのが見えて、火災報知器があるから勝手に鳴って驚くだろうとそのままにした、──今思えば最悪の判断だったな……」
すると虎太郎サンは、スマートフォンを取り出して、私が見ようとした記事を見せてくれた。歳徳グループの呪い、社長の息子夫婦が立て続けに……。という記事だ。
「だからって虎太郎さんが直接手を下した訳じゃないし」
「メンテナンスの直前で電池切れしていて、火災報知器が作動しなかった。助けに行った叔母も巻き込まれて病院で死んだ……俺が、俺が殺したも同然だ!」
立ち上がり思いっきり机を叩いた虎太郎サンの目は、普段の悠然としたものは全くなく、過去に囚われて前を向けない人の悲愴さがにじみ出ていた。
「でも、あなたは子供だった、少しタチの悪いイタズラだったのよ、私なんか──!」
不意にあの日の事がフラッシュバックする、横転したトラック、まき散らかされた段ボール、暗闇の中強烈に臭う鉄の臭い──。
「……タツ!」
虎太郎サンの問いかけに、遠のきそうな意識をなんとか踏み止め、私は虎太郎サンと向き合う。
「……大丈夫です。──虎太郎さん、もう過去には戻れないんです、片道通行で、1秒前すら私たちにはどうしようもない壁なんです。この後悔をこれ以上先延ばしにしちゃダメですよ」
「……まだ20年も経ってない」
「もう20年近く経っているんです、人生の4分の1も後悔して反省したのに、まだ歩こうとしないんですか」
「お前には分からないだろ! 数少ない家族と呼べる従弟から家族を奪った後悔は!」
「分からないよ、でも虎之介君が必死に走ってるのに、あなたが歩き出さないでどうするんのよ!」
「……っ!」
熱くなり立ち上がっての私の言葉に、虎太郎サンが目を背ける、相談をしたいと言った時点で、どこかで前を向きたいと思っているのだ。だから私の言葉に反論が出来ない、その反論が意味のないものだと知っているから。
「もう許してあげよう自分を、大事な子供の時間を贖罪に費やしたんだから、大人の時間と訳が違う、大事な大事な時間をさ。それを皆が待ってる、元カノのミホさんや、当事者の虎之介君だって、立ち直って欲しいって望んでるから、死んだ時に叔父さん夫婦に謝れば良い、虎太郎さんは生きてる、だから生きてる事で出来る事をしようよ」
うつむいたままの虎太郎サンに、私はハグをしてあげた。
「なっ……タツ!?」
「つらい時はよしよしするよ、早くに両親が亡くなって愛情不足もありそうだし、医学的にも心が穏やかになるのは証明されてる。……はっ、カン違いしないでね、友人として優しくしてあげてるだけだから!」
なんだかツンデレみたいなセリフを出しちゃったけど、本当に異性として見てないから、見てないからぁぁぁ!
「……ぷっ、そこでツンデレ発言かよ」
「絶対に違う! デレはない純粋なつっけんどんよ!」
私は思わず虎太郎サンを張り倒すと、お尻をさすりながら立ち上がった虎太郎サンに、相談のお礼を言われた。
「分かった分かった、……ありがとう、少し救われた」
「!」
私はなぜか部屋が暑くなった感じがした。その時見せた笑顔がとても晴れやかで、明日への希望を見出した人にしか出せない、とても綺麗で力強いものだったから。
「べ、別に医者の責務を全うしただけだから、それに熱くなっちゃったし」
「それでも、前を向いて歩く覚悟が出来た。アネゴでも虎之介でも、その覚悟は持てなかったと思う、タツだから出来たんだ」
「なっ……!?」
なんでそんな事を真正面から言うんだろ、危うくカン違いしそうになるじゃない……。
「じゃあ、軽く練習してくるな、今回はギターもしっかりやらないと怒られるから」
そう言って部屋を出て行った虎太郎サンは、少し顔が赤くなっている気がして、私は余計に部屋が暑くなった気がした。
宮崎の名前間違いすいませんでした、修正しようとして忘れていた失態を、ずっと引きずっているへっぽこ作者ですが、これからもよろしくお願いします




